永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「んっ……」
意識をゆっくりと回復する。
あたしは起きると隣に浩介くんが寝ているのを確認する。
あうう……やっぱり昨日のことを思い出しちゃうわね。
って、今日もやってくるんだよね。何かスキー合宿なのにスキーより浩介くんと一緒にお風呂入ることがメインになっちゃってるような?
そうだわ、気分転換にお風呂入ろう。
時間を見ると、午前6時30分になっていた。
「うーん」
あたしは家族風呂と共同浴場で迷ったけど、家族風呂は今日も入れるし、今なら人も少ないだろうから、広い共同浴場の方に入ることにした。
あ、そうだ。浩介くんに置き手紙を書いておかないと。お風呂に行く間に起きられたら困るものね。
あたしは、ホテルに備え付けの紙とペンを持って「お風呂に行っています。優子」と書き残しておく。
あたしは着替えの服とタオルを持つ。
そしてお風呂場に行くと、誰も居ないのが見て取れた。
どうやら、この広いお風呂を独り占めできそうね。
あたしは張り切って服を脱いでお風呂場へと向かう。
「ふう……」
あたしは体洗いもせずに、髪の毛だけを縛ってお風呂に入る。
誰もいない空間で、1人お風呂、昨日は沢山の人と入ったけど、今日はこれでいい。
1日目に集団で入った時とは全く印象が違うわね。
わいわいがやがやだったあの時とは打って変わって、怖いくらい静まり返っている。浩介くんと家族風呂に2人で入った時の方が、音がしたくらいだわ。
あたしは、のぼせたら休むを繰り返し、数回の反復の末、お風呂からあがる。
結局、誰も新しく入ってくる人は居なかった。
「あ、優子ちゃんおはよう」
「うん、浩介くんおはよう」
お風呂から上がり、普段着に着替えたあたしは、部屋に戻って浩介くんと挨拶する。
「優子ちゃん、今日は朝風呂に入ったのか?」
置き手紙にそう書いてあっても聞きたくなるのが人間というものね。
「うん、1人だったよ」
「そう言えば、林間学校の時は確か……」
「永原先生とかいたからね」
もしかしたら、永原先生がもっと早い時間に入ったのかもしれない。
何分、昨日今日は林間学校よりは起床が遅いし、それもあって一番風呂という感じではない。
ちなみに、このホテルは朝5時からお風呂をやっているという。
「優子ちゃん、ニュース見ようか」
「うん、そうだね」
あたしたちは、いつものようにテレビでニュースを見る。
最近あたしも浩介くんもバラエティで盛り上がれなくなってしまっていた。
浩介くんと他愛もない話を話すほうが楽しいし、話のネタを集めるのに、バラエティよりニュースの方が遥かに効率がいいというのがその理由。
でも、最近はニュースもありきたりだ。
あるのは芸能人や著名人の不倫報道ばかり、週刊誌がどこからともなく取り寄せた情報だという。
もっと大事なことがあるんじゃないかと何度も思ってきたが、どうやら無いらしい。
次に、国際情勢。相変わらずイスラム教がどうたらこうたらとか、宗教対立だとか様々なことをやっている。
「そういえば、蓬莱教授がさ」
「うん」
「宗教嫌いだったよね」
「そういえばそうだったわね」
あたしと浩介くんは、蓬莱教授のことを思い出す。
あたしも、浩介くんも、神様を信じていない。
それは蓬莱教授も同じ。
存在もしない存在のために殺し合いをする。不老を目指し、長生きしたい蓬莱教授からすれば忌むべき存在なのは当然のことだろう。
