永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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優子ちゃんが羨ましい

「ねえねえ優子ちゃん、久しぶりに一緒に帰ろうよ」

 

 学校が終わると桂子ちゃんが声をかけてきた。

 うーん、今日も浩介くんと帰りたいんだけど。

 そう思い、あたしは浩介くんの方をちら見する。

 

「いいんじゃないか? 二人は幼馴染で女の子同士だろ? 俺を喜ばせるための作戦会議とか、最近積もる話もあるだろ」

 

 浩介くんが、今日は桂子ちゃんと一緒に帰るように言う。

 うん、確かにたまには桂子ちゃんと帰るのも悪くないかな?

 ……3人でもいいんだけど、あんまりそういう雰囲気じゃない。

 

「うん、じゃあ浩介くん、また明日ね」

 

「おう」

 

 浩介くんと分かれて桂子ちゃんと一緒にげた箱に行く。

 

「優子ちゃんも、篠原も、成長したよね」

 

「え? うん、確かに女子力は磨いてるつもりだけど……」

 

「そうじゃ無いわよ、二人とも、すごく物分かりがよくなったわ」

 

 桂子ちゃんの指摘。

 

「……今日のこと?」

 

「うん、お互い相手のためにって誠意が伝わって来たわよ。言葉や行動で誠意を伝えるのは、お金で伝えるよりはるかに難しいのよ」

 

 桂子ちゃんが意味深な様子で言う。

 

「優子ちゃんもよ、浩介くんに感謝をはっきり伝えて欠かさないもの」

 

「うん」

 

 だって、浩介くんに助けられっぱなしだし。

 

「それに彼も、優子ちゃんが自分のためにがんばってるってことは、ちゃんと分かってるわよ」

 

「そ、そう?」

 

「うん、だからこそ、彼も優子ちゃんのために頑張ろうって気になるのよ」

 

 桂子ちゃん、やっぱり鋭い。

 

「やっぱり、男の子に好かれるっていいわよね」

 

 あたしが言う。ましてや浩介くんだもん。

 

「うんうん、私も彼氏欲しいんだけどねえ……」

 

「桂子ちゃんなら大学生や社会人になっても引く手あまただよ。高校だと結構高嶺の花って気にするし」

 

 あたしだって多分周りが正体知らなかったら今の桂子ちゃんみたいに高嶺の花になってた可能性もあると思う。

 

「うーん、でも私、優子ちゃんとは違うのよねえ……」

 

「え!?」

 

「あー、私も優子ちゃんや永原先生みたいになりたいわ」

 

 桂子ちゃんが言う。それはつまり不老になりたいということ。

 

「でも、男から女になるって大変よ。今までの価値観を変えなきゃいけないし」

 

「ああうん、それでも。よ。優子ちゃんのこと、羨ましく思うの」

 

 桂子ちゃんの告白、それは、永原先生からも言われた。

 でも、永原先生が言う「羨ましい」とはニュアンスが違う。

 そうじゃなくても、あたしはおしゃれして外出するとよく「羨ましい」と言われる。

 

「……桂子ちゃん、天文部だもんね」

 

「うん、人間の一生は天文好きにとってはあまりに短いわ。それに、あたしも男に好かれたいから、年齢を重ねたくないのよ」

 

「……実はね、あたし羨ましいって他の人にも言われたんだ」

 

「え!? あ、駅だよ」

 

「うん」

 

 話していたら駅が近くなったので一旦駅に入る。そして電車を待つ。

 

 

「……それで、優子ちゃん。『羨ましい』って、そりゃあ優子ちゃんくらいかわいければ言われるでしょ?」

 

「いや、そうじゃないのよ。もっと別の人から言われたの」

 

 確かに、「かわいい」とか「胸が大きい」としてクラスの女子や通行人、あるいは同じ学園の知らない人に羨ましがられたり、時に嫉妬されたりもした。

 それは表面的な「容姿」に対する「羨ましい」だ。それはあたしの姿を見るだけでも抱くことが出来る「羨ましい」と言える。

 

 一方で、桂子ちゃんの「羨ましい」は、あたしの「不老」という「体質」に対して「天文好き」「ずっと美しくいたい」という観点での「羨ましい」で、あたしがTS病だということを知らないと抱けない「羨ましい」でもある。

 

「え!? じゃあ誰から?」

 

