永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
季節は12月、昔風に言えば師走に入った。
今年も残す所後1ヶ月あたしも徐々に冬服にコートが増えた。コートのデザインは男女あまり変わらない。
もうちょっとおしゃれしたいと思ってるけど、さすがにこの寒さになってくると、機能性の方を優先させたい。
そんな中で、クラスメートがしているのがマフラーだ。
あたしはまだ巻き方分からないけど、確かに首のあたりが冷えるから……久々に教えてもらおうかな?
「おはよー」
「優子ちゃんおはよう、寒くなってきたね」
浩介くんが言う。
「うん」
「優子はさ、マフラーしないのか?」
「え!? そういえば女の子用のマフラーあったかな?」
「ってそこから!?」
恵美ちゃんが驚いている。
「あはは、やっぱりまだ女の子になって初めての冬だし、よく分からないことも多いや」
ちなみに、この季節になるとあたしの脚は完全にストッキング、黒パンストで覆われることになった。
やっぱり女の子になって、寒さに対してはかなり弱くなった気がする。初めて風呂に入った時も、冷えやすい自分の体にびっくりしたくらいだった。
今までは女の子らしくかわいくありたいという理由で、私服も大半がスカートだったけど、そろそろ考えを改めないといけないかもしれない。
いくらストッキングが温かいと言っても、やはりズボンほどの保温効果はない。
足だけじゃない。他にも手足の冷えは女の子になってからというもの大きな課題になっている。今後真冬になるに連れて手袋のことも考えないといけないと思う。
更に、天文部の活動も冬には活発になるということで、坂田部長からも「寒さ対策を覚悟しておいて」と言われていた。
太陽が落ちるのも早くなっているので、校舎の屋上を使うこともあるという。
天体観測は楽しみだけど、寒いのはちょっと怖い。
天文部は相変わらず、ゆったりのんびりと天文ニュースで盛り上がっている。
浩介くんも天文部で筋トレしていたけど、最近では時折話題に交じることもある。
これまでは桂子ちゃんと坂田部長が主な指南役で、あたしは聞き手という立場が多く、たまに坂田部長も聞き手に回ることがあった。
でも今の天文部は聞き手が2人になった。
「こんにちはー」
「こんにちは石山さん、篠原さん」
坂田部長もすっかり浩介くんに馴染んでいる。
最近では、坂田部長はあたしの協会での活動内容なども聞いてくるようになったし、本当にゆったりした空間になった。
小谷学園は部活が弱い。
でも弱いからこそ、そこに空間ができる。
浩介くんが筋トレしているのだって、天文部とは関係ないけど、「迷惑になっていない」という理由で、坂田部長は受け入れてくれた。
そう、ここ小谷学園は「迷惑をかけない範囲なら最大限に自由」だという。
何て素晴らしいことなんだろう。
でも、そういう意味では、迷惑をかけ続けていた優一は最低だった。
「そういえば、木ノ本さんたちはクリスマスと年末年始は何をしますの?」
小谷学園は12月25日から冬休み、今年は12月25日が月曜日なので、実質23日から冬休みになる。
「うーんまだ決めてないわね」
桂子ちゃんがそう言う。
「でもよ、中間試験はどうすんだ?」
浩介くんの言う通り、その前に中間試験があるはずだけど、まだそこまで危機感はない。
あたしの成績は女の子になってしばらくした頃は、精神の安定もあって上昇期に入ったが、今では安定期になった。
それでも元々真ん中よりは明確に上だったから、あたしの成績も上の中くらいにはなっている。
小谷学園の偏差値も悪くないし、大学受験もそこまで悲観していない。
大学受験、そろそろ進路のことも考えないといけない。
家から一番近いのは「佐和山大学」だけど自分の偏差値から考えると低すぎる。
もちろん滑り止めにはうってつけだから、一応願書は出すつもりだし、何より小谷学園から近いという地理的な優位性もあって、小谷学園から佐和山大学に行く生徒は多い。
ちょっと前までは低学歴では就職難だとか言われていたけど、最近では高卒の就職もかなり楽になっているし、ブランド大学というよりは「何を学びたいか」で大学を選ぶケースも徐々に増えているという。
そういえば蓬莱教授が――
「石山さん、どうされましたの? 考え事ですか?」
「あ、いや……ちょっと、中間試験のことを、ね」
坂田部長に指摘されて思考を元に戻す。
「あらあら、熱心でいいことですわ」
「うー、俺はちょっと成績落ちてるんだよなあ……」
浩介くんがちょっと困り顔で言う。
「勉強一緒にする?」
「う、うん……優子ちゃんと一緒に勉強しようかな……」
勉強デートはしたこと無いけど、学生のうちからくらいしかできそうにないし、やっておくのも手だ。
「とか何とか言ってー、本当はいちゃいちゃするんでしょ!?」
「「うぐっ!」」
桂子ちゃんの鋭い指摘にあたしと浩介くんも固まってしまう。
