永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「それじゃあ、臨時会合を始めるわ」
今日は12月23日、世間一般には「天皇誕生日」と言われていて、昔の人が多いTS病患者にとっては皇居への一般参賀に参加する人も多い。
午後からは、臨時会合だが、参加者は正会員のみ。
前回の会合ではあたしはかなり上座の方だったけど、今日は一番下座に座ることになった。
参加者はあたしも含めて全部で12人、以前の会合で参加していなかった正会員の1人の顔も見える。
「今日の議題は、塩津幸子さんの成功例についての情報共有です」
普通は最終試験合格者が出た時に報告を兼ねた小さな会合、それもインターネットやテレビ電話で済ますものを組むもので、普通はカリキュラムが終わったばかりでは特に会合は組まない。
永原先生も、余呉さんも、まさか短期間でここまで立て直せるとは思っても居なかったので、このように直接会って話す機会を組んだという。
「えっと、もう一度確認しますね……カウンセラー業務でも忙しかったりしたので、改めて紹介しますと、まず成功させたのがこの人、新しく正会員になった石山優子さんです」
みんなあたしのことをじっと見る。
外見年齢は全員10代の少女だが、みんな実年齢は高い。江戸以前の生まれの6人はもちろん、明治生まれが2人、大正生まれが1人、昭和生まれが2人、そして平成生まれのあたし。
あたしの次に若い人でも60歳を超えているという。
「やっぱりこの会はすごいわ……」
あたしは協会の構成員の年齢層の高さに思わずため息のような言葉を漏らす。
「ふふっ、みんな歳いっているけど、そんな中で17歳の石山さんは模範なのよ」
「ええ」
明治生まれの普通会員というのはかなりいるらしく、以前聞いた話では明治生まれのTS病患者は40人くらいいるらしい。その中でも122歳以上も12人居て、そのうち2人はここにいる正会員だという。
総じて非TS病患者で最も長生きした122歳より長生きの患者は18人。しかし、100年後には、不慮の事故を考慮しなければ246人になるという。
特に昭和のベビーブームの時には、かなりの患者数が居て、性転換手術と言った技術も未発達だったお陰か、やはり自殺者は多いものの、今ほど自殺率も高くなかったらしい。
そのため、やはりこの会も昭和生まれが一番多いという。
「それじゃあ、石山さん、今後ともよろしくお願いします」
「はい、改めてよろしくお願いいたします」
パチパチパチ
「えっと、私と比良さんと余呉さんは知っているでしょうけど、他の正会員の方を紹介しますね。ではこう、時計回りに行きますね」
「あ、会長。会長と比良さんはいいですけど、私は肩書きまでは紹介してないですよ」
「ああえっと、そうだったね。じゃあまず余呉さんの肩書を話しましょうか」
永原先生が一人一人肩書とともに正会員たちを紹介していく。
ちなみに、余呉さんは「支部長統括兼北海道・東北支部長」という肩書きで、要するに北海道から九州までの全8支部長の長を務めているが、支部長統括の方は永原先生を除けば一番の年長者ということで与えられているだけでほとんど形式上らしい。
支部によっては、殆どカウンセラー業務がないらしく、大半の支部長さんは他の役職を兼任しているらしい。
会計や予算を担当している人や、会員間での交流の調整を主に担当している役職もある。
一方で、南関東支部長の人は比較的多忙になることが多く、会長副会長の永原先生と比良さんが彼女のサポートしている。それでも、みんな兼業なあたり、そこまで忙しいという感じではない。
この3人は基本的に他の役職を兼務しないという。
一方で、平の正会員はあたしと他にもう一人だけ。
「それにしても……17歳でしたっけ? その歳で正会員になるのも、カウンセラーをするのも前例はないですし、何よりあんな絶望的な状況を挽回した前例だって殆どありません」
正会員の1人が感心したように言う。
「というかあったっけ? 比良さんは覚えてます?」
別の正会員がそもそもほとんどではなく全くではないかと言う。
「いいえ、記憶にはないわね。会長は?」
「もちろん無いわよ。だからこうして正会員を集めたんじゃない」
