永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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浩介くんの両親

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

 目覚まし時計の音とともにゆっくり意識を回復する。

 今日は12月24日、待ちに待ったクリスマスイブ。

 今日から明日にかけて、浩介くんとのデートをして、そして夜に天文部で天体観測、その後家に戻って浩介くんと初めてのお泊りデートをする事になっている。

 

 12月も下旬、今年ももうすぐ終わりとあって、外はかなり寒い。

 冬のデートは防寒が大事になる。夏みたいに露出の高い服もいいけど、寒そうなのは浩介くんが心配してしまう。

 

「寒そうだねえ……」

 

 あたしはお人形さんがそこまで厚着じゃない事に気付いた。

 お人形さんの「冬セット」を取り出してコート、マフラーを着せてあげる。

 ……うん、これでお人形さんも暖かそうになったわ。

 

 お人形さんと遊んだら、続いて自分の服を着替える。

 あたしはくるぶし丈のロングスカートに、ぴったり防寒がバッチリのタイツを組み合わせる。

 

 そういえばこのスカートは、あたしが女の子になって初めて穿いたスカートでもあった。

 どうして穿こうと思ったのか、今では動機も思い出せない。ただ何となく、女の子になるという決意をした後のことだから最初は単なる興味本位と数日後に備えての予行演習という意味だったかもしれない。

 

 これを穿いて母さんの前に現れた時、母さんはあたしがスカートを穿いていたことそのものに驚いていた様子だったのを覚えている。

 今はもう、あたしがスカートを穿いているのは当たり前すぎて誰も何も言わないけど。

 

 コートは黒いコートで優一時代に来ていた服とあんまりデザインが変わらない。

 あたしはとにかく冬が苦手。優一の頃は夏のほうが苦手だったけど、とにかく手足の冷えっぷりが半端ない。

 

 冬になってからというもの、女の子になったばかりの頃みたいに、男女の違いに戸惑うことが増えた。

 でも、最初の頃に比べれば修正も早いし大丈夫。

 やっぱり半年も経っていると違うみたい。

 

 そういう意味では幸子さんは大変だ。

 本当のことは分からないけど、同じ患者でも夏にTS病になった方が自殺率低いんじゃないかと思う。

 夏なら暑いから女の子の体質で更にミニスカートを穿いたりして涼しいことに気付けば「女の子の良さ」を実感できるから。

 

 

「おはよー」

 

「優子おはよう。今日は朝食を全部頼むわね」

 

「はーい」

 

 母さんから朝食の全権委任を頼まれた。

 丸一日あたしが家事の全てをするという日はまだ訪れていない、実は幸子さんと遊んだあの日に予定していたらしいんだけど、協会の正会員としての仕事のために中止になった。

 

 今日は父さんと母さんもお泊り旅行。

 もちろん、浩介くんとお泊りデートするために体よく追い出したとも言えるけど。ともあれ今日は浩介くんと近くの大きな電気屋さんでデートすることになっている。

 そこは家電からマニアックな自作PCパーツまでバリエーションに富んでいる。

 

 電気屋さんはあたしの好きなデートスポットで、浩介くんも特に好きだという。

 浩介くんのPCはお父さんから引き継いだ自作PCで、性能も悪いため、バイト代を使って時折「改修」しているのだという。

 

 そういえば、あたしのも自作だったかな?

 中学1年生の時にやっぱりお父さんから「余分なパーツでもう一個PCができた」とかなんとかでもらったもの。

 こっちは古いながらもCPUが「i7」を名乗っていて、今のところ用途上問題は起きていない。

 PCの知識は浩介くんの方が上で、浩介くんも饒舌になってくれる。

 

 また、家電コーナーではマッサージ機であたしが肩もみを、浩介くんも歩き疲れた時にふくらはぎをマッサージしてもらう事が多い。

 浩介くんは「いつか買いたい」何て言っていた。

 あたしとのデートのためにアルバイトもシフトを増やしたらしい。

 あたしもバイトしたいところだけど、既に協会の仕事もあるし、一応幸子さんの仕事で4万の報酬が入ったのでしばらくはそれを使っていきたい。

 

