永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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カリキュラムの様子

 12月上旬、気候はますます深い冬へと突き進む中、あたしは中間試験への勉強、天文部の活動、浩介くんとのデート、そして日本性転換症候群協会の仕事として、塩津幸子さんの担当カウンセラーと様々な活動をしている。

 学生は社会人より暇だと言うけど、あたしには到底そうは思えない。

 

 って、あたしが特別忙しいだけかも。

 学生として自分の勉強をしながら、他のTS病の子の面倒まで見る。何て二重生活をしているの、全国でもあたしだけだし。

 

 

 月曜日、あたしは学校から帰って風呂からあがると、テレビ電話が鳴った。

 

「はい」

 

「あ、お世話様です。石山さん、塩津幸子の母です」

 

「はい、お世話になっています。本日のカリキュラムはどうでしたか?」

 

「今日1日目として、幸子に家事の一部を教えました」

 

「どんな感じでした?」

 

「ご飯の炊き方、部屋の掃除の仕方などを身に着けさせました、部屋の掃除については既に知識もあったので復習の意味もあって軽く済ませました」

 

「……分かりました。課題としてはどうですか?」

 

「特に大きな問題はありませんでした。教材も無事届きましたので、本棚を入れ替えておきました」

 

「幸子さんの反応はどうでした?」

 

「名残惜しいとは言ってましたが、特に反抗的な態度は取りませんでした」

 

 幸子さんのお母さんとテレビ電話で話す。

 今日は最初の日のカリキュラム日程。服装は、防寒のため下にズボンを履いていつつも、ロングスカートだったと言う。

 今日から日曜日まで幸子さんはカリキュラムを受けることになっていて、あたしはこうして毎日この時間に報告を受けることになっている。

 あたしの両親は空気を読んで別室に居てくれる。

 

 ともあれ、幸子さんは大学もあるのでそれ用の日程を組む。そのため明日も引き続き家事を教えることになっている。

 明後日はスカート着用で改名書類を役所に届けないといけない。

 新しい名前は既に「幸子」になっているが、戸籍はまだ「悟」のまま。

 カリキュラムでは、決して他の人が代理で渡してはいけないことになっている。

 もちろん法的には代理人を立てることも可能だが、女の子の象徴であるスカートを穿かせ、自分の手で改名書類を書かせ、提出させることが重要なこと。

 そして、更にあたしがそうであったように、あらかじめお母さんには水を用意してある程度飲ませなければいけない。

 

 つまり、幸子さんを女子トイレに入れさせることだ。とは言え、あの時に入ったかもしれないけど、大事なのはスカートで女子トイレに入るということ。

 

「明日の注意点ですけど、必ず水を飲ませてください。そして女子トイレに入れさせることです」

 

「分かりました」

 

「外見は若い女性です。男子トイレはもちろんのこと、多目的トイレでも他の人への迷惑がかかります。大学が終わったら直行でお願いします」

 

「はい」

 

「じゃあ幸子さんに繋いでくれる?」

 

「……分かりました。幸子ー!」

 

 お母さんが幸子さんを呼び、話し相手が幸子さんに代わる。

 

「あ、石山さん。こんばんは」

 

 幸子さんが落ち着いて挨拶する。女の子の日の関門も既にクリアしたしもう精神は荒れていない。

 

「こんばんは幸子さん、1日目はどうだった?」

 

「うん、まだ家事のことよく分からないけど、どうしてここから?」

 

「うん、家事は男性でも出来るけど、清潔さが特に求められる女性には特に重要なのよ」

 

「それで、明日はどういう内容?」

 

「うーん、そのあたりは明かせないわよ。それよりも、あたしはあなたの大学について聞きたいわ」

 

 大学は出席点が大事なので、授業を休む訳にはいかないという。

 しかし幸いにも明後日は幸子さんとしては午前中で授業が終わるので、午後にカリキュラムをすることが出来る。

 もちろんスカートを穿かせるわけだから、大学の友人たちへの影響も心配はされる。

 これについては、以前のイメージが色濃く残っているから大丈夫だと言っていた。

 

「うん、女の子の日の関門も既に乗り越えた幸子さんなら、この後のカリキュラムはきっとうまくいくわよ」

 

「そ、そうかな?」

 

