永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
1月のセンター試験も終了した。
坂田部長のセンター試験は、うまく行ったらしい。
「これなら合格できますわ」とも言っていた。
世間でも小谷学園でも、あれだけ騒がれた蓬莱教授の話もすっかり鳴りを潜め、同時期、あたしたち2年生と1年生はスキー合宿に関する話題で持ちきりになった。
あたしのPCも、浩介くんに見てもらって、どうやらスマホが導入しているOSのエミュレーターを作ってくれたらしい。
これで、PCでは使えないスマホ専用のソフトやアプリも遊べるようになったとか。
……使ってないけど
ともあれ、1月中旬のある日、スキー合宿についてのホームルームが行われていた。
「まもなく、部屋割りが決まります。ですが少し困ったことが起こりました」
「え?」
永原先生の言葉にうちの生徒たちは目を丸くする。
「確定ではないのですが……どうもホテルの方の部屋の幾つかがトラブルを抱えている模様でして、予備の部屋もなくて、どうしても生徒の方で男女の相部屋を作らざるを得なくなる模様です」
だ、男女の相部屋……でもカップルは小谷学園でもそれなりにいるはずだけど……
あうう、どうしよう名乗り出るべきかな?
「それなら篠原と優子ちゃんで決まりだろ」
「おい高月、それでいいのかよお前!」
「良くはねえけどよお、他に誰がいるんだよ」
「ぐぐっ……篠原呪われろ……!」
「優子ちゃんを、優子ちゃんを独り占めしやがってちくしょー!」
男子が勝手に盛り上がっている。
というか、勝手にあたしと浩介くんって決めてる。
とはいえ、部屋にトラブルでどうしても男女ペアの部屋ができてしまうとして、あたしと浩介くん以外、妥当なペアも居ないのも事実ではある。
永原先生によると、男女ペアの部屋を教員にするという手もあったが、そうすると1人部屋の使い道が出てこなくなってしまうという。
さすがに生徒を1人部屋も良くないとか何とか。
生徒同士の男女ペアのほうが不味そうな気もするけど。
あたしは朝のホームルームの後、浩介くんと相談して放課後に永原先生に申し出てみることにした。
「あの、永原先生」
「あら、石山さんに篠原君、ちょうどいいところに来たわね」
「あの……先生、もしかして考えてること同じなんじゃ……」
浩介くんが察したような口調で言う。
永原先生も苦笑いしている。
「あはは、うん、実はホテル側でいくつかの部屋が急遽トラブルでいくつか使えなくなったって連絡が入って……それで急遽ホテルとスキー場を変えようかなって話をしてたんだけど、石山さんたちに入って貰う形でいいかな?」
「う、うん」
あたしたちも、2人で同じ部屋は嬉しいし。
「ただし、えっちなことは禁止だよ。あのホテル、ボロボロだから結構隣に声が響くからね」
永原先生もやはり、そのことは織り込み済みらしい。
やりたくてたまらなくなっちゃうけど、そのあたりの自制はするようにと言われた。
ちなみに、林間学校やスキー合宿でえっちなことが禁止になったのは、何年か前に学校に内緒のホモカップルがいて、学校もそれを見破れずカップルを同室にしてしまって隣に声が響いて阿鼻叫喚になったことを受けてだという。
ちなみに同性愛自体は小谷学園的には「他人に迷惑かけなければ自由」だという。
泊まるホテルやスキー場の都合で2人部屋を使うこともある。それ故の悲劇である。
ともあれ、あたしと浩介くんが2人部屋になることはこれでほぼ決まった。
「ところで先生」
「何ですか篠原君?」
「家族風呂って今年も……」
「ええ、一応応募かけてみます。もうここ数年生徒は誰も使ってないですけど」
あそこのホテルには家族風呂もあって小谷学園よろしくホテル側規定の料金を払えば貸し切りで利用することが出来る。
ホテル側としても、設備を遊ばせておくと損失になるという思惑があるからこんなことが可能になっている。
1人から5人まで使うことが出来るけど、それぞれが払わないといけないし、何分料金が料金なので先生の一部が何年かに一度使っている以外、殆ど誰も使っていないのだという。
「ねえ浩介くん……」
「あ、ああ……でも、まだいいだろ?」
「でも……」
「どうしたの? ヒソヒソ話して?」
「ああうん、何でもないわ」
あたしと浩介くんがギクシャクした反応をする。
家族風呂、あたしと浩介くん……当然小谷学園のことだからこんな露骨な不純異性交遊の予感しかしないことでもOK出しちゃうんだろうけど。
って、建前上はOK出すのはホテル側ということになってるけど。
お金に関しては一応問題ない。
「あらあら、2人とも予約するの?」
