永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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天体観測

 私服姿で学校に行くのは、この学校を受験した時や、林間学校やスキー合宿の時など数少ない。ましてやこんな遅くから行くのは初めてのこと。

 前回は黒いロングのワンピース姿を浩介くんに披露した。この時はまだ、林間学校の出発時だったから、あたしはまだ、浩介くんに恋をしていなかった。

 でも、浩介くんはあたしのことを、もう好きになっていた。

 そんな時期だった。あれからもう、5ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 この時間、もう下校時間はとっくに過ぎてはいるんだけど、あたしたちは天文部ということで許可をもらって屋上へ行くことになっている。

 ちなみに、この手の許可は小谷学園らしくとても簡単に取ることが出来るとか。

 下駄箱にローファーではなく私用の靴を入れるのも新鮮だよね。

 

 浩介くんとともに階段を登っていくが先生1人とすれ違わない。

 夜の静かな学校自体は後夜祭でも経験しているけど、あの時よりも静かだし、浩介くんとともに私服だということも違う。

 

 

「桂子ちゃんたちもう来ているかな?」

 

「うーん、とりあえず屋上に行けば分かるだろう」

 

「ええ」

 

 あたしたちは屋上に続く扉にたどり着く。

 

「ドア、空いてるかな?」

 

「空けてみる」

 

 浩介くんがドアに手をかける。

 

  ガチャッ

 

「空いたぞ」

 

 浩介くんの声とともに、浩介くんに続いて屋上へと入る。

 屋上では、1人の人が動いている。

 

「あ、優子ちゃん、篠原君、こんばんはー!」

 

「桂子ちゃん、こんばんは」

 

 屋上に居たのは私服姿の桂子ちゃんだった。「こんばんは」といういつもと違う挨拶で出迎えてくれた。

 こんな日だけどやっぱり桂子ちゃんもオシャレしている。さすがにスカート丈はあたしと同じくらいの長さにしているし、下にもズボンを穿いているけど。

 しかし、よく見ると坂田部長がまだ来ていない。

 

「あれ? 木ノ本、坂田部長はどこだ?」

 

「ああうん、機材取ってくるって言ってたわ」

 

「おう」

 

「とりあえず、この望遠鏡で目標に合わせるわよ」

 

 桂子ちゃんが望遠鏡を見せてくる。

 既に日が落ちてかなりの時間が経っていて、空を見るとおなじみのオリオン座や、ひときわ輝くシリウスも見える。

 

「きれいね」

 

「そうだね、屋上なら街の建物の光もそれなりに排除されるのよね」

 

 そう言えば、本当は山の方に行くのがいいとか言ってたっけ?

 

「でもやっぱ寒いよなあ……」

 

「うん、あたしも」

 

 風もかなり強く、スカートがはためいている。

 足元まで伸びるロング仕様だから膝も見えないけど、普段の制服のスカートなら、もう何回もパンツ丸見えになっているだろう威力。

 そういえば、文化祭の時、ここで初めて風にスカートをめくられたんだっけ?

 その時は浩介くんが居て……ってダメダメ。今は天体観測の時間なんだから!

 

 とにかく、風力は体感温度を大きく下げるのは間違いないわね。

 

  ガチャ……

 

「あら、石山さん、篠原さん、いらっしゃい。今日は寒い中来てくださいましてありがとうございます」

 

「こんばんは、坂田部長」

 

「こ、こんばんは……」

 

 あたしと浩介くんがあいさつすると、あたしと浩介くんに坂田部長が一枚の用具を渡してくれた。

 

「あ、これ懐かしいわね」

 

「いつ以来だろう? 小学校?」

 

 場所と時間を合わせれば、見える星空がわかる例のセット、小学校の理科の時間でちょこっとやった記憶がある。

 

「やり方は知ってますか?」

 

「ええ、図面を見れば何となく……」

 

「分からないなら裏に説明があるからそれを読んでくれる?」

 

「おう、わかった」

 

「はい」

 

 浩介くんとあたしは、坂田部長と桂子ちゃんの指導と昔の記憶のもと、現在地現時刻の星空を何とか再現する。

 紙にある星も、実際に見えるのは少ない。

 

「ここがオリオン座よ。ひときわ目立つわね」

 

「うん、俺達でもこの星座は知ってる」

 

