永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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戻り始める日常

 翌日夜、あたしは家事の途中にテレビ電話で塩津家に呼び出された。

 

「幸子さんの様子はどうですか?」

 

「ええ、幸子ったらスペシャルなおしおきをされてすごくかわいかったわ」

 

 どうやら幸子さんも、最後の服と本を捨てる課題で、失敗してしまったらしい。

 あそこのおしおきは本当に恥ずかしい。浩介くんにめくられたのを除けば、間違いなく一番恥ずかしいシチュエーションだった。

 でも、後で調べたら、スペシャルなおしおきには3段階あってあれでも一番軽い罰らしい。

 

「それは良かったわ。ところで、講習を終えたわけですけど、幸子さんをこれからは娘として愛せますか?」

 

 あたしが一番大事な質問をする。

 結局周囲の扱いが男のままだと意味がない。それはあたしでさえ同じ。

 

「ええ。もう私から見たら女の子そのものですもの、これからは徹が長男で幸子が長女です」

 

 幸子さんのお母さんから、迷いが完全に消えた様子が伺える。

 

「でもですね、実を言うと女の子になるためにはここからが本番なんですよ。カリキュラムはあくまで入門編ですから」

 

 それはあたし自身よく実感している。

 

「そ、そうですか……では幸子はまだ予断を許さないんですか?」

 

「いえ、もう殆ど心配いりませんよ。既に生理の関門も超えてますし、少しずつでいいです。いつの日か、男の子の恋人ができますよ」

 

 あたしは焦りすぎたけど、幸子さんに同じ道は過酷だろう。

 

「そうだといいわね。それにしても、まさか跡継ぎのはずの長男が嫁入りするかもしれないなんて思ってもいなかったわ」

 

「うん、それはそうだと思います。ともあれ、良さそうで何よりでした」

 

「ところで、この後のサポートは何があります?」

 

「あたしもまだ実感はつきませんけど、基本的にカウンセリングは本人が120歳になるまで続けられるとのことです」

 

「え!? じゃあ後100年も面倒見てくれるんですか!?」

 

 幸子さんのお母さんが驚いたように言う。

 確かに、普通の人からすればそれはとんでもない保証期間だ。

 

「はい、とは言えカウンセリングも50歳を超えたら殆ど使われないので、実質『最終試験』への合格で主要な『教育』は全て終わります」

 

「最終試験というのは?」

 

「身も心も、そして反射的本能から本当に女の子になったかの試験です。あたしは半年で合格ですけど、通常どんなに早い人でも3年はかかります」

 

「内容というのは?」

 

「うーん、話してもいいですか?」

 

「ええ、聞きたいです」

 

「……分かりました。女性向けのアダルトサイトを見てもらうんです。そこで、その……男性の勃起したアレを見て、ちゃんと興奮して濡れるかどうか……それが最終試験です」

 

「うわー生々しいわね……」

 

「でも、越えなきゃいけないところなんです」

 

「ええ、分かってるわ。ともあれ、幸子が世話になりました。石山さんにはどんなにお礼をしてもしきれません」

 

「いえいえ、あたしは担当カウンセラーとしての責務を果たしただけです、それにまだ終わりじゃないので、幸子さんお願いできますか?」

 

「……はい」

 

 テレビ電話の相手を、お母さんから幸子さん本人へと変える。

 

「幸子さん、今日はどうでした?」

 

「ああうん、まさかこんなに簡単に捨てられるとは思わなかったよ」

 

「ふふっ、それで、うまくいった?」

 

 幸子さんが首を横に振る。

 

「お母さんに尾行されてて、何回かパンツ見せてたとかなんとかで……うー、恥ずかしい……」

 

「うん、あれ恥ずかしいよね。あたしも、自分でスカートめくらされて、パンツ見せながら罪状を言わされた上で恥ずかしがるように言われちゃったよ」

 

「え!? それだけで済んだの?」

 

 幸子さんが驚いた顔をする。

 

「ん? 幸子さんは違うの?」

 

 あたしはあえて知らないふりをする。

 

