永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
結局、あたしと浩介くんは家族風呂で3回一緒にお風呂に入って、3回とも我慢できなくなってしまった。
浩介くんの「それ」はあたしより後だった。普通男の人のほうが早いって感じだったのに、そう言えば、優一の時はどれくらい時間かかったっけ?
……気にしたことがないことは、優一時代のことでも忘れていってしまう。
でもそれは詮無きこと。多分、優一のままだったとしても、思い出せない些細な事だから。
それにしても、浩介くんは本当にすごかったわ。
しばらくは、今日の光景を思い出し、情事にふけることができると思う。
特に最後の瞬間のことは、忘れられない思い出になると思う。
「ふう、さあ、出ようか」
浩介くんがさっきまでの興奮が嘘のような冷静な声で言う。
うん、あたしも知っている。一気にさーっと引いていく感覚、一部の人には「賢者タイム」と呼ばれているあれ。
知っているから、浩介くんがすぐに離れようとすることに不満はない。
あたしたちは脱衣所で服を着る。
ここで、外に出ることを考えて、予め持ってきたストッキングを履いておく。
「……ここも終わりだね」
「うん」
最後の客となったあたしたちは、もう一度家族風呂を見る。もう誰も入らないのに、温泉が無駄に湧き出ていて、虚無感を感じつつ、時計を見る。
「……後15分で集合だね」
「うん、少し急ごうか?」
「そうしよう」
浩介くんと話す。
慌てることはなく、十分に間に合うとは言え、どうしても現代人らしく「時間」に追われてしまう。
そしてあたしたちは家族風呂の札を取る。
後はもう、誰も使わない。ここもまた、さっきの食堂と同じ。何もせず、ただひたすら、座して死を待つだけの存在になってしまった。
あたしたちは一旦部屋に戻り、お風呂セットを荷物に入れる。
「そう言えば、お土産買ってないな」
「う、うん……時間あるし、ロビー見ていく?」
「だな」
あたしたちは、重い荷物を運びながらロビーへ行くことにする。
部屋の電気を消し、浩介くんが鍵を持つ。
こうして、あたしたちの部屋は「死んだ」
このホテルも、もう間もなく役目を終える。
どこもかしくも、電気が消えていた。フロントも無人、老化も待合室も薄暗く、まるで廃墟みたいになっている。
しかし、ロビーに来てみると、最後の力を振り絞るかのように、売店が営業していた。
何と、どれも100円で販売しているという。
地域の名産品のお菓子、「どうせ今日で終わりだから」と3種類買ってたった300円だった。
あまりの価格破壊ぶりに、他の生徒達も我先にと買い求め、あたしたちが書い終わってすぐに全部売り切れとなってしまった。
「ああ、石山様、篠原様。今回は家族風呂のご利用ありがとうございます」
初日にいた支配人さんが声をかけてくれる。
「ああ、うん。とっても良かったです」
中でのことは、思い出さないようにしないと。
「ともあれ、あれで当ホテルも浮かばれました。全てが悔いなく、建て替えに入れます」
そうだった。
あたしたちが使わなければ、家族風呂は4日間使われないまま終わってしまっていた。
その後もどんどんと人が集まる。
支配人さんの計らいで、生徒全員を集めての別れの集合はしないという。余計に名残惜しくなってしまうからだという。
ボロボロで、刀折れ矢尽きるまで使用したこのホテルのお別れ会は、従業員たちで別途に行うという。