比良さんと余呉さん、そして永原先生の3人のやり取り。
まあやっぱり「性別適合手術」を口走ったらほぼ自殺ルート確定なのよね。
「ともあれ、本題に入りますよ。手元の資料を読みました?」
「ええ、家族への支援を重視しなさいってあるわね」
あたしの前に幸子さんの担当カウンセラーだった余呉さんが言う。
実際の所名目上ではカウンセラーはあたしのままだけど、既に安定期になったことや、お互いの住居が離れていること、何よりあたしが学生ということもあって、実質的にはまた余呉さんがカウンセラーを務めている。
「ところで、幸子さんはどうですか?」
「塩津さん、容態はいいみたいです。ただ、大学では友人だった男性たちにモテるようになってちょっと困惑しているみたいです」
「あら、いい傾向ね。そのまま困惑じゃなくて嬉しく思う所まで行きたいわね」
あたしの言葉にみんなも同意する。
とにかく、女子に嫌われてもいいので、男子にモテることから始めないといけない。
最近になってあたしも分かってきたのだが、女子に嫌われれば嫌われるほど、男子に好かれるという法則があるらしい。
小谷学園の場合、桂子ちゃんが「素直にみんなで男の子に好かれようよ」という号令もあって、桂子ちゃんのグループに所属していた女子たちが一定数いてあまり自覚なかったけど。
そういう意味でも、あたしは恵まれている。
TS病で倒れると転校してしまう人も多いという。
そうすると周囲が正体を知らない環境に置かれるので、あたしが復学当初にされた様ないじめや偏見はなくなるというメリットはあるが、一方で環境としては苦しくなる。
みんな元男子としての「知識」があるために、男の気持ちが分かってしまい、そのためにモテるようになるが、女子に嫌われてしまうことも多いんだという。
あたしの場合は、みんな正体を知っていたのに加え、男子受けを狙うべしという桂子ちゃんがグループで勢力を持っていたために、特に問題にもならなかった。
「ですが、幸子さん、大学で女子に陰口言われているといいます」
やはり、モテない女子を中心に嫌われ始めたらしい。
「余呉さん、どういうアドバイスしました?」
「『確かに男に好かれるほど女に嫌われていくけど、男に好かれる女を嫌う女はモテないひがみだから気にしなくていいわよ』と言っておいたわ」
そこで、どうするかというのは実際の所どれを選んでも「女として」の選択になる。
文化祭のミスコンの時のように、どちらを選んでも女らしい選択になるというのは、新しい悩みとも言えるだろう。
だけど、どうしたって将来的には男性に好かれるようになりたいと思ってしまうのだから、今のうちに男にモテるようになっておきたい。
「うん、それでいいわよ。でも、女子特有の感性を学ぶ必要もあるわよね」
永原先生の言葉、あたしの女の子になってからの7ヶ月を思い出すと、女の子としての自覚、態度、振る舞いを改めたあとは、男の子にはない女の子特有の「感性」を学んでいた。
もっとも、桂子ちゃんには未だに「女子力低い」とお説教されているし、これの学習は本当に難しい。未だに女子が集団でトイレ行きたがる心理分からないし。
女の子としての感性を身につければ、次はいよいよ心の恋愛対象が変わり、更に一番深い、反射的な本能まで女の子になる。
そして、最終試験としてかつて自分についていた「あれ」で興奮できれば合格となる。
ちなみに、その時ただ興奮するだけじゃなく、あたしのように「嬉しさ」に満ちた興奮の仕方をすると、100点満点だという。
どちらにしても、あたしを例外として、ここまでで早くて3年はかかる。幸子さんはもう少しかかりそうだ。
「あの旅行、あれが功を奏したわね」
「はい。漫画喫茶の女性専用エリアに入れて、その後女子更衣室、そして女湯に入れる。この順番もポイントです」
あたしが順番を説明する。つまり一歩一歩既成事実を作りながら、退路を断たせるという方法だ。
しかも、新幹線を使わせて遠方に来たわけだから、なおのこと引き返せない。という作戦だった。
「石山さん、私の意見ですけど、いいですか?」
正会員の1人が、何かを言いたそうに言う。
「はい」
