永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
4月第2週の月曜日、今日は3年生として初めての登校日。
先週金曜日には小谷学園では入学式があったらしく、今日は始業式という名の在校生と新入生との交流会ということになっている。
あたしと浩介くんの関係は学校中が知っていると言っても、新入生はそれを知らない。
あたしにアタックしてくる新入生は絶対に出てくるだろう。他にも、先生の自己紹介なんて言うのもある。
あたしは2年生の時と同じように制服を着る。
これも今年で見納めね。
「おはよー」
「優子おはよう、今日から学校?」
「うん」
クラスについては永原先生の計らいで去年と同じメンバーになっている。
今日から3年生なので、教室は去年よりも1階高い場所にある。
2組のメンバーは同じと言っても具体的にそのまま2組とも限らない。
そこで、3年生の下駄箱の近くにクラス替えの結果を貼った配分の紙があり、ここでロッカーも含めて新しい場所を知ることになる。
あたしは一番左上にある「安曇川虎姫」の名前を見つけた紙を見た。
そしてすぐ下に「石山優子」ともある。
どうやら「3年1組」があたしたちの新しいクラスみたいね。
担任の名前も、きちんと「永原マキノ」になっている。
念のためメンバーを見てみたけど、全員去年と同じだった。ロッカーの場所も覚えた。
「なあ、1組って去年の2組そのまんまじゃね?」
「ああ、どうなってんだ?」
「シャッフルしたら偶然そうなったとか?」
「いや、そんなわけあるかよ」
「もしかして、石山じゃね?」
「……どうだか」
「石山を見てると思うんだけどさ……すげえよなあ人間って」
「ああ、彼氏作ってイチャイチャ幸せそうにしてるもんなあ」
他のクラスと思われる男子2人組があたしの噂をしている。
最近ではこういう噂話も減ってきて、「優一」の存在は殆ど消えたも同然だった。
でも、あたしも含め、皆の記憶から抜け落ちるわけじゃない。
だからこうして、話題になる時はなる。でも、以前と違って「中身は男」何ていう噂も殆ど聞かれなくなった。
それでも、こういう配慮が必要というのは「念には念を入れよ」ということだと思う。
「はぁ……はぁ……」
朝の早い時間、教室で一番上まで上がるのって結構疲れるわね。
ともあれ、新しい教室について見ると、ドアの前に座席の張り紙があった。これも去年と同じ。
あたしの席は……うん、浩介くんの隣だわ。
ガラガラ
「おはよー」
「あ、優子ちゃんおはよう」
「うん、おはよう桂子ちゃん」
あたしと桂子ちゃんの挨拶も、いつも通り。
「それにしても、新学期、新年度だけどそんな気がしないわね」
「うん、何かロッカーと教室だけ変わったって感じよね」
変わらない3年1組の噂は、すぐに流れると思う。
それにともなって憶測も、流れると思う。
だけど小谷学園は合唱コンクールもなく、クラス替えにも重きをおいていないからこそ、今回のようなこともできたんだと思う。
それに、学校はまだ狭い世界だから、そのうち大丈夫。
問題は外の世界のこと。
蓬莱教授を妨害する勢力も多くなって行っているという。
春休み中の連絡によると、日本では抵抗が少ない方で、海外ではとんでもないくらいの抵抗運動になっていて、「入国禁止」や「ノーベル賞剥奪」を求める署名もあるという。
まあ、蓬莱教授は例のごとく全く動じていないんだけど。