「あちゃー、図星かあ……お熱いことで」
あたしと浩介くんが同時に「かあああ」と顔が赤くなるのを感じた。
恋愛の熱は数ヶ月で冷めるなんて人が居るけど、それは嘘っぱちだ。
あたしは林間学校で初めて浩介くんに惚れて以来、日を追うごとに惚れ続け、どんどんと深くなっていく。
それは浩介くんも同じ。特に文化祭で正式に恋人になってからと言うもの、関係はますます良好になっている。
「でも最近は、協会の活動もあって毎週デートというわけには行かなくなってるんだよなあ」
「あはは、でも学校で毎日デートしてるようなものでしょ?」
「うっ……またずるいこと言うなあ優子ちゃんは!」
あたしは幸子さんの担当カウンセラーでもある。2人で出かけたあの日以降、幸子さんに初めての「女の子の日」が来たということで、カリキュラムの開始日に少し調整が必要ということになった。
テレビ電話でも「もう戻れない、この日が来るのは分かっていた。でも、もう私は迷わない」と、あの日から考えても信じられないくらいしっかりした口調で話す幸子さんに驚かされた。
ともあれ、女の子の日のトラブルの影響で、カリキュラムは12月4日から行われる事になっている。
幸子さんの場合、大学と平行しているため、日曜日まで7日間のカリキュラムが行われる。
そして、土曜日にはここ、小谷学園に来て貰う予定。もちろんすることは制服の着付け。
幸子さんは大学生だし、制服を着るということは基本的にない。
とはいえ、不老のTS病だから当然制服姿はいつまでも似合うことになるし、短いスカートに慣れてもらうためということで、一時的に高校生に戻ってもらう。
それにしても、新幹線代もばかにならないはずなのにと思ったが、それについては、今年に入り蓬莱教授が例年以上に寄付してくれているので、かなり余裕があると言っていた。
蓬莱教授の動向について警戒心はあると言っておきながら、私生活での関係は良好で、寄付も素直にありがたく受け取る当たり、永原先生の強かさが見て取れる。
「どうされました石山さん?」
「ああいや、その……ちょっと考え事を、ね」
坂田部長に声をかけられて我に返る。
「石山さん、最近考え事が多いですわ」
「優子ちゃん、協会の仕事が大変そう」
桂子ちゃんが心配しそうに言う。
小谷学園で、あたしが別の、それも遠くに住んでいるTS病患者のカウンセラーをしていることを知っているのは、浩介くん、永原先生、校長先生の3人だけ。
でも、天文部の2人には話してもいいかな?
「そうですわね、何か思い詰めてる感じがしますの」
「ああうん、ちょっと今は勝負所で……」
あたしがごまかすように言う。
「大丈夫ですか? 隠し事は仕方ないですけど、私達も出来ることなら力になりますわ」
坂田部長が優しそうに言う。
「ねえ浩介くん」
「ん?」
「話しても、大丈夫かな?」
「あーうん、俺はどちらでもいいと思うぞ。つまり話しても問題はないという認識だ」
「……分かったわ」
あたしは、浩介くんの提言を受け入れ桂子ちゃんと坂田部長の方に向き直る。
「じゃあ、協会での仕事について話しますね」
「……わかりましたわ」
「はい」
あたしは話し始めた。
あたしが入会の手続きを取った日、東北の方で一人の大学生がTS病になったこと。
初めての会合では一人称「俺」が治らず、服装も男時代のままという危機的な状況であったこと。
初会合では既に「自殺はもはや避けられない」と判断され、敗戦処理ムードだったこと。
あたしが申し出て、その人の担当カウンセラーになったこと。
「よく優子ちゃん、許可されたね?」
「ええ、大学生のカウンセラーを高校生がするなんて聞いたことありませんわ」
「うん、正会員なら誰でもカウンセラーになれるから、規則上は何の特例もいらなかったのよ」
桂子ちゃんと坂田部長も真剣な表情で聞いている。
そしてその後の仕事内容も話した。
あんまり話したくないけど幸子さんをひっぱたいてしつけたことも話した。
「石山さんにしてはとても珍しいですわ」
「それって優子ちゃんの『母性』じゃないの?」
「うん、永原先生も桂子ちゃんと同じことを言ってたよ」
幸子さんをしつけるためにひっぱたいた時も、他に方法がないと考え抜いてからやったことは改めて強調しておき、服装選びで女物の下着を穿かせたりしつつ、男物の服を隠させて、安心して家に帰ったこと。
ところが、体育祭の頃になると、幸子さんが未だに頑としてスカートを穿こうとせず、荒れることが多くなったこと。
それに対して幸子さんのお母さんが善意で悪手を取り始め、男物の服を元に戻そうとしているため、徹さんとお父さんを通じて男物の服を協会本部に送り、また女物の幸子さんの服も私が1着だけ預かったこと。
そして先週、11月末の休日で幸子さんと講習を兼ねての遊びをしたこと。
この時はまず協会本部を紹介して、次に女性専用スペースに行ったこと。
ちなみに、あたしが女装と疑われたため怒り狂って無理やり女性店員に股を触らせたことは話さないでおいた。
