永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
バスのテレビは2本目に入る。
次の休憩までは2時間以上、ちょうど3本を上映できる。
次に来たのは海底大調査の結果ひどい理由で墜落したものだ。
浩介くんがTS病のことを飛行機に例えていたけど、この事故をモデルにしたとも言っていた。
インターネットでも、「アホな事故」として有名なもので、原因となった副操縦士は世界中で馬鹿にされているらしい。
「ねえ石山さん……」
「うん?」
番組中、隣りに座っている永原先生が声をかけてきた。
「そう言えば、あなたの初仕事の時に篠原君が新幹線で言っていたのもこの事故だったわね」
「うん、そう言えばこの事故だったわね」
動画では調査官が、フライト・データ・レコーダーを使って「失速状態にもかかわらず操縦桿を引き続けた」ことをあぶり出し、疑問の声を出している。
まさに、浩介くんが言っていたことそのもの。
永原先生も、TS病患者を転覆しかけの船に例えていたけど、いずれにしてもTS病になったら男に戻ることを考えてはいけないのは事実。
そう思わせないために、どうすべきか?
あたしの手でマニュアルは変わったけど……うまくいくかはわからない。
そんなことを考えていると、ついに問題のコックピットボイスレコーダーが公開される。
「こんなの嘘でしょ……何故なんですか!」
あたしはあの時と同じように、心の中で「お前のせいだ!」と突っ込む。
やはり、この事故エピソードは何度見てもひどいと思う。遺族はやり切れないだろうなあ……
そして、このシリーズの上映はさらに続く。
次の登場するのは、アメリカで起きた冬の単距離コミューター機の事故。既に30年前とかなり古い事故だ。
飛行場の手前で墜落した事故だ。
これは終盤まで行き詰らせておいて、最後に大どんでん返しが来るもので、あたしも、最初に浩介くんに勧められて見た時には凄く驚いた。
浩介くんによると、飛行機が着陸時に空港手前で墜落してしまうことはよくあるらしい。
地形を見落としただとか、計器を見落としただとかそういう類が多く、これらはいずれもヒューマンエラーと呼ばれるものだ。
統計的には、飛行機事故の7割がこのヒューマンエラーによるもの。
中でもこの事故はその最たるものと言っていい。パイロットの人間性について調べられ始める。
今回の番組は遺族の証言ではなく、生存者の証言が出てくる。
また、機長の友人だったという人もいて、周囲の証言からは、機長はどうも清廉潔白な人だと思われている。
次に機械的故障を調べる。
しかし機械の故障でもなく、また乗務員も無理な日程を組んではいなかった。
ところが、40分遅延していたため、機長はやや焦っていたらしい。
操縦は副操縦士に任せていて、機長は機器を見たり、管制官との交信作業を担当する。
どうも管制官の証言によれば2通りの着陸方法のどちらでも良いと指示した。
その着陸方法というのは、大きく迂回して時間はかかるものの、計器任せにできる割合が高く、簡単で安全な方法、もう一つは、時間こそ短縮できるが、段階的に高度を下げ、その度に正確な操作が要求される難しい方法。
機長は後者を選んだ。
それは、遅れを取り戻すため。
とはいえ、これだけなら直接の事故原因にはならない。
何故なら、夜間に難しい方法と言っても、パイロットの資格があるならば、普通は問題ないからだ。
そこで副操縦士の経歴を調べてみる。
するとこの副操縦士、何と幾つもの適性試験に落ち、機長よりも経験が長いにもかかわらず副操縦士のままで、スキル不足として前の航空会社を解雇されていたのだ。
つまり、端的に言えば、副操縦士は無能だったのだ。
しかも、素行も不良で、飲酒運転で逮捕歴まであった。
飲酒運転というだけでも、あたし達にとってはどうかと思う話だけど、これは特に関係はなかった。
乗客が「副操縦士が酒臭かった」と証言していたものの、勘違いだと断定された。
この手のミスリードも、この番組の魅力の一つ。
実際事故当日の副操縦士は、航空会社のアルコール検査をパスしていた。
さらに副操縦士が無能でも、機長がサポートすることができる。そのための二人乗務。
しかし、機長は高度の下がり方が異様に速いことに直前まで気付いていなかった。
これはどういうことだろう?
