永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
そんなわけで、あたしと永原先生は、地元の小学生達と一緒にスキーの練習をすることになった。
聞くところによると、インストラクターさんも普段は地元の学校の体育の先生をしているという。
「他のコースはちゃんと専門の人がするんだけどね。私達がやることと言えば子供向けですから……あ、もちろん私もインストラクターの資格はありますよ。でも教えるのは年にほんの少しだけです」
ともあれ、ついていこう。
それにしてもスキー靴は滑らないけど歩きにくい。ってそりゃあ雪だもん当たり前よね。
「はーい、みんなお待たせー、今日明日とスキースクールを開きます。今回はスクールの生徒に2人加わります。自己紹介をお願いします」
見ると小学生の低中学年、ちょうど10歳くらいの男女がちょうど10人いた。
そのくらいなので、みんな永原先生よりも背が低いけど、永原先生の背の低さもあって全員永原先生の肩には収まっている。
「えっと、私立小谷学園から来ました石山優子といいます。短い間ではありますがよろしくお願いします」
「「「よろしくおねがいしまーす!」」」
子どもたちが元気よく返事する。
優一もこれくらいの頃は純真だったはずなのに、どうしてああなっちゃったんだろう?
……考えても仕方ないわね。
「同じく小谷学園から来ました永原マキノといいます。スキーが大の苦手ですので、よろしくお願いいたします」
「「「よろしくおねがいしまーす!」」」
心なしか、永原先生に対する声のほうが大きいような気がする。
あたしよりも童顔だし背も低いから、見た目では子供に近いんだろう。
「それでは、みんなスキーは初めてだと思いますので、まずは転んだ時の受け身ですね。その練習からしていきたいと思いますが、その前に準備運動をしてください」
「「「はーい!」」」
「ねえお姉ちゃん、歳いくつなの?」
準備運動をしていると、男の子が1人あたしに話しかけてくる。
「こーら、女性に年齢聞かないのよ」
「えーつまんなーい!」
あたしのお決まりのやり取りに、男の子がブーイングをする。
「ダメなものはダメよ」
17歳だけど。
「じゃあそっちのお姉ちゃんはいくつなの!?」
「あらあら、インストラクターさんにも言われましたよ……私は学校で先生をしてます」
「え!? 先生なのにどうしてここにいるの!?」
男の子がとても驚いている。
「私、スキーが大の苦手なのよ。昭和の頃からやってるけど、未だにまともに滑れないわ」
「昭和? 昭和って、平成の前の!?」
子供が驚いた顔をする。
「おっといけない。とにかく、準備運動しなさい」
「はーい……」
男の子がトボトボして去っていく。
「ごめんなさいね。ここにいる子はみんな小学校4年生ですから」
インストラクターさんが謝罪する。
小4というと、やっぱり10歳位かな?
「そうですか。小学校かあ……私はそんなもの出てないわね」
「え!? でも、中学までは義務教育……あ、もしかして先生がいた時代は?」
あたしは、「さっき江戸幕府知っているって言ってたでしょ」と心のなかで突っ込んでおく。
「ええ。小中学校どころか、寺子屋さえもなかったですよ」
「ま、まさか……永原先生って――」
準備運動をしながら、インストラクターさんが驚いたように言う。
「ふふっ、ここに居る私以外の皆さんの年齢を合計して……そうですねえ3倍しても足りないでしょう」
「……なんかめまいがしてきたわ……とにかく、まずはスキー靴の履き方、板のはめ方と受け身の練習に入ります」
インストラクターさんは思考回路の想像力を超えたのか、これ以上深く詮索しないことにした。
9歳から10歳の子供が10人、30代のインストラクター、17歳のあたし、全部足しても永原先生どころか比良さんと余呉さんにも届いていない。
……というか、永原先生3番目に年上の比良さんの3倍近く生きてるのよね。
小谷学園のスキー合宿は去年もあって優一は上級コースを選んでいた。ちなみにあたしは1度も転ばなかった。
実際には初めてだったので初心を選んだんだけど、すぐに急斜面でパラレルターンできるようになったので翌日には浩介くんがいた上級に放り込まれてしまったのだ。