「……永原先生から」

 

 あたしが言う。

 桂子ちゃんは驚きのあまり固まってしまった。

 永原先生という答えは、間違いなく予想していなかっただろう。

 

「間もなく、電車が参ります。白線の内側まで――」

 

 駅の放送と共に電車が入り、沈黙が続く。

 

 

「それで、永原先生が優子ちゃんのことを羨ましいって?!」

 

 電車が発車すると、桂子ちゃんがようやく第一声を言う。

 

「うん、あたしもまだ実感が沸かないんだけどね。今までこの病気になった人は、みんな多かれ少なかれ多大な苦労をしてきて、永原先生は特に、この病気になったがためにかけがえのない恩人や主君を失ったわ」

 

「ええ、夏祭りの時に言っていた『吉良殿』だっけ?」

 

「実は彼だけじゃないんだけど……とにかく永原先生も、他の人も、この病気を『呪い』とか『泥棒』とかそういう表現をするわ」

 

「でも、優子ちゃんにとっては『救い』なんでしょ?」

 

「……うん、どうやらあたしのその解釈、そしてTS病で幸せになったという事実で、永原先生があたしのことを『羨ましい』と言ったのよ」

 

 永原先生が言う「羨ましい」はこれまでの無数の「羨ましい」はもとより、桂子ちゃんが言う「羨ましい」と比べても更に深い「羨ましい」だ。

 永原先生が過ごしてきた500年の月日はもちろん他のTS病患者たちの長く険しい人生との対比での「羨ましい」だ。

 それに永原先生はあたしのクラスの担任の先生であり、日本性転換症候群協会でも会長と会員の関係。

 TS病の先輩としても大先輩で、一言で言えば「目上の人」に当たる。そんな人から「憧れ」を向けられるということが、どれだけ重大なことかはあたしでも分かる。

 

「うーん、それってどういうこと?」

 

「うん、あたしも、詳しくは分からないんだけどね」

 

 それはあたしのことを、どれだけ深く知っているかで違ってくるのだろう。

 付き合いの年数は桂子ちゃんのほうがずっと長いけど、同じTS病という意味では、永原先生とあたしは、桂子ちゃん以上に絆が強くてもおかしくない。

 

「ふーん、それにしたってすごいことよ。普通先生が生徒に憧れることなんて無いわ」

 

「うん、あたしもそう思う」

 

「でも、先生はいつ頃からそんなこと思ったんだろう?」

 

「うーん、ちょっと待って……」

 

 あたしは考える。

 ふと、永原先生があの日、幸子さんと遊んだ帰りに見せてくれた本のことを思い出す。

 そこには、よく笑い、よく泣く、そんな青春を取り戻せた。とあった。

 

 夏の海でも、夏祭りの時も、永原先生はあたしたちに負けないくらい遊んでいた。

 水着姿はあたしたちの中で一番露出度が高かったし、夏祭りの時は誰よりも目立つ格好で、しかも文化財でもおかしくない着物を着てまではしゃいでいた。

 

 多分あの時から、永原先生はあたしに対して「羨ましい」という気持ちがあったのかもしれない。

 女子の一人としてはしゃぐあたしを見て、自分もと思ったんじゃないか?

 20歳でTS病になった時、そこは戦乱の時代だったから、青春なんてできなかった。

 

「まもなく――」

 

「あ、降りなきゃ」

 

 考えがまとまってきたところで降りる駅が近いという放送が流れる。

 桂子ちゃんと一緒に帰る時間ももうすぐ終わる。

 2人で電車を降りて話を再開する。

 

「夏になってから、永原先生ってあたしたちと遊ぶようになったじゃない?」

 

「うん、そういえばそうだよね」

 

「TS病でしかも先生だから、もう青春ができないって思っていたところにあたしが現れた。クラスの雰囲気も良くなって、考えを変えたと思うの」

 

「……なるほどねえ。それで、今からでも女の子としての青春を取り戻したいと思って、夏休みに遊ぶことを計画して、文化祭の時も、まるで生徒の一人のように楽しんでたのね」

 

 改札口を通る。

 家までの道のり、車や自転車に気を付けないと。

 

「うん、ミスコンも永原先生が一番力入れてたよね」

 

「まさか先生が参加してくるなんて思わないものね。あーあ、今思い出しても優子ちゃんに負けたの悔しいわね」

 

