永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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卒業式 前編

「よお……また、会ったな」

 

 真っ暗闇の中、掠れた優一の声がする。

 この声はもう、二度と聞くことはないと思っていたのに。

 でも、どうしてだろう? 何故か懐かしいような気がするわ。

 まだ、1年と経っていないのに。

 

「あなた……優一なの?」

 

「けっ、当たりめえだろうが! 自分で自分に呼ばれるとはな!」

 

 視界が晴れてきて、優一の様子が見て取れた。

 あちこちが傷だらけ、白い包帯を巻いた石山優一の姿が見える。

 

 優一は元々「悪人顔」と呼ばれる顔つきだったのに、傷だらけになってもっとひどくなっている。心なしか、髪の毛も更に薄くなっている気がする。

 

 そういえば、優一ってどんな顔だっけ?

 後でアルバムを確認しようかな……

 

「……」

 

「あんた……いや、何か言えよ俺」

 

 何も掛ける言葉がなく、見つめていたあたしに、優一の方から声をかけてきた。

 

「あなたはもう、あたしではないわ」

 

「違うな、俺はお前だ。いつまでもな……それにしても随分と遠くに来たもんじゃねえか……だが、俺はお前に永遠についてくるぞ」

 

 優一が吐き捨てるように言う。

 これだけボロボロになっても、まだ付いてくるつもりだという。

 

「どうしてついてくるつもりなの?」

 

「てめえのこと、『俺』を無慈悲に捨てたてめえが……気になるだけだ」

 

「そう……でも、今のあたしがあなた……そしてあたしの両親から貰った、『優しい人』だから」

 

 あたしは、しっかりと「優一」を見つめながら言う。

 

「……そうかよ。それについては、感謝してるさ、でもよ……お前は、俺を亡き者にして、どうする気だ?」

 

 優一は、息も絶え絶えにあたしに問いかけてくる。

 

「……あたしの、新しい生活のためよ。好きな人と、一緒に暮らすの」

 

「けっ……それがよりによって篠原かよ、都合のいいやつだなてめえは……結局、お前は……俺は、どこまで行っても俺なんだよ……げほっ……」

 

 優一が血を吐き、その場に倒れ込む。

 もう、放っておいても死んでしまいそうなくらい弱っている。

 あたしは、その様子を、ただ見つめているだけだった。助ける気持ちは全く沸かなかった。

 うん、あたしは何も間違ったことはしていない。

 間違いなはずはない。だって、何もかもが、うまく行っているんだから。

 

 

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

 2年生最後の登校日でも、目覚まし時計はいつものように機械的に音を鳴らし続けている。

 

「んー」

 

 あたしはいつものように目覚まし時計を止める。

 さっきの夢……本当に奇妙よね……もう二度と見たくないけど。

 でもこうして夢に出てくるってことは、あたしの中にどこか「優一」の乱暴さが残っているということかもしれないわ。

 もしそうなら、早急に対策を取りたい。「優子」になってまで、両親の願い、名前を裏切ることはしたくないから。

 

 今日が終われば春休み。

 あたしはハート型のクッションの上に立つ。この習慣もだいぶ身についてきた。

 

 制服を取り出すまえに、下着選びをする。

 

「今日はどれにしようかなー?」

 

 一応卒業式ということになっているし清楚な方がいいよね?

 うん、この純白のにしよっと。

 

 今日くらい清楚な格好しようかなと、スカートを折る作業をやめようと思ったけど、「例の事件」のことを思い出して、それはやめておくことにした。

 あの時でさえ嫌だったのに、今浩介くん以外の男に触られたら立ち直れるかさえ怪しいし。

 学校の中では、また考え直そうかな?

 もちろん、あたしの髪につけるトレードマークの白いリボンも忘れない。

 

 さっきの夢の嫌な気分を紛らわすために、あたしはぬいぐるみさんで遊ぶことにした。

 本当はこういう日はぬいぐるみさんを抱きかかえながら登校したいけど、今日はさすがにやめておくわ。

 

 

「おはよー」

 

「あら優子、今日は卒業式だけどいつも通りなのね」

 

 母さんもやはりそう言ってくる。

 

「あはは、卒業するのはあたしじゃないし。あたしはもう1年残ってるわ」

 

「ああうん、そうね……」

 

 あたしも母さんも、やや苦笑気味に、自嘲気味に言う。

 あたしはそんな会話をしながら、朝食を食べる。

 この日の朝食もいつもの残りと米と鮭。卒業式だけどいつもの日。いわゆる「何でもない日」でしかない。

 いつもと変わらない日常。でも、今がずっと続くわけではない。世間は常に変化し続けている。

 そして卒業式は、小谷学園の一つの区切りでもある。

 坂田部長が卒業していく。

 考えてみれば、あたしの学園生活で、まともに先輩と関わったのも坂田部長が唯一だった。

 あ、文化祭のミスコンの時お世話になった生徒会長の守山先輩もかな?

 

 とにかく、来年からはあたしたちが最上級生になる。今の1年生や、来年入ってくる新1年生たちは、どんな人なんだろう?