 幸子さんが不安そうに言う。

 

「うん、大抵はカリキュラム中やカリキュラム後に来るものだけど、幸子さんは躊躇もあって時間がかかったからね。いずれにしてもカリキュラムをクリアした人の多くが女の子の日で脱落してるから、幸子さんは本来カリキュラムを受ける段階より高いハードルを、既に越えているのよ」

 

 そこは自信を持っていいと、あたしは伝えた。

 ともあれ、幸子さんのお母さんも、「覚悟を決めました。幸子が少しでも女の子になれるように頑張っていく」と言ってくれた。

 そこからは迷いが消えてくれた。

 さすがにあたしほどに昔を捨てるのに躊躇していないわけじゃないけど、それでも、「それ以外に道がない」という現実をきちんと受け入れられてくれれば、自殺への道に進むことはない。

 

 失速していた幸子さんの飛行機は、機首が下がって揚力を取り戻しつつある。

 横転仕掛けていた幸子さんの船も、復元力で元の水平に戻りつつある。

 あたしの誘導によって、クルーが適切な処置を取り始めたのだ。

 

「そう言ってもらえると嬉しい。これからどうなるんだ?」

 

「言葉遣いや態度の矯正は続きますけど、土曜日には小谷学園で課題をします」

 

「そ、そうか……」

 

「ええ、内容は来てのお楽しみです」

 

「あ、ああ……」

 

 あたしは考える。

 小谷学園での課題、幸子さんはもう大学生だからと無意味に感じないだろうか?

 それとも、女子高生としての生活を送れなかったことに未練を感じるだろうか?

 あるいは、スカートめくりのお仕置きに、めくられ慣れてしまわないだろうか?

 

 あたしの中で、次々と懸案が浮かび上がる。

 でも今は、目の前にあることを片付けさせないといけない。

 金曜日までに、どれだけ女性としての振る舞いを身に着けているか、あるいは課題にどんな服で来るか?

 不安であるとともに、そこは楽しみでもある。

 

 あたしが小谷学園に女の子として初めてきた時、制服や生徒手帳を処分する課題があった。

 でも幸子さんには高校時代の制服で代用してもらうことになる。

 自覚の刷り込みにはやや足りないと思うけど、まあ仕方ないだろう。

 

「そうそう幸子さん」

 

「ん?」

 

「隠してた男物の服、返却することにしたよ」

 

「え!? どうして……わ、私……別にもう着ないけど」

 

「ああうん、それでいいの。ただ課題の時に使うだけだから」

 

 古着屋さんに捨てるという課題だけど。

 

「そ、そうなんだ……何に?」

 

「それはまだ明かせないわよ」

 

「やっぱり?」

 

「もちろん」

 

 ついでに、お母さんにも尾行させなきゃいけないから、何気に大変だ。

 あたしは……あうう、思い出しただけで恥ずかしくなっちゃうよー

 でも幸子さんも失敗の可能性高いから……幸子さんもきっといっぱいおしおきされちゃいそうだ。

 その時にちゃんと恥じらいを身に着けてくれるといいけど……

 

「……あの、今日は以上で大丈夫です」

 

「あ、うん。もう夜も遅いし、切るね」

 

「はい、石山さんも勉強があるんですよね?」

 

「うん、そうだよ。12月の終わり、冬休み前に中間試験」

 

 あたしが言う。

 

「もし分からないところがあったら……分かる範囲で答えるよ。一応大学生だし」

 

「そう、ありがとう」

 

 あたしの成績も悪くないから頼ることは少ないとはいえ、幸子さんだってあたしに恩返ししたいと思っているはずだし、何かあったらお言葉に甘えることにしよう。

 

 ともあれ、カリキュラム1日目は問題なく終了していたようなので、今のビデオの様子を動画ファイル形式で添付し、協会本部にメールで送る。

 また、メールの添付ファイルにはもう一つ、PCで作成しておいたレポートと、幸子さんが送ってきた少女漫画の読書感想文も送っておく。

 

 ちなみに、読書感想文の内容は、あたしが書いたそれにそっくりだった。

 カリキュラムの本を読んで初めて知ったが、成績不良者の場合、「何が面白いのかよく分からない」「つまらない、読むのが苦痛」何て書いちゃうらしい。

 逆に登場人物、主人公以外の人物の気持ちとか感想、更に少年漫画などとの違いまで言及して書いていると、成績優秀だという。

 この辺の基準は、女の子になったばかりは全く分からないだろうけど、今なら確かによく分かる話だよね。

 

