永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「石山さん、ごめんなさい急に呼びつけて」
「いえいいんです。ところで話というのは?」
「ついてきてくれる?」
「……分かりました」
あたしが頷くと、永原先生が、目立たない場所へとあたしを誘導する。
もしかしたら、協会の話かもしれない。
「蓬莱先生、石山さんを連れてきました」
「おう、済まないね」
するとそこには、蓬莱教授と浩介くんが居た。
一体何の話だろう? もしかして進学先のことかな?
「それでは……まず幾つか連絡事項があります。先日なんですけど、また一人、関西の方でTS病の新しい患者が出ました。ですが、このご時世ですからマスコミによる報道被害が予想されます」
幸子さんに続いて、もう一人患者が出てきたという。
それだけなら浩介くんや蓬莱教授はいらないはず。幾つかと言っていたし、もう少し注視しないと。
「……それで、永原会長はどうするんですか?」
ともあれ、今は協会の会長として永原先生に接する。
「とにかく、TS病というのは精神が不安定になります。困ったことに、彼らは情報の専門家ですから、特定も時間の問題でしょう。女性として行きていくことが確立されていない患者たちがマスコミの注目を浴びてしまえば、ただでさえ高い自殺率も一気に高くなります……もし彼女に何かあったら私達もいつでもサポートできるように準備してください」
「……分かりました」
「それからもう一点、蓬莱教授にお願いします」
あたしの方を向いていた永原先生が蓬莱教授の方を向く。
「……もしマスコミの報道被害がひどいようならば、私達の間で彼女たちを保護することも検討します。その時は蓬莱先生、よろしくお願いします」
「ああ、こうなったのは俺にも原因がある以上、TS病患者の支援については最大限協力するつもりだ」
蓬莱教授は、あっさりと永原先生に要求を受け入れてしまった。
多分、蓬莱教授からすれば容易いことなんだろうと思う。
それにしても、あたしが佐和山大学に進学すると決めてから、蓬莱教授も心なしか丸くなった気がするわ。
「それからもう一つ、先程も言いましたように、メディアの取材は基本的に拒否してください。どうしてもと引き下がってくる場合は、絶対に編集などの印象操作せずに、ストレートに報じること。そのことを、社長を含めて誓約書に書かせてからお願いします」
「「はい」」
今度はあたしと浩介くんに向けての連絡事項。
要するに、トップの誓約がない限り取材を拒否しろということね。
2月にあった討論番組がよっぽど頭に来ているのだろうか? それとも他の正会員さんの意向かもしれない。
「いずれにしても、ここは学校です。協会とは違うのですから」
「分かりました」
「それからもう一つ、今週土曜日ですが、早速会合がありますので……強制ではないですが、石山さんもできれば参加願います」
「ええ」
強制ではないこの会合で、こう言うということは、それなりに大事なことかな? いつもは会合があるという連絡事項だけだし。
「それで、そのTS病になった子と言うのは?」
ここで浩介くんが初めて発言。
「ええ、高校の入学式の途中で倒れたらしくて、式そのものがシッチャカメッチャカになっちゃったみたいよ」
やっぱり、色々とインパクトがある病気だもんね。
あたしは授業中だったからまだ良かったけど、こういう大事な時に倒れたら……しかも入学式で倒れるなんて精神的にもつらそうよね。
「……もしマスコミの報道被害が出たら……どうやって、ケアしましょう?」
「とりあえず、俺が囮になる」
「!? どういうことですか?」
蓬莱教授の突然の発言に、永原先生も驚く。
囮? どういうことなの?
