永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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塩津幸子は生まれ変わる

 休憩所ではかなりの時間休憩したおかげか、さっき見た時よりは空いていた。

 いわゆる「第一陣は過ぎた」という時間帯だろうか?

 

 お寿司屋さんやうどん屋、ラーメン屋など様々なお店があるが、せっかく海沿いに来たので、「江戸前寿司」を謳う店に入ることにする。

 しかし、江戸と言いつつ、中は何故か現代的な回転寿司で、壁には何故か中華風の絵が飾られている。

 そしてその店に、浴衣姿の客と何故かメイド服のウェイトレス。

 

「な、何かギャップがあるよね」

 

 幸子さんも案の定、ひどく困惑した表情を見せている。

 

「幸子さん、この店、突っ込んだら負けだと思う」

 

 どんなに奇妙だろうが、食べ物が美味しければそれでいいということにしておかないと、到底身が持ちそうにない。回転寿司といってもここはお寿司屋さんだ。一応財布にはかなりの余裕があるが、くれぐれも食べ過ぎに注意しないといけない。

 幸子さんは分からないが、あたしが食べられる量は少ない。もちろん、女の子としても、男の子と同じように、エネルギーはとても重要だけど、無理して食べてはいけない。

 ケーキとか甘いもの出されると、つい食べちゃうんだけどね。

 

 

「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

 

「はい」

 

「あちらのカウンターの席へどうぞ」

 

 メイド服姿の店員さんに、幸子さんとあたしがカウンターへと通される。ちなみに、スカート丈は長めで、文化祭のような大胆なデザインというわけではない。

 回転寿司と言っても、テレビでよくやる「一皿100円」のような安いものではない。

 もちろん、納豆巻きとかそういった安い感じのは100円だけど、ものによっては300円400円500円とする。

 ……それでも回らないお寿司で食べるよりはずっといい。

 

 ここにはもう一店舗、回らないお寿司もあるけど事前に調べた限りでは5桁の出費になる。

 協会から一定のお金は支給されているけど、食費に関しては本当に注意しないとすぐに足が出てしまう。

 もしそうなったらあたしの自腹という決まりになっている。

 お小遣いはそれなりに溜まっているけどそれでも浩介くんとデートするときに消えがちだし、浩介くんにおごってもらうこともあるけど、そのあたりも浩介くんと相談しなきゃいけない。

 

 ともあれ、予算を超えた場合は、「例の事件」の慰謝料を切り崩すことになっている。あの資産は減る一方だし、絶対にあてには出来ない。

 さすがにもう二度と痴漢は嫌なのであたしなりに対策をしているし、大学生や社会人になったら、自分の手で稼ぐしか無いだろう。

 

 ともあれ、そこまで先のことについて、今はほとんど考えていない。

 

 小皿を取り出し、醤油を垂らす。

 また回転寿司のレーンの下層部には湯呑みが回っているためそれを取り出す。

 カウンターにはお茶の素も入っているため、小さなさじで湯呑みの中にいれ、更に押すとお湯が出る構造物があるので、湯呑みで押すことでお茶をセルフサービスで自由に飲むことが出来る。

 

「……」

 

 幸子さんがまず一番安い皿を取る。

 

「……」

 

 あたしも、回ってきたマグロを取る。

 

 

「幸子さん、どれくらい食べると思う?」

 

「うーん分からない。でも、女の子になってから食は細くなったよ」

 

 うん、それはあたしも同じで、女の子の日の時だけ食欲が旺盛になる。

 

「うんうん、あたしも、最初に食べたのは細かい病院食だったけど、その次に食べたハンバーガーはとにかく一口が小さくて苦労したのよ」

 

「やっぱり!? お……わ、私も同じだったよ」

 

 幸子さんと出会ってからというもの、あたしは懐かしい苦労話を思い出す機会が増えた。

 優一の頃の記憶は風化したとしても、優子になったばかりの頃の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。

 あの時のあたしは、今のあたしを作る土台となった時代。

 これからも、あたしの初心を忘れないためにも、あの頃の記憶はいつまでも残り続ける。

 とすれば、「優一」はなぜ「優子」へとなろうとしたのか? その記憶も忘れることは出来ないだろう。具体的に思い出せなくなっても、「優一」の忌まわしき印象だけは残り続けるだろう。

 

 

「そういえば、女の子になると味覚変わるのかな?」

 

 ふと、女の子になってからの味覚の変化に話題が移る。

 

「あたしは特に無いかな……うーん、甘いものが以前より好きになった気がするけど」

 

「あーうん、それ分かる。私も甘党になったよ」

 

 やっぱり女の子の特徴かな?