「う、うん……私はその……石山さんのしたことの後に母さんの膝に乗るように言われて、そこでスカートをわざとゆっくりめくられてお尻ペンペン……といっても叩くんじゃなくて触るって感じだけど……それが余計に恥ずかしくて……しかも『私は今スカートめくられてパンツ丸出しでお尻触られて恥ずかしいです』とか言わされて……」

 

 あちゃー、一番重い罰ね。

 

「そ、そうなんだ……でも、幸子さん、昨日よりなんだか女の色気を感じるわよ」

 

「そ、そう? あ、ありがとう……」

 

 幸子さんも確実に成長している。

 ともあれ、幸子さんのカリキュラムもこれで終了、明日からはスカートをめくられたりはしなくなるけど、カリキュラムはあくまでも入門編だから、これを土台に女子力を少しずつ高めていくように言って、あたしからの講習も終わりとなった。

 

「それじゃあお疲れ様。大学ではどう?」

 

「うん、最近はスカート穿いても周囲から何も言われないよ」

 

「うん、それはよかった。他に何か伝えたい事ある?」

 

「ううん、特に今はない」

 

「じゃあここで切るわね。またいつか、会いましょ」

 

「うん」

 

 これで幸子さんの、カリキュラムが全て終わった。

 あたしは、一仕事終えたという感じで背伸びをする。

 明日は月曜日、また浩介くんに会える。今日のカリキュラムのことは、話さないでおこうかな?

 

 お風呂で長い髪を洗いながら、あたしも幸子さんの名前ように「幸せな子」にもなれていることに気付く。

 今日はまた、協会の仲間が沢山いることに気付かされ、孤独を和らげられると言っていた。

 

 ともあれ、幸子さんのカリキュラムも終わり、新たに別の人のカウンセラーになるまでは、協会の正会員としての活動はいくらか少なくなると思う。

 そうしたらまた、高校生としての生活が増えそうだ。

 

 

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

「んー!」

 

 気持ちよく朝を起きる。

 あたしはいつものようにパジャマと下着を穿き替えて制服姿になる。

 ストッキングも女の子の体を知り尽くした今だから、すぐに素早く履けるようになった。

 今日は月曜日の平日だけど、まだ時間があるのでちょっとだけぬいぐるみさんで遊ぶ。

 

 かわいらしい熊さんのぬいぐるみと犬さんのぬいぐるみ。

 

「ねえねえ犬さん、この先の匂い、何だかわかるー?」

 

「くんくん、うーん、人間さんがバーベキューしてる匂いだね」

 

「そうか、じゃあ人間さんごと食べちゃおうよ」

 

「熊さん、相手は火や車を持ってるよ。それに集団だから、僕たちの方が危ないよ」

 

 あたしは最近、この二匹のぬいぐるみさんで劇を作るのにはまっている。

 もっとも、話の構成は支離滅裂だし、母さんにも、浩介くんにもちょっと見せられない。

 

 もしばれたら間違いなく幼稚だって言われるだろうし、自分でもさすがにどうかと思うけど、どうしても楽しくてやめられない。

 

 ともあれ、一通り遊び終わったら母さんのいるリビングルームへ。

 

「優子おはよう」

 

「おはよう母さん」

 

 既に両親が朝食を取り始めている。

 

「ふう、また月曜日かあ……今年は祝日が土曜日に重なりすぎてるよなあ……」

 

 父さんが憂鬱な表情で言う。

 月曜日は、以前のあたしにとっても大敵だった。とにかく学校に行かなきゃいけないし、いつも怒ってばかりの日々を5日間繰り返さなきゃいけないからだ。

 

 でも今は違う。

 大好きな人が学校で待っている。今後は土日もまたデートできる日が増えると思うし、青春を楽しめそうだわ。そう思うと、あたしは月曜日を克服できた。

 

 

「では、次のニュースです……」

 

 テレビのニュースは相変わらず下らないことを繰り返している。

 よっぽど治安がいいのか、最近では1つの事件を長く引っ張ることも多い。

 後、芸能人などの不倫疑惑を週刊誌の孫引きでよく引っ張ってくるのも最近目立つ。

 