 そしてその下にあるのがおおいぬ座、その中でも特に目立つのがシリウス、シリウスは文化祭の天文部の時にあたしがミニチュアを作った星。

 

「優子ちゃん、この望遠鏡で見てみる?」

 

「う、うん……」

 

 桂子ちゃんに勧められて恐る恐る望遠鏡を覗いてみる、それは何かの星団のようで、星がたくさん集まっているように見える。

 10……20……ううん、もっとたくさんありそうだわ。

 

「プレアデス星団、通称すばる。ここではよっぽど運がよくないと見えないわよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「すばるはもしかしたら他のものが有名かもしれませんわ」

 

 あたしの視力も特段悪いわけじゃない。今日の空気がたまたまきれいというだけだろう。

 

「どれ? 何が見えているんだ? 俺にも見せてよ」

 

「うん、いいわよ」

 

 浩介くんがあたしに代わって望遠鏡ですばるを見てみる。

 

「……なるほど、そう言えば話に聞いたけど、この星は若い星の集まりなんだっけ?」

 

「うん、それでも、この星々が出来たのはあたしたちのスケールからすればずっとずっと昔のことよ」

 

「それにしたってこの数十の星一つ一つが、場合によっては太陽系と同じように惑星を持ってたりもするんだろ?」

 

「そうですわ。事実は小説よりも奇なり。ですわ」

 

 そう言えば、現代兵器ももはや大半のファンタジー小説より強いっていうしなあ……それにこんな遠くの星のことまで分かっちゃうんだから、人類の技術もすさまじいものだわ。

 

「じゃあ、次は……ちょっと待っててね」

 

 桂子ちゃんが望遠鏡をちょっと下に持っていく。

 

「うん、じゃあ次は篠原君から見てみて」

 

「あ、ああ……」

 

 浩介くんが言われるままに望遠鏡を見る。

 

「おお、赤い星だ。結構大きいぜ」

 

 赤い星で大きい?

 とすると何だろう?

 すばるより少し下の位置だから……ベテルギウスかな?

 

「もしかしてベテルギウス?」

 

「うん、優子ちゃん正解よ」

 

 やっぱり。

 

「そうよね、ベテルギウスは比較的近い割にかなり大きな末期の星だから、地球からの見た目が一番大きいんだっけ?」

 

「うん、と言っても、数百キロ離れた所に野球ボールを置くようなものよ」

 

 そういえばそんな話もしていたっけ? 最近だと超新星爆発の候補として話題の星だけど、そういえば桂子ちゃん、どうしても生きているうちに見てみたいって言ってたわね。

 

「すげえよなあ、そんな小さな点でしかない物体が肉眼でもくっきり見えるくらい強力な光を放ってるんだからよ」

 

「その一方で、太陽系から一番近い星は肉眼では見えませんわ」

 

「宇宙の格差社会は現実の比じゃないわよね」

 

 太陽だって、明るさ、重さで言えば、上から数えて1割程度だと言う。

 

「太陽もね、将来は地球軌道まで大きくなるのよ、明るさもそれに伴って数千倍になるわよ」

 

「その頃には他の恒星系に移らないといけませんわ」

 

「でもそれは……」

 

「太陽が赤色巨星になるのは50億年後くらいだけど、実際にはその前から熱くなるから、最低でも5億年後までには火星行きが必要ね」

 

「5億年かあ、永原先生が100万回よね」

 

 何の気なしに発したあたしの一言、永原先生の人生でさえ、あたしたちには想像がつかないのにそれを100万回も繰り返すなんて想像もつかない話。

 そう言えば、5億年何もしないっていう哲学話があったっけ?

 

「あはは、宇宙や生命から見たら私たちと永原先生の差なんてあってないよなものよ」

 

「木ノ本さん、いいこと言いますわ」

 

 桂子ちゃんと坂田部長が盛り上がっている。

 

「そういば、生物の時間で、生命が生まれたのも38億年前の話って言ってたな。永原先生が……760万回か」

 

 浩介くんが計算してくれる。

 永原先生も、もうすぐ500歳だけどまだ2018年じゃないから、実際にはもう少し回数が必要な計算。

 

「永原先生でさえ、小さく見えるわね」

 

「でもさ、逆に言えばあたしたちの人生なら2億回以上必要なところをたった760万回で済んでいるとも言えるわよね」

 

 何の気なしに発したあたしの一言。

 

「うん、逆にそうとも言えるわね……」

 

「やっぱり永原先生って凄いですわ……」

 

 あたしのこの言葉に、桂子ちゃんと坂田部長は鮮やかに手のひらを返してしまう。

 あたしも、いずれは永原先生のような、とてつもなく長い人生の人と言われるんだろうか?