「ああ、俺がちょっとした研究成果でも、頻繁に記者会見を開くことにする。研究時間が短くなるのは痛手だが……メディアを引きつけるためだ。俺や永原先生はともかく、何の罪もない未成年の子に、報道被害を拡散させちゃいけねえからな」
「……恩に着ます。最近、蓬莱先生のお世話になってばかりで、何でもっと早く信用できなかったんだろうと、後悔しています」
永原先生が、罪を告白するように言う。
「永原先生、あまり自分を責めなさんな。俺が信用できなかったのも、無理も無いことだ。それに、マスコミが俺を叩けば叩くほどな、俺の口座に入ってくる寄付金も増えるんだぜ。最近は富裕層だけではなく、中間層からも支援を受けているんだ。だから俺にとっても、デメリットばかりじゃない」
どうやら、蓬莱教授の方にもメリットがあるらしい。
「ただ、蓬莱先生、あんまりやりすぎるとマスコミも飽きてしまうわ」
「ああ、分かっとる。協会の方に報道被害が及びそうになったらいつでも俺を頼ってくれ」
ともあれ、蓬莱教授は味方になってくれるみたいね。
「さて、石山さんに篠原君」
「「はい」」
今度は蓬莱教授が、あたしたちに声をかけてくる。
「君たちの決断に、改めて感謝するよ。特に石山さん。あなたは、本来ならアイドルや女優になっていてもおかしくない……いやむしろ、なって然るべき存在だ。最も、彼氏がいるから無理かもしれないが」
「……確かにあたしはかわいくて美人だと思いますけど、それがどうしたんですか?」
「マスコミが、絶対に放っておかない。本来未成年がなれない正会員になれていることや、彼氏がいることを含めて、な」
蓬莱教授が冷静な口調で言う。
確かに、マスコミにとって「乱暴だった男が女の子になった途端女の子らしくなって彼氏まで作り出した」なんて絶好の話題になるものね。
「ええ、私達の協会に注目が集まったのも、インターネットでホームページに公開していた顔写真が拡散されたためです」
「この病気になると、みんな美少女になるだろ? その中でも、石山さんはひときわ輝いて見えるんだ」
でも、正直、会合の中にいると、あたしが一番美少女かと言われれば自信はない。
「ええ、冗談みたいな話ですけど、以前協会本部にアイドル事務所が押しかけてきたこともありましたよ」
「え!? そんなの知らなかったですよ」
永原先生が知らない事実を言う。
どうしてあたしに言ってくれなかったんだろう?
「隠すつもりはなかったんですが、あの時本部にいたのは私だけで……ともあれ『皆さん本業があるので』と丁重にお断りしたら、それ以上は近付いてこなかったんです」
「なるほどな、アイドル事務所はメンツも重要だからな。強引にアイドルに勧誘したとなれば事務所全体のスキャンダルになって所属アイドルにも影響を及ぼす。それに対して、マスゴミどもは失うものがないからこそ、暴走できるんだ」
蓬莱教授が言う。
もし何か攻撃をされても「言論の自由に対する攻撃」とレッテルを貼り、やりたい放題すればいいと思っているらしい。
「全く、悪しき連中だ。何とか教の教会の連中は俺のことを悪魔だの何だのと散々に罵るが、本当の悪魔はこいつらだぜ……最も、それ以前に悪魔なんてのは存在しないが、な」
「蓬莱さんは、数ある宗教の中でも、特にキリスト教が嫌いなんですか?」
何だかんだで蓬莱教授は初詣にも来ていたし、どうも教会が嫌いらしい。
「当たり前だ。ついでにいうと、そこの永原先生もだな」
それはスキー合宿の時にも聞いたわね。
「ええ、スキー合宿の時に話しました」
「……そう言えば、永原先生は970歳を当面の目標にしていると言っていたな」
蓬莱教授が、以前あたしに言ってくれたことを言ってくる。
「ええ、酒の席で、そんなことも話しましたわ」
「……全く、永原先生、あんたのキリスト教嫌いも、俺に全く負けてねえぜ……いや、俺以上に意地が悪いよ」
蓬莱教授がやれやれという表情で言う。
「あの? どういうことですか?」
「旧約聖書の一番最初の書物に創世記というのがあるんだが……最初の方の人の寿命はメチャクチャなんだ。例えばアダムとイブのアダムが930歳まで生きたとか、ノアの箱舟のノアが950歳まで生きた。とかな」
「荒唐無稽な話よ。今の私が人類最年長のように、古い時代はTS病になってもすぐに死んじゃうわ。そもそも、この病気が不老だと世間に知られるようになったのは大正時代になってからよ。しかも、旧約聖書の族長は皆男性ということになっているから、尚更よ」