やがて、時間とともに一人一人、クラスのおなじみの顔が出揃う。
やっぱり皆、新年度なのに代わり映えしない顔ぶれに、どこかに違和感を感じている模様。
ガラガラ……
「優子ちゃん、おはよう」
そして数分後、あたしに続いて浩介くんが部屋に入ってきた
「うん、おはよう浩介くん」
浩介くんもまた、どこか落ち着きながらも、落ち着いていない。
そんな奇妙な様子が見て取れる。
「はーいみんなー! ホームルームを始めますよー」
そして最後に、永原先生が入ってくる。
「今日から皆さんは3年生ですが、3月に行ったように、うちのクラスは2年2組をそのままスライドさせました……これから行う始業式ですが、基本的に去年と同じです。新入生の皆さんには優しくしてくださいね」
「「「はーい!」」」
クラスメイトたちも元気よく返事をする。
「えー、特に田村さん、木ノ本さん、石山さんは新入生の皆さんからも質問攻めにされると思いますので、怒らないでください」
「おう」
「ええ」
「はい」
永原先生の突然の名指しにも三者三様に返事をする。
確かに、この3人が質問攻めにされそうというのは、予想がつく。新一年生たちも、去年の文化祭を見た生徒も多いだろうし。
とりわけあたしは、学内では恵美ちゃんや桂子ちゃん以上に有名人だった。
何気にテニス全国一より有名人ってすごいことだと思う。
永原先生も、元々人気のある先生だったけど、今や対外的にも極めて有名な先生になってしまった。
……最も、それは「永原先生」でというよりは、「永原会長」としてだけど。
「それでは、そろそろ時間ですので、始業式に行きますよ」
永原先生の号令とともに、秩序だって列を作る。
このあたりは、去年と同じクラスという点がメリットになっている。
「ねえ、浩介くん」
あたしは念のため、浩介くんに声をかけておく。
「分かってるて。新入生がよっぽど変なことしねえ限り手は出さねえよ」
「ああうん……でも、テニス全国一位の恵美ちゃんはともかくあたしや桂子ちゃんのこと、もう新入生に?」
あたしが疑問点を投げかける。
「どうだろうな? 例の協会のホームページ? あそこにも写真こそまだ無いけど『正会員 石山優子』って書いてあるしなあ。もしかしたらって思うんじゃねえの?」
「う、うん……」
正直インターネットに自分の名前載せられるのはいい気分じゃなかったけど、正会員の重責を考えれば仕方ないとも思った。
ともあれ、あたしたちは体育館に行く。
一番前にはそわそわした新一年生たちも座っている。
小谷学園には男子女子の制服があるけれど、既に着崩している人もいる。また、私服の人もいる。
もちろん、誰も注意しようとはしない。違反でも何でもないからだ。
ただ、私服はすぐに居なくなる。
すぐに、制服の便利さに慣れてしまうからだ。
このあたり、まだ小谷学園の「自由」をうまく使いこなせていない印象だ。
時間が経つと、2年生達も椅子に座っていく。
とにかく、あたしにとっては学校の最後の1年、長いようで短い1年になりそうね。
あたしたちの学年は受験シーズンでもある。でもそのことで、ちょっとだけ疎外感もある。
だから、実力テスト代わりに、進学しない前提でどこか適当な大学を受けちゃうのもありかなとも思った。
おおー!
「ん? 何なの?」
「さあ?」
何の脈絡もなく会場が大きな歓声に包まれていく。
一体何が起きたの?