「あはは……」

 

 桂子ちゃんも、思い出話の一つになっている。あの時に抱いた邪悪な気持ちとも、やっと折り合いがつけられそうだ。

 でも、時間の解決じゃあ、似たようなことが起きた時に再燃しかねないというのも不安材料ではあるわね。

 

「私、あの後先生から聞いたんだけど……先生、後夜祭終わって3位のトロフィー見てたら、また悔しくなっちゃって家ですごく泣いちゃったらしいわよ」

 

「そ、そうなんだ、もしあたしが負けてたら……」

 

「間違いなく私たち以上に泣いてたんじゃない?」

 

「うん、あたしもそう思うわ」

 

 そう言えば、永原先生がミスコンで泣いた時の写真が出回ってるんだっけ?

 でも、永原先生の人気はさらに高まったみたいでよかったわ。

 

「でもさ……永原先生が青春を取り戻せたのは……TS病のおかげじゃない?」

 

 桂子ちゃんが話題を変えるように言う。

 

「うーん、どういうこと?」

 

「だって、永原先生の時代は青春どころじゃないでしょ? もし不老にならなかったら、青春という概念さえ知らないまま死んでいたんじゃないかな?」

 

 桂子ちゃんの鋭い指摘が入る。

 確かに、戦国時代じゃ青春どころじゃないし、永原先生の生年を考えれば、それこそ不老でもない限り江戸時代まで若さを保ったまま生きられるとは思えない。

 

「そ、そうかもしれない……」

 

「うん、むしろ普通の人の6倍から10倍は生きている年齢になっても、TS病は青春を楽しむことができるのよ」

 

 桂子ちゃんの言葉からは、「羨ましい」が強く伝わってくる。

 永原先生は気付いていないが、TS病に「救い」があるのは、永原先生とて同じことなのかもしれない。

 

「女の子はね、いつまでも若くありたいのよ。だって男はみんな若い女の子が好きだもん。少なくとも私や優子ちゃんより、顔にしわができてるおばさんがモテるなんてことないでしょ?」

 

「うん、当たり前だと思う」

 

 そんなことがあったらシャレにならないわよね。

 

「でしょう? 若くありたいというのは女の子の本能よ」

 

 確かにそう、女性誌なんかも読んだけど、若くきれいであり続けるためにはどうすればいいのかということに、どこも相当な力を入れていた。

 

「そういう意味でも、私は優子ちゃんだけじゃなくて、先生も『羨ましい』と思ったわね」

 

 桂子ちゃんが言う。女の子として、天文好きとして「不老」への「羨ましい」が伝わってくる。

 

「でもあたしはさすがに永原先生の人生は……ちょっと疲れると思うわよ」

 

 江戸城で過ごしてた時代が比較的平穏なくらいで。

 

「そうねえ、そういう意味でも、優子ちゃんは本当に羨ましいわ。先生からもそう思われるんだから」

 

 桂子ちゃんの言葉。

 

「やっぱり、あたしって他の人より恵まれてる?」

 

「当たり前じゃないの! 今までのこと、女の子になってからのこと。もう一度思い出してみてよ」

 

 桂子ちゃんがやや強く言う。もちろん自覚はあったし、女の子になってからの人生の好転を見ればそれは明らか。

 そして他の人からの評価もあたしと同じだった。

 

 この体だって、男の子の好みに合っていることはわかってた。

 そしてあたし自身、とってもかっこいい彼氏を作れた。

 そしてそれだけではなく、クラスの雰囲気も変えてしまった。

 

 ……最近は浩介くんが、男子に嫌われ始めちゃった感じだけど、浩介くんは気にも止めていない。

 浩介くんはホモじゃないから女の子に好かれたいのは当然と言えば当然だけど。

 

「桂子ちゃん、あたしやっぱり、このままの人生を続けていきたい」

 

「うん、それがいいわ」

 

 この話はここで終わりかな?

 

 

「ところで話変わるけど、あたしね、実はこの間、カリキュラムの指導をしたのよ」

 

「え!? カリキュラムってあのセクハラされるやつ!?」

 

 桂子ちゃんが驚いた様子で言う。

 そう言えば、桂子ちゃんにはおしおきにスカートめくりされたことも話していたんだっけ?