蓬莱教授の研究だって、いや、あたしのこの選択だって、今ニュースでやっているような国際情勢を動かしかねないものであることは容易に想像がついた。
宗教といえば永原先生はどうだろう? 戦国時代の人だし信じてないとも思えないけど……
あ、でも、江戸時代の人でもあるからキリスト教は嫌いかもしれないわね。
余呉さんはともかく比良さんは江戸時代の武士だしもっと嫌ってそうだわ。
「蓬莱教授が宗教嫌いなのはまあ、このニュース見れば分かるわね」
「うん、蓬莱さんからすれば宗教でテロしたり対立することは愚かしいと思うだろうね」
「ところで浩介くん、永原先生はどうだと思う?」
「うーん、それは本人に聞いてみないと分からないな」
ふとテレビの時計を確認すると、時刻は6時25分になっていた。
そういえば、朝食が6時半からだったわね。
「浩介くん、ご飯行こうか」
「おっと、そうだね。ちょっと急ごうか」
「うん」
というわけで、あたしたちはやや小走りで食堂を目指す。
「おはよー」
「おはようございます」
あたしたちは実行委員の担当の人に食券を渡し、朝食のバイキングに入った。
昨日とはちょっと違うけど、一昨日とは同じメニューな気がする。
どちらにしても、食事を盛り付けて、椅子を確保しないといけないわね。
浩介くんは昨日よりたくさん食べるという。
肉類多めの食事になっている。
「俺さ、優子ちゃんと付き合うようになって、ゆっくり食べるってことを覚え始めたんだ」
浩介くんが食事中にそんなことを言ってくる。
「へえ、どうして?」
「やっぱり、いつも優子ちゃんより先に食べ終わって待ってるのは悪いかなって」
「うん、ありがとう」
やっぱり、浩介くんは心優しい男の子だわ。
人の気持ちを考えて、自分を変えることができるんだもの。
「隣……いいかな?」
「はいどうぞ……って、永原先生!」
声をかけてきたのは永原先生だった。
「あら、石山さんに篠原君じゃない。おはよう」
「お、おはようございます……」
ちょうどいいわ。宗教について質問してみよう。
「あの、永原先生……」
「ん?」
「蓬莱教授って、宗教嫌いじゃないですか」
「あー、そうだね。科学者らしいと思うわ」
永原先生はさっぱりした表情で言う。
「ところで、永原先生は宗教については……」
「うーん、私の主君が曹洞宗だったから、今も一応そういうことになっているわよ……正直顔は出してないけどね」
永原先生によれば、今の仏教は私が信じていた頃の仏教と全く勝手が違ってしまったので、今の仏教にはあまり関わりたくないとか。
その代わりに、永原先生は神社に行くことが増えたらしい。初詣とか夏祭りも神社だったし。
「じゃあ永原先生は神道ということになってるの?」
「まあそうですね。まあ、私もそこまで篤いわけじゃないわよ」
やはり、そんなものかもしれない。500年も生きてきたわけだし。
「――でも、私も一神教……キリスト教は特に嫌いだわ。寺と神社が共存している所に、平気で燃やしにかかったもの。太閤殿下や東照大権現が禁じたのも無理のないことよ」
「そ、そうなんですか?」
歴史の授業とまた言っていることが違った。
「歴史の授業では、あれは権力者にとって都合が悪いからって――」
「いいえ違うわ。太閤殿下が九州の大名を征伐していた折に、キリスト教徒が寺や神社を焼き払っていたのを見てしまわれたのよ」
太閤殿下って秀吉のことだよね?