「あっ! ほら優子ちゃん、来賓席見てみてよ!」
「え!?」
桂子ちゃんとあたしで、その原因を探ってみると、何と蓬莱教授が来賓席に向かって歩いていくのが見えた。
以前から何度か会っている蓬莱教授だけど、彼は例の記者会見以来、注目の人物になっている。
メディアにも顔を見せない、研究の邪魔とあれば平気で実力で排除するなど、記者からの評判は最悪らしいが、気にも留めていない。
それどころか、研究の妨害だとして、最近では警備員を雇い始めたとも言っていた。
でも、蓬莱教授が座ると、目立たなくなったのかあまり尾を引いてはいないみたい。
「えー皆様、いかがお過ごしでしょうか? 校長です。只今より、始業式を開始いたします」
まずは国歌と校歌の斉唱、
校歌の方は新一年生はまだ全然歌えていない。当たり前だわ。
あたしも優一の時に受けた入学式と始業式では……って、まあいいわ。
「次に、連絡事項なんですけど……今年から新しく当校に赴任してきました先生方を紹介いたします――」
まずは、新しい先生たちの紹介、また引退した先生の紹介もある。
「で、次になんですけれども……本校の永原先生に関連してマスコミの取材が来ることがあります。こちらについては永原先生の方から、改めてお話があります……えー、では永原先生お願い致します」
司会進行役の校長先生が壇上を永原先生に譲る。
背が低い永原先生は台に乗るような感じで壇上に立つ。
「えー、新一年生の皆さん、そして在校生の皆さん、ご紹介に預かりました永原マキノです。もしかしたら、私のことは既に、聞いて知っていらっしゃる新一年生の方も多いと思います」
永原先生の話に、ガヤガヤしていた始業式が、一気に静かになる。
「私は、TS病患者として、教師を本業にしながら、日本性転換症候群協会の会長を務めさせていただいています……この学校には、TS病患者の方が2名いらっしゃいまして……1人は私で、もう1人の方は3年生にいます」
うん、それはあたしのこと。
クラスメイトたちが、あたしをちょっとだけ見てくる。
「えー、いずれにしても、蓬莱先生の研究発表以降、TS病はとても注目されています。協会を除けば、TS病患者が複数いる空間は殆どありません。ましてや私は会長の身です」
「ですが、ここは小谷学園、学びの場所です。生徒の皆さんに置かせられましては、マスコミの取材でマイクを向けられても、決してしゃべらないようにお願いします……こう言っては何ですが、私や蓬莱先生に対する誹謗中傷に利用されてしまいかねず、引いては小谷学園の評判も傷つきかねません」
やはり、取材拒否をしろというこというお達しだった。
「それから、テレビやインターネットでは、デタラメがよく流れていますので、皆さんには私のことも話しておかないといけないと思います」
そう言うと、永原先生が自身の半生について触れた。
まず、年齢は今年で500歳になるということ、ただし誕生日が不明なので1月1日を誕生日としていること。
そして元々は真田家に使える伝令役の足軽で、20歳の時にTS病になったこと。
戦乱の時代は、隣の村に逃げ、その後戻り、本能寺の変まで同地にとどまったこと。
大坂夏の陣までは諸国を放浪し、1653年に時の4代将軍の招待で江戸城に行き、明治までそこにとどまったこと。
ちなみに、通称呼びはそのままだが、基本的に名字だけで誤魔化している。
そして、明治維新後、鉄道が全国に張り巡らされる計画を知り、逃げ切れないと判断して135年前から教師を始めたこと。
ちなみに、小野先生の名誉のためか、小野先生の元担任とは言わず「ここの学校の先生にも、私の元教え子が居ます」って言っただけだった。
小野先生はビクッとしてたけど。
そして、100年前より、「日本性転換症候群協会」を立ち上げ、会長に就任したこと。
初恋話はもちろん、吉良上野介に受けた恩のことや、「真田幸村」の虚構については省略していた。話が長いのは嫌われることは、小谷学園ではよく知られたことだから、どれもこれも簡潔にまとめている。
「以上が、私の簡単な半生です。長くなりましたが、ご清聴ありがとうございました」
永原先生が再び教員席に戻る。3年1組以外の席からは皆驚きの声も漏れている。
考えてみれば、永原先生が全校生徒に向けて自分の正体を話すというのも、とても珍しいことだと思う。
あたしが優子になる前は、クラスの誰も知らなかったし、あたしと永原先生だけの秘密になっていた。
それが桂子ちゃんへ、龍香ちゃんへ、そしてクラスの女子へ、男子も含めたクラスのみんなへと流れていった。
学校中で噂になっても、こうやって永原先生から直接聞く機会は、3年1組以外は今回が初めてだ。
永原先生が正体を話すのも、全てあたしのためだった。
今まではずっと隠していたけど、多分あたしのために、変わったのかもしれない。
もし、あたしがこの病気にならなかったら、あたしにとっても蓬莱教授の研究もきっと他人事で、永原先生は一人で苦しめられていたかもしれない。
あたしのことを恩人と言っていたけど、それは決して誇張ではないと思う。
本当に、あたしのTS病が、世界を動かしているんだと、まだ高校生だけど……既にこの社会の……世界の歯車の一員なんだって思う。
「えー続きまして、校長先生からの連絡ですが……特にありません! 今年度も平穏無事に1年を過ぎることを祈っています! 以上!」
パチパチパチ!
