永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「うー寒い寒い……」
思わず声に出てしまうほど、今日はよく冷える。
でも、浩介くんの家に行ける。あの時みたいに二人きりじゃないけど、それでも楽しい空間。
そこへ向けて進んでいるんだと思えば、あたしの気持ちも幾分楽になった。
北風が強くなる、足元まで伸びるスカートの中に、風が容赦なく入り込んでくる。
冬の北風が強い時、今は大丈夫だけど制服ではやはり黒パンストを穿いているとは言え、めくれたら見えてしまうだろうから十二分に注意しなきゃいけない。
うーん、最初の服選びの時に黒いパンツも買っておけばよかったかな?
駅で電車を待っていると、いつものように放送が流れる。
電車が入る時の風がやっぱり寒い。
中に入ると暖房が効いているのでひとまず浩介くんの家の最寄り駅までは安心できる。
冬の厚手のコートなら胸も目立たず、周囲の視線も和らぐかなと淡い期待を抱いていたものの、あたしの胸はそんなのお構いなしに膨らみを主張してくる。
むしろ、冬場だと胸のある女性でも目立たなくなるせいか、あたしの胸は更に目立つ結果になる。
この季節、男性のエロい視線よりも、女性たちの殺意の視線の方が目立つ気がする。
浩介くんが、あたしとイチャイチャしているとクラスの男子から殺意の目線を向けられて、それが気持ちいいって言ってたけど、あたしもまた、そんな気分になる。
肩こりは相変わらずひどいけど、胸が大きくなるというのは女の子らしさの象徴だから、小さくするなどというのは考えにも及ばなかった。
さすがに、ブラジャーのサイズの問題もあるから、これ以上大きくなるのもちょっとあれだけど。でも大きくなったからって小さくするつもりは毛頭ない。
電車を降りて、浩介くんの家へ。
呼び鈴を押して見る。
ピンポーン!
「はーい!」
中から、さっき聞いた女性の声が聞こえる。
「あ、いらっしゃーい!」
浩介くんのお母さんの声が聞こえると、すぐに姿を現す。
「いらっしゃい。うちの浩介がお世話になってます」
「ああいや、その……お世話になってるのはあたしの方で……」
「……まあいいわ、とにかくあがってちょうだい」
「はい」
お母さんに促されて玄関に入る。
「お邪魔します!」
浩介くんの家に入るのは2回目。1回目は2人きりだったけど、今回は両親も居るから見える空気は違う。
途中トイレが目に入る。
ああ、そういえばあたしはあそこで……あーやめておこう。
「それにしても、生で見るとすごい綺麗ですよね」
「そうですか? 確かに、こんな顔と身体ですし、自分のこと美人だとは思っていますけど」
あたしのレベルだと美人じゃないなんて言ったら謙遜じゃなくて嫌味になっちゃうし、ミスコンであたしに負けた永原先生や桂子ちゃんにも失礼ということになっちゃう。
「ふふっ、自信に溢れた美人って好きよ」
ともあれ、浩介くんのお母さんの印象もいいみたい。
あたしは将来ここで……ってまだ早い早い。
でもどうしても意識しちゃうのよね。
「お、いらっしゃい。うおお、さっきテレビ電話で見た時と変わらないな……浩介は幸せものだぜ」
「ええ、こんなかわいい子の彼氏だなんて」
浩介くんの両親もあたしのことを褒めてくれる。
だけど、ここに来たのは、あたしはそういう表面的な美人というだけじゃないということ見せつけるためでもある。むしろここからが本番と言えるわね。
「あ、優子ちゃんいらっしゃい」
「うん、浩介くん来ちゃった」
「悪いな、うちの両親が……」
浩介くんがちょっと申し訳なさそうに言う。
「ううん、いいのよ、浩介くんに早く会えるならあたしも嬉しいから」
「優子ちゃん……お、俺も嬉しいぞ」
あたしと浩介くんがまたいい雰囲気になる。
「はいはい! そこまでそこまで!」
お母さんに強引に止められてしまった。
まあ、しょうがないわよね。
「とりあえず、優子ちゃん、ちょっと私の家事を手伝ってくれるかしら?」
「はい、いいですよ」
もといそのつもり。あたしはカリキュラム後にも母さんに家事を教わっているし、その成果を見せるのも重要なアピールになる。
「じゃあちょっとこの部屋を掃除してくれるかな?」
「はい」
あたしは部屋に置いてあった掃除機を持ち出す。
スイッチを押し、大きな音が出る。
家の掃除機とは全く違う使い心地、吸引力は使いながら覚えるしか無いかな?
