永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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それは呪いか祝福か

「うわー、すごいねえ東京は」

 

「うん、さすが日本の首都って感じだよね」

 

 温泉施設を出て、再び新交通システムに乗ると、遠くで多くのビルが明かりを灯していた。

 東京の美しい夜景を見ながらあたしたちは別れが近付く。

 

 夜化粧をしたレインボーブリッジ、またループ線を大きく曲がる。

 

「やっぱりこれって坂道の都合なのかな?」

 

「うーんよく分からない」

 

 そんな話を幸子さんとする。一周ぐるりと廻るのは何だかんだでインパクトは大きい。

 車内は行きより混んでいてあたしたちは車内で座ることはできなかった。

 

「ふう、結構疲れたね」

 

「そうだね。温泉でちょっと疲れは取れたんだけどねえ」

 

「立ちっぱなしかあ……」

 

 幸子さんが言う。

 

「でも、この長さだから良かったけど、短いスカートでいきなり座るのはちょっとハードル高いかも」

 

「ああうん、そうだよね」

 

 あたしも、女の子になったばかりの頃はミニスカートで座るのに失敗してパンツ見られてしまったことがある。

 その時は後から指摘されるまで気付かなかったために、それに対しても、罰としてお仕置きされたんだけど、そこでもパンツ見られて恥ずかしがらなきゃいけないというものだった。

 

 今の幸子さんに、それはあまりにハードルが高い。とにかく一段一段、ゆっくりゆっくり階段を登らせないといけないから、あたしからするとちょっともどかしい部分もないわけじゃない。

 でも、幸いなことにあたしたちに時間は有り余るほど残されている。

 あたしは生き急ぎすぎたけど、本来、TS病の治療とはそうやって行うべきこと。

 

 永原先生があたしを正会員に推薦したのも、「もっとTS病の現実を知ってほしい」という意味が込められていた。

 あたしは幸子さんと接することで、自分がいかに恵まれた存在であるかを思い知ることが出来た。

 それはあたしが持っていた昔への反動が大きな手助けになっていたことだけじゃない、すぐ近くに、会長兼担任の先生もいた。

 でも大多数は、十分に救いをもたらせず、この病気を呪いと考え、そして多くが自殺し、生き残った人々も、それぞれ葛藤を抱えて生きている。

 

 あたしがここに来て、あたしは広い視野を持つことが出来た。

 あたしはもはや広い視野を持つに足る人ということ。

 幸子さんは違う。だから、あたしは幸子さんを日本性転換症候群協会の会員にすることはまだ許可できない。

 多分、幸子さんもそれはわかっているはず。

 

 

 運転士さんも、車掌さんもおらず、列車は走る。緊急事態にはインターホンで対応するように書かれているが、それでも不安は尽きない。

 

 とは言っても、一度事故が起きるだけで大ニュースになる、毎日毎日百本以上の電車が、いや、東京には幾つもの路線で何百という電車が走っている。

 それを考えれば、鉄道の事故率なんて無視できるくらい低い。

 

 新幹線に至っては50年以上も前に開業しておきながら、殆ど無事故と言っていい。

 だから安心して、この乗り物にも乗れる。

 東京駅へは新橋駅から東海道線で一駅だが、最近は上野東京ラインが出来たので、新幹線もまた、上野駅から乗ることになっている。

 

 

「どうして東京からじゃないのかな?」

 

 新橋駅の「指定席券売機」で帰りの新幹線の切符を買う幸子さんに疑問をぶつけてみる。

 

「えっとね、特急料金のせいじゃないかな? 東京から乗ると高いんだよ」

 

 幸子さんが教えてくれる。

 

「へえ、そうなんだ」

 

「ま、ともかく東京と上野じゃ誤差みたいなものだし、それで安くなるならそっちを使いたいからね」

 

 幸子さんが教えてくれる。

 

「じゃあ、ここで解散だね。今日はありがとう」

 

 幸子さんがお別れの挨拶を言う。

 でもまた会える。そう確信している。

 

「ねえ幸子さん」

 

「ん?」

 

「お母さんがもしあれこれ言ってきたとしても、絶対に決意を曲げないでね」

 

 あたしが改めて釘を差しておく。とにかく重要な事だ。

 

「もといそのつもりだよ」

 

「うん、だからその服を、幸子さんに渡したの。お母さんには必ず、カリキュラムの教育係になって欲しいから」

 

 余呉さんや他の会員で代理は出来ない。

 

「うん、じゃあ」

 

「またね」

 

