永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
2月になった。
スキー合宿の部屋割りが決まり、やはりホテル側からどうしても部屋を融通できないということであたしは浩介くんとの2人部屋になった。
2人部屋から6人部屋まであって実は他にも男女混合の部屋を作れば余裕はあるんだがそうも行かないらしい。
でも、事前にクリスマスにお泊りデートをしておいてよかったわ。
ある日のこと、さくらちゃんが唐崎先輩に呼ばれていた。初デートの準備をするとか何とか言っていた。
「それで、唐崎先輩はどういうデートを?」
「うん……都内の方に行こうって……」
以前さくらちゃんが話した所に拠れば、唐崎先輩は歴史好きでもあるという。
それならさくらちゃんの時代劇好きとも相性がいいと思う……もしかしたら、夏祭りの時の永原先生みたく、実は相性悪いのかもしれないけど。
「誰か名士の墓とかはどう?」
「うーん……どうしようかしら……」
ふと、クリスマスの緊急会合の後、永原先生が言っていた言葉を思い出す。
「そう言えば、クリスマスの会合の後ね……永原先生が吉良上野介殿の墓参りをすると言ってたわね」
「あー、年末はその……毎年忠臣蔵の季節ですから……」
「それって……」
「ええ……永原先生が嫌っている……赤穂浪士の話です……」
そう言えば、夏祭りの時も忠臣蔵の話題になったら永原先生が激怒してたっけ?
永原先生からすればかけがえのない恩人を殺した集団を美化する内容だからそりゃあ怒るよなあ。
永原先生の、あの本を思い出す。
吉良殿に、何も恩返しができていないという話。
「ねえ、さくらちゃん」
「はい」
「夏祭りのこと、覚えてる?」
多分忘れたということはないと思うけど。
「覚えていないわけないわ……先生が、あんなに怒るだなんて……思いもしませんでした……確かに先生からすれば……どうしても許せないことだとは思いますけど……」
さくらちゃんがちょっとだけ、恐怖の表情を見せる。
「もし、永原先生に吉良殿と過ごした当時のことを言われなかったら?」
「はい、私……きっと去年も、それまでに信じていたように……忠臣蔵を見ていたと思います……」
「それなら、吉良殿の史跡を回ってみるのもいいかもしれないわよ」
この辺にあるかは分からないけど。
「この近くに……ありますか?」
「さくらちゃんが知らないならあたしも知らないわよ」
永原先生に聞くのもいいと思うけど。会合の後に寄っていたからそこまで遠くじゃないと思うけど。
「そう……ですか……先輩とも相談してみます……」
そう言うと、さくらちゃんが3年生の教室の方へと歩いていく。
あたしは話し相手もいなくなり、当てもなく休み時間を過ごす。
浩介くんは久しぶりに高月くんと雑談をしている。たまには男友達と話すのもいいだろう。
こっそり話を聞けば、高月くんは桂子ちゃんを狙っているらしい。
浩介くんは「親密になるまでスケベ心を隠せよ」とアドバイスしていた。
でも浩介くんも初めからかなりスケベだったような……?
……まいっか!