「う、うん……」
まだ正式に決めたわけじゃないのに、あたしがつい頷いてしまう。
「ふふっ、じゃあそのことはホテル側に言っておきます。スキー合宿当日に料金を払ってください」
「お、おう……」
浩介くんもなし崩し的に肯定してしまう。
「あうう……こ、浩介くん……どうしよう……?」
「そそっ、そう言われてもなあ……な、なるようになるしかないだろ!」
あたしも、浩介くんも動揺している。
浩介くんはほんの興味本位で聞いたんだと思うけど、永原先生の策略もあってトントン拍子に利用が決まってしまった。
って、2人部屋ももしかしたら永原先生の策略かもしれないわね。
ともあれ、家族風呂もよく今まで殆ど居なかったものだと関心してしまう。
小谷学園はあちこちでカップル見かけるし、やっぱり学生の財布じゃ家族風呂は厳しいというのもあるのかもしれない。
翻って、あたしは日本性転換症候群協会正会員としての仕事で、幸子さんのカリキュラムの報酬を貰ったし、会費に関しても永原先生が建て替えてくれている。
ともあれ、浩介くんとのデートでにまだ幸子さんの報酬の4万円を使い切ったわけじゃないし……というか社会人にとってもだけど、高校生にとってはなおのこと4万円は大金だ。
それに、考えてみれば例の痴漢事件の慰謝料だってまだ10万円くらい残っている。家族風呂のお金くらいなら余裕で払える。
いずれにしても、母さんからの小遣いもちょくちょくためているし、浩介くんとのデートでトータルは赤字だけど、まだお金に逼迫しているわけではない。
このまま行けば高校卒業の頃には貯金は使い果たす計算だけど、受験勉強とかデートの方法を工夫すれば大丈夫なはず。
大学に入ったらまた小遣いを増やしてもらうとか、アルバイトをするとか考えてみようかな?
「浩介くん、行こうか」
「あ、ああ……」
ともあれ、あたしたちは天文部へと急ぐ。
「こんにちは」
「いらっしゃいですわ。石山さん、篠原さん」
「優子ちゃん、どうしたの? 遅かったじゃない」
桂子ちゃんが疑問を言う。
「あ、うん……その、スキー合宿なんだけど」
「聞きましたわ。ホテル側の部屋の幾つかがトラブルで男女の相部屋がどうしても出来てしまうという話ですわね」
坂田部長も知っているようだ。
「え、ええ……」
「あそこはもう老朽化が激しくてもうすぐ工事する予定だったのですわ。だけど、結局持たなかったみたいですわ」
あちゃー運が悪いわね。
「それで、優子ちゃんと篠原が相部屋となったというわけですか」
「う、うん……」
家族風呂をなし崩しで予約してしまったことは話さないでおこう。
「まあ確かに、男女で相部屋するならその組み合わせが一番ですわ」
坂田部長も言う。
ちなみにこうなったのはあたしがTS病で男子から女子になったせいでもある。
今年はじめは男女が同数だったが、今は学年全体でも女子が男子より2人多い状態が続いている。
つまり、優一がいなくなって新しく優子になったため男子-1と女子+1が同時に起こったから、こんな風に部屋に余裕がなくなると男女混合で部屋を作らざるを得なくなる。
「しかし、浮かれすぎてわいけませんわ。特にいかがわしい行為は隣に聞こえて迷惑になりますわ」
「ぐっ、それ……先生からも同じこと言われたぜ!」
坂田部長の注意に浩介くんも反応してしまう。
まあ、確かにあたしと浩介くんのカップルがホテルの2人部屋で2人きりって言ったら、当然それが思いつくよね。
しかも、えっちなことして隣に響きますじゃ他人の迷惑にもなるから、いかに小谷学園とは言え止めざるを得ないという話だ。
「それじゃあ、天文部の活動を始めますわ」
あたしたちは天文部の活動を始める。
と言っても、坂田部長は一般入試のための勉強、桂子ちゃんとあたしが天文部でいつものように天文情報の収集。
浩介くんは相変わらず筋トレをしていて、最近はあたしがクリスマスにプレゼントしたマッサージ機も学校に持ってきて使ってくれている。
「それにしても、最近生命の存在可能性の高い惑星が多いわね」
去年になってからNASAがよく「重大発表」をするが、実際かなりすごい発表も増えている。
だけど、本当に地球外生命の存在を確認するのはもっとずっと先の話になる。
「あーあ、私もJAXAにでも務めて見たいわね」
「桂子ちゃん、行けそう?」
「うーん、今の成績だとちょっとねえ……」
桂子ちゃんは宇宙への情熱は高く、そのために英語や物理の成績は良いが、社会系の科目の成績が悪い。
あたしもどちらかと言えば理系、蓬莱教授の研究室に所属したらいわゆる「リケジョ」になる。
でも、TS病だと知られたら、果たして世間は「リケジョ」として扱うのだろうか?