 幸子さんはそう言うと、改札口へと消えていく。

 あたしはゆっくりと別の入口を目指す。

 地下鉄の入口、幸子さんはもう帰るだけだけど、あたしにはもう一つやり残したことがある。

 

 今日の幸子さんの決意表明と、起きたこと、それらを永原先生に報告することになっている。

 ゆっくりと新橋駅の階段を降り、やってきたのは地下鉄、ここで別の路線に乗り換え、もう一度協会本部に行くことになっている。

 

 あたしはメールで、幸子さんが帰り始めたことを永原先生に報告する。

 券売機で、目的の駅まで買って地下鉄へ。

 休日とあって、夕方でもそこまで混んでいないが、やはり休日出勤の人が多い。

 

「ふう……」

 

 一仕事終えた人という意味では、電車の中のサラリーマンやOLの人たちと変わらない。

 ただ、服装は似ても似つかない、おしゃれなものだけど。

 

 地下鉄が進み、途中の駅でホームの向かい側に止まる別の路線の電車に接続し、本部の最寄り駅についた。

 

 さすがに何度も行っていれば迷うということもなく、覚えた道のりで本部のビルへ。

 

 ビルもやはり休日出勤帰りのサラリーマンで賑わっている。

 そんな中であたしは最上層用のエレベーターで「上」のボタンを押す。

 エレベーターの中はあたし1人、あたし1人を運ぶためだけにエレベーターの扉が開き、そして猛スピードで登っていく。

 

「49階です。 49th floor」

 

 そんな中でも機械は無機質に案内をし、あたしは協会本部の道のりを進む。

 

  ピピッガチャッ

 

 本日二度目のカードキー。

 

「失礼します」

 

 協会本部に行く。明かりはついているようだけど誰も居ないのかな?

 

 別の部屋に行くが誰もいない。

 うーん、待機するしか無いか。

 

 ふと、一冊の本が目に入る。いや本というよりほとんどコピー用紙とホチキスで作った簡素なもの。

表紙には「罪と呪いの記録」と書かれている。

 無闇に見るべきじゃないと分かっていても、どうしても見てしまう。

 

 

「私は永原マキノ、かつて北小松貴子と名乗り、それ以前は柳ヶ瀬まつと名乗り、そして鳩原刀根之助と名乗ったもの。他にも偽名があったが全て忘れてしまった。

 私は永遠の罪人、いくつもの罪を重ね、死ぬことも出来ずに現世の牢獄に囚われている。

 この本を読み、あなたも私を知ることになるだろう。

 

 TS病は呪いであり、泥棒だ。

 TS病は私から死を恐れぬ勇猛さを盗んだ。半永久的な生は私から勇気を盗んだ。

 TS病は私から力を盗んだ。矢を射る力は落ち、走っても疲れぬ距離で疲れるようになった。TS病のせいで、私は何もかも弱くなった。代わりに与えられたのは生に執着し、生きる歩みを止めない臆病さだけ。

 

 TS病は私から主君を盗んだ。代わりに与えられたのは忠誠を誓った主君に永遠に奉公できず、苦しみ続ける運命。

 主君は私が村に戻った時、本家筋の御方とともに苦難の道を歩んでおられた。しかしそれに付き添うことはできなかった。

 主君が村に戻っても、私はTS病のせいで帰参できなかった。

 そして月日が経ち、主君の嫡男、次男が戦死された際にも、私は何もできなかった。そしてとうとう私は、主君が生を終えるまで、年貢しか収められなかった」

 

 主君、おそらく永原先生がかつて仕えていたという真田幸隆のことだろう。

 本の続きを読んで見る。

 

「TS病は私から3人の恩人を盗んだ。

 私は生の執着のために天下再び乱世の空気を利用して村を捨てた。

 年貢さえも収め得ぬ中で、70年もの長きに渡り、私は主君の村より逃亡を続けた。

 主君の跡継ぎと、その偉大な2人の息子の苦難の人生を知っておきながら、私は何もしなかった。

 奉公せねばと思いながら出来ることさえやらなかった。

 2人の偉大な息子のうち、1人は東照大権現に歯向かい、大坂で命を落とした。もう1人は藩主として、戦乱を知る数少ない1人として長寿を保った。

 江戸に住んでいた私は、時の征夷大将軍の計らいでその1人の息子と会うことが出来た。

 

 しかしその場で、私は2人の恩人の御恩を裏切った。

 主君への裏切り、上様への無礼、それを許された私がしたことは到底書き記せるものではない。

 私は自分が憎い。私がしたことは許せない。命惜しさに自己断罪するような勇気さえもないことも含めて。

 

 どうして、どうしてああなってしまったのだろう?