残りの昼休みの時間、あたしはスキー合宿のパンフレットを読んで過ごした。やはりなんど見てもあたしの部屋は浩介くんと2人部屋。
さっきのさくらちゃんの話をまた思い出す。
永原先生は、「未だに吉良殿に恩を何も返せていない」、そう言っていた。
でも、さっきのさくらちゃんの様子。確かに小さいことかもしれないけど、「何も」返せていないというのは誤りだということが分かった。
このこと、早く永原先生に伝えないといけない。
なぜそう思ったのだろう? それは、あたしが協会のみんなから「模範」「救世主」と思われているせいだと思う。
永原先生はあたしのことを「救世主」のみならず「4人目の恩人」とも言っていた。
だからこそ、「3人目の恩人」に束縛されている永原先生を、今までお世話になったお礼もあって、助けてあげたいと思った。
永原先生は気負わなくてもいいように配慮してくれたけど、やっぱりどうしても責務を果たしたくなってしまう。
あたしだけは、永原先生の過去の恩人たちとは違う。助け合うことができるのだから。
果たして、さくらちゃんは今度のデートで吉良上野介の墓参りに行くことになった。
「永原先生、ちょっといいですか?」
放課後のホームルームが終わり、あたしは永原先生に声をかけてみる。
桂子ちゃんに天文部については永原先生と話があるということで遅れると伝えておいた。
「うん、石山さん、どうしたの? もしかして蓬莱教授のこと?」
「いえ、永原先生の、『3人目の恩人』についてです」
「!? 石山さん、き、吉良殿がどうかしたの?」
予想外の言葉に永原先生はかなり動揺している。
「永原先生、あの本で、吉良殿に何も恩返しが出来ていないって書いてましたね?」
「ええ、そうよ……私、それで今も苦しんでいるわ」
永原先生は、いかにも悲痛そうな顔をする。
やはり、思い出したくもないという感じ。
「あたしね、永原先生が確かに、吉良殿に恩を返した所を見ました」
「んっ……!?」
永原先生がさらに動揺している。
「その……ここでは何ですから、相談室で聞かせてくれるかしら?」
「ええ」
あたしと永原先生が相談室に急ぐ。
永原先生は途中で生徒の一人とぶつかりそうになった。今までそうしたことがなかったことを鑑みれば、その動揺はかなり大きい。
今まで、永原先生にとって、吉良殿に何も恩を返せなかったというもは大きな心の傷として残っている。
さくらちゃんのことを話して、少しでも、癒えてほしいから。
今までと同じように、相談室を「使用中」に合わせる。
そして、あたしはあえて、いつも永原先生が座っている方の席に座ると、永原先生はどこか安堵の表情で、あたしがいつも座っている方の席に座る。
いつもは永原先生があたしのカウンセラーだけど、今回だけは、あたしが永原先生のカウンセラーになる。
「それで、その、私がした吉良殿への恩返しというのは一体?」
「ええ、今日の話です。さくらちゃん、最近彼氏ができたんです」
「ええ、志賀さん、野球部の3年生の子が好きみたいね……でもそのせいで野球部は退部者が増えてますます弱体化してるわよ」
あー、なんかわかる気がする。
って、今はそんなことどうでもいいわね。
「んっ……で、実はその彼氏さん、歴史も好きみたいなんです」
「……」
永原先生が黙って聞いている。
「さくらちゃん、初デートの場所に、吉良殿のお墓を選んだわよ。供養したいんじゃないかと思うわ」
「え!? それは志賀さんの勝手でしょ……それがどうして……どうして私の吉良殿への恩返しになるのよ!?」
永原先生は予想外の答えに声が大きくなる。
「永原先生、夏祭りの時のこと覚えてます?」
「え、ええ……私、確かに吉良殿が下さった着物を着て注目の的になったわ」
「永原先生、あの時、さくらちゃんに激怒していたわよ。吉良殿に対する、時代劇の偏見そのままだったさくらちゃんに」
「……!」
永原先生がハッとする。
間違いなく気付いた様子。
「さくらちゃん、『もしあの時永原先生に怒られていなかったら、去年も作り話に何の疑いもなく忠臣蔵を見ていた』って言っていたわよ」
「……それが、それが何だっていうのよ……!!!」
永原先生が震えながら言う。
「永原先生、あなたは――」
「そんなことが何になるのよ!!!」
永原先生が信じられないような大きな声を出す。
今までも、永原先生が怒っていた所を見てきたけど、今回のそれは悲しみや戸惑いも混じった声だった。
それが余計に、声を大きくしていた。外まで聞こえるんじゃないかという大きな声だった。
「馬鹿にしないでよ!!! 私が……吉良殿から受けた恩が、そんなことで何になるのよ!?」
「永原先生、落ち着いて聞いてください」
永原先生の顔が涙でくしゃくしゃになっていた。
あたしも、突然のことで動揺しつつ、なるべく冷静を心がける。
「永原先生、もしあの時、さくらちゃんに怒らなかったらどうなっていたか考えてください」
「え、でも……そんなのあり得ないわ」
永原先生は少しだけ落ち着いて言う。
「もし永原先生が黙っていたら、おそらくさくらちゃんは間違った知識で吉良殿のことを話して、あたしたちもそれを信じてしまったわよ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「あの時、永原先生が必死になっていなければ、あたしも、その場にいた皆も、間違った知識を身につけてしまっていたし、あの時『吉良殿の着物』を見せてくれなかったら、あたしなんて吉良殿の存在すら知らないままだったわよ」
あたしが一つ一つ噛み砕いて説明していく。
「……石山さん、確かにあなたの言う通りね。うん、『吉良殿に何も恩返しが出来ていない』って言うのは撤回するわ」
「永原先生!」
あたしは嬉しかった。
これで呪縛も少しは解けるはず!