確かあの時も浩介くんと張り合ってたような気がするわ。さすがに経験者の浩介くんには負けてた記憶があるけど。
最初に簡単にスキー靴での雪の落とし方や板のはめ方をやる。
あたしは優一時代の「知識」を活かして難なく成功させる。
さすがに体が違うと言ってもこの辺は問題ないはず。
受け身もうまくいくと思う。
とは言え、それより先、本格的に滑るとなると知識だけではどうにもならないのは永原先生が証明している。
優子の体でのスキーに慣れるために、基礎の基礎からやり直さないといけない。
インストラクターさんの言うことを聞き、転んだときのことを練習する。
さすがに永原先生も、このあたりはお手の物みたいだ。
「えっと……こう?」
子どもたちもそれぞれ苦戦している。
雪国育ちとあってか「早く滑ろうよー」と言っている人はいない。
危険性をみんな認識しているのだろう。
あたしはというと、最初の受け身でちょっとだけ失敗しただけで、後はうまく行った。
「それじゃあ滑ります」
インストラクターさんがそう言うと、あたしたちは柵に囲まれ、斜面の先にクッションが置かれた小さな場所に連れて行かれた。
傾斜は極めて緩くスピードが出るのかさえわからない程。
仮に暴走して転んだとしても、クッションがあるから安心感があるということか。
「スキーのブレーキはこのように、『ハ』の字にします。まずは滑る前にやってみてください」
基本のボーゲンね。
……えっと、こうかな?
うん、このあたりなら大丈夫。
最初の課題としてはクッションに触れずに止まること。
まず1人の女の子が滑る。
「わっ、わっ!」
女の子が慌ててボーゲンの形をしようとするがうまく開けず、そのままクッションにドカンしてしまった。
「あうー、失敗……」
「最初はそんなものよ、次」
「はい」
今度は永原先生。
斜面に並行にして、両側で……あっ!
永原先生はうまく開くことが出来ず、バランスを崩してクッションへ。
スキーがどうしても苦手というのは本当だったみたい。
「あうーやっぱりうまくいかない」
次々と小学生の男女が試すけど、初見での習得は難しい様子。
よし、最後にあたしの番。
あたしは加速を付け、真ん中あたりで板を広げる。
よし、最後まで減速……まずい間に合わない!
あたしは大慌てでハの字を広げ、本能的に体重を左に向けてクッションを避けようとする。
「あっ……」
右腕が、クッションに触れる感触。
つまり失敗。
「あちゃーダメだったわ」
「うん、でも石山さんが一番いいわね。さ、うまくいくまで続けるわよ」
「「「はーい!」」」
なるべくクッションギリギリに止まる練習をする。
一定のラインがあって、このラインより前に、なおかつクッションに触れずに止まれるまで続く。ちなみに、再加速もダメだ。
ちなみに、あたしたちが受ける特別初心者コースはほぼ全てここで行うという。
というのも、初心者向けコースでさえ、大人が滑ることもあるため小さな子供には危ないためだという。
ふと脇を見ると、小谷学園のゼッケンを着た初級者コースの人が見えた。
このあたりは初級者コースの人にとってもかなり簡単なコースのはず。
「石山さん、飲み込み早いわね。もしかして男だったときって?」
インストラクターさんが話しかけてくる。
「うん、上級者コースも難なく滑れたわよ。優一……っていうのはあたしの男の頃の名前だけど……彼だったら、多分ここの上級者コースも平気な顔で滑れたと思うわ」
「え!? だったらどうしてここにいるのよ? 確かにまだ課題を成功してないけど」
インストラクターさんが驚いた顔で言う。
「女の子になって、とにかく運動能力が落ちたのよ。60近くあった握力は20未満に、立ち幅跳びで2メートル半飛べたのに、今じゃ走り幅跳びで2メートルを超えるのがやっと……と言った具合にね」
「それはまた、苦労してきたのねえ」
「ええ、でも、今は幸せですから」
あたしがニッコリ笑って答える。
インストラクターさんもそれ以上は詮索せず、午前中は子供たちと一緒にこの講習を続けた。
あたしが何度か成功させただけで、まだまだみんな上達はしていなかった。