 

「あはは、うん。後輩のTS病の子を、ね。うまく行ったわよ」

 

「へーそれはよかったわ」

 

「それでね、その人も、あたしみたいに女の子としての人生を続けたいんだって」

 

「うん、そうやって生きてく以外道はないものね」

 

 桂子ちゃんはカリキュラムの内容はともかく、それしか道がないことには理解を示してくれる。

 

「でも、あたしだったら、仮に安全に男に戻れる選択肢を提示されたとしても、女の子として生きていくことを選んだと思うの」

 

 多分、女の子になったばかりのあたしでも、乱暴だった自分を変えるために、女を選んだと思う。

 

「うん、優子ちゃんなら……優一ならそっちを選ぶと思う」

 

 桂子ちゃんが男だったころのあたしを思い出す。

 そして、あたしの家と桂子ちゃんの家との分かれ道に来る。

 

「それじゃあ、バイバイ」

 

「うん、バイバイ」

 

 お互いに挨拶をして、あたしは一人になる。

 この時間帯も結構危ないから注意したい。

 

 特に何もなく、家に到着する。

 

「ただいまー」

 

「あ、優子お帰りなさい」

 

「ふう」

 

「優子、試験前だけど大丈夫?」

 

 母さんが聞いてくる。

 

「うん、不思議と成績がいいの成績がいいのよ」

 

「優子も多方面から考える力が身についてきたのよ」

 

 母さんの指摘、あたしの分析と似たようなもの。

 

「優子もそろそろ受験のことを考えなさい」

 

「あ、うん」

 

 受験かあ、浩介くんはどこの大学を受けるんだろう? 高校生カップルのとって、大学受験は最大の関門だ。

 もちろん大学が違ったくらいで別れる気は毛頭ないけど、会える機会が減るのはマイナスになる。

 今の成績ならそれなりにいいところに行けるし、一応今は高3相当のことをやっているけど……一応滑り止めに佐和山大学として……

 まだ考えても仕方ないわね。今はとにかく来週から始まる中間試験のことを考えないと。

 

 

 

「ふー、終わったー」

 

 あたしが一息安堵のため息をつく。試験の手ごたえはよかった。

 

「優子ちゃん、どうだった?」

 

 桂子ちゃんが聞いてくる。

 

「ああうん、手応えあったわよ」

 

「そう、それならよかったわ。私はいつもちょっと良くないのよ」

 

「へー、桂子ちゃんが意外ー」

 

 桂子ちゃん、お泊り会の時はそんなに成績悪そうに見えなかったのに。

 

「あはは、宿題が早く終わるからと言って、成績がいいとは限らないのよ」

 

「お、優子ちゃんに木ノ本、試験どうだった?」

 

 浩介くんが会話に乱入してくる。

 

「ああうん、手応えはあったよ」

 

「そうか、俺はボチボチかな? 優子ちゃんと付き合うようになってちょっと良くなったんだよ」

 

「へー、浩介くんも? あたしも成績良くなったんだ」

 

「ふむふむ、やっぱり精神面って大きいわね……」

 

 桂子ちゃんが一人、「考える人」のようなポーズで唸りながら言う。

 

 その後、あたしたちは3人でテストの反省会を始めた。

 途中恵美ちゃんが「試験終わったっていうのにまた勉強か」と言ってきた。

 恵美ちゃん曰く、「大学には進まない」らしい。当初はテニスは高校で引退と決めていたんだけど、とにかく「プロになれ」と圧力が凄かったらしい。

 会社がスポンサーになってくれるのである意味で「就職」ということになる。

 

「ところで、二人とも、志望校ってどうするの?」

 

 ふと、何の気なしに聞いてみる。

 

「うーん、私は佐和山かな?」

 

「うん、俺も成績とも合ってるし、それに近いし」

 

「そ、そう……」

 

 あたしは俯いてしまう。

 

「どうしたの? 優子ちゃん」

 

「ああうん、ちょっとね。あたしも、佐和山受けようと思ってるんだ」

 

「へー、一緒の大学だといいね」

 

「でも、優子ちゃんの成績なら滑り止めだろ?」

 

 浩介くんの鋭いツッコミ。確かにその通り。

 

「ああうん……そんな感じ……」

 

「じゃあ、私達も頑張りましょ」

 

「そうだな、優子ちゃんのためにも、同じ志望校にしてえしな!」

 

 うん、そういう感じで、今はいいのかな?


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