永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
始業式の翌日、この日はあたしの3年目、女の子として迎える初めての新年度。
今日は最初の授業が行われる日。
とは言え、もう3年目となると、別段特別な印象もない。
ともあれ、いつも通りを心がけたい。
「おはよー」
「優子おはよう、今日から授業?」
「うん」
母さんとのやり取りも、普段と変わらない。
「もう優子も3年生かあ……なんかあっという間ね」
母さんがしみじみと言う。
でも、あたしにとってはとても長い時間に感じる1年だった。
「あたしは、やっと3月って感じだよ」
「ふふっ、大人になると1年は短く感じるわよ」
多分、女の子になったこの1年は大人になっても長く感じると思う。
「うん知っている。でも最年長の永原先生は、江戸時代はあっという間に感じたけど、明治に入ってから、特に最近の100年は長く感じるって言ってたわ」
「あー、そういえば優子が倒れた時の病院でもそんなこと言ってたっけ?」
あたしと母さんは随分と昔の話をする。
いや、母さんにとってはついこの間の出来事かな?
「それに、永原先生は最近の半年はとても長く感じるんだって」
「へー、やっぱり優子のせいかしら?」
「うん」
永原先生のことを話す。
永原先生はあたしのお陰で救われたと言っていた。ずっと長い間しこりに残っていたものが、完全ではないにしろ取れてくれた。吉良殿のことで、永原先生も救われていた。
どちらにしても、長生きしてても時間を長く感じることが出来ることが分かった。
ともあれ、あたしは母さんと一緒に朝食を食べる。
この春休み、家事手伝いをずっとしてたけど、母さんのアドバイスのおかげで、更にもう一歩、進歩したと思う。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
あたしと母さんのこのやり取り、そしてテレビでニュースをチェック。
幸いにして、新しくTS病になった子のことはやっていない。
そういえば彼女、高校の入学式で倒れたって言ってたよね?
じゃああたしより年下になるのかな?
幸子さんは大学生だし、年下の患者が現れたのは初めてのことかもしれないわ。
そんなことを考えながら、本格的に3年生になったあたしの学校生活が始まった。
IC定期券を改札にかざす。
これも、石山優子名義になって時間が経っている。携帯電話も、TS病で名義を変えた。
そう言えば、あたしの部屋の古い教科書やノートには、まだ「優一」の痕跡が残っているかな?
古いアルバムもその一つだと思う。
そして、これからも、優子の記録だけが延々と積み重なっていくだろう。
階段を降りると、出た時間が良かったのか、電車のダイヤの小さな乱れか、すぐに入ってくる。
そう言えば、小谷学園と最寄り駅が同じな佐和山大学だと同じ方法で通学することになりそうね。
あたしの胸、近くの若い男性と中年男性がまたじろじろ見てくる。
本当に、大きな胸に生まれてよかったわ。
もし小さかったら、女性としての自覚が育たなかったし、こうやって男から視線を集めることで、女の子としての自信にも繋がらなかったから。
去年、一昨年と変わらずあたしは駅を降り、通学路を歩く。
道行く人々を見ていると、新入生の人たちはまだ歩き方もぎこちないのですぐに分かる。ちょっとだけ顔を寄せると案の定、新入生の色だったし。
「ねえねえ、あの先輩かわいいよな。胸もデカかったし」
「お前知らんのか? あの人、石山先輩だよ。去年のミス小谷だって」
「へー、あれが石山先輩……すげえな、生で見ると一層かわいいっていうの?」
「いいよなあ、彼氏いるんだろ?」
「ああ、篠原先輩だろ? めちゃくちゃ喧嘩強くて、スポーツ万能で心優しくて、石山先輩を守ったから、石山先輩の方から惚れたんだってさ」
「うげえ、付け入る隙がねえなあ……」
早速、1年生たちがあたしの話題、それから浩介くんのことも話している。
浩介くんの方が前のめりならまだ行けそうな気もするんだろうけど、あたしのほうが惚れている状況では、それも叶わぬ夢。