100年前より不老者、つまりTS病患者の全世界の記録を漁ってきたが、永原先生ほど生きた事例は神話を除いて皆無だという。
「つまり、嘘ということですよね」
「当たり前の結論だ……だがな、バカどもはそれを信じ込んでいる。それどころか寿命が長いのは信仰が深い証拠だとか何とか言っているんだ」
確かにアホらしい話といえばそのとおりではあるわね。
「それでな、その旧約聖書の中で一番長命だった人物……その人が969歳で死んだということになっているんだ」
蓬莱教授が言うには、その人の名前はメトシェラと言うらしく、単に父エノクが65歳の時の子として生まれ、何歳の時に子供を産んで、969歳で死んだ。としか書かれていないらしい。
いずれにしても、永原先生が970歳まで生きればもはや神話の登場人物以上に長生きすることになる。
「変なところでマメでな、こやつが死んだ年がちょうどノアの大洪水と一致するようになっててな、色々と妄想を膨らませているらしいんだ。でも、だ。そんなことはどうでもいい」
「ええ、神とやらにつばを吐きかける信仰心のない私が970年間生きることで……洪水など起こらないことで、絶対神など存在しないことを証明してあげるのよ」
永原先生が強い口調で言う。
幸いにして、TS病は医学的には不慮の事故に巻き込まれたりしない限り1000歳でも2000歳でも可能だから、そこまで無謀な話じゃない。
「昔と違って、安全性は高まっているわ。TS病の免疫力の高さも含めて、若くして死ぬことも殆どなくなったわ。私の企ては、成功する可能性が高いわ」
永原先生が自信を持って言う。
「ふっ、だがな永原先生、その計画には一つだけ欠点がある」
「……ええ、私も。それは知っています」
永原先生と蓬莱教授が言う。
そう、きっとそれは蓬莱教授の研究のことだから。
「ああ、俺が生きているうちに不老計画を達成する。もしそれが普通となれば……俺の正しさを証明すれば……哀れな宗教家どもは永原先生が970歳まで生きた時よりも大層悔しがるだろう。それに、その計画が完遂するのは470年も後のことだ。例え俺が失敗しても……瀬田さんか、あるいは別の研究者が達成するだろうさ」
「そうですね、蓬莱教授が死んでも、蓬莱教授の思想は絶対に死なないわ」
永原先生が力強い口調で言う。
元々、2人の個人的な仲は悪くなかった。だから、結果さえ出してしまえば、こうして信頼関係を築く事もできるんだわ。
「それから、石山さんにもう一つ連絡事項があるわ」
「ええ、何でしょう?」
どうやら、まだ連絡事項があるらしい。メモ帳持ってくればよかったかな?
「塩津さん、協会に入りたいと言ってきたわ」
「え!? 幸子さんがですか? あたしとしてはまだ早いと思いますが……」
幸子さんはあたしと違って特別じゃないし。
「もちろん、最終試験はまだですし、男が好きになるということもないそうですけど……普段周囲にあまり同じ病気の人がいないので、交流がしたい。と言ってきました」
「……それで、許可できるかどうかですけど、あたし個人としては少し早いと思います」
「ええ、ですが、少し面談をしてみてはどうでしょう?」
「……分かりました」
普段は余呉さんが代理で務めてくれているけど、こういうのはあたしじゃないと出来ない。
もちろん、出来るのは推奨するかまだ早いかを伝えるだけ。
規則上ではこのアドバイスは正式なカウンセラーしか出来ないから、あたしが出るしかない。
と言っても、これも大した権限じゃない。
カウンセラーに勧められなかったからと言って入会届は拒否できない。
「それで、土曜日の会合の後、あそこで1時間ほど面談時間を予定してます。帰ってくるのは夜遅くになります」
「うわー、久しぶりにハードスケジュールね」
「ええ、ですが、石山さんにお願いしていいかしら?」
「分かりました」
ともあれ、幸子さんのためにも、あたしのキャリアアップのためにもサボることは出来ないわね。
「それじゃあ、私からは以上です。石山さん、篠原君、蓬莱先生、ありがとうございました」
永原先生がそう言って去って行く。
しかし、すぐに新一年生たちに捕まり、質問攻めにあっている。
やっぱりさっきの生い立ちに関連してだと思う。
「さて、俺から君たちへの連絡事項がまだ残っている」
「?」
どうやら、蓬莱教授にもまだ用事が残っているという。
でもあたしたちに?