あたしたちは寒さを堪え、バスに大きな荷物を起き、サブバッグだけを持って中に入る。
中には既に、永原先生を始め、クラスの3分の2程度の人がいた。
「石山さん、お疲れ様」
「うん、でもまだ、帰路があるよ」
「そうだね。私はやっと終わってくれたって感じだったよ」
永原先生もあたしも、スキーでは散々な目に遭った。
あたしはそうでもなかったけど、永原先生はひどかった。
最後の披露でも、失敗続きで転び続け、最終的には課題を放棄してしまった。
あんな自棄になる永原先生は、見たことなかった。
「永原先生があんなに自暴自棄になるの、初めて見ました」
今までも、長い人生の果てに感情か高ぶるところは見たけど、ああいう風に諦めてしまうのは初めてだった。
「そりゃあね、私も昭和の頃……30年以上前からやってるのよ? むしろ諦めが悪いくらいよ」
本来なら、ホテルの留守居役に固定するべきなんだろうけど、他の先生との兼ね合いでそれが出来ず、「生徒の監視・指導」などを名目にスキー場で滑ることになっている。
他の先生は既に1人で滑れる中、永原先生だけ毎年あの調子だという。
「他の人が数日で習得する技術さえ習得できないのに、『努力が足りない』なんてバカみたいでしょ?」
「そりゃあそうですけど」
「……ふう、決めたわ。私、次からはホテルの留守居役に固定して欲しいって職員会議で言うわ。あれだけのことを見せつけておけば、大丈夫でしょ」
永原先生は本当に、転んでもただでは起きない人よね。
あたしも、長く生きればそう言う風にできるのかな?
「先生、これで全員みたいです」
実行委員の桂子ちゃんが人数を確認し、永原先生に告げる。
「よし、大丈夫みたいね。じゃあ行きましょうか」
バスのエンジン音がかかる。
「「「ありがとうございましたー!!!」」」
外を見ると、全従業員が帽振れをしていた。
明日から、ここのホテルは立入禁止になり、そして新しいホテルに生まれ変わるという。
どこか名残惜しそうに、ホテルが視界から遠くなっていく。
バスの話し声を聞くに、あちこちでスキーの反省会をしていた。
「にしても、昨日の篠原は圧巻だったよなあ」
「さすが1級という感じかな?」
「そうはいってもよ、高月。1級の上にはプライズテストってのがあって、俺じゃ全然無理なんだぜ」
「へえ、そんなものもあるんだ」
「よっぽどのエキスパートじゃないと受からんよ。俺達のインストラクターは持ってたけどインストラクターでも落ちるんだぜ」
「ひええ……そもそも、それを受けて合格する素質があるってすげえな」
「うんうん」
後ろでは浩介くんが男子たちと会話している。
「そう言えば、お前優子ちゃんとお風呂に入ったんだって!」
「なっ!?」
「俺見ちゃったぞ、家族風呂と書いてある所に優子ちゃんと一緒に入ってくところをよ!」
ざわざわ……
あちゃー、桂子ちゃんと永原先生だけが知っていたのに。
「お前、優子ちゃんを食っちゃったんじゃねえだろな!」
「うっ、してねえよ!」
「で、どうだったんだよ優子ちゃんは!」
浩介くんが詰問されている。
「胸は? あそこはどうだったんだよ!」
「篠原てめえ、裸見たんだろ! おい!」
「服の上からでもあれなんだから、脱いだらどうだった? なあ!?」
「ゆ、優子ちゃんのためにも言えない!」
「くそ、くそお!」
「あーあ、どうせ全部触っただけじゃなくて、中身まで全部味わっちゃったんだろ!?」
「で、気持ちよかったか!? どうなんだよ!? 優子ちゃん気持ちよかったんだろ!?」