「つまり?」
「ええ、日本は聖徳太子の昔、私が生まれるよりも更に1000年近くも前から神仏習合と言って色々な宗教宗派がある程度の対立こそあれそれなりに共存してきたわ」
確かに、そんな話を聞いたことがある。
「だけど、キリスト教はそうじゃなかったのよ。いわば当時の日本はキリスト教を受け入れて他のすべての宗教を捨てるか、キリスト教を禁止して他の宗教を守るかの、二者択一を迫られたのよ。もし受け入れていたら……今頃日本も植民地だったかもしれないわよ」
そして結果的に、後者が選ばれたというわけね。
確かに、それはしょうがないとも言えるはず。
それにしてももっとやりようがあったと考えちゃうのは、後世の人の傲慢かもしれないわね。
「さ、今日もスキー頑張ってね」
一通り話が終わるとスキーの話に移行する。
「永原先生こそ、大変なんじゃないの?」
「あはは、そうかもしれない」
後から来た永原先生は食べるのもその分遅かったので、あたしたちの方で先に上がらせてもらうことにした。
部屋に戻る間にも、何人もの生徒がご飯を食べに食堂に向かっていた。
「ふー、休もうか」
「うん、スキーまでエネルギーをセーブしないとね」
というわけだけど、やっぱり暇ということで、浩介くんとカードゲームをすることにした。
浩介くんは表情が分かりやすいため、あたしは身体能力が低いため、7並べというシンプルなゲームで遊ぶことにした。
「2人で七並べだとあんまりパスがないわよね」
「うーん、3回までOKなんだっけ?」
なんか色々ルールあるみたいだけど、あたしたちはその制限はなしにした。
トランプはジョーカーを除くと52枚あるので、序盤はポンポンと並べることが出来、中盤以降、どうやって止めていくかが課題になる。
他にも、2人で意味もなくポーカーをしてみたり、あるいはそれに飽きたらまたテレビでニュースや気象情報を見たり。
気象情報に拠れば、この辺は今日は昨日の午後以上に雪模様になるという。
ちょっとスキー日和という感じではないようだ。
「さ、行こうか」
「うん、浩介くん……頑張ってね」
「おうっ! 華麗な滑りを見せてやるぜ!」
あたしの応援でこうやって浩介くんがやる気になってくれるのが嬉しいわね。
ともあれ、昨日と同じように、スキーコーナーまで移動する。
「石山さん、こっちこっち」
永原先生の手招きで、あたしは昨日に引き続き、「特別初心者コース」という名の、子供向けコースを地元の小学生達と一緒に受けることになった。
「えーそれでは、まずは準備運動と、その後に昨日の復習をすることにしましょう……では、今日もよろしくお願いします」
「「「よろしくおねがいしまぁす!!!」」」
「「よろしくお願いします」」
インストラクターさんの声とともに、子供たちが元気よく挨拶している。
一方であたしと永原先生は、平常心のような声だ。
子供と大人の違い、それを嫌でも思い知らされる。スキーのスキルは似たようなものなのに。
「純真な子供を見ると癒やされるわね」
「そう? 石山さん、子供好きだったっけ?」
何気なく発したあたしの言葉に、永原先生が反応してくる。
「……そういえば、優一の頃はそんな気持ちあんまりなかったわね」
スキーの前の準備運動をしている間に、ふとそんな話が出る。
「ふふっ、それもまた、石山さんに『母性』が出たからよ」
永原先生が知っている風に言う。
幸子さんと初めて会った時の帰り道にも、「あたしの中で『母性』が芽生えた」と永原先生が指摘していた。
小さい子供や弱い者に対するかわいさ、思いやり、そういった心が出てきたのはあたしの中でますます深層心理から女性になっているという証拠でもあった。
「母性……そう言えば、幸子さんどうしているかな?」
一応余呉さんを通して、特に問題なく女性として暮らしているということは知っているけど、幸子さんとはカリキュラムの最終日の時以来、3ヶ月話していなかった。
「うん、特に問題ないと言うけど、そうね。そろそろ連絡してもいいかもしれないわね」
余呉さんが引き継いでくれているとは言っても、正式なカウンセラーはあたしなんだし、少しは責務を果たさないとね。
後、蓬莱教授のことについてどう思っているか聞いてみたい。