 実際女性誌や女性向けのテレビ番組とかには甘くて美味しそうなスイーツが数多く登場しているし、探せば例外は居るんだろうけど、女の子は概ね甘いものが好きと考えていいだろう。

 

 お寿司は別に甘いというわけではないが、以前と同じように好きな寿司を食べ続ける。

 

「うーん、お腹いっぱいになってきたわ」

 

「うん、このくらいでいいわね」

 

 お互いまだ10皿も食っていないが、まあ女の子の食ならそんなもの。

 幸子さんもそんな感じだった。やっぱりTS病だと似た者同士になるのかな?

 

 食べ終わって少し休んでいると、店内が混み始めたので空気を読んで出る。

 休む場所なんて他にもあるんだ。

 あたしたちは勘定を告げると店員さんが皿を会計し、あたしの腕のバーコードにデータを読み込ませる。

 ちなみに、会計は一緒ということになっている。

 

 全部後払い、だから気をつけないと。

 

「行こうか」

 

「うん」

 

 あたしたちは、今度はゲームコーナーで遊ぶ。

 ゲームコーナーも後払いのため、巨大なポスターで「遊び過ぎ注意! 景品は全て売店でも買えます!」と書いてある。

 景品はどうもここの限定品だが、あそこまでデカデカとポスターで注意喚起するということは、よっぽどトラブルになったと思われる。

 

「ゲームコーナーで遊ぶ?」

 

「うーん、あたし、身体能力ひどいのよ」

 

「え!? 石山さんも!?」

 

「うんうん」

 

 女の子になって一番落ちたのが、身体能力だったりもする。幸子さんもかなり落ちたみたいだけど、戦乱の時代を生き抜いた永原先生みたいに、そこまで落ちないパターンもあるらしい。

 

「じゃあこの、お菓子取るのにしようよ」

 

 よく見ると、いつぞやのゲームセンターで見たクレーンゲームがある。

 こっちは四角い小さなチョコレートが景品で、原価は安いから1ゲームの値段を考えれば、大量に取られても黒字になるようになっている。

 

 あたしは腕のバーコードをタッチしてゲームを開始する。

 コインを入れなくても出来るのは確かにハマりすぎる原因になるだろう。

 

 チョコレートは簡単に落ちる。

 極めてヌルいゲームで気分を害さないが、これでも儲かるのは店側になっているんだから、まさにWIN-WINと言ってもいいかもしれない。

 

「ふう、取った取ったー」

 

「これだけあれば十分だよね?」

 

 幸子さんが言う。

 

「そうだね、幸子さんも一緒に食べようよ?」

 

「え!? さっき寿司食ったばかりだし……」

 

 幸子さんの言葉を無視し、あたしはチョコの袋を一つ開け口に含む。

 

「んーーーーー!!!」

 

 じわりとほんのり甘いチョコレートの味が、何ともたまらない至福の時。

 値段的には「駄菓子」に属するような安いチョコレートだけど、それでも美味しいものは美味しい。

 たしかにさっき寿司を食べたばかりなのに、この甘いものという誘惑に、あたしは簡単に負けてしまう。

 ああ、やっぱりこれも女の子になったからなのかな?