校長先生の潔さに、来賓席も含め、拍手が沸き起こる。
「ではですね、お待ちかねだと思いますので、在校生の皆さんと、新入生の皆さんで、交流会といたしましょう。これで、始業式を終わります。解散!」
校長先生が高らかに宣言し、在校生が新一年生のもとに駆け寄る。
「優子ちゃん、あたしたちも行こうか」
「うん、そうだね」
そう言えば、あたしや桂子ちゃん、恵美ちゃんは特に有名なんだっけ?
あたしと桂子ちゃんで並ぶと、普段から話題になるからねえ……
「お、桂優先輩のお出ましだぞ」
「やっぱかわいいよな」
「うんうん、優子ちゃんの彼氏は幸せものだよなあ」
2年生の後輩が、あたしたちのことを話題にしている。
よく見ると、いくつか人だかりができていた。
「あの、田村先輩、テニス部ってどんなんなんですか?」
「えっとだな……あー、その……」
そこの人だかりは恵美ちゃんで、新一年生に囲まれている恵美ちゃんはとても動揺している。
恵美ちゃんに憧れて来たテニス少女も居るらしい。
「あ、あの!」
「はいどうしました?」
新一年生の女の子が声をかけてきた。
「その、石山先輩と木ノ本先輩ですよね!」
「はい、そうだけど……私達がどうしました?」
「その、石山先輩って……男だって本当ですか?」
新一年生の女の子の質問、あたしはこみ上げてくる怒りと悲しみを何とか抑えて言う。
「ふふっ、今は女の子よ。永原先生の話聞いてなかったの? この学校にはTS病の女の子が2人いるって」
「あ、そうなんですか……」
ちょっとだけ威圧感があったのか、新一年生の女の子も萎縮気味だ。
そして、新一年生の後輩たちがたくさん集まってきた。
「あの、石山先輩って、どのくらいまで女なんですか? 見た目は女性そのものですけど」
「ふふっ、あたしは赤ちゃん産める所まで女の子よ。お願いだからあたしのこと、女の子としてみてね」
そこは絶対に譲れない。
「ヒエー、やっぱTS病ってそう言う病気なんだなー」
「ねえねえ石山先輩、その美貌の秘訣ってなんですか?」
別の新一年生の女子が声をかけてきた。
うーん、難しい質問だわ。
「え!? そうねえ、ちゃんと清潔にしているってことかな。あたし、女の子になったときからこの顔、この体、この髪ですから」
「ふえー、世の中不平等ねえ……」
ちょっと残酷な回答だったかな?
でも事実だし仕方ないわよね。
よく見ると、隣の桂子ちゃんも質問攻めにされている。
「その、石山先輩の彼氏ってどんな人なんですか?」
「うーんと、優しくて強くて責任感ある人ですよ」
「へー、どんな感じですか?」
「えっと……その、あたしのこといつも考えてくれて、いつも守ってくれて……きゃー!」
浩介くんのことを考えたら赤くなっちゃう。
新一年生の目の前で、ちょっとよくないと思うけど、それでもやめられないわ。
「石山さん、ちょっと来てくれるかしら?」
突然、永原先生の声がした。
「あ、はーい! ごめんね、永原先生に呼ばれちゃった」
あたしは新一年生の脇を通り抜け、大急ぎで永原先生のもとへと向かった。