 その時、今いる3人は、おそらくこの世にいない。それどころか、お墓でさえ残っているか怪しい。

 桂子ちゃん、浩介くん、坂田部長はベテルギウスの超新星爆発を見られずに、あたしは寂しく一人で見ているのかな?

 

 ……最近、将来の別離のことを考えることが増えた。これも、協会の正会員になって、自分より遥か年上の少女たちに囲まれるようになったからかな?

 

  ぴゅううう……

 

 考え事をしていたら、また寒い風が吹く。

 

「うー寒い」

 

「そうだね、一旦中入って休む?」

 

「ええ、そうしますわ」

 

 あたしたちは、いったん屋上のドアを開けて、屋内に退避する。

 屋内も暖房が効いているわけではないけど、風が遮られる分、体感温度は幾分マシである。

 

「優子ちゃん、これ飲む?」

 

 桂子ちゃんが魔法瓶を差し出してくれる。

 

「? 何が入ってるの?」

 

「普通のあったかいお茶よ。ちょっと待っててね……」

 

 桂子ちゃんが蓋兼コップを開け、お茶を注いで差し出してくれる。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう……」

 

 あたしはゆっくりとお茶を含む。

 うん、熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいい温かさ。

 

「どう?」

 

「うん、温かくておいしい」

 

「それはよかった」

 

「浩介くんは?」

 

 あたしは、浩介くんにも飲ませたいと思って言う。

 

「あーうん、大丈夫、喉は乾いてないし、冷たいのも手だけだから」

 

「そう、それなら大丈夫そうね」

 

 間接キスにならなかったのは残念だけど、浩介くんに意識させないように残念そうな顔をしないで言う。

 

「ふふっ、間接キスならずですわ」

 

「ぶっ……」

 

 そんなあたしの配慮も、坂田部長に簡単に壊されてしまった。

 

「もう、坂田部長、恥ずかしいからやめてください!」

 

 意識しちゃうと顔が熱くなっちゃうし。

 

「あら、顔が熱くなったら暖まれますわ」

 

「うー」

 

 坂田部長が洒落たことを言う。

 単なるお嬢様ではなくこういうところがあるからこの人は油断ができない。

 暗くてよく分からないけど、多分浩介くんも顔が赤いはず。

 

「じゃあ、天体観測の続きをしようか」

 

「うん」

 

 桂子ちゃんの号令のもと、天体観測を再開する。

 既に知識としては既知のものがほぼ全てだった。

 桂子ちゃんの望遠鏡の性能の問題もあるし、初めての天体観測なので簡単なことから始めるという。

 

 結局、学校の屋上に居たのは1時間ほど、時間が経つと寒くなってきたので、機材を片付けて解散となった。

 

「ふー楽しかったね」

 

「うん」

 

 解散と言っても、駅までは一緒だし、坂田部長以外は降りる駅も同じ。

 本当は浩介くんの家はあたしとは逆方向だけど、今日は特別。

 

「あれ? 篠原って最寄り駅逆じゃないの?」

 

 案の定、桂子ちゃんに突っ込まれてしまう。

 

「ああいや、その……今日は優子ちゃんに家に招待されているんだ」

 

「へえーもしかして……」

 

 桂子ちゃんが邪推するように言う。

 

「ああいやその、浩介くんはまだしないんだって……」

 

「あ、ああ……」

 

「ふーん、甲斐性なしとも言うわね」

 

 桂子ちゃんが思いっきり煽るように言う。

 

「ちょ、ちょっと桂子ちゃん! いくらクリスマスだからって……!」

 

 幸い聞かれてないけどやっぱり女の子としては恥ずかしい会話。

 女の子だけの密室ならまだいいけど。

 

「ああゴメンゴメン、私としたことがはしたなかったわね」

 