 

「ね、ねえ石山さん」

 

「ん?」

 

「わ、私にもちょっと一つくれる?」

 

 幸子さんがちょっと伏し目がちに言う。

 

「ふふっ、お寿司食べたばっかりじゃなかったの?」

 

「ああいや、一口くらいならいいかなって……」

 

 しめた、これはチャンス。こういう小さい所からでも、幸子さんを女の子に出来るはず。

 

「うん、どうぞ」

 

 あたしは袋のままチョコレートを渡す。

 

「い、いただきます」

 

 幸子さんが袋を破ってチョコレートを食べる。

 

「お、おいしい!!!」

 

「そうでしょ? もっと食べる?」

 

「えっと……その、うん!」

 

 幸子さんが甘いものの魅力を知り、そしてあたしと同じように誘惑に負け、食べてしまう。

 多分、男の人だって甘いものが好きならこういうことはあるはず。

 そういう人にはなんてこと無い、効果がないことだけど、あたしや幸子さんにとっては、否が応でも「女」を意識させてしまう。

 

 

「さて、そろそろ行く?」

 

「うん、新幹線もあるし名残惜しいけどそろそろ出ようか」

 

「うん」

 

 あたしたちは温泉施設を出ることにした。

 最初の脱衣所の近くに引き返してまず、会計を済ませる。

 

 レジには数人の人が並んでおり、意外と会計に時間がかかる。

 

「お待たせしましたー、本日もありがとうございます、お帰りですか?」

 

「はい」

 

「財布は持っていますか?」

 

「はい」

 

 ちなみに持っていない場合は、脱衣所出口でも精算できる。

 

「ではバーコードをお預かり致します」

 

 あたしと幸子さんは、店員さんにバーコードを渡す。

 

「会計は一緒でよろしいですか?」

 

「はい」

 

 店員さんがバーコードをピッピッとする。

 

「では料金はこちらになります」

 

 出費としてはそこまで多くなく、あたしの小遣いで無理なく払える範囲だ。

 

「ねえ、割り勘でもいいよ?」

 

「ああうん、これあたしが招待してるし、協会のお金だから幸子さんは気にしないでいいよ」

 

「そ、そう……」

 

 幸子さんも引き下がってくれる。

 あたしは財布から所定の金額を出す。うん、予算としては余ったからそのお金は協会に返さないと。

 今日は領収書がたくさんだ。

 

 あたしたちは最初の更衣室に戻る。

 浴衣から元の私服に着替え直すんだけど、幸子さんの心境が変化したときのために、あたしは準備をしてあった。

 今なら、渡しても大丈夫だろう。

 

「ねえ幸子さん」

 

「ん?」

 

「着替える前に、さっきの決意のことでちょっといいかな?」

 

「え!?」

 

 幸子さんが驚いている。

 

「幸子さん、女の子になってくれるって言ったでしょ? 実はね、幸子さんの服、1セットだけあたしが預かっておいたのよ。はいこれ、帰りはこれを着ていって?」

 

 あたしはそう言うと、ロッカーの中にしまってあった幸子さんの服を取り出し渡す。

 それはやや水色がかった青い色の服とスカートで、丈は膝の下なので落ち着いているが、胸には赤いリボンもあしらわれた服で、幸子さんが着ていた服と比べれば、遥かに女の子らしい服。

 そして頭には黄緑色の後頭部につける大きなリボンもついている。

 あたしが普段つけている白いリボンと比べるとかなり目立つ仕様になっている。

 

「え!? これ!?」

 

「そうよ、ロッカーの中にあるのじゃまた『センス無い』って陰口叩かれるでしょ?」

 

「う、うん……!」

 

「じゃあ着替えるわよ」

 

 あたしはそう言うとまず浴衣を脱ぎ襦袢の姿になる。

 うまく中身が見えないようにしつつパンツを穿く。

 襦袢を緩め、胸の晒しを取り、そしてうまく見えないようにブラジャーを付ける。

 

 そして、襦袢を脱がずにワンピースから着る。軽くファスナーを上げてずり落ちないようにしつつ襦袢を脱いで、もう一度前かがみになってワンピースの背中のファスナーを一番上まで引き上げる。

 浴衣はレンタルだが、襦袢は協会のものだ。

 幸子さんはうまく着替えているあたしを感心しながら見ている。

 

 そう、幸子さんにとってはあたしが着替えのときに何気なくしている行動でも、全てが学習の機会なのだ。

 さっきは思い切って全裸になったためにあたしにお説教されちゃったしね。

 

 