とはいえ、カリキュラムでもやったように、あるいは普段の家事手伝いでやったように、部屋の端の箇所は小さい所に入り込めるタイプに取り替えて綺麗に掃除していく。
「ほほう、すごいわねえ」
「あれ? ここが汚れてる」
あたしは特に汚れが酷いところを見つける。
「あら、ここ汚れやすいのね」
お母さんが知らないという顔をする。
ふふっ、どうやらお掃除ではあたしが一枚上手みたいね。
「ふう、こんなものでいいかしら?」
「うん、いいよ。それにしても言葉遣いも女の子そのものね」
お母さんが関心して言う。
「あーうん、こういう病気になった時に支援団体があってそこでカリキュラムを受けたんです」
「へえ、そうなんだ。どんななんだ?」
お父さんがほんの好奇心で聞いてくる。
「あーうん、こういう家事とか言葉遣いとか、女の子としての振る舞いとか、そんな感じのよ」
さすがにおしおきのことは話さないでおこう。
「へえ、大変なんだなあ」
「そうよ、あたしなんて授業中に倒れて救急車で病院に運ばれたその日のうちに『女として生きていくしかない』って言われて、カリキュラムを受けるのを決意したのよ」
「もう一つ聞くけど……TS病って発症する時激痛だって言ってたけど、どのくらい痛いんだ?」
「うーん……」
生理の時よりもずっと痛いと言いたいが、お父さんじゃ生理の痛み分からないし、あたしの生理はどうも重い方みたいだからうーん……
そういえば優一の頃付いてた「玉」を蹴られた痛みはどうだろう?
あれがずっと続く……うーん、あの時のはそれよりも比較にならない位痛いなあ……
「どうしました?」
「すみません、男女それぞれの痛みを思い出してみたんですが……適切な表現がないくらい痛いです」
「ヒエー、そんなになのか……」
浩介くんが驚いている。
「そりゃあ、身体を作り変えるわけだもん。女の子の日とか大変よ」
「やっぱりTS病って単なる性転換手術とは違うんだな」
そういう感想が出るのも頷ける。
「ええ、あたしと、そしてうちのクラスの永原先生も、この病気です。さっきも言いましたけど、あたしたちは老化しないということを除けば他の女性達と何も変わりません。私達が欲しいのは、性的マイノリティーとしての権利じゃないのよ」
日本性転換症候群協会の正会員として、これは言っておかないといけない。
「そうですか。つい配慮したくなりますけど」
「二人に聞きますよ? あたしが何も知らない人だったとして、あたしのことどう思います? というよりも、初めてテレビ電話で見た第一印象はどうでした?」
「え……それは美人な女性だと思いましたけど」
「ああ、僕も」
「それですよ、それでいいんです。あたしは女の子ですから女の子として見て欲しいということです」
「つまり、下手に考えないほうがいいってことか」
「そうですそうです。それです、第一印象のままに扱ってくれればいいんです」
「珍しいパターンよね」
浩介くんの両親は何かを考え込んでいる。
「ところで、お昼にしますか?」
「そうだな、ご飯にしてくれるか?」
ある程度時間が経つと、そのように言ってくる。
「いつもはお父さんに家事を手伝って貰ってるけど、今日は優子ちゃんに手伝ってもらおうかしら?」
「……出来る範囲でやっていきます」
どんな料理が出るかも分からないので、ここは謙虚に行きたい。
「そうですねえ……今日はそばを茹でようと思ったんですけど……優子ちゃんの分も……あるわね?」
「あ、あのあたしは――」
「ああうん、いいのよ、私が呼びつけたんですから」
って、そうよね。
でも、そばなら作ったことあるし安心ね。
「うん、あー、それでなんですけど……あたしあんまり食べないんで」
「ああ、うん、優子ちゃん女の子だもんね」
ともあれ、そばを茹でるて、更に野菜も切るという。
あたしがそばを茹で、お母さんが野菜を切るという担当。
「ところで、この中で嫌いな野菜とかある?」
お母さんが野菜を取り出すとあたしに聞いてくる。
うん、特に無いわね。
「ああうん、大丈夫よ」
「スープの濃さとかどんな感じ?」
「えっと……どうでしょう? 薄かったら醤油を足せばいいですし、逆に濃いならお湯を足してみて考えます」
というより、濃いめ薄めと言っても個人差あるしそう答えるしかない。
「分かりました」
そんなこんなで、料理が始まった。
そばを茹でる時間を見てタイマーをセットする。でもまだ押さない。
水を張ってお湯を沸かす。
そばを茹でる釜と野菜やスープを作る鍋は違う。
沸騰するまで少し時間があるので、お母さんの野菜の切り方を見る。
うーん、ちょっと下手だなあ……
「あ、あの……」
「ん?」
「ネギはですね……その……ちょっといいですか?」
見てられないので声をかける。
「ええ」
あたしがお母さんに変わって野菜を切ってみる。
「この方が手早くそして簡単に切れます。それからニンジンのように煮えにくい野菜はもう少し薄く……こんな感じでいいと思います」
あたしが母さんに習った方法で実践してみる。
「キャベツはこのようにすると……芯がきれいに切れます」
これらはあたしの母さんの受け売りだけど、母さんの女子力高かったのかな?