 大火で燃える江戸城から、恩人に救われた時も私はひどく動揺し、言葉にもならなかった。

 

 どうか、どうかこの不忠で愚鈍な私をお許しくだされ。

 老いた恩人が世を去り、征夷大将軍が代わっても、時折藩主や旗本たちに戦乱の話を聞かせ伝え、毎晩毎晩罪を懺悔する日々だった。

 2人の恩人はあの世から今も私を許してはくれないだろう。

 

 そして時代が下り、2人の恩人がいずれもこの世を去ってから、私は3人目の恩人を得た。恩人は私に最大限の便宜を図ってくれた。

 私の生活はとても楽に、そして豊かになった。

 水簿らしい服は華やかになり、言葉遣いも、作法も、3人目の恩人のお陰で板についた。

 時の征夷大将軍も誠実な人柄で、恩人の進言を受けいれてくれた。今度こそ、いつか恩を返そうと、その機会を伺っていた。

 

 しかし、またも私は何もできなかった。

 かけがえのない恩人は1人の狂人とその信奉者のせいで、永遠の言われなき汚名を着せられている。今でも、恩人の無念は晴れていない。

 

 どうして、どうして私は無力なのか!? 200年近くも生きておきながら、人の4倍も生きておきながら……いや、500年近く生きた今でさえ、3人の恩人に対して、何も返せていない。

 

 失意の日々を送る中、最後の征夷大将軍の手で江戸城は明治政府に無血開城され、私はまた、逃亡生活を送った。

 TS病は呪いだ。恩義を受けることは出来ても、報いることが出来ない。恩人を盗まれ、代わりに与えられたのは十字架。それは時とともにずっとずっと重くなっていく」

 

 永原先生のこれまでの話を思い出すと、跡継ぎというのは真田昌幸、偉大な息子というのは真田伊豆守と真田信繁、そして恩人というのは真田伊豆守、名前は忘れたけど徳川4代将軍、そして吉良上野介のことだろう。

 

「TS病は私から判断力を盗んだ。

 私がこの協会を立ち上げた時、それは私以外にも長生きをしている仲間がいるということを知りたかったから。

 そして、私は84歳と77歳の2人の『少女』を見出した。50歳以上の江戸生まれでありながらも少女の姿をしていた人も、何人か見かけた。

 でも、私は彼女たちを若すぎると思った。愚かだった。

 不老足り得ないなら死んでいてもおかしくない年齢であったのにも関わらず、私は自らと同等の年代、東照大権現が江戸に幕府を開く以前を知るものを探そうとした。しかしそれは無駄な試みだった。

 協会を開くより更に35年前教師を始め、教え子を育て、巣立ち、そして死んでいくのを見てきた。

 私はもう、親しかったものが先に死ぬことに慣れてしまった。悲しいとさえ思わない。むしろ、協会を立ち上げたことで、他にも不老な人が居るから、孤独感など無いと思っていた。

 協会を立ち上げたことで、私はますます醜く生へと執着するようになった。既に400年近くも生きておきながら、生という意味では十分すぎるほどの富を得ている私が、誰よりも生に執着した。

 昭和20年、日本が過酷な運命にあった時でさえ、私は生徒を見捨て、囮にし、自分だけが助かる方法を模索していた。恩人への返せぬ恩を返すためにまだ死ねないと、私はその愚かな判断力で、日本の全てを裏切ったのだ」

 

 2人の少女、年代として余呉さんと比良さんのこと。

 永原先生は随分と苦労していた。

 

「TS病は呪いであり、泥棒である。

 それは他の人も同じだった。少女の1人は水戸藩で藩士をしていた。しかし、TS病のために脱藩せざるを得なくなった。

 またある少女は裕福な家の後継ぎとして将来を渇望されていた。殺されはしなかったが家を追われ、全てが台無しになってしまった。

 ある少女、いや多くの少女たちが『男に戻りたい』ともがき続け、そして自らの手で死んでいった。

 私たちは可能な限り長生きするしか無い。

 私のように、例え罪を重ねたとしても、生き続けるしか無い。私も、そして他の長く生きるTS病の人も、仲間が少ないのは嫌だからだ。そして生きていれば、どこかで扉が開く。例え1000年生きてもあり得ないことなのに、そんな気がしてならない。だから私は、生に執着するのだろう」

 

 TS病の人は孤独だという。確かに永原先生の人生だってそうだった。

 でも、今は協会で仲間が増えた。だから孤独ではないし、不老についても前向きに考えられるのかな?