 幸子さんがあたしの真似をする。

 でもやっぱりうまくいかないようで、最後はちょっとだけ見えてしまっている。

 

「うん、まだちょっとぎこちないけど、今はそれでもいいわよ」

 

「は、はい……!」

 

 でも、今は大目に見てあげないと行けない。

 確かに女の子への道は長く険しい、あたしだって道半ばだし、もしかしたら永原先生でさえたどり着けていないかもしれない。

 それを自覚するのはもっともっと後でいい。

 後戻りへの未練だって、幸子さんは否定するだろうけど、心の奥底ではまだ残っているはず。

 

 だからこそ、今は、視野が狭い方がいい。

 視野が広く、遠くを見渡せてしまえば、TS病という先の長い、はてしない物語に絶望してしまうかもしれないから。

 

 いや、あたしだって、こうして偉そうに幸子さんの指南役とカウンセラーをしているけど、将来のことがわからない。

 浩介くんのこと、今は棚上げにしているけど、いつかは来る問題。浩介くんが死ぬ時、あたしはまだこの姿のままで、どうやって乗り越えよう?

 ずっと恋愛しないと、永原先生の時のように頭がおかしくなり、大きな遺恨を残してしまう。

 とすれば、将来的にどうしても「浮気」をしないといけないということになってしまう。

 でも、今のあたしは、浩介くん以外考えられないのに。

 

 そんなことを考えていると、幸子さんが着替え終わったみたいだ。

 

「終わったよ。行こうか」

 

「うん」

 

 元々着ていた服は幸子さんの鞄の中。

 ちゃんと胸下のリボンや後頭部に付ける大リボンも付けている。

 まあ、それくらいなら1人でできるかな?

 

「どう……かな?」

 

 まだ、幸子さんはスカートに慣れていないからか、足の動きがとてもぎこちない。

 

「うん、すごくかわいいわよ。ほら、あそこに鏡があるから見て見てよ?」

 

「う、うん……」

 

 幸子さんが更衣室に備え付けの鏡を見る。

 

「こ、これが……お……れ!?」

 

 幸子さんの一人称がまた俺に戻っている。

 

「俺じゃないわよ。幸子さん、あなたよ」

 

 あたしが言う。

 

「あ、うん。これ、私だよね……うん、私は女の子……私は女の子……」

 

 幸子さんがあたしに言われずとも暗示をかける。

 一旦こっちに向かって倒れれば、後はどんどんと転がってくれるのかもしれない。

 

 あたしでさえ、ここまでの進歩を感じては居なかった。

 いや、もしかしたら、潜在意識では、既に女の子という気持ちはあったのかもしれない。

 それを表面で否定してしまっていた。いわば、あたしが女の子になる過程とは、逆になっている。

 

 

「ねえねえあの2人」

 

「うん、すごいよね、モデルか芸能人じゃない?」

 

「でもあんな顔テレビで見たっけ?」

 

「見かけないわよね。特に緑の子は胸もすごいし」

 

「あんだけ大きければ目立つけど……やっぱり普通の人じゃない?」

 

「うーん、そうだよねえ。街でスカウトとかされないのかな?」

 

「しょっちゅうナンパとかされてそう」

 

「うんうん、ああいう美人は美人で大変なのよね」

 

 

 あたしと幸子さん、2人がちゃんと褒められている。

 流石に胸の大きさという意味で、あたしの方がより肯定的に見られているけど、それとばかりは仕方ない。

 

「石山さん、その……私達……」

 

「うん、幸子さんもあたしと並んでも恥ずかしくないでしょ?」

 

「う、うん……でも、普通の人って……」

 

「あはは、あたしたち、確かに普通じゃないわよね」

 

 あたしたちは、TS病の女の子だから、確かに「普通の女の子」というにはあまりにも苦しい。

 いくら今は女の子と言っても、元々は男だった上にしかも老けることがないのだから「一人の女性」としては扱えても「普通の女性」と扱うのは難しいかもしれない。

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん」

 

 幸子さんがかわいくなったのを確認したら、もう脱衣所には長居は無用となった。

 あたしたちは、すっかり日が落ちたお台場に、足を踏み入れた。


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