ともあれ、これでお昼休みに入れる。
ちなみに、永原先生はようやくバランスを安定させることが出来たという段階で、子供たちと比べてもやや遅れ気味だ。
「ふーやっと感覚取り戻せそう。といっても大したものじゃないけど」
「永原先生、どうしてそこまで苦手なんです?」
「うーん、やっぱりこの歳で新しいこと習得するのは難しいのかも……特にこういう運動系は」
「うーん、そんな感じでもないと思うけど。洋服とかでのオシャレとかだって永原先生の時代からすれば最近のことでしょ?」
「あれはほら、女子だから……とすると、やっぱり板で坂を滑ってくって怖いせいかも」
「あ、永原先生もそんな感じですか?」
「うん」
さっきジェットコースターの話題が出たけど、スキーはまだコントロール可能だからマシではあると思う。
ともかくあたしは怖いのが苦手。
夏祭りや文化祭の時のお化け屋敷は、グロ系というよりは単なるびっくり系だったし、これが本気で恐怖感を煽るようなお化け屋敷だったら多分入れなさそう。
ともあれ、一旦スキー場の路地に入って昼食を取る。
小谷学園のみんなも見える中、あたしと永原先生は子供たちと一緒に食事を摂る。
さすがにメニューはお子様ランチではなく、小谷学園のみんなが食べているメニューを選ぶ方式になった。
「あたしはたぬきそばで」
「私はきつねそば」
とにかく、外は寒いので温かいものを食べたい。
「天気は午後からちょっと雪が降るということです」
「そうですか、ちょっとまずいですねえ」
永原先生は新雪にちょっとだけ恐怖感でもあるのだろうか?
「とは言え、今日はまず基本的な受け身やブレーキを覚えてもらいます。明日はボーゲンでターンをした後ちょっとだけファミリーコースを滑りましょう」
インストラクターさんの言葉が聞こえる。
インストラクターさんは食べるのが早めだ。
そしてあたしは永原先生よりも更に食べるのが遅いけど、さすがに子供たちよりは早く食べ終わっている。
「ねえねえお姉ちゃん。お姉ちゃんの住んでるところって雪降るの?」
「うん、たまに降るわよ。年に数回くらい」
さっき年齢を聞いてきた男の子が別の話題を振る。
「へー、じゃあスキーは出来ないの?」
「そうだねえ、こんな風に積もったりはしないわ」
「へえ、お姉ちゃんの街は楽そうでいいね」
「そりゃあ、環境悪かったら『政令指定都市』に何てならないわよ」
「へえ、お姉ちゃん大都会に住んでいるんだ」
「うん」
「ねえ、お姉ちゃんの話もっと聞かせてよ」
「え……うん……どこから話そうかな?」
さすがに小学生の男の子にTS病について理解させるのって難しいよね。
でも最初から女の子だったなんて嘘ついても、どうやって嘘つけばいいのか分からないわね。
「お姉ちゃん彼氏っているの?」
別の男の子がいきなり話しに乱入してくる。
「え、うんいるけど」
あ、つい反射的に言っちゃったわ。
「ちぇー」
男の子が残念そうな顔をしてしまい、それっきり話が途絶えてしまう。
何よこれ、最近の子ってこんなに早熟なの……
「ふふ、石山さんの彼氏は同じ学校の同じクラスの子でね、とってもかっこいいわよ」
永原先生が補足してくれる。
「へえ、この子、TS病になってどれくらいです?」
「去年の5月9日から女の子をさせてもらってます」
「え!? じゃあまだ9ヶ月くらいじゃない! それで彼氏ができるのね……人間の適応力ってすごいわ」
「ああいや、石山さんは特殊なんです。普通なら元男のTS病患者が男を好きになるのに2、3年はかかりますよ」
永原先生が慌てて補足する。
うん、このあたりは正しい理解のために必要よね。
「それでもすごいわよ。だって16年、17年男をやってたんでしょ? それなのに石山さんは仕草も振る舞いも言葉遣いも女の子そのものじゃない。こうなるのに3年しかかからないってすごいわ」
「実はですね、この病気になると女の子らしくなるために支援を受けられるんですよ」
あたしがカリキュラムについて軽く触れる。
詳しく説明してたら時間もない。見ると小学生の大半がすでに食べ終わっていて、女子の何人かが話しながらゆっくり食べているくらい。
「へえ、充実しているわね?」