 

 2日目、この日はテレビ電話で簡単な報告だけ。

 幸子さんもお母さんも特に何も問題は無いと言っていた。

 今日は念のため徹さんにも幸子さんの様子を聞いてみたが、「お姉ちゃんは最近どんどんキレイになってる」と言っていた。

 それなら大安心だから、あたしもすぐにテレビ電話を切る。

 明日はいよいよスカートを穿いて外出の日、ということになっているけど、あたしと幸子さんで温泉施設に行った帰りに、もうスカートを穿いて外出してしまっているから、そこまで大きな負担はなさそうではある。

 あたしがそうであったように、カリキュラムの最初の日から、恐る恐るながらもスカートを穿くようになったのはいい兆候だ。

 幸子さんのことだけじゃない、あたしも勉強をしなきゃいけない。

 時折、浩介くんもメールなんかで分からない所を聞いてくるので、それを教える。

 他の人に教えるだけでも、自分の中で理解が深まることがある。不思議なものよね。

 

 

 3日目、この日が肝心だ。

 この日はあたしがされたように、被験者を油断させて、もし不適切な姿勢で休んでいたらスカートめくりのおしおきをしなければいけない場面で、本当に幸子さんのお母さんが心を鬼に出来ているか、教育者を試す日にもなっている。

 

「それで、ちゃんとおしおきしましたか?」

 

「はい、幸子には女子トイレでの入り方を学ばせました。部屋で休んでいる時も気が抜けていたのでスカートをめくりました」

 

 良かった。あそこはあたしでさえ引っかかった場所だし、まず気を抜いてしまう場面。

 

「それで、反応はどうでした?」

 

「驚いている感じでしたが、恥ずかしがるように言ったら『恥ずかしいよお』と言いました」

 

 うん、それでOKね。

 

「ふふっ、良かった。ちゃんと恥ずかしがった後はネタばらししました?」

 

「はい。幸子も狐につままれた様な感じでしたけど、パンツ見せちゃいけないから常に注意するということについては納得してくれました」

 

 うん、模範解答。

 どうやらお母さんも、自分の「善意」が完全に誤りであることを納得してくれたようで、ちゃんと心を鬼にしておしおきが出来ているようだ。

 ……あたしの母さんの場合は、なんかノリノリでお仕置きしていたって感じだったけど。

 

「ありがとう。じゃあ幸子さんに代わってもらえます?」

 

「分かりました……幸子ー石山さんよー!」

 

「はーい!」

 

 遠くで元気のいい幸子さんの返事が聞こえ、お母さんが退場し、幸子さんが入る。

 

「こんばんは幸子さん、今日のカリキュラムどうだった?」

 

「うー、昨日一昨日よりなんか恥ずかしかったよー」

 

「ふふっ、ちゃんと女子トイレに入れた?」

 

 あたしが聞く。そこが一番重要。

 

「う、うん……一回入っちゃえば何てことなかった」

 

「で、スカートではどうだった?」

 

「ああうん、昨日一昨日もスカートだったから一発でクリアしたけど、状況説明はやっぱり恥ずかしかったよ」

 

 どうやらスカートでのトイレの入り方も習得してくれた模様でよかった。

 

「うん、その気持ち、忘れないでね」

 

 あたしがニッコリと言う。

 

「でも、それって男でもあるんじゃないの?」

 

「ふふっ、今は確かにそう思うかもしれないわよ。でもそれが一つ一つ、血となり肉となり、幸子さんは乙女になっていくのよ」

 

 あたしが言う。

 

「そ、そうなのかなあ……」

 

「そうよ、恥じらいの心は大切でしょ、休憩してた時はどうしてた?」

 

「ああうん、パンツ見えてたみたいで、お母さんにめっちゃ怒られたよ」

 

「それで、どうだった?」

 

「あうう、話したくないよお……」

 

 恥ずかしそうに言う幸子さんの様子を見て、あたしはニッコリ笑う。

 

「あら、幸子さん。それならそれでいいわよ」

 