機長の経歴や人格に問題ないはずなのに……
そしてここからがこの番組のハイライト。
とある人から一本の電話が入る。
機長の友人の女性の証言の又引きと言うことになっているが、浩介くん曰く、「これは内部告発ではないか?」とのこと。
その友人女性の話によれば、あの機長と昨夜夜を共にしたが、その時になんと「コカインをやっていた」のだという。
そして、このシリーズとしては珍しく、再現シーンの女優の「コカインをやっていたのよ」のシーンがエコーでかかっている。
あまりの急転直下に、バスの中でも「おいおいマジかよ」「やばいだろそれ」「あり得ねえよ」「てかよくばれなかったな」といった会話が交わされている。
そう、何を隠そう、機長が十分睡眠を取り、清廉潔白に乗務していたというのが大間違いだったのだ。
機長はパイロットとしての自覚に欠ける男で、「じゃあいつものやる?」と言われながら、コカインという麻薬を決めていたのだ……浩介くんとは大違い。
飲酒に比べて、麻薬は浸透していなかったことや、これまでの検査でも陽性反応が出ていなかったことから、麻薬検査は簡易的で、機長はそれをすり抜けていた。
そして、機長の遺体の血液を、麻薬検出の専門分析に出すことになった。
念には念を入れて、2回同じ検査をして見た。
すると、赤ペンの文字が、さっきは「negative」だったのが、今回は「positive」と書かれている。
つまり、ごく微量でも検出できる検査では、陽性だったのだ。
そして、乗客の一人が「パイロットはみんな清廉潔白だと信じていた」と話しているが、この番組を見ていると、そうではないことが分かる。
それにしたってコカインはひどい。
当時のテレビニュースでも、大騒ぎになっていたらしく「事業用操縦士の麻薬検出」として取り上げられていた。
更に機長の友人だった人も「彼にコロッと騙されていた」と話す。まさにフルボッコとはこのことだわ。
実際、機長が乗務していた時間帯では、ちょうどコカインの副作用が回り始める頃らしく、機長は正常な判断ができていなかった。
ともあれ、番組の最後には、この事故を受けての安全対策が語られる。
こうして、空の旅はもっと安全なものになるという。
「そうね、こうして安全になっていくのよ」
「それにしても、機長のコカインって……」
「そうね、薬物は絶対にダメよ」
安全講習以前の問題だけど、大事な事なので何度でも言うべきこと。
「うん」
「実はね、日本でも薬物じゃないけど、精神病の機長が乗っていて異常操縦で空港手前に墜落した事故があったわ」
「え!? そうなんですか!?」
管理体制がずさんだったということよね。
「ええ、あ、次のが始まるわ」
永原先生の言葉とともに、次の番組が始まる。
こちらは燃料切れながらも何とか緊急着陸に成功したもので、全員生還編となっている。
「永原先生、さっきの話ですけど――」
「ああうん、『機長、やめてください!』だよね。あれは副操縦士が立て直そうとしたおかげで全滅は免れたわ。他にも、最近ドイツで精神病の副操縦士のせいで機長が締め出されて故意に墜落、全員死亡というのもあったわ」
「あー、ありましたね」
こっちはごく最近の話だけど、この番組でも取り扱っている。
その事故はあたし達が物心ついていて、リアルタイムでニュースを見た事故だけど、番組がかなり重い内容なので、今回は却下した。
……当時はかなり騒がれていたし、事故原因も多分みんな知っているからというのもあるけど。
こちらは、生存者のパイロットの生の証言が聞ける。
というよりも、副操縦士の人のバックにある写真が思いっきりネタバレになってしまっているような……まいっか。
機体は順調に巡航していたが、いきなり燃料切れ。
こうなるとエンジン停止の上機体は巨大なグライダーになってしまう。