 桂子ちゃんもすぐに反省してくれる。

 やっぱりちょっと外れてもこうやって自分で修正できるのが桂子ちゃんの強みだとあたしは思う。

 女子力という意味では一歩も二歩も上手の桂子ちゃんだから、まだまだあたしが学ぶことは多そうだ。

 

 駅を降りて、桂子ちゃんとの道を3人で進む。

 

「そういえば、あたしと浩介くんと桂子ちゃんでこの道を行くのは初めてだね」

 

「うん、そうだね。懐かしいわね。小学校の頃、優一と2人でも通った道だし」

 

 また昔を思い出す。

 当時まだわんぱくな男の子だったあたしと桂子ちゃんと2人で帰った道、中学以降荒れてからも、極稀に帰ったりもしていた。

 高校に入ってから一緒に帰ることはほとんどなくなって、1年生の時にたまたま駅でばったり会った時に1回あっただけだった。

 

 あたしが女の子になってからは、一緒に帰ることが増えたけど、浩介くんという彼氏ができてからは、桂子ちゃんもあたしに気を使って一緒に帰ることは減っていた。

 

 今は、3人で帰っている。

 いつか桂子ちゃんにも彼氏ができれば、4人で帰ることになるのかな?

 それとも、あたしが結婚して……浩介くんに嫁入するほうが先かな? ってまたそんなこと考えてる!

 

 帰り道、すっかり暗くなった道路で、あまり会話はない。

 でも、いつもの分かれ道に付くと、いつもの挨拶をする。

 

「じゃあ、また新年よろしくね」

 

「そうだな、よいお年を」

 

「バイバイ桂子ちゃん」

 

 そう、次に会うのは年が明けてからということになる。

 あたしたちは無人になっている家を一目散に目指す。

 今日は、あたしのお父さんとお母さんは、別に旅行に行っている。

 あの年だし、家族が増えたりとかはないよね、うん。

 

「ここがあたしの家」

 

「へえ、結構良さそう」

 

「そう? ありがとう」

 

 あたしは財布から鍵を取り出し、ドアを開け、玄関の明かりをつける。

 

「お邪魔しまーす」

 

「疲れたでしょ、休んだら夕食にしよう」

 

「うん、優子ちゃんの夕食、楽しみ」

 

 あたしも、浩介くんに食事を作るのが楽しみ。

 今晩は、クリスマスイブ。明日はクリスマス。他のカップルと同じく、あたしたちにとっても、とても長い夜になりそうだわ。

 

「ふう、テレビ見ていい?」

 

「うん、いいわよ」

 

 浩介くんがテレビをつける。

 

 どうやらニュースをやっているみたいだ。

 

「えー、ではここで速報です。これから、佐和山大学教授の蓬莱伸吾教授が緊急記者会見を開くとのことです」

 

「「え!?」」

 

 あたしと浩介くんは目を丸くする。

 テレビに写っていたのは、確かにあの時見た蓬莱教授だった。

 記者会見らしく多くのマイクが置いてあり、カメラの音がいくつも鳴っている。

 

「なあ、緊急記者会見って何をするつもりなんだろう?」

 

「さ、さあ……」

 

 

「蓬莱教授は、万能細胞による遺伝病治療への道を開いた業績でノーベル生理学・医学賞を受賞し――」

 

 テレビでは、アナウンサーが蓬莱教授の簡単な来歴を説明している。あたしたちでも知っていること。

 

「うん、でも回り道の研究なんでしょこれ?」

 

 水族館での蓬莱教授の言葉を思い出す。

 ノーベル賞になるほどの遺伝病の治療を回り道という蓬莱教授。

 

「こんなすごい業績が回り道っていうんだから恐ろしいよなあ」

 

「――しかし、蓬莱教授の研究に対しては、バチカンのローマ教皇を始めとして、宗教指導者やイスラム教団体が相次いで非難声明を出すなど、宗教界の批判を中心に、常に物議を醸しておりますが、蓬莱教授は一切意に介さずを貫いています」

 

 アナウンサーの話。学界だけではなく、やはり宗教的な批判が多いと見受けられる。

 

「どんな話するんだろう?」

 

「楽しみだけど不安だね」

 

 あたしたちは、デートで夕食を作るということも忘れ、蓬莱教授の記者会見に夢中になってしまっていた。


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