「それじゃあ、昨日の復習からよ」
というわけで、あたしたちはまずブレーキの練習。
再加速せず、きちんと所定の位置に止まらなきゃいけない。
スピードをコントロールし、そして左右に振れることもできるんだけど……
「うわあっ! きゃあ!」
永原先生が早速転んでしまった。
あたしも、最初の挑戦時には不合格。
昨日と滑る感覚が違いすぎる。特に新雪が大分感覚を狂わせてしまっていた。よく見ると、昨日うまく行っていた子供たちもうまく行っていない様子。
あたしたちは、子供たちと一緒に、まずはそこに慣れることから始めなければならなかった。
それがまた、大変難しくて、あたしはスキーのためにも柔軟性と応用力を鍛えるためにも、是非頑張っていきたいと思った。
ともあれ、今日の午後にはスキー合宿も終わりになる。
あたしたちは、明日の朝にここを出て、夕方頃には帰ってくる計算になっている。
その前に、最後にみんなでスキー合宿の成果を披露することになっているのだ。
その時までに、ちゃんとうまく滑れるようにならないといけない。
「はーい、じゃあ昨日の復習はここまで。じゃあいよいよターンの練習をするね」
インストラクターさんがそういう、スキーのターンは例の「ハの字」にして右に左に体重をかけるとできるらしい。
……ということは知っている。
優一の頃はわざわざそんなことをしなくてもいい、いわゆる「パラレルターン」も出来ていたはずなんだけどねえ……
「女の子になったんだから、スキーも基礎からやり直すしかないわよ優子」と、あたしはそう自分に言い聞かせながら、インストラクターさんの話を聞く。
「えーでは、ここの斜面にこのように旗を作りました。右左どちらでもいいのでこの旗に触れないように、なおかつさっきと同じようにここのラインより先で止まり、またクッションに触れないように滑ってみてください」
さっきの課題よりちょっと難しくなっている。
子供たちも、今までの直線的な運動から、曲線が加わるだけで、相当に苦戦している。
……よし、あたしの番。
あたしは、目の前の旗が見えたので余裕を持って左にカーブ……あれ?
曲がりすぎたので元に戻すために右足に体重をかけようとしたけど、うまくいかないでそのまま止まっちゃった。
えっと、こういう時はもう一度斜面を滑れるようにして……うわっ!
ドンッ!
あたしは暴走してしまい、思いっきりクッションにかかってしまった。
案の定これでは失格である。
一方で、永原先生は曲がるのが遅すぎて旗に当たって転んでいた。
結局、最初のチャレンジでは全員が不合格になってしまった。
「うん、仕方ないよ。最初はこんなものだから、さ。練習を重ねましょ」
「「「はーい!」」」
インストラクターさんの慰めの声に子供たちも元気よく反応し、あたしたちはもう一度上に上がる。
しかしこれ、ほんの滑り台程度の距離なのに、いや、その程度の距離だからこそ、リフトというのもなくて登るのが大変だわ。
でも、柵で囲まれていて、他のスキーヤーやスノーボーダーと衝突の危険性がないのがとにかく助かった。
「あー、今の惜しいわ!」
午前中、あたしが惜しかったのが数回あった。でもまだ合格はできていない。
子供の中には既に何回か合格を叩き出している子も居る。一方で、永原先生の方は転ばずに滑るのがやっとという感じ。
一番の年長二人組(と言ってもあたしと永原先生の年の差はすごいけど)が一番下手なのだから恥ずかしいわね。
「2人共どうですかスキーは?」
「難しいわ」
「ええ。子供たちに負けてしまうなんて」
「……仕方ないですよ、得意不得意はありますから。私だってスキーの指導はできますけど、英語の指導はできないですから」
「永原先生は古典が担当科目ですよ」
「あー古典、私源氏物語しか知らないわ」
多分他にも知ってるんだろうけど、そう思い込んでる感じが強い言い方。
「さ、そろそろご飯の時間ですよ。お二人とも準備してください」
「「はい」」
あたしたちの返事を確認すると、インストラクターさんが子供たちの方へと向き直る。
「みなさーん、そろそろご飯ですよー」
「「「はーい!」」」
子供たちの元気のいい返事とともに、ご飯の時間となった。