 確かに不倫はよくないことだけど、さすがにしつこすぎると思う。

 桂子ちゃんによれば、こういうのは女の子が好きだという。実際、クラスの女子たちも、たびたび芸能人のスキャンダルで盛り上がっていたのを見ている。

 でも、あたしはどうも理解しにくい。

 

 それは多分、あたしの中にまだわずかに残っている「男」の部分だと思う。

 やっぱり、永原先生が言うように、何百年たっても、生まれた時の性別が顔を出すことはあるみたい。

 

「関係各位には、誠にご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありません」

 

 テレビの中で、不倫をした芸能人が記者たちの前で謝罪の言葉を述べている。

 ところで、浩介くんはどうだろう? 人間は本能的に不倫癖があるとまで言う。

 だけど、あたしは浩介くんが不倫するとは想像もできない。

 

 どこからその自信が湧いてくるのか? その根拠を考えてみる。

 もちろん、あたしがミスコンで超が付く美人の永原先生と桂子ちゃんを退けて優勝したくらいの美人でかわいい女の子っていうのもあるし、あたしは顔だけじゃなく体型にも自信がある。

 あたしも「男だった頃の知識」は忘れていないから、胸とお尻がとても大きくてお腹も健康的に肉がついているむっちり体型は男性にとって本能的に好みだということを知っている。健康な赤ちゃんを産めそうな体系だからだ。

 

 そしてこういう男性の知識、目線を知っているのは他の女の子にはない。だから、今のところ、あたしはちゃんと浩介くんを満足させられている。

 それに浩介くんは女の子を守りたい保護欲の強い男の子みたいだし、そういう意味でも今の弱いあたしの性格は、浩介くんにぴったりはまっている。

 

 そしてあたしが持っている最大のアドバンテージが「不老」だろう。浩介くんがこのあたしを差し置いて、いつか老けておばさんになっていく他の女性に目移りするとは想像もつかない。

 

 もちろん永原先生を始め、同じTS病の人には無効だけど、それは滅多にいない。

 会で固まってるけど、それでも見つけにくいし年齢差だってあるだろう。それにつけて、同い年のあたしは断然有利だ。

 

 ……と、なんだか自画自賛ばっかりになっちゃったけど、いずれにしても浩介くんの不倫の可能性は限りなく0に近いというのは事実だろう。

 

「優子、そろそろ時間よ」

 

「はーい」

 

 おっと、考え事してたらもうこんな時間になっちゃったわ。

 

 あたしはちょっと急いで学校へ行く。

 

 

  ガラガラガラ……

 

「おはよー浩介くん」

 

「おはよー優子ちゃん」

 

「浩介くん、今日もかっこいいね」

 

 いつもは言ってなかったけど、さっき不倫のことを考えてたら急に言いたくなった。

 

「あ、ああ……優子ちゃんも今日もばっちりかわいいぞ!」

 

「わーい! 浩介くん大好き!」

 

 あたしが両手を上げて喜びを体で表現する。

 浩介くんは突然のことに顔を赤くして動揺している。

 

 

「相変わらずお熱いこと」

 

「うんうん、私でもあそこまでじゃないですよ!」

 

「あら、じゃあ龍香もあの二人に負けないようにしないとね」

 

「あはは、でも私の彼も最近は更に凄くなってますよ!」

 

「うん、龍香最近またかわいくなったもんねえ……もしかしてする回数増やした?」

 

「はい……」

 

 

 龍香ちゃんと桂子ちゃんがあたしについて何か話してるのが聞こえた。どうやら龍香ちゃんも彼氏とうまく行っているみたいでよかったわ。

 あたしも、浩介くんとの体の相性はまだわからないけど、きっと大丈夫だと思う。

 

「浩介くん、もうすぐクリスマスだね」

 

「ああうん、でもその前に中間テストだよ……」

 

 浩介くんがちょっと憂鬱そうに言う。

 

「そうだね、浩介くんはどう?」

 

「うん、ちょっと調子悪いかも」

 

 そう言えば、浩介くんの成績ってどんな感じなんだろう?