「女性専用スペースに誘導させる前に、できればレディース・デーを使用させるというのはどうでしょう?」
「うーん、その手があったわね」
他の正会員の人達も頷いている。
いきなり女性専用スペース、電車の女性専用車両でもいいけど、女性だけの空間に入れるよりも、まずは男女いる中で、女性専用のサービスを利用させる方がいいという。
「石山さんの方法ですと、やはり初手としては強引さが残る気がします」
「ではレディース・デーからということにして、いずれにしても最終的には女湯で締めたいです」
「ええ、私もそれには賛成です。退けなくさせるのが重要ですから」
ともあれ、あたしがカリキュラム前に行った「前段階」は、かなり功を奏しそうだ。
確かに女子更衣室と女湯はハードルが高いけど、退路を断たせる意味では効果的だった。
「とにかく、カリキュラムの前に女の子も得なんだよってことを教えてあげることで自殺ルートも減るでしょう」
「なるほどねえ……盲点だったわ」
あたしたちはそれを痛いほど知っているけど、TSしたばかりでは確かに自覚がない人も多そうだ。
今まで、協会ではレディース・デーを利用させるという発想はあまりなかった。
それは男でも知っていることだから、ということで過小評価されてきた。
しかし、女性としての自覚を持たせるという意味では、「男性が使えないサービスを本当に使うことが出来る」と実践させるのは大きな効果があるということね。
「盲点で思い出したんだけど、『百聞は一見にしかず』には続きがあって『百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、百行は一果にしかず』とも言うのよ。つまり、聞くは見るに劣り、見るは考えるに劣り、考えるは行動するに劣り、行動は成果に劣るという意味よ」
永原先生がことわざを引用する。
あれに続きがありそうな気はしてたけど、本当にあったとは知らなかった。
「あーそういえばあったわねえ……」
「でも後世の創作とも言われているよね」
「でも正論だよねえ……」
永原先生によれば、「百聞は一見にしかず」の他にも様々なバリエーションが考えられているという。
元の「百聞は一見にしかず」は有名なことわざではあるが、その他の言葉の知名度は低い。永原先生も、この話題になって思い出したほどだったのだから尚更のこと。
つまり、いくら「TS病で『男に戻りたい』と思ってはいけない。それは自殺への一直線」と言われても、実際に自殺していく様子を見なければ実態もわからないし(あたしはそんなの見てないけど)、自殺の実態を見たとしても、そこから考えなければそれ以上の学びは得られない。
逆に言えば、聞いた情報だけで正しく考えられるのは恵まれている証拠。
あたしも、ここにいる正会員・普通会員たちも、みんな「成績がいい」と言われた人たちばかりだから、自然とそうしたことがわからなくなっていた。
そして、実際に女の子になる決意をしてカリキュラムを実践するのが「一行」、しかし、半端な気持ちでカリキュラムを実践してもうまくいかない。
あたしや幸子さんのように、具体的な成果を出して、初めて「正しい道」に入れる。
そう思えば、下地があったとは言え、聞いただけで行動に移せたあたしは、確かに恵まれている。
あたしはこの会合で、もう一つ、恵まれていることを実感した。
女性としての自覚を植え付けさせるのがカリキュラムの目的だけど、やはり女性用下着の利便性と同じで「女性は得なんだ」という視点をもたせるということでカリキュラムへの抵抗感は格段に減る。
もちろん北風も必要だけど最初は太陽から入るべきということが今回の趣旨。
いきなり「あなたは不老です。女として生きれば数百年数千年行きられるけど、男に戻りたいと思ったら自殺ですよ」と言われても、脅迫に聞こえてしまい、反発してしまうのかもしれない。
「それじゃあ、石山さんは患者にはどういう意味で説明したらいいと思う?」
「はい。カリキュラムの前段階として、『とりあえず女の子の生活をしてみよう』という意味で入れるといいと思います」
やはり、幸子さんの成功例を見るとカリキュラムの前に「女の子体験」として挿入するのが良さそうだと思う。
「だいたい固まってきたみたいですけど、異議のある人はいますか?」