「実はですね、男に戻ろうとする患者も居るんです。むしろ半分以上がそうでした」
永原先生も補足してくる。
「ふーん、そっちの人はどういう生活になるの?」
「えっと……言いにくいんですけど……」
永原先生が言葉に詰まってしまう。
「男に戻りたいと思った患者は、みんなすぐに死んでしまいます。精神的に耐えられなくなって、自分から命を絶つんです」
あたしが、代わりに説明する。
確率は低いけど、今後この地域でTS病患者が出た時のためにも、「男に戻りたい」と思ってはいけないということを周知するようにしないと。
今だけ、ちょっと日本性転換症候群正会員としての顔を出す。
「うえっ、怖いですね、でも例外はいそうなんですが」
「それが不思議といないのよ。それに私達不老でもありますから、それも含めて精神を病んでしまいます」
永原先生が言う。
「つまり、この病気になったら女として生きていくしか無いってことですか?」
「ええ、その通りです」
「はい」
あたしと永原先生が肯定のジェスチャーをする。
女としてなら、いつまでも若く要られるということで、不老への心労も大分緩和されるし。
「さ、そろそろ時間ですからスキーを再開しますわよ」
しばらくして、全員が食べ終わり数分後、休み時間は終わりということで再びゲレンデに入る。
午後はまた、午前と同じ練習内容。とにかくまずはスピードをコントロールすることから。
「うん、今回もうまく行ったわ」
あたしは徐々に自分の体にスキーを慣らす。
「お姉ちゃんうまいね」
「えへへ、ありがとう」
あたしが運動で純粋にうまいと褒められたのって初めてなような気がする。
いつも下手くそだったし。
逆に言えば17歳の女子高生なのに10歳の小学生相手じゃないと優位に立てないくらいひどいってことだけど。
一方で永原先生は……
「あー、また失敗だわ」
「あっちのお姉ちゃんは下手っぴだべ」
「うんうん、すごい下手くそだよね」
実際、永原先生はまだほとんど成功させていない。それどころか途中でバランスを崩してしまう頻度も、他の子供より高い。
あたしは1回だけ転んだだけ。
他の小学生と比べても、かなり成績が悪い。
それにしても、堂々と「下手くそ」と言ってしまうあたり、小学生らしさも残っている。
「あー、やっぱりこうなるわよね」
永原先生が憂鬱そうな顔をする。
小学生に混じってもここまでとは。
「こう見えて脚力はあるんだけどねえ……どうしてこんなに苦手なのかしら?」
永原先生のフィジカルは他の女性と比べても決して悪いわけではない。
夏祭りの時はビーチサッカーで全国レベルのサッカー部レギュラーの虎姫ちゃんとやりあってたし、体力もあり寒さに強い。
それでもスキーだけは大の苦手。
「もしかして先生はスケートとかも苦手ですか?」
「当たり前よ。2秒と立ってられないわ」
「多分、バランス感覚の問題だと思います。それも滑るものに対する」
「あー、そうかもしれないわね」
そんな会話をしながら、午後のスキーが続いていく。
さすがに1日目終了間際となると、永原先生も成功率が高まっていった。
でも永原先生曰く「来年になったらすっかり忘れてしまう」のだという。
「あ、しまった」
あたしは自分の服を部屋においてしまったのに気付く。
そう、みんなここで着替えるのだ。
「どうしたの優子ちゃん?」
「ああうん、自分の部屋に服を忘れてたわ」
「そう、じゃあ取りに行くしか無いんじゃない?」
「そ、そうよね」
あたしはスキー靴や板を所定の位置に置いてから部屋に戻る。
コンコン
「お、優子ちゃんお帰り、今開けるぞ」
浩介くんの声とともにあたしが入る。
「ゴメン、ちょっと部屋に服を忘れてたからここで着替えるわね……覗かないでね」
「お、おう」
浩介くんの言葉とともにあたしは鍵をかけて、元の服に戻る。
「ふう、お待たせー」
あたしはスキーウェアを畳む。
明日はあっちで着替えないといけないわね。
でも、浩介くんの直ぐ側で着替えるっていうのも……ってダメダメ。
「ともあれ、夕食まで時間があるから休もうか」
「そうだね」
家族風呂のことは、努めて話題にしないようにした。
ともかく、あたしも浩介くんも、一旦疲れを取りたかった。