 でも、拘束されたのは初めて会った時の1日、小谷学園での「女子高生体験カリキュラム」での半日、そして幸子さんに女の子としての自覚を植え付けさせた「例の旅」の半日、そしてカリキュラム中のテレビ電話でのカウンセリングだから、案外これで4万はでかい。それだけ成功率が低いという意味だけど。

 実際幸子さんとの旅は実質遊び半分だったし。

 

 そんなことを考えつつ、あたしは3人分の食事を作り、食卓に並べる。

 

「お、今日は優子か」

 

「うん、そうだよ。お父さん、あたしの料理のほうが美味しい?」

 

「え!? あの、いやその……」

 

 あたしと母さんが父さんを見る。

 長い沈黙が続く。

 

 

「お母さんだって、まだ半年の優子に負ける訳無いわよ」

 

「あはは、母さん、油断してると……」

 

 あたしと母さんは父さんから目をそらし、父さんそっちのけで火花を散らす。

 ミスコンの時と同じ、女の戦場の空気。

 

「ふ、二人どちらかなんて決められないでしょ!」

 

 父さんはちょっと怒った感じで言う。

 うん、これ以上はやめておこう。

 

 父さんはこういう空気は苦手だが、多分「優一」もそうだったに違いない。

 やはりミスコンで女としてのプライドが高くなったと思う。

 普通に考えれば、あたしは母さんから家事を学んだだけで、自分なりの工夫というのはまだ何も出来てない。

 だから、こんな勝負勝ち目ないのに、つい意地を張ってしまう。

 

 強がったりするような意地はとっくの昔に捨てたけど、「女の子らしさ」のプライドは高まるばかりだと自覚させられる。

 

「と、とにかく食べようよ……いただきます!」

 

「「い、いただきます……」」

 

 父さんが強引に話題を遮り、あたしたちは黙々と食べる。

 

「優子、お泊りデート頑張ってね」

 

「うん」

 

 浩介くんは責任取りたいと言っているけど、もちろん隙きあらば誘惑していく方針は変わらない。

 ただし、露骨すぎると嫌われるから、慎重にしないと。

 

 

「それじゃあ、お母さんたち行ってくるからね」

 

「うん、気をつけてね」

 

 あたしは両親を見送る。

 約束の時間までまだかなりの時間がある。

 デートが終わったら天体観測に直行することになっているから。

 

 ふと、テレビ電話が目に入る。

 これなら、浩介くんに姿も写せる。

 浩介くんは前回の電気屋デートの時に買ったばかり。

 そうだ、ちょっとかけてみよう。

 

 あたしはボタンを操作し、浩介くんの家にかけてみる。

 モニターはテレビのものを使う。

 

 電話らしい音が聞こえ、ガチャッという音とともに画面が映る。

 

「もしもしー」

 

「!?」

 

 電話に出たのは、知らない女性だった。

 

「あれ? どちら様ですか?」

 

 テレビに映った女性が、不思議そうに言う。

 

「え、えっと……あたし、石山優子です」

 

「石山さん……えっと、どういった要件で?」

 

「そ、その浩介くんは……!?」

 

「あー! もしかして浩介の彼女!?」

 

 電話で話しているのは浩介くんのお母さんと見て間違いない。

 

「お、どうしたどうした?」

 

 1人の男性が近付いてくる。

 

「え、えっとその……」

 

「浩介ならまだ寝てるぞ?」

 

「あ、そうですか……」

 

 午後からデートだから別にそれでもいいんだけど。

 

「へえ、私達もいるんじゃないかって思ってたけど……すごいかわいい彼女じゃない!」

 

「か、かわいい……ありがとうございます……うん、よく言われます」

 

 やっぱり、浩介くんの両親に面と向かって言われるとちょっと照れくさい。

 

「おいおい、あの浩介の彼女が……こんなかわいい子だったなんてよお……」

 

  ガチャッ

 