「……でも、それはあまりに小さいわよ。吉良殿から受けた御恩が大海とすれば、今の石山さんの話は水の一滴でしかないわよ」
永原先生は、あくまでも自分は十分に恩を返せていないと言う。
でも、あたしはそれも違うと思う。
「ううん」
あたしは、やや大げさに首を2回横に振る。
「え? 石山さん……」
「それは違うわよ永原先生。そもそも永原先生は、吉良殿に身なりを整えてもらって、陰口を止めさせてもらったことに恩を関しているんでしょ?」
「え、ええ……」
「永原先生は、江戸城で何年くらい陰口を叩かれていたの?」
「えっと……50年弱よ」
あたしからすれば十分長い。
でも、吉良殿が被せられている汚名と比べれば、小さい。
「吉良殿はね、間違いなく永原先生が受けた陰口なんかよりも、よっぽどひどい罵詈雑言を、それも死んでしまって反論もできない中で、300年にも渡って受けているわ」
「ええ、そうよ。それもこれも私が無力なばっかりに……!」
永原先生がまた涙声になる。
「永原先生、征夷大将軍でさえ叶わない怪物に勝てなかったからと言って、罪を感じすぎてはいけないと思うわ。私は、永原先生は十分にベストを尽くしたと思うわ」
当時の将軍は、世論には勝てないと言っていた。
「……」
「あたし達は、いえ、永原先生はもうかつてのように強い男ではなくて、か弱い女の子だってこと、吉良殿だってご存じよ。だったら、できることを一つずつでいいと思うわよ」
「石山さん……」
「それにね、夏祭りの時に永原先生がした恩返し、決して小さくないわ。だって、永原先生が受けた恩が大海なら、吉良殿の受けている汚名は宇宙のような広さよ」
実際には宇宙の規模を考えればせいぜい銀河くらいだと思うけど。
「でも……それでも……私がしたことなんて」
「いいえ違うわ。さくらちゃんは時代劇が好きだったわ。多分、さくらちゃんは子供や孫にも、見せることになるわ。吉良殿の本当の姿を永原先生が発信すれば、それだけ時間と共に吉良殿の汚名は晴れていくわ」
「そんなことないわ! 吉良殿は今でも……!」
永原先生がまた語気を強めた。
「永原先生、歴史はいつか、晴れるものです。そして歴史を晴らしたのも、永原先生の努力だってあるんです」
とっさに出た言葉。無意識だったけど、会心の言葉だったと思う。
「……私は……私は本当に、それで吉良殿は許してくださるの?」
「永原先生、いくら戦乱の時代から生きてた人が不当な扱いを受けていたからって、全く無関係の人にここまでしてくれた人が、永原先生を恨んでいると思いますか?」
「っ!」
永原先生がビクッとなる。
「彼がもし誰かを恨んでいるとすれば、浅野家と赤穂浪士でしょう? 永原先生、林間学校の前に、浩介くんに言っていたでしょ、『これ以上罪悪感を見せると、石山さんをかえって傷つけてしまう』って」
「あっ!」
永原先生は、自分の中にあった矛盾に気付いた。
罪悪感を感じることで、あの世の吉良殿がかえって傷ついている可能性が高いということ。
「確かにあの時は、何も出来なかったかもしれません。でも『今の』永原先生は違うんです。立派に、吉良殿へ、恩を返していますよ」
「うっ……えぐっ……石山さん……吉良殿……私は、私は……うっ……」
永原先生は、何も言わず、ただひたすらに泣き出していた。
300年の積もりに積もった呪縛から、ようやく開放された。
そんな印象だった。
「私……私は……本当に……吉良殿に……」
「……さくらちゃんのこと、吉良殿の墓前に報告してはどうですか?」
「うん……うん、そうするわ……うっ……」
あたしが永原先生のもとに駆け寄り、その大きな胸で永原先生の顔を受け入れる。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