管制官も「何てことだ、もう助からないぞ!」と言ってしまったという。
にしても、いい笑顔で言うものだ。
まさに、全員が生還しているからこそとも言えるわね。
燃料切れとなり、客室は停電。そしてゆっくりと滑るように落ちる機体、ラムエアータービンで、最低限の油圧だけを確保した状態、スピードが着陸には速すぎるため、機長はグライダー技術を飛行機に応用するという荒業も披露していた。
ところが、まだ困難があった。
というのも、空港だと思っていた場所は、サーキット場になっていて、大勢の観光客でごった返していたのだ。
しかし、もう高度も速度もない。
機長は人気のないところを狙い、緊急着陸する。
前方に子供が二人いる。
「やっぱり、横に逃げないの?」
「動物の習性らしいわ」
永原先生が静かに言う。
飛行機の速度を考えれば、横に逃げるしかなさそうなのに。
しかし、機体が強い摩擦で着陸したお陰で急減速し、死者は出なかった。
脱出のマニュアルに従い脱出し、機長副操縦士も無事脱出。
すると、「火事だ!」という声が聞こえた。
機長が消火器をもって消火活動にあたり、地上の人も消火活動を手伝ってくれた。
さて、ここからが調査編、燃料切れとなったとされるが、実際には燃料を補給していた。
そう、アメリカで使われている「ヤードポンド法」と、「メートル法」との食い違いが事故になった。
日本では既にメートル法に統一しているのに。
うーん、でもパイロットの不注意と言えばそうだけど、これを責めるのは酷な気もするわね……だからこそ「部分的に」何だろうけど。
さて、これで3つ放送が終わり、スキー合宿は2回目の休憩に入った。
「うー、寒い……」
「うん、寒いねえ……」
さすがに大分北の方に来たので寒さは大きい。
バスの速度はほぼ高速道路の制限速度の100キロで統一されていて、この次はもうテレビでの放送はない。
今回の休憩は昼食を兼ねていて、あたしはコートも着て、浩介くんと2人で急いで中に入る。
「うわっ、あつっ!」
中は凄まじい暖房が効いていて、あたしは急いでコートとカーディガンを脱ぐ。
正直スカートも脱ぎたいけど、さすがに荷物が多くなってしまうので断念する。
「本当両極端だよねえ……」
冬の北国だとこういうことは多いみたいだけど、幸子さんの家はもっと北にあるのに、この辺のほうが寒い。
多分、幸子さんの家のある場所は、あたしたちの首都圏ほどではなくても、それなりの都会だからだろう。
「浩介くんは何食べる?」
あたしはサービスエリアの共同食堂のメニューを見ながら浩介くんに話しかける。
「うーん、カレー大盛りかなあ……?」
「うーん、あたしは牛丼のミニにしよう」
林間学校と同様、食事は自由。
あたしは牛丼のミニサイズを頼む。
優一だった頃は大盛りや特盛りだったけど、今はミニがちょうどいい。
だいたい大盛りからミニサイズにすると、どこの店でも200円位値段も安くなっていて、経済的にはなった。
そして、そうして溜まった分の食費が、デザートに消えていくという状況が続いている。
食堂にはスキー合宿参加の2年生達が集まっている。
「ねえ、あれ」
「うん、あれが石山優子ちゃんと篠原浩介くんでしょ?」
「ほんと、いつでもどこでもくっついてるよね」
「篠原ってさ、顔はイケメンじゃなくても、腕力強くて責任感も強いかっこいい子なんでしょ?」
「うんうん、あんな強い男の子に守ってもらえて幸せよねえ」
「あーあ、結局かわいい子の彼氏ってかっこいいよねえー」
「そうそう、いい男から取られていくのよねえ……」
女子二人組が、あたしと浩介くんを羨んでいる。
最近では浩介くんが目を光らせていると男子の目線も減っている気がする。
海でナンパされた時も浩介くんはちょうど嫉妬して目をそらしてたし。
あたしたちはテーブルを見つけ、食べ始める。