「あ、ここはこうするよりもですね――」
「何だ何だ、完全にお株を奪われているぞ」
「すげえな優子ちゃん、うちのおふくろ、面目丸つぶれじゃねえか」
浩介くんと、お父さんがあたしに感心している。
お湯が沸騰してきたのであたしはそばを入れる、お母さんの方は出汁の素やスープの素などを使ってスープを作り、その上に野菜を入れていく。
って、また間違えてるわ!
「あ、一気に全部入れると、煮えにくい野菜が固くなったり、柔らかい野菜が柔らかくなりすぎちゃいますよ」
「え!? ああ、そうよね……すみません、あまり気にしてなくて……」
「ふふっ、次から気をつけてね」
「……はい」
浩介くんのお母さんがシュンとした表情で言う。ちょっとプライド傷つけすぎちゃったかな?
野菜がある程度煮えるにはそれなりに時間がかかるわけだけど、野菜によって誤差が多いから、それを見極めないといけない。
もちろん切る厚さなんかである程度制御は出来るけど、どちらにしても今みたいに一気に全部入れるのは良くない。
ピピピピッ……ピピピピッ……ピッ!
「んーっ!」
タイマーの音がなったのでタイマーを止めると同時に、火を消し、素早く流しに持っていってざるにそばをぶち撒ける。ここは力仕事で、あたしの腕力では結構辛い場面。
「ふう……」
次にざるを持って湯切りをする。伸びないためにもこれは念入りにやる必要がある。
「えいっ!」
そんな中で、そばをまるごと裏返しにする必要もある。
緊張の一瞬だけど、幸いなことに失敗したことはまだ無い。これをしてから、ちょっとだけ腕力は改善した気がする。
そして、野菜が煮えてきたら、それぞれの容器にまずスープと野菜、そしてそばも入れていく。
4人分で来て完成。
浩介くんのお母さんの方で、お椀を運び早速4人で昼食となった。
「「「いただきます!」」」
全員で食べ始める、あたしが一番少ない量。
「お、この蕎麦いつもより美味しいな」
お父さんが一口食べて言う。
「でも素材変えてないわよ」
「あ、でも野菜はいつもとあんまり変わらないような……硬かったり柔らかかったり……」
浩介くんが言う。いつもこんな感じなのね。
「うー」
浩介くんのお母さんが恥ずかしそうにしている。
女の子になってまだ半年の、17歳の、それも女の子歴半年強の女の子に家事で負けてしまった。
主婦としてのプライドを傷つけてしまったのはやっぱり申し訳なく思ってしまう。掃除のときもだけど、ダメ出ししたり実力を見せすぎちゃうのも考えものだよなあ。
「ま、いいんじゃねえの。この子は将来ここで暮らすことになるかもしれねえからな!」
「ぶふっ……ちょ、ちょっと!」
お父さんの一言にあたしが思わず吹き出しそうになる。
それはあたしが浩介くんと結婚するということ。
「でも、何かもう結婚させちゃってもいい気がするわ」
「え、いやその――」
「だってさ、優子ちゃん家事もできるし性格だっていいし、顔はかわいいし、スタイル抜群で、しかもTS病だから老けることもないし男心も分かってくれるし……正直日本中探して優子ちゃん以上の優良物件って殆ど居ないだろう?」
浩介くんのお父さん言葉。
思えば今まで、男の子にとっての理想の女の子を目指して頑張ってきたと思う。
その成果が出ていると考えればある意味ではこの評価も当然かも知れない。
「うーん、確かに浩介やお父さんの男としての気持ちは分かってくれそうだけど……それでも早いと思うわよ」
浩介くんを好きになってから、浩介くんに好かれようとしたけど、結局やっていることは変わらなかった。
確かに女の子になりきったTS病の子ほどモテる人種はいないと思える。