 テレビ電話の奥からドアが開く音がする。

 両親も振り返る、あたしが見ると明らかに浩介くんだ。

 

「あー!」

 

 浩介くんはびっくりしてこっちに近付いてくる。

 

「もう、勝手に出ないでって言ったじゃねえか!」

 

「ごめんごめん。でもどうして黙ってたのよ」

 

「そうだぞ、こんなかわいい子、どうしてすぐに紹介してくれなかったんだ!?」

 

 テレビ電話がつながっているのに、浩介くんとその両親が親子喧嘩を初めてしまった。

 

「あ、あの……」

 

「あら、ごめんごめん。石山優子さんでしたっけ?」

 

 あたしが声をかけると、慌ててお母さんが取り繕ってくれる。

 

「はい、石山優子です。浩介くんとその……同じクラスです」

 

 ともあれ、向こうの悪い空気を一掃するためにあたしもその話に乗る。

 

「かわいいわねえ……こう、オーラが違うよ」

 

「うん、テレビに出てくるアイドルとか女優なんかよりよっぽどかわいいじゃねえか」

 

 あたしが女の子になったばかりの時と同じ感想を浩介くんのお父さんが言う。

 

「えっへん、あたしは今年のミス小谷学園なのよ」

 

「あー! そういえばそうだった! 文化祭で見たぞ!」

 

 お父さんが手をパンと叩いて、思い出したかのように言う。

 

「あー、確かにあのメイドしてた子よね。水着審査がちょっと狙いすぎちゃってたわよね」

 

 やっぱり言われてしまった。

 

「もしかしてお母さんは桂子ちゃんに入れました?」

 

「いいえ、私は永原先生に入れました」

 

「僕は優子ちゃんに入れたぞ。浩介は聞くまでもないか」

 

 お父さんの視線がテレビ電話越しでも分かるくらい胸に集中している。

 あたしが試しにちょっと体制を上げるとお父さんの視線が上に行く。

 

「お父さん、どこを見てるの?」

 

 あたしが胸の下に腕を組んで言うと、お父さんが慌てて視線をそらす。

 

「うー、それはその……」

 

「もう、ダメでしょ。優子ちゃんは浩介の彼女なんだから」

 

 お母さんがお父さんを叱りつけている。

 ちょっと悪い事しちゃったかな?

 

「ごめんなさい……」

 

 お父さんがうなだれたように言う。

 

「あーその、あたし慣れてますし、男性の本能ですから仕方ないですよ」

 

「うおお……性格まで聖人だ……!」

 

 あたしも気持ちが痛いほど分かっちゃうし。

 

「もう、浩介にはもったいないわよねえ」

 

 浩介くんの両親からも褒められた。

 

「でも、あたしだって、浩介くんが最高なのよ……!」

 

「お、おい優子ちゃん!」

 

 浩介くんの声でハッとする。

 しまった! 両親がいる目の前でいちゃついてしまった。

 

「あらあら、優子ちゃんも浩介に惚れたの?」

 

「うーん、実はあたしの方から惚れたって感じなんです」

 

 浩介くんがあたしのこと好きになったのはもっと前だけど経緯はそんな感じ。

 

「へえ、お父さんお母さんにぜひ聞かせてほしいなあー」

 

 やっぱり、経緯を知りたいのはみんな一緒。

 学校のみんなは知っているけど、一応浩介くんに確認取ろう。

 

「うーん、あたしは別に話してもいいけど……浩介くんは?」

 

「ああうん、いいぞ」

 

「うん、実は8月の林間学校の時に――」

 

 浩介くんの了承をもらったので、あたしは浩介くんに惚れた経緯を話す。

 林間学校の実行委員で助けられたこと、最終日にナンパからあたしを守ってくれたことを話す。

 

「へえ、うちの浩介かっこいいわね」

 

 浩介くんの両親にとっても、自分の息子が体を張って女の子を守って女の子に惚れられたのはさぞ鼻が高いだろうと思う。

 

「うん、浩介くんは力も責任感も強くて、どっちかというとあたしの方が惚れてる感じだもん」

 