カレーの大盛りに牛丼のミニ。でも食べ終わるのは浩介くんからになりそう。
一口一口、小さく食べる。噛む回数はあんまり変わってないことを考えると、口が小さくなっている。
浩介くんが大胆に頬張るところを見ていると、つい惚れてしまう。
おっと、ただでさえ遅いんだし、そんなことしちゃいけないよね。うん。
とは言え、今回は浩介くんの特盛りカレーが多かったためか、食べるスピードはほぼ同時、あたしがちょっとだけ早いくらいだった。
「お、優子ちゃんが先に食べ終わるの初めてじゃない?」
「あはは、あれだけ量に差があったらそうでしょ?」
実際、あたしは体育で極端なハンデを付けてもらっているけど、特に競争したわけじゃないけど、この食事量の差だって、似たようなもの。
浩介くんは「たくさん食べてたくさん鍛えなきゃ筋肉がつかない」とも言っていた。
正直、筋肉もいいけど下半身も鍛えて欲しいなあなんて、あたしは思ってしまう。
このサービスエリアにはマッサージのサービスはない。
そこで、残った時間で浩介くんに肩をマッサージしてもらう。
「あー気持ちいいー! んっー痛気持ちいいー!」
「ここがこってるよね?」
浩介くんが指であたしの特に固い所を突いてくる。
「うん」
「よし、えいっ!」
「あー! いいよおおおおおお!!!」
なんか周囲が見ている気がするけど気にしない。
「あれ? 石山さんじゃん。もー、声大きいよ」
「あ、永原先生。すみません」
あたしがマッサージを受けていると、永原先生が寄ってきてあたしたちを注意する。
「まだ余裕あるけど、時間には気をつけてね……私はバスに戻るわ」
「「はーい」」
あたしたちも、特にすることはないため、またここは基本的に暑いということもあって、マッサージもそこそこにバスへと戻る。
時間になり、全員が居ることを実行委員の桂子ちゃんが確認し、他のバスも同様であることを無線でやり取りしてから、バスは発車する。
途中ジャンクションを左に曲がって、進路を西に取る。
これはもうすぐスキー場の合図。
スキー場はインターチェンジからすぐそこの場所。
バスが高速道路を出る。
もうすぐスキー合宿のホテルに着く。
ふと、スキーの不安、浩介くんと同室ということ、そして家族風呂のこと。
あたしは期待と不安が入り交じった感情の中でバスの中から一面に広がる銀世界を眺めていた。
「さ、到着しました。一人ひとり前の人から降りてください」
永原先生の言葉とともに、コートを着て準備したあたしが最初に降りる。
「さむっ……」
手足はともかく、とにかく顔への冷気が辛い。
去年のスキー合宿のときよりも格段に辛い。
幸子さん、大丈夫かな?
って、寒さに弱くなって悩んでいるって報告も受けてないから大丈夫だと思いたい。
隣の永原先生も比較的涼しい顔をしている。
永原先生の服はクラスの中では一番の軽装、と言うより普段と変わらないレディーススーツだった。
「永原先生、そんな軽装で大丈夫なんですか?」
「石山さんが重装備なだけよ。戦乱の時代に過ごした真田の村の寒さは、こんなもんじゃなかったわよ」
「そりゃあ今みたいに都市化していないですし」
「そうねえ……本当に、ここ150年の発展は恐ろしいわよ。実は江戸の末期と初期でもかなり違うんだけど、それでもここ150年には遠く及ばないわ」
それに江戸時代は300年近いわけだし。
ともあれ、ホテルの中に入ろう。
林間学校でもあったホテル支配人の挨拶は、ホテルにあるホールで行うという。
あたし達はそれぞれ同室の人と組んで荷物を持ち、それぞれの部屋に行くことになっている。
寒さもあるため、みんな同室のパートナーを見つけてロビーへと行く。
みんな早く中に入りたいらしく、我先にとロビーへ入る。
「浩介くん、行こうか」
「ああ、うん」
ここで文字数100万突破です。