 

「そして今、TS病を泥棒や呪いではなく、救いだという少女が現れた。

 彼女は常日頃から男だった頃の自分を嫌悪していた。私にとって幸運なことに、それは自らの教え子だったこと。

 彼女は非凡な才能を見せた。そしてすぐに、男性の恋人を作った。

 彼女がTS病になってからというもの、私のクラスの雰囲気は目に見えて良くなった。

 そして私も、彼女のお陰で楽しい人生、よく笑いよく泣く、そんな青春を取り戻すことが出来た。

 彼女は私にとって、久々に現れた4人目の恩人だった。でも、前3人の恩人と違って、同じ病気だから、先生という立場として、恩はゆっくり返せるという安心感があった。

 現に彼女も、私に恩を感じてくれている、これでようやく、私はせめてもの罪滅ぼしが出来た気分になれた。

 

 私も、他の少女たちも、彼女に憧れている。

 彼女こそ、私達の道標、私達が歩むべき姿、私達が彼女に学べば、私のこのろくでもない500年の人生も、きっと救いに変えられると信じている。

 TS病患者たちの救世主の素質があるのは、彼女だけだ」

 

「……」

 

 本はここで終わっている。最後に出てきた「救世主の少女」、これが誰を指すのかあたしにはすぐにわかった。

 だってこれは、どこからどう見てもあたし自身のことだから。

 

  ガチャッ

 

「あ、石山さんおかえりなさい」

 

「わっ、永原会長……!」

 

 しまった、本を勝手に読んだのがバレた。

 

「あ、この本? 気にしないでいいよ、石山さんに見せるためにわざと置いたんだから」

 

「え!? もしかして――」

 

「うん、石山さんに読んでもらうために、ちょっと隠れていたのよ」

 

「むー」

 

 永原先生がえっへんとした感じで言う。

 最初からはめられていたということね。

 

「でもこの本、私達が石山さんに感じている本音。私の人生……それをもう一度振り返ってほしかったから書いたのよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「文才無いんだけどね。ともかく、私の気持ちは伝えたわ。持って返ってもいいわよ」

 

「う、うん……」

 

 とは言え、母さんや他のクラスの人に見られるのはまずいから置いておこう。

 

「それで、塩津さんはどうだった?」

 

「はい、それについて報告なんですが――」

 

 あたしは、永原先生に今日のことを伝える。

 漫画喫茶のこと、乙女ロードのこと、そして温泉施設を経ての幸子さんの決意のこと。

 あたしが幸子さんにスカートを渡し、それをちゃんと穿いてくれたこと。

 通行人に「女の子らしくない」と言われて悔しくなったことなどを話す。

 

「石山さん……やっぱりあなたはすごいわ。この本の、私達の思いの通りよ」

 

「うん、でもやっぱり、あたしまだ救世主だなんてよく分からなくて、仮に本当にそうだったとしても……やっぱりあんまり言及しないで欲しい」

 

 あたしが言う。それは重荷やプレッシャーになりかねないから。

 

「うん分かった。でも、あなたに期待している人もいるってこと忘れないで。私は500年生きている中で、ずっとずっと、罪悪感を抱えながら生きていたわ。そしてそのせいで、更に罪を重ね続けてしまったのよ。その連鎖に、ようやく終止符が打たれそうだということも、知っておいて欲しいの」

 

「うん、分かった」

 

 ともあれ、心の何処かに秘めておこう。

 あたしはそう決めた。

 

「それじゃあ報告ありがとう。とは言え、心の底からかどうかは知るすべはないわ。本人だってわからないもの」

 

「う、うん……それじゃあ失礼します」

 

 あたしは、永原先生に挨拶し、家路につく。

 幸子さんは今頃新幹線で何をしているだろう?

 きちんとお母さんに、決意を話せているといい。

 

 

「ただいまー」

 

「優子おかえりなさい。ご飯はこっちで作っておくわよ」

 

「ありがとう」

 

 母さんのいつもの出迎え。

 大きな仕事をした後は、あたしの体を労って家事を免除してくれる。

 何故か生理のときは免除されないのに変な話だなあ。

 

 そう思いながらも、あたしはお言葉に甘えてゆっくりと骨を休めることにした。

 いずれにしても、ここから先は幸子さんと、そして幸子さんのお母さん次第だから。

 あたしが出来ることは、カリキュラムでのアドバイスくらいになった。

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