あうう、恥ずかしいよお……
「くおらあ男子! 優子ちゃんにセクハラすんなあ!」
「な、何だよ田村! いいじゃねえかよ。こいつ、いつも優子ちゃんを独り占めしやがって――」
「優子はこいつの彼女なんだから当たり前だろ!」
「うー、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
高月くんの虚しい雄叫びがバスの中に響いていた。
でも、さすがにあたしもこんな生々しい会話を女子も居る中でするというのは嫌な気分がする。
「全く、男ってデリカシー無いわね」
「ええ、本当にそうよね」
元男のTS病患者2人が天に唾する様な批判をする。
あたしも永原先生も、かつてその「男」だったわけで、女がよく言う「男って」というのは全てブーメランになってしまうのだ。
それでも、さすがにこれは男子批判をせざるを得ない。
「でもよ、優子ちゃんって脱いだらどうなるんだろ?」
「いや、どうせタオルでも巻いてたんじゃね?」
「それでもエロいだろ、あんなにでかいのに――」
「もう、やめて! 嫌いよ!」
それでもあたしの裸で盛り上がる高月くんを中心とした会話に居た堪れなくなって、あたしがつい叫んでしまう。
「やべっ……優子ちゃんに嫌われる!」
「うー、失敗したー」
「ほらな、優子ちゃんはもう花も恥らう乙女なんだぞ。昔の感覚はもう忘れろ」
「うん、わかったよ篠原……」
浩介くんがあたしのことを「花も恥じらう乙女」と言ってくれる。
あたしはまだ男として生きてきた人生のほうがずっと長い。
協会の正会員はあたしの次に若い人でも60代、最低でも男の人生の2倍近い時を過ごしている。
女の子としての自覚・アイデンティティが育っていても、どうしても「時間の短さ」という不安材料は残る。
それに、最初は男子からは女の子扱いを否定されていたトラウマがまだ残っているのか、あたしは女の子らしいと言われることについて未だにひどく渇望している。
でも、女の子らしくなれれば、きっと浩介くんに好かれるし、こうやって他の男子にもモテモテになる。
他の男子にもモテれば、浩介くんがますます自信を深めてくれると知っているから。
あー、やっぱり女の子よね、あたし。
バスが高速道路に入る。
テレビの上映の予定もあったけど、今回は特に何もなく、ひたすら高速道路を走っている。
そんな中であたしは永原先生と話していた。
「それで、協会の最近なんですが」
「はい」
話すこともなくなったと思ったら、永原先生が協会の話をしてくる。
「今朝方余呉さんより連絡がありまして、塩津さんなんですが、最近旅行に行ったらしいです」
「うん、それでどうだったの?」
「弟さんによると、『お姉ちゃんの仕草が以前よりも柔らかくなった』とのことです」
「どうやら、弟さんも言いつけを守っているようでよかったわ」
幸子さん一家も、長男が長女になり、次男が長男になっちゃったけど、家族みんなで支えているという。
「幸子さん、女の子らしくなることに抵抗がなくなっているといいわね」
「石山さん、それはなかなか難しいわよ。無意識まで女の子になるのは年単位の時間がかかるわ」
「そうですか……」
やはりあたしは特殊ということを自覚させられる。
だからこそ、この歳で正会員なんだろうけど。
「でも、このまま行けば協会の普通会員に推薦してもいいと余呉さんが言ってましたよ」
「……永原会長はどう思います?」
「そうねえ……」
永原先生がかなり悩んだように言う。
そんなに難しい問題なのかな?