「もう進学先も決まってる君たちだけど、勉学のモチベーションが維持できないだろう。だから君たちには、今から俺の専門の遺伝学に関する本を送っておくよ。これはそのまま大学でも教科書に出来るからな」
「は、はい」
「何せ、俺の研究は困難を伴うからな、今のうちによく勉強しておいてくれ……卒業できる程度にな」
「分かりました」
ともあれ、蓬莱教授の好意は無駄にしないでおこう。
一方で、浩介くんは何だか浮かない表情をする。
「さ、俺も変な虫がつく前に退散するよ」
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様です……」
浩介くんはやや動揺しながら挨拶、あたしは少し余裕の表情で挨拶する。
蓬莱教授が人目を避けて、体育館から出ていく。
「さ、俺達も新一年生に挨拶しないとな」
「う、うん……浩介くんノリノリだね」
「ああ、優子ちゃんかわいいからな。変な男が寄ってこないように、今のうちにたっぷり見せつけてやらねえと」
浩介くんが胸を張ってドヤ顔を作って言う。
「あはは……」
でも、確かに必要なことだとは思う。
最近は当たり前になりすぎて殆ど意識しなくなったけど、とにかくあたしはこの大きな胸とかわいい顔、背中まで伸びる黒髪のロングストレートヘアーで男性たちの視線を釘付けにしてしまうから。
だからこそ「彼氏いるぞ」と言うアピールで、他の男が寄ってこないようにしなきゃいけない。
あたしももう、浩介くん以外考えられないんだからなおのことよね。
「あれ、石山先輩、そっちの先輩は?」
早速新一年生の男子が声をかけてきた。
「俺か? 俺は優子ちゃんの彼氏の篠原浩介ってんだ! よろしく」
「うっ……よろしく……お願いします……」
新一年生の男子が心をズタズタに引き裂かれたくらいに落胆した表情を見せる。
「ほら見ろ、石山先輩には恋人がいるって言っただろ」
「うー、木ノ本先輩狙おうかな?」
「どうだかね、お前程度に狙っていい相手かな?」
「うぐぐっ……」
どうやら、あたしが彼氏持ちなのは、既に新一年生の間でも知られていたことみたい。
でも、それを知らなかった哀れな男子が撃沈してしまったと。
「なあ、学生の情報網ってすげえよな」
「うん、あたしもそう思う。特に女子高生は」
「って、優子ちゃんも女子高生だろ?」
浩介くんが「おいおい」という感じで突っ込む。
「ま、まあね……」
いけないいけない、こういうところで「男」を出したら、それが女の子を失う元になりかねないわ。
やっぱり、あたしも道半ばなのね。
そうだわ、久々にあれをかけよう。
私は女の子……私は女の子……うんよし!
「どうしたの優子ちゃん?」
「ああうん、久しぶりにカリキュラムの時の暗示をかけたのよ」
「えっと確か……『私は女の子』って唱えるやつだっけ?」
「う、うん……」
「心配するなよ、優子ちゃんはもう十分すぎるほど女の子だよ。もちろん努力を怠ってもいいとは言わねえけどさ」
浩介くんがとても優しい口調で言う。
それでも、どうしてもあたしの中では、恐怖感が拭えない。
男に戻ることはないと分かっていても、結局最初の16年が宙に浮いてしまっている。
だからどうしても、コンプレックスを拭いきれない。
でも、克服したらそれはそれで、よくない気もする。
あたしたちは、去年のミスコンのことや、TS病のことなどで、新一年生たちからもすっかり有名人になってしまっていた。
明日から授業だけど、大丈夫かな?
平穏無事にと校長先生は言っていた。
この小谷学園での3年目、「無事」はともかく、「平穏」はどうやら無理そうみたいね。