「「「異議なし!」」」
あたしと永原先生を除く10人が一斉に「異議なし」の声を上げる。
「ではカリキュラム改良案として前段階の新プログラムの創設については全会一致で可決とします」
永原先生が全会一致の宣告をしてくれる。
あたしは、正会員の中では一番若輩だが、今日の議題はあたしの提案がほぼ全面的に導入された。
「では石山さん、これについてあなたの更に具体的な考えを教えて下さい」
「はい、日程は1日でまずレディース・デー、漫画喫茶の女性専用スペース、難しいならレディース・デーの前に鉄道の女性専用車両で代用でもいいでしょう。とりあえずまずは『女性の得な部分』を見せるんです。時間に余裕があれば、女性の多いお店などに行くのもいいでしょう。そして夕方から夜になったら女湯、あるいは女子更衣室のある所に連れて行きます」
「女性も悪くないと思わせておいて、徐々にハードルを上げて、退路を断たせる。細かい所も含めていい案ですね」
「ええ、餌を垂らし、食らいついた所を一気に引き上げるみたいです」
永原先生と比良さんがあたしの提案を受け入れてくれる。
「うーん、でもこの内容を1日では厳しいと思います。特に地方ではそうそう都合よく行かないですから、特に女湯やトイレ以外の女性専用スペースを見つけるだけでも難しい地域もあります」
しかし、別の正会員が異議を唱えて来た。
確かに正論。やはりあたしたちも見落とすことは多い。
「うーん、そうすると、地方用のプログラムも考えないといけないわよね」
永原先生が唸りながら言う。
そもそもこのプログラムの原案となった幸子さんとの遊びも、幸子さんをわざわざこっちに呼び寄せていた。
協会負担で呼び寄せるという提案も出たが、予算を圧迫するため比良さんに却下された。
ともあれ、地方の温泉などを使って代用することにし、レジャー施設なども、そこの県庁所在地やそれなりに大きな地方都市を使うことで、暫定のプログラムが出来た。
「さ、ここから煮詰めていくわよ」
永原先生の号令とともに、更なる煮詰め作業が行われる。
レディース・デーの後に使う女性専用スペースは、あたしの場合は漫画喫茶だったけど、鉄道の女性専用車両の方がいいのではないかという声を出た。
一方で、女性専用車両では「女性の現実」を無駄に見せることになってしまうから、また少女漫画の課題も予習できるため、個室の漫画喫茶の方がいいという意見もあった。
また、東京などに遠征させて、夜行バスなどで「女性専用」を使わせるという意見があったが、永原先生が「バスは事故率が高いため、なるべく避けたい」として反対もしていた。
また、TS病以前にスポーツに打ち込んでいた人の自殺率が際立って高いというデータもあり、ジムやヨガなどの「女性専用」スペースを使わせてそれを緩和するという案もあった。
これについては「ジムは身体能力の差を思い知らされてかえって悪化しかねない」とあたしが異議を唱えたので、お流れになってしまった。
また、ヨガに関しては、インターネットに詳しいに人だと、若い世代でも未だにとある問題を起こした連中を連想する層が一定数いるらしく、またシャワーや更衣室の事もあってハードルが高いとして廃案になった。
結局、スポーツなどに打ち込んでいる人に対する対策は、今日はまだ立てられなかった。
「ふうお疲れ様、ひとまずこれで、次にTS病になった人がいたら、試してみます」
「はい。お願いします」
「それじゃあ今日は解散」
正会員たちが席を立つ。すぐに用事で帰る人も入れば、立ち話している人も居るし、数人で話しながら帰る人もいる。
「石山さん、お疲れ様」
「あ、永原会長!」
「石山さんのこれ、すごく大きな一歩になると思うわ」
永原先生が、明るい笑顔で言う。
「う、うん……」
「もちろん、自殺率は高いままになるだろうけど、少なくとも現状よりは良くなりそうだわ……10年位見ないとわからないけどね」
「じゅ、10年ですか……」
「うん、この病気は数そのものが多くないからね」
「そうですよねえ……」
やっぱり、まだ10年後さえ思い浮かばない。
ちょっとだけあたしが、ここの仲間と疎外感を感じる瞬間。
でも、仕方ないよね。そのうち、うまくいくと思う。