「もちろん普通会員なら最終試験の合格は不要よ。TS病になれれば誰でもなれるもの、でも、やっぱり最終試験には合格しているに越したことはないわ」
協会はどうしても年功序列が強くなってしまうという。
しかし、永原先生としてはその風潮を何とかして止めたいという。
何故なら協会の会員というのはみんな女性として生きることを決意した「エリート」たちで、男に戻りたいと思いすぐに死んでいった人たちを何人も、数十年、人によっては100年見てきた。
そして、そうじゃない道を取った自分たちは永原先生のように500歳でも生きられる。
だけど、そういう人が集まっているために、世代交代が全くと言っていいほどに起きない。
すると、やはりどうしても選民意識が出てしまうという。
「本来なら不老であるはずの人がすぐに自殺するのは悲劇よ。でも、それも繰り返されれば慣れてしまうのよ。もちろん、全力で阻止はしているけどね」
TS病患者たちの100年でも、あたしにとっての100年と余呉さんにとっての100年と永原先生にとっての100年では全く違う。
永原先生は、あたしが正会員になって活躍することで、協会の体質も大きく変わるんじゃないかと思っている。
現に、幸子さんの一件で、あたしはますます協会の中で存在感を高めている。
「だけど、石山さんは優秀だったから良かったけど、塩津さんみたいな人には……まだ早いと思うのよ」
「そう……」
「やっぱり、うちの協会は古い人が多いからね」
「どうすればいいのでしょう?」
「世代交代は不可能に近いわ。だからこそ私達自身が若く変わらなきゃいけないのよ。幸いにも容姿がずっと同じだから思考回路が柔軟になるのは難しくないわよ」
今度佐和山大学に進学する予定になった。蓬莱教授が結果を残せば、最年少会員のあたしの存在感はますます高まる。
そうすれば、協会にも新しい風が吹く。その時に、幸子さんや会員になってない若い世代を招き入れたい。
「でも、長い時を生きた人が、そう簡単に変われるのでしょうか?」
「ええ、だから、長い時間染み付いたことを変えるのに、やっぱり長い時間が必要になることもあるわ。幸いにも私たちには時間だけはたくさんあるからそれでもいいのよ……だけど……」
「だけど?」
「やっぱり、石山さんのようにとても優秀な人が出たから、きっと若いうちに正会員になってくれれば協会にも有益だと思ったのよ」
確かに、それはある。
幸子さんだって、あたしがいなければ間違いなく自殺していたもの。
「幸子さんのことですか?」
「ええ。あなたのお陰よ。弟さんが言っていたわ。『石山さんは、お姉ちゃんの命の恩人だ』ってね」
「ふふっ、本当に良かったわ」
永原先生と、会の過去のこと、会のこれからのことを話す。
バスは最初の休憩地に付く。
ホテルよりも大分寒気も和らぎ、あたしはスカートにストッキングのスタイルでバスを降りた。
ここから暖かくなるみたいだし、次の休憩所では生足になる予定。
徐々に、真冬から春に近付く。
ホテルを出ての帰り道、初めてのサービスエリアということで、やっぱりあの時のことを思い出してしまう。
あの時は恐怖でいっぱいで、二度と味わいたくないくらい怖い目に遭った。
でもそのお蔭で、あたしは守られることを覚えて、大好きな人ができた。
もちろん、あんなことは二度も三度も起きない。
確かに、いたるところであたしは視線を感じるけど、でもああやってナンパしようとするなんて、今の季節だとはやらないらしい。
逆に言えば、服の露出の高くなる夏は要注意ってことかな?
そんなことを考えながら、あたしはバスに戻る。
浩介くんはというと、バスの中にずっと缶詰状態だ。
あたしがいない間に、また男子が変な話しないといいけど……
バスはまた発車する、初日とは逆にドンドン進路を南に取る。
後ろをちょっとだけ振り向くと中には疲れて寝ている人もいるみたいで、テレビを放映しなくて正解だったわ。
「さようならー」
あたしたちは別れの挨拶をする。
学校まで無事に到着し、あたしは浩介くんと駅まで帰り、駅からは桂子ちゃんと一緒に帰った。
「ただいまー」
「優子、おかえりなさい。スキーはどうだった?」
家に帰ると母さんがいつものように話しかけてきた。
「うん、あまり良くなかったわ」
「そう、それよりも浩介くんとのお風呂はどうだった?」
「ぶっ……」
「あらあら、『何かあった』のね」
「うっ、そ、その……」
「まあいいわ。その反応、まだ大人の階段は登ってない感じね」
「えっ……」
確かに、直接的なことはしてないけど。
「ともあれ、ゆっくり休みなさい。月曜日からはまた学校よ」
「う、うん……」
こうして、あたしの日々は日常に戻った。
浩介くんとの距離が、もう少し近付いた中で。