もし、そんな扱いをされなかったら、あたしは……
って、そんな取らぬ狸の皮算用をしてもしょうがない。
それに、佐和山大学って決まったわけじゃないし、そもそも滑り止めの大学なのに、どうしても蓬莱教授の存在が頭から離れない。
コンコン
誰かが天文部のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
坂田部長が応対する。
「失礼する」
中年男性の聞き慣れた声がすると、扉が開く。
「「「わっ!!!」」」
あたしたちは目を丸くしてしまった。
なぜならそこに居たのは蓬莱教授だったからだ。
これまで以上に颯爽と、なおかつ自信に満ちた雰囲気で歩いて行く。
「ほ、蓬莱教授……」
「どうして、ここに?」
「そりゃあここに用事があったからだ」
蓬莱教授が当然というように言う。
天才によくありそうな謙虚さと傲慢さが合わさった不思議な風潮。
「それで、我が天文部に用事というのはどのようなご用件でしょうか?」
「俺は天文部に用事がある訳じゃない。俺が用事あるのは石山さんだ」
「え?」
予想していたこととは言え、やっぱり一瞬驚いてしまう。
間違いなく、この前の会合のこと、研究室にTS病の患者の協力者を1人迎え入れて、研究を進めていきたいという、会合で否決されてしまった例のあれだ。
「ゆ、優子ちゃん。蓬莱教授とどういう関係に?」
「いやいや、そんなに会ったことないわよ。それより蓬莱教授、要件というのはこの前の緊急会合のことですか?」
「ほう、やはり君は頭がいい。全くその通りだよ。実はな、今日学長と教授会の承諾……って言っても二つ返事だがな。あー、ともかく承諾を得て、もし君が佐和山大学に入学したらそこの篠原君共々俺の研究室への配属を融通することになった」
「え!? 俺も!?」
浩介くんも驚いている。
「ああ、永原先生から聞く所に拠れば、君たちはどうも寿命問題で悩んでいるようだったからね。俺としても、この不老研究はなんとしてでも成功させたい、そのためにどうしても石山さんの力が必要なんだ」
「もし、佐和山大学のAO入試を受けてくれるなら君と篠原君は名前を書くだけで合格としてあげよう。その代わり、俺の研究に協力してもらうぞ」
蓬莱教授がさらりととんでもないことを言う。名前を書くだけで合格にしてあげるという。偏差値が高くないとはいってもそれなりの倍率はあるのに。
一体蓬莱教授がどうしてこんな権力を持っているのか?