 よく考えると、あたしは後輩ともまともに関わっていなかった。

 

「ごちそうさまでしたー」

 

「お粗末さまでした」

 

 あたしはご飯を食べ終わり、洗面所で歯を磨く。

 そしてもう一度テレビのニュースを見る。TS病や蓬莱教授に関するニュースは今日もなし。

 そう言えば、2月にあった討論番組のこと、まだ永原先生言ってこないわね。よほど連絡が遅れているのか、それとも無視されているのか?

 

「いってきまーす」

 

「いってらっしゃーい、鍵閉めておくからねー」

 

「はーい!」

 

 このやり取りも、優一の頃から何回もしてきた。多分大学でもこのやり取りはあると思う。

 来年、後一年、学校では何があるだろう?

 これからのことに、期待と不安を抱きながら、電車に乗る。

 

 駅のホームと電車の中では、相変わらずあたしは男性の視線を集めている。

 うん、やっぱり注意しないと。どこに変質者が居るかわからないし。

 

 いつもの駅を降りる、3月も終わりで地域によっては桜の季節になっている。

 

 生徒たちも、どこか神妙な面持ちで通学路を歩いている。

 今日は卒業式だし、卒業する生徒だっている。

 後輩に送り出されるというわけだ。

 

「ふう……」

 

 あたしは下駄箱に行き、2年生の教室に入る。

 ここに入るのも、最後になる。そうだ、帰りに上履きをちゃんと持って帰らないといけないわね。

 

「おはよー」

 

「おう、おはよう優子」

 

 恵美ちゃんが挨拶してくれる。

 恵美ちゃんはこの後も、学校のテニスコートで練習するらしい。

 本当にテニス漬けと言っていい。

 あたしは結構ギリギリだったのか、ほぼ全員が既に教室にいた。

 

 

  ガラガラ……

 

「はーいみなさん、ホームルーム始めますよー」

 

 そして、あまり時間が経たないうちに永原先生の声が聞こえる。

 そう言えば、来年度も、あたしの担任は永原先生になるのかな?

 クラス替えがあるけど、桂子ちゃんは、浩介くんは大丈夫かな?

 何かカップルになると別のクラスになるとか言われているし。

 

「えっと連絡事項が2つあります。1つ目は卒業式についてです。今日は兼ねての通り卒業式となりました。小谷学園では自由な校風をイメージしていますが、来賓や保護者の方などもいらっしゃいますので、その方々の迷惑にならないように、羽目を外さないようにしてください」

 

「「「はいっ」」」

 

 クラスのみんなも、元気よく返事する。小谷学園では、何かルールで縛る時はたいてい「迷惑になります」が合言葉になる。

 小学校の時にやった「人の嫌がることをしない」の延長線上ではあるものの、とても効果のあることだ。

 それにしても2つ目の連絡事項って何だろう?

 

「2つ目の連絡事項です。えー、来年のクラス替えなんですが、我が2組は中止になりました」

 

「えっ……」

 

「どういうこと?」

 

「クラス替え中止?」

 

「じゃあうちら3年生も同じ構成ってこと?」

 

 あたしも驚きだけど、クラスメイトたちもかなり動揺して教室がざわつく。

 そもそも、クラス替えが中止ってどういうことなんだろう?

 

「はいはーい、私の説明は終わってないわよ……クラス替えを中止した理由として、石山さんの存在があります」

 

 ざわつきが、少し止む。

 でも、確かに、クラス替えを中止する動機としてはあたしの事以外思い浮かばない。

 

「皆さんも知ってます通り、石山さんはかなり特殊な病気になっています。確かに外見はもちろん中身ももう女の子そのものですが、他のクラスの生徒たちからすると、未だに男の影がちらついています」

 

 確かに、あたしは隣のクラスとか全くと言っていいほど行かないし、文化祭の時くらいかな?

 ともあれ、あたしのことをよく知らない人も多いし、「優一」の印象は消えないんだと思う。

 

「しかし、TS病患者にとって必要なことは、女性としての扱いです。よって、石山さんのアイデンティティも考え、クラスをいじらないことにしました」

 

 永原先生が淡々と告げる。

 確かに、無理も無いことかもしれない。

 

「更にもう一つ追加すると、最近蓬莱先生の研究の影響で、私達TS病についての関心が深まっています。私は皆さんも知っての通り、『日本性転換症候群協会』の会長も兼務しています」

 

「また、石山さんも当協会の正会員としての仕事も行っておりますので、マスコミの取材による報道被害も懸念されます。そのため、石山さんのことをよく知っている当クラスを維持するのが妥当と判断しました」

 

 クラスがちょっとだけざわついている。マスコミの取材という言葉、「テレビが来るの?」というのんきな会話もあるが、実際にはそんな甘いものではない。

 そういえば、協会の正会員になったことはクラスには話してなかったっけ?