 

「どんな成績でも、浩介くんは浩介くんだから安心してね」

 

「ああうん、頑張るよ」

 

「うん、頑張ってね。でも、成績が落ちたとしても、あたしはずっと浩介くんが好きなままだよ」

 

 ベタなセリフだけどやっぱり照れくさい。

 

「ああうん、俺も、優子ちゃんが好きだぞ」

 

  ヒューヒュー

 

 あたしたちは学校でも公認カップルだからいつものろけているんだけど、そうしていると、必ずどこからかこういう感じになる。

 

 

「ちくしょー! 篠原め! うぐぐぐぐ……!」

 

「なんだよこの空間、かゆい! むずがゆいー!」

 

「くそお! リア充め! 篠原めえ! 優子ちゃんを独り占めしやがってー!」

 

「くそー! 試験前でも躊躇なくいちゃつきやがってー! 呪われろー! くぁwせdrftgyふじこlp」

 

「しのはら死ね、死ね死ね死ね……不幸になれ、不幸になれ不幸になれ不幸になれ……修行するぞ修行するぞ、呪うぞ呪うぞ呪うぞ……」

 

「アブラカタブラ南無阿弥陀仏、神よ、篠原浩介を呪い給え汚し給えかんながらたまちはえませかんながらたまちはえませ南妙法蓮華経――」

 

 そして、高月くんを中心とした男子の集団が、一通り浩介くんに恨み言を言った挙句、全く効果のない意味不明な「呪いの儀式」を始めるのだ。浩介くん曰く「気持ちいい」らしい。

 最近、高月くんは友人だった浩介くんと付き合う機会がめっきり減ってしまった。

 

 もちろん関係が断絶しているわけではないから、つるむこともあるけど、一緒にいるのは男女で別れて何かをする時くらいで、ほとんどあたしと二人で行動している。

 だから、あたしも他の女子とも仲がいいままだけど、今までより話す機会は減ってしまった。

 

 

 まあ、1日は24時間しかないから……って仮に1日が増えたとしても浩介くんにといる時間が増えるだけだよね。

 浩介くんは男の子だし、男友達よりも好きな女の子と一緒にいたいし、それは女の子のあたしも同じ。

 

「はーい、ホームルームを始めますよー!」

 

 いつものように、レディーススーツ姿の永原先生が教室に入ってくる。

 学校は本格的に試験モードに入り、今週からは部活がお休みになる。

 懸案は試験期間と生理周期が重なる危険性だけど、あたしの計算では明後日が「女の子の日」になるから大丈夫のはず。

 今までは運が良かったけど、あたしは生理の重さにはまだ慣れ切ってないし、重なったらシャレにならなさそう。

 ほかに重い子がいれば相談もできるけど、誰が重いとかだれがどの周期かなんて全く把握してないもんなあ……

 

「はい、じゃあ今日は月曜日だから、このまま古典に入るわよ。みんな、試験前の対策課題を提出してね」

 

 ともあれ、試験を切り抜ければ冬休み、浩介くんともたくさんデートできそうだわ。

 そんなことを思いながら、今日も学校が一日始まる。

 

「あ、石山さん。ちょっといいかな?」

 

「はーい!」

 

 永原先生に呼び出される。

 

「カリキュラムお疲れ様。カリキュラムが終わると、ささやかだけど成績に応じて報酬が出るわよ。この後最終試験に合格したり、患者が一定年齢に達すると少額だけど報奨金が出るわ」

 

「あ、ありがとうございます。永原会長」

 

 話題的にも、今はこっちを使う。

 

「話はそれだけよ。あ、次の会合のことを言っておくわね、場所は本部で日時は――」

 

「うん、大丈夫」

 

 浩介くんとのデートとも重なっていない。

 

 

 さて、学校も試験前だけど、小テストの結果を考えるに、あたしの成績は不思議と良くなっている。

 TS病で女の子のことを覚えなきゃいけなかったり、今も日本性転換症候群協会の正会員として、幸子さんのカウンセラーの仕事まであってちょっと勉強不足なのに、成績が上がった理由。

 それは「効率が良くなった」か「地頭が良くなったか」のどちらかだが、勉強の方法なんて特に考えてないので、どうも後者らしい。

 自覚がないけど、TS病で世界が広くなったせいかもしれない。

 だとすると自然と前者になったのかな?

 まあいいや、あたしはあたしなりに勉強頑張ろう。


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