協会で他の会員を見てきたけど殆どの人が童顔でかわいらしく、スタイルは個人差があるけど、顔のかわいさを考えればそこまで大きな問題ではない。
そして性格面も、カリキュラムにしても、目標となるのは「男を好きになる」だから、「いかにして男に好かれるか」ということに焦点が当たる。
TS病は男としても人生を歩んできたから理解者にもなれる。
水泳の授業でも男子たちにエロい目で見られているあたしに対して桂子ちゃんは怒ってたけど、あたしは高月くんを擁護しちゃったし。
……でも、これは重要な事だと思う。
その後も文化祭などでも「男はエロ」ということを知っているあたしが、女子に非難される男子を擁護する事が多い。
「やっぱ優子ちゃんも作ってるって思って食べるとおいしいな、このそば」
「えへへ浩介くん、今日のお泊まり会、今度はあたし1人で料理を披露するから楽しみにしててね」
あたしが笑顔で言う。
「ああうん……」
浩介くんはほんのり照れた感じで生返事する。
「そういえば、優子ちゃんの両親には?」
「あーうん、浩介くんのことは話しているわよ。でもまだ直接の面識はないわね」
「そうか、うん、家には?」
「今日明日と、地域の慰安旅行に行ってます」
本当はあたしの家でデートさせるために体よく追い出しただけだけど。
「そうですか……一度話し合いたいわね」
「そうだな、これから長い付き合いになるんだし」
「だー! 二人とも、ま、まだ結婚したと決まったわけじゃ――」
当事者そっちのけで結婚話を続ける両親に、浩介くんが抗議の声をあげる。
「浩介、こんないい女の子、他には居ないわよ。しかも、優子ちゃんの方が惚れてるんでしょ!? だったら善は急げよ。ここで逃したら一生後悔するわよ!」
「そうだぞ! テレビ電話でいいから、まずは石山さんのところにも話さないとな」
出会って一日で結婚話をしたくなるくらい高く評価してくれるのは嬉しいけど、あたしとしてもあんまり焦りすぎてほしくないかなあ。
「と、とにかく、ごちそうさま!」
いち早く食べ終わった浩介くんが、流し台に容器を持っていって逃げるように部屋へと移動してしまった。
「ごめんなさいね、うちの浩介が」
何故かお母さんに謝られてしまう。
「ああいえ、大丈夫ですよ」
あたしはここでも食べるのが遅く、一番量が少ないにもかかわらず、食べ終わったのは最後だった。
「あ、お皿洗っておきますね」
「すみません」
「いえいえ」
あたしはそう言うと、キッチンの自動皿洗い機を引き出して食器を入れていく。
「よし、こんなものかしら?」
あたしはパワーを「普通」に合わせてボタンを押す。
「へー、この量なら普通でもいいんだー」
「お母さんはいつもどうしてます?」
「ああいやうん、もちろん普通や弱めにすることもあるけど、大抵は一杯まで入れて『強』に設定してます」
「……でもいっぱいいっぱいにすると、機種によっては『強』でもまずいことあるのよ」
「……そういえば時折洗い残しがあることあるわね」
「そしたら余計に水道代かかっちゃうわよ」
ついあたしがまたダメ出ししてしまう。
「ごめんなさい……」
「ああいや、すみませんこっちこそ。主婦としての気持ちがまだよく分からなくて……」
慌ててあたしも謝りに行く。
これ以上プライド傷つけちゃうと今後の家庭にも影響が出ちゃう。
「いいのよ気にしないで。修行不足の私が悪いだけだから。今日のことはまた明日以降に活かしておくわ」
「そう言ってもらえると助かります……じゃああたし、浩介くんの部屋に行きます」
「いってらっしゃーい」
両親に見送られ、浩介くんの部屋へとあたしは向かっていった。