 

 ともあれ、あたしたち2年2組は来年も全く同じクラス編成になるという特例措置が取られたのは事実。

 

「それでは、卒業式まで後30分です。10分前に移動しますので準備してください。それから……石山さんは私のもとへ来てください」

 

「分かりました」

 

 思えば、今年はよく永原先生に呼び出された。

 何かをやらかしたことによる注意といったものは一個もなく、最初はTS病の担当カウンセラーとして呼び出されたりしてたし、協会に入ってからは協会の仕事で呼び出されることもあった。

 定期的にも幸子さんの情報も入ってきて、心理的動揺はあったものの、何とか大学の単位を取れて留年を免れたと言う話を聞いた。

 

「あ、石山さん。この前の……2月の討論番組のことなんだけど」

 

「はい」

 

「ようやく抗議文の回答が来まして、テレビ局の方もお詫びの手紙が来ました……私としてもこれで手打ちとしたいと思います」

 

 それにしても仕事が遅い。何回も催促したものと見受けられるわね。

 

「それで、問題の牧師の方はどうですか?」

 

「まだ回答が来てないわ」

 

 そんなところだろうと思ったわ。

 

「ところで、会長、何があったんですか?」

 

 実際の所、あまり詳しく聞いていない。

 

「実は取材の時、先方の方は『TS病が置かれている状況について理解を広めるためにドキュメンタリーを作る』って言ってたのよ」

 

「ドキュメンタリー? でもあれ……」

 

 もちろん、そんなドキュメンタリーがあるなら、あたしの耳にも入っているはず。

 

「ええ、急遽中止と言って来て、その代わり他の番組で使うと言ってきたのよ」

 

「……それがこの前のということですか」

 

 何か初めから騙すつもりだった気もするわねこれ。

 

「ええ。困ったことに、討論番組でしょあれ。だから、ああいう無理解な人もいるのよ……というより、テレビ局としても立場上出さざるを得ないというのかな? それに蓬莱先生の研究と抱き合わせなんて聞いてないわよ」

 

 永原先生が困った顔をして言う。

 確かに、蓬莱教授の不老研究だって、この病気の存在がなければ成り立たない代物ではあるけど、それにしたってひどい話よね。

 

「……私は真田の人だから、個人的には人を騙すことをそこまで責めるつもりはないわ。特に私が最初の方に生きてた戦乱の時代なんてそんなものだからね」

 

 確かに真田家は謀略に長けてる人多い印象があるし、林間学校のときに教頭先生を撃退した時もそんな感じだったわ。

 

「じゃあどうして、こんな強硬な手段を?」

 

「ええ……協会には、私以外にも沢山の人が関わっているのよ……この前のことについては、比良さんと余呉さんが特に怒っていたわ」

 

 副会長の決め方で牧師さんが言いたい放題してたっけ?

 

「そうでしょうね」

 

「ええ、実はね……あの時の余呉さんは84歳と言っても寺子屋に数年通っただけで殆ど無学だったわ。だから武家の育ちとして教養のあった比良さんを副会長にしたのよ……もちろんそのこともテレビに言ったわ、それに今は余呉さんだって正会員で最高幹部だってこともちゃんと言ったのに」

 

 永原先生は単に身分で決めたわけではないということを説明してくれる。

 

「それに、あの時代に生きた人なら、士族というのは重要な事なのよ。私だって4代様に士分に取り立てられるまでは無所属だったのよ。あんな無理解な言い方をするのは、人々にひどい誤解を与えかねないわ。きちんと反論していかないと」

 

 永原先生は流浪の民だったものね。

 ともあれ、協会としても、きちんとけじめは付けさせるということはわかったわ。

 

「石山さん、再来年、あなたは蓬莱先生と、とてつもない困難に挑むことになるわ。18歳、19歳の女の子にはあまりにも重荷よ。いえ、幾つもの時代を旅した500歳の私でさえ、押しつぶされそうなほどの、ね」

 

 永原先生がとても意味深に言う。

 でも、まだ1年残っている。その間に、どれだけ時代が変わるか、ブレイクスルーを達成した蓬莱教授の研究がどこまで進むか?

 そのあたりが、鍵になってきそうだ。

 

「分かっています。もとより、覚悟の上です」

 

「ええ。いい心がけよ。だけど、きっとあなたを妨害する勢力もたくさん出てくると思うわ。ええ、人がみんな、私達と同じく不老になってしまえば成り立たなくなる産業はたくさんあるもの」

 

「それは、分かってます。でも浩介くんのためにも――」

 

「ええ、今のあなたには、それだけでいいわ。まだ、世界のことはわからないものね……私だってよくわからないわよ。500年間、時代と社会の変化を見続けても、なおね……さ、時間になったら卒業式に行きましょう」

 

「はい」

 

 永原先生と別れて教室に戻る。

 とにかく、明日以降大変なことになりそう。

 あたしと永原先生との話について、以前はクラスメイトも興味津々で聞いてきたが、今ではいつものこととして誰も聞いていない。

 協会の正会員としての仕事話を聞かせても、最初は「別のTS病患者のカウンセラーをしている」と言うインパクトは強かったけど、時間とともに、みんなそんな興味が無くなってしまった。


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