あたしが包容すると、堪えきれなくなった永原先生は、さっきよりも更に大きな声で泣き始めた。
あたしはただ何も言わずに、優しく頭を撫でた。
永原先生はますます大きな声で泣くばかりで、あたしには胸からその声が響いていた。300年分の罪が、洗い流されたのだった。
多分、林間学校の時の浩介くんも、こんな気持ちだったんだろう。
「ごめんなさい、見苦しいところばかり見せてしまって……教師として――」
「いえ、いいんですよ。この辛さの本当の意味は、永原先生にしか理解できないものですから。それに、永原先生だって1人の女の子なんだから、泣いてもいいじゃないですか!」
「……うん、そうよ、ね」
永原先生は涙で顔が赤いけど、ようやく冷静になってくれた。
「石山さん、私を解き放ってくれてありがとう。でも、私にはもう後4つ、楔があるのよ」
「もしかして、『例の初恋』のことですか?」
「ええ、それが2つ、伊豆守殿と4代様。更にそれに加えて私の主君、真田源太左衛門様と……昭和天皇よ」
「昭和天皇……もしかして……戦時中のことを?」
「ええ。まだこの4つは解消されていないわ……そして多分、今後も、ね」
初恋話は本人の心意気の問題だし、主君のことと戦時中の話は、どうにもならない。
あたしでも、解決の糸口はまだ見つからない。
いや、主君と伊豆守殿への恩返しがあるとすれば、誤った「真田幸村」の是正くらいだろうか?
ともあれ、今は、吉良殿のことから解放しただけでも、よしとしないといけない。
「石山さん、あなたには本当に感謝してもしきれないわ。あなたは本当の意味で、私にとって『4人目の恩人』となったわ」
「そうですか。ありがとうございます。でも、あたしにとっても永原先生は恩人ですから」
「ええ、分かっています。あなたについて私が背負う必要はないことくらい」
「良かった」
永原先生は恩人が増える度に人生が重くなっていたし。
「……ところで石山さん、天文部はどうしたの?」
「桂子ちゃんに永原先生とお話があるから遅れると言っています」
「そう、じゃあ今すぐ行きなさい」
「はーい!」
永原先生がいつもの口調に戻り、あたしに教師として早く部活に行くように言う。
こうして、あたしたちはまた先生と生徒の関係に戻る。
天文部に行く過程で考える。
よく考えればあたしと永原先生の関係ほど複雑な関係はこの世にないんじゃないかとさえと思えてくる。
ある時は学校の先生と生徒、あるいはTS病患者としての先生と生徒、ある時は協会の会長と会員、あるいはカウンセラーと被カウンセラー、またある時はTS病の先輩後輩あるいは同志、そして被恩人と恩人、そして救済を受ける人と、救世主。
あたしは、この病気になって数奇な運命に翻弄されてきた。
それは永原先生も、そしておそらく余呉さんや比良さんだって同じ。
だけど、500年の時を経て、あたしと永原先生がこの同じ小谷学園に居ることが、一番の大きな奇跡なんじゃないかって、今は思えてくる。
そんなことを思いながら、あたしは天文部へと急いだ。
コンコン
「はーい」
桂子ちゃんが扉を開けてくれる。
「ゴメン、ちょっと遅くなったわ」
「いえ、いいですわ。ところで、永原先生と何を話されていたのですか?」
「いえ、秘密です」
坂田部長が聞いてくるが、永原先生の名誉のためにも、ここでは何も話せない。
「……そうですか、深くは詮索しませんわ」
「そうだな、俺にだって言えない秘密は優子ちゃんにもたくさんあるだろうし」
「うん、永原先生とあたしだけの秘密」
あ、でも吉良殿にも話すのかな?
「さ、天文部の活動を続けますわ」
「「はい」」
あたしと桂子ちゃんが返事をし、あたしは完全に日常に戻った。
今日は2月2日、再来週にはスキー合宿が始まる。