「え!?」

 

「だってそうやって恥ずかしがるってことは、幸子さんが女の子らしく、かわいくなりつつあるってことなんだから」

 

 あたしが優しく褒めるように言う。

 

「あ、ありがとう……」

 

 そう、「女の子らしい」、「かわいい」。

 女の子になろうと決意したTS病の女の子に対して、これ以上に言われて嬉しい言葉はない。

 もちろん、あたしだって上級者とはまだ言えないかもしれないけど、幸子さんはまだまだ女の子初心者。

 幸子さんは、かわいいと言われても、複雑な気分のままで、ちょっとだけ嬉しいという感じが芽生え始めている段階にある。

 でも今は、それだけでも大した成績優秀者だ。

 

 これが成績不良者、あるいは女の子としての人格がほぼ形成されていない時の場合、「言われても嬉しくない」と真っ向から否定してしまう。

 

 カリキュラムの本は本当に詳細だった。

 成績優秀者の行動パターンと、成績不良者の行動パターンが詳細にわかる。

 そして幸子さんは、間違いなく「成績優秀者」のパターンになっている。

 

 これなら、土曜日の日も大丈夫、あたしはそう確信した。

 

 

 4日目、この日はアイロンがけも含め家事の課題を終わらせることになっている。

 明日明後日は土日であたしが行った土日とほぼ同じ内容になるけど、幸子さんの場合はスケジュールの都合でこちらに移動している。

 

 特におかしくなった所はなく、幸子さんのスカートも丈が短くなり始めたと言っていた。

 あたしとしては、昨日と打って変わって幸子さんが後頭部に大きいリボンをしているのが気になった。

 あれはあたしが温泉施設の帰りに渡したもの。

 幸子さんに拠れば「石山さんの白リボンがかわいいと思ったので、私も付けてみた」とのことだった。

 

「そう言えば、大学のみんなはスカート穿いててどんな反応だった?」

 

「うん、最初は困惑してたけど、『かわいい』って言ってくれたよ」

 

 幸子さんがニッコリ言う。

 

「それで、大学の人達はちゃんと女扱いしてくれてる?」

 

「うん、スカート穿くようになって、男女どっち付かずの扱いがやっと変わり始めたよ」

 

「そう、それは良かったわね」

 

 そこだけはあたしより、恵まれているかもしれない。

 あたしの場合は、自業自得でもあったけど、最初は浩介くんも含めてクラスの男子から思いっきり男子扱いされちゃったし。

 

「うん、やっぱり見た目って大事だと思ったよ」

 

 幸子さんが言う。うん、あたしも同感。

 

「そうよ、特に女の子は見た目よ見た目。もちろん言葉遣いとかも大事だけど、女の子に生まれ変わった限りは、男の子に好かれることを目指さないとね」

 

「う、うん……」

 

 おそらく、まだ幸子さんにはイメージはつかないだろう。

 でも、男を好きになるというのは、女の子としてのアイデンティティを確立するのにとても重要な事でもある。

 それはカリキュラムの範囲を遥かに超えた応用編だから、今は頭の片隅にとどめておくだけでいいと言っておく。

 

「それじゃあ、明日、小谷学園で会いましょう」

 

「うん、分かったわ」

 

 幸子さんがさり気なく女の子の言葉になる。

 

「ふふっ、幸子さん女の子の言葉になったわね」

 

 細かい所も見逃さない。これからはカリキュラムも過酷になるので、褒められるところはとにかく褒めてあげないといけない。

 

「あ、うん……今のはつい出ちゃった感じ」

 

「ふふっ、でも女の子になっていっている証拠よ。ちゃんと大事にしてね」

 

「はい」

 

 まだまだ一人称は危ういけど、無意識下はともかく、口調の上では復学時には一人称を変えられたし、多分幸子さんなら大丈夫。

 口調も変わっていけば、大学の人達も、意識は変わるだろう。

 今なら、「幸子さん無理しなくていい、そのままでいい」と言って来ても幸子さんは「これが私の生きる道」と、はねつけてくれる確信が持てる。

 

 明日のカリキュラム、とても楽しみだ。

 そうだ、一個永原先生に相談しておこう。




同じようなカリキュラムでも書いていると受ける人視点と指導する人視点で印象が変わってきます

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