ともあれ、女性専用スペースを使わせることで「あなたはもう、女性の特権を行使した」という既成事実を作らせることに成功したこと。
これによって、退路を断たせると、続いて池袋の乙女ロードに行かせたこと。
この時、幸子さんのファッションがあたしと不釣合いで女の子らしさがなかったため通行人に「センスない」と言われたこと。
そして温泉施設では、躊躇する幸子さんに対し、館内着に着替えるために女子更衣室に入れたこと。
更に女湯にいれたことで、完全に女の子としての自覚を身に着け、「もう戻れないから女の子として生きていく」という覚悟を身に着けさせたこと。
そして、帰りに預かっておいた一着のスカートを渡し、幸子さんがそれを着るようになったこと。
そしてお母さんに決意を話し、来週からカリキュラムが始まることを話した。
「へえ、そんなことがあったのねえ……」
「優子ちゃん、本当にあいつと女湯に入ったのか!?」
浩介くんが嫉妬しながら言う。
「当たり前でしょ!? 幸子さんを男湯に入れたらそっちのほうが異常よ」
あたしはちょっと怒った風に言う。
「で、でもよお……」
「浩介くん、あなたも維持会員なんだから、ちゃんと会の方針を考えて行動してくれる?」
ここはあえて、恋人としてではなく、日本性転換症候群の正会員として浩介くんに接する。
「わ、分かってるって……」
浩介くんも何とか嫉妬の気持ちを抑えてくれる。まあ、女の子同士で嫉妬されても困るのは事実。
「それとも、浩介くんはあたしと2人でお風呂入りたい?」
「なっ……!?」
あたしがちょっと甘い声で言うと浩介くんはすぐに顔を赤くする。
「そ、そりゃあその……」
浩介くんは躊躇している。
その態度は、「当然一緒にお風呂に入りたいです」と言っているに等しい。
「あらあら、分かりやすい方ですわ」
「そうだね、恋人同士だもん。そりゃあ彼女と一緒にお風呂くらい入りたいでしょ」
浩介くんが顔を下にそらしてうつむいている。
ちょっといじめすぎちゃったかな?
「まあいいわ。とにかく、あたしは塩津幸子さんのカウンセラーになったのよ。来週からはテレビ電話で報告を受けることになっているわ」
「分かりましたわ。さ、天文部の続きをしますわ」
「「「はーい!」」」
あたしたちは天文部の本題である、天体の話題をする。
「それで、冬の星座で毎年注目されているのが、ベテルギウスの超新星爆発ですわ」
「うんうん、私も、これを見るまで死ぬに死ねないわよ」
ベテルギウスの距離は640光年だというのは以前聞いた。
つまり今見ているベテルギウスの姿は640年前のもの。
とは言え、相対性理論ではあまりそういう議論は意味がないとか何とか。
それにしても640年かあ、永原先生が生まれる更に前の姿ってことだよなあ。
しかも、数百億光年とも言われる宇宙全体から見れば、かなりの近所だという。
永原先生はスケールが大きい人だけど、宇宙はもっとすごい。
あたしは、天文部に来てよかったと思っている。
本当に広い世界を知ることが出来た。
そして桂子ちゃんとも、坂田部長とも仲良くなった。
文化祭が終わり、天文部へ興味を持ってくれた人は、少なくとも学内には殆ど居なかった。実際誰も入部希望者なんて居なかった。
坂田部長曰く「他の参加者は展示が難しくてよく分からないという反応でしたわ」と言っていた。
そんなものなのだろうか?
確かに、太陽系の展示はともかく、太陽系の近傍恒星は、一般に馴染みの一等星もシリウス程度だったし、そういうものかもしれない。
「それから天体観測の注意点ですわ」
「うん」
「写真を撮る時には普通の撮り方でも星は写りませんわ」
夏に天体観測をするという話もあったが、結局各自の都合がつかなかった。今年は12月24日に天体観測をすることになっている。
冬休みのはじまりの時でもあるので、あたしたちはこの日、昼は浩介くんとデートしてから、更にあたしの家でお泊りデートを計画している。
いわばクリスマスをまたいだデートだ。
「優子ちゃんはどうする?」
「うん、もちろん参加するよ。浩介くんも?」
「あ、ああ……ちょっと参加してみたい」
父さんと母さんには体よく1泊2日で別の場所へ旅行してもらうことになっているため、今度こそあたしは浩介くんを落としてみせようと思う。
あ、でも責任取りたいと言っているから、露骨に誘い込むマネはやめよう。
ただし、暖房の効いた部屋でミニスカートは穿く予定だけど。
ともあれ、天体観測は4人全員で参加することになった。
最初は天文にあまり興味のなかった浩介くんだけど、やっぱり筋トレしていても、話が弾んでいれば自然と興味が湧くものなのだろう。
幸子さんのカリキュラムもだけど、クリスマスデートも今からとっても楽しみ。
気が早いお店では、もうクリスマスの企画をしている。
プレゼントについても、浩介くんは何が喜ぶのかを、あたしは考えて初めている。
ちょっとした期待と不安の入り混じった、女の子としての最初の冬が始まった。