 浩介くんはやっぱりうつむいて顔を赤くしている。

 多分あたしも顔が赤いと思う。

 やっぱり人前でののろけ話はどうしても顔が赤くなってしまうわね。

 

「しかし、浩介が鍛えてたのがこんなところで役に立つなんてなあ」

 

「それだけじゃないわよ、夏の海の時は――」

 

 あたしは浩介くんに特に深く惚れるエピソードの一つになった3人のナンパ男から身を張って守ってくれたことを話す。

 

「浩介、高校入ってから荒れてたと思ってたのに、やっぱり責任感強いんだな」

 

 お父さんが関心して言う。

 あたしはちょっとだけ優一のことを思い出して憂鬱になる。荒れた原因はあたし自身だから。

 ミスコンの様子からあたしがTS病だということは両親にもバレているはず。

 でも、あたし自身が浩介くんが一時荒れた原因でもあるということや、は最初はあたしは浩介くんにいじめられていたことはまだ話せない。

 

「うんうん、体を張って、自分のことを守ってくれるなんて、惚れるに決まってるわよね」

 

 母さんが、あたしの惚れ方に同調してくれる。

 この経緯を話すのは楽しい。だって、みんな「そりゃあ惚れるよね」って言ってくれるもの。

 これを聞いて変な感想を抱く人はいないから。

 

「そういえば、ミスコンの時、5月初めまで男性だったって言ってたけど――」

 

「あ、それなんですけど――」

 

「え!? この人性転換手術なの!?」

 

 やっぱりこの誤解が出てくる。

 最初の高月くんと同じ。

 

「いいえ、違います。性転換手術した人は女の子の日も来ないですし、赤ちゃんは産めませんが、あたしは妊娠して、赤ちゃんも産めます」

 

「ええ!? どういうこと!?」

 

 TS病は知名度こそ高いけど、極めて珍しい病気だから普通の人は考慮しないらしい。

 

「あたし、TS病なんです」

 

 浩介くんの両親が固まっている。

 

「てぃ、TS病って確か……」

 

「若い男性がなる病気ですよね!? ものすごい珍しいけど、老化しなくて何百年と生き続けるっていうあの……?」

 

 とは言え、そのインパクトでよく知られているから病気の説明はいらないのが不幸中の幸いだわ。

 

「はい。今年5月8日の授業中に、お腹が凄く痛くなって、そのまま病院に運ばれて、翌日に気付いたら女の子でした」

 

 あたしがあの日のことを簡単に説明する。

 

「へえ、すごいわねえ……」

 

「本当、どこからどう見ても女の子そのものなのになあ……」

 

 両親が関心している。

 

「ところで、今更なんだけど、優子ちゃんどうしてテレビ電話を?」

 

「ああうん、午後のデート前に浩介くんとちょっと話したいかなって。お父さんお母さん家に今いないですから」

 

「そ、そうか……」

 

 浩介くんのお父さんも、そこまで深く追求してこない。

 

「ねえ、優子ちゃん。ちょっと家に来てくれる!?」

 

 浩介くんのお母さんが言う。

 

「おい、場所は――」

 

「分かります」

 

 あたしが浩介くんのお父さんの言葉を遮って即答する。

 うん、やっぱり少しでも、浩介くんと居たいし、これは渡りに船だわ。

 

「そうそう、優子ちゃんって家事とか出来る?」

 

「はい、少しくらいなら」

 

 母さんに習っただけだけど。

 

「じゃあちょっとやって見せてくれるかしら?」

 

「ええ!? ……分かりました」

 

 あたしは林間学校のときにも「家庭的」と言われていたけど、あたしの母さん以外の主婦からの評価も欲しい。

 そういう意味でも、とてもいい機会だと思う。

 

「じゃあ電話切るわね。すぐにそっちに行きます」

 

「はーい、待ってるわ!」

 

 浩介くんのお母さんの声で、テレビ電話が切れる。

 うん、すぐに行こう。

 

 あたしはコートを持って、予定よりも数時間早くに家を飛び出すことにした。


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