「蓬莱教授、あの、どうしてそんなことが言えるんですか?」
桂子ちゃんがたまらず口を挟む。
「おや、君は?」
「木ノ本です、木ノ本桂子」
桂子ちゃんが蓬莱教授に自己紹介する。
「そうか、俺が佐和山大学教授の蓬莱伸吾だ」
「ええ、知ってます」
桂子ちゃんが当然という顔をする。
「それで、どうしてそのことが言えるかだな」
「え、ええ……」
「いいか、佐和山大学の学長は事実上この俺なんだ」
「え!? 噂は本当だったんですわ!」
坂田部長は知ってたかのように言う。
「そもそも、俺が何で佐和山大学のような所にいると思う? 今の俺の業績ならそれこそ東大の卓越教授でもおかしくない……それは頭の固い学界どものせいだ」
以前にも聞いたことがある。
「バカな奴らだ。非科学的な宗教など信じている学界の敵どもに屈するんだからな。だが俺は違う、ヤハウェだからイエスだかマホメットだか知らないがそのような与太話の妄言野郎を信じている連中のことなどどうでもいいのだ」
蓬莱教授は、よっぽど宗教団体が嫌いらしい。
「だが、この大学は違う。俺のことを受け入れてくれた。やはり不老というのは人類の夢だ。俺の元には、ビリオネアと呼ばれる資産家を含む多くの人々から、毎年巨額の寄付金が来るんだ」
その話も聞いた。
確かに、蓬莱教授なら影で期待する人はたくさんいるだろう。
「佐和山大学の学費が、私立にしては安めなのも、俺のお陰だ。ノーベル賞という権威もある。俺が金を出せば同僚の教授などすぐに屈してしまうさ」
何か、蓬莱教授からヤバイ匂いがするわね。
「ふふっ、それに俺は、学問の不正だけはしないようにしている。俺は自分の地位や権威、権力が目的ではないからな。佐和山大学で影の権力者を演じているのもあくまで手段だ。何せもはや十分すぎるほどに栄誉は受けた。他の連中とそこが違う」
蓬莱教授が誇らしそうに語る。
確かに、研究内容が怪しい以上、潔白をアピールしたいところだろう。
「ともかく、石山さんにはもう話しておいた。一応今の俺は120歳までは生きられるから後80年弱はあるが、ともあれ不老を達成するためにはもっと寿命が必要だ。だから、石山さんには協力して欲しい」
蓬莱教授が今度は一転して懇願するように言う。
こういうのが怪しい雰囲気につながってる気もするけど。
「蓬莱教授、今のあたしの偏差値だと――」
「何、俺の研究所を出たと言うなら、佐和山大学でも世間の扱いが全く変わってくる。何だかんだでこの世はノーベル賞には弱いからな。最も、俺がこの研究を達成すれば、ノーベル賞でさえ俺には役不足だがな」
確かに、不老という業績を達成したとすれば、ノーベル賞でさえ生ぬるいだろう。
というより、ノーベル賞って2回受賞ってできるのか?
……まあいいや。
「それに、君たちの入学後の成績にもよるが、もし成績が良ければ博士まで融通する予定だ」
「は、博士ですか!? あたしが!?」
突拍子もない話に思わず声が出る。
「いや、もし成績が良ければ、だ。修士ならともかく博士ともなると俺も保証はできんがね。ただ、俺としては、なるべく博士まで居て欲しい。もし君が不老研究に貢献すれば、全世界から君は慕われる。そしてノーベル賞も可能かもしれないがな」
「そ、そんなこと考えたこともありません!」
さすがにあたしがノーベル賞なんて荒唐無稽過ぎて、あたしも声を上げてしまう。
「おっと失礼失礼。そうだよな、俺としたことが話を飛躍させてしまった。ともあれ、君の将来について、もし佐和山大学に来ないとしても、俺は君のことを恨むつもりはない。だが、佐和山大学の……いや、俺の意思は伝えたぞ」
「はい」
「……では、さらばだ」
「ええ」
「さようなら」
「お、お疲れ様でした」
みんな呆然とした表情で颯爽と普通に扉から出ていった蓬莱教授を見送る。
当事者のあたし、そして浩介くんも呆然としている。
「それで、石山さんと篠原さんはどうされますの?」
「……こんなの、自分たちだけで決められるものじゃないわよ」
いきなり話のスケールも大きくなってきたし。
「うん、俺も、今日のことは両親に話すよ」
「あたしも、浩介くんと同じ」
あたしたちは天文部の活動を早めに切り上げて急いで家に向かった。
とにかくあたしの将来を、浩介くんの将来を、いや人類全体の将来さえ、大きく左右しかねない選択を迫られたのだから。