そんな男子たちの嘆きを聞きながら、あたしは昨日に引き続き3年生の下駄箱に入る。
間違えて2年生の下駄箱に行かないためにも、まだちょっとだけ、意識する必要がありそうだわ。
ともあれ、すぐ慣れると思う。
ガラガラ……
「おはよー」
「優子ちゃんおはよう」
浩介くんが、あたしを見て真っ先に声をかけてくれる。
「うん、おはよう浩介くん」
去年と同じ顔ぶれで、あたしは席に座る。
ちなみに、席はさすがに去年とは違う。
そういえば、去年は席替えをしていなかったことを思い出す。
というのも、クラスメイトの誰も「席替えしよう」と言い出さなかったことや、あたしが女の子になったことや永原先生の正体、あるいは学園祭での永原先生のインパクトが強すぎて、そんなこと吹き飛んでしまったから。
もし、誰かが席替えしようと言い出したら、あたしは全力で抵抗するつもりだけど。
「優子ちゃん、昨日のさ……見た?」
「うん見た見た」
そう、今の席なら隣はいつも浩介くんが居るから。
だから、あたしは席替えはしたくないと思っている。
「あ、浩介くん、そろそろ時間だから」
「おっとそうだな」
「はーい! 皆さん、ホームルームを始めますよー!」
永原先生が入ってくる。
朝のホームルームでは、連絡事項といってもかなり少ない。
掃除当番に関しても、3年生になると受験のことも考慮されてか負担も軽くなっている。
それよりも授業だ、始業式の時に教科書はもらったけど全部ロッカーに入れてあるから取り出すのも大変。
ともかく、あたしは3年生の授業をするわけだけど、実際の所2年生のうちにすることはほぼ全て終わっていて、3年の授業は受験対策が主になる。
あたしも浩介くんも、蓬莱教授の計らいで進学先決まっちゃってるし、モチベーションを保てるか心配だわ。
でも、そんなあたしたちのことはお構いなしに授業が進む。
「ふう、今日も1日終わったー」
授業が終わり、お昼休みは食事の後は浩介くんと雑談。
幸いなことに、ただの雑談なら、高月くんたちも喚いたりはしないでくれる。
……まあ、あれもあれで浩介くんには気持ちいいみたいだけど。
「優子ちゃん、篠原、天文部行くわよ」
「おう」
「はーい!」
そして放課後は天文部の活動が待っている。今の天文部は坂田部長が抜け、あたしと浩介くんと桂子ちゃんで部員は3人ということになっている。
「そういえば桂子ちゃん、部活の宣伝とか案内とかはどうしてるの?」
「ああうん、一応場所と部長の名前と、簡単な画像だけ書いた宣伝チラシは作ったわ……去年や一昨年の使い回しだけどね」
どうも、桂子ちゃん曰く、去年の宣伝チラシのデータをちょっとだけ弄って、部長の名前を「坂田舞子」から「木ノ本桂子」に変えただけらしい。
まさに「ザ・手抜き」という感じで、部活が盛んじゃない小谷学園らしいと言えばその通りだけど。
「ふう」
「失礼しまーす」
って誰も居ないけどね。
「さて、天文部だけど、去年とやることは同じよ」
「うん」
桂子ちゃんが、昨年度まで坂田部長が座っていた席に座る。
あたしと浩介くんも、それぞれ適当な席に座る。
去年作ったミニチュアも健在だけど、3月に言ったように、もし来年度にあたしたちが卒業して部員0になって廃部になればこれらのミニチュアは桂子ちゃんが引き取ることになる。
「じゃあ今日も張り切って――」
コンコン
「はーい」
不意にドアがノックされる。
桂子ちゃんもやや動揺気味に返事を返す。
「うわっ、本当だ桂優先輩がいるよ!」
「な、俺の言った通りだろ?」
「うげっ、篠原先輩まで……!」
見ると1年生の男子2人が見えた。
天文にはあまり興味なくて、あからさまにあたしと桂子ちゃんが目当てという様子。
「いらっしゃい、体験入部希望かしら?」
でも、桂子ちゃんは全く動じてない。
すごい演技力とメンタルよね。
以前も言ってたけど、「女たるものこれくらい出来なきゃ」と言ってた。
でも、バレたら「怖い」と思われる諸刃の剣とも言っていて、使いすぎに注意とも言っていたし、こうした使い分けは桂子ちゃんに本当に勝てない。
「え、えっと……はいっ!」
男子の一人も動揺しながら答えてくる。
「私は部長で3年の木ノ本桂子。で、こっちは同じクラスの石山優子ちゃんと篠原浩介くん」
「よ、よろしくお願いします先輩……」
「ふふっ、よろしくね」
あたしが作り笑いを作る。
案の定、男子たちはドキンとする。
彼氏がいるんだから作り笑いだって分かってるはずなのに、本当に男って女が絡むと単純だわ。
「言っておくけど、優子ちゃんに手ぇ出すなよ!」
そして、それを見ていた浩介くんがやや低めのドスが効いた声で言う。
うん、男の子の独占欲だよね。
あたしも元男だから、そのことはよく分かるわ。
「わ、分かってますよ……」
「それよりも部長、天文部について教えてください!」
あたしには付け入る隙がなくても、桂子ちゃんは現在フリー。
1年男子は果敢に桂子ちゃんに食らいついてくる。
「ふふっ、分かりました。えっと、では適当に、パソコンのある席に座ってください。あ、優子ちゃん、篠原、適宜教えてあげてね」
「おう」
「はい」
桂子ちゃんの声とともにあたしと浩介くんもスタンバイをする。
コンコン
「はーいどうぞー」
し かし、天文部について教えようとした矢先、またもや訪問者が現れた。
「うおー、ラッキー! 木ノ本先輩だけじゃなくて、石山先輩まで居るよー!」
「おい待て、石山先輩には怖い彼氏がいるんだぞ! 手出したら命はないぜ!」
今度もまた、一年生の3人組。
大方、部長の名前「木ノ本桂子」を見て、来てみたんだと思う。
「あら、ちょうどよかったわ、天文部について教えますからそちらの2人と一緒に聞いてちょうだい」
「あ、ああ……」
さすがは桂子ちゃん、あしらうのうまいわね。
「えっと、じゃあまずパソコンを立ち上げてくれる?」
こうして、桂子ちゃんによる天文部の入部講座が始まった。
まずJAXAのサイトを巡回したり、天文話で盛り上がったり、あるいは天文に関係ない話でも盛り上がることもあった事を言う。
更に、毎年の文化祭で出しているのが宇宙のミニチュアのこと。
これについても桂子ちゃんがしっかり教えてくれた。
去年卒業した坂田部長の話も軽く出てきた他、桂子ちゃんがいろいろな天文知識を披露していた。
真剣に聞いている男子も居るけど、つまらなさそうにしている男子も居る。
最初から桂子ちゃん目当てというのも、潔くていっそ清々しいと思うけど。
「ふふ、聞いてますか?」
「え、あっ! はい聞いてます部長!」
ウトウトしていた男子に桂子ちゃんが鋭く言う。
うーん、そう言う感じの部活じゃないんだけどねえ。
「あ、心配しないで、いつもはこんな感じじゃなくて、寧ろぬるすぎて物足りなく感じるかもしれないわよ」
すかさずあたしがフォローを入れる。
「お、優子ちゃんナイスフォロー」
桂子ちゃんが古典的な親指を立てるポーズをしてあたしを褒めてくれる。
「そ、そうなんですか?」
「うん、身構えなくていいわよ。あたしと浩介くんも去年の途中に入ったんだし」
天文部と言うけど、天文を中心とした総合雑談って感じの部活だし。
「そ、そうですか……」
「うんうん」
それにしても、男子たちも、あたしや桂子ちゃんに声をかけられるか浩介くんに声をかけられるかで露骨に態度が変わっているわね。
まあ、浩介くんのことなら大丈夫とは思うけど。
「以上が、天文部で普段やることよ。天体観測は……滅多にしないわね。去年もクリスマスに一回しただけだったし」
「うへー、なあどうする?」
「あー、ライバル多そうだよなあ。でも木ノ本先輩ほどの美人、ほってかねえぜ」
「あーあ、俺は永原先生でも狙おうかなあ……」
新一年生は5人、この中で桂子ちゃんを巡って争うのは難しいとみんな考えているみたい。
それにしても永原先生を狙うって……
「一年生のみんな? 永原先生はやめておいたほうがいいわよ」
「え!? そうなんですか!? 美人だと思いますけど」
「確かに、永原先生はあたしや桂子ちゃんに負けないくらいの美人よ。去年のミスコンでは三つ巴だったもの」
「確かに実年齢は500歳だけど、年の差なんてほら……なあ……」
永原先生本人の他には、あたしと浩介くんしか知らない秘密。
絶対に口を割るわけには行かないけど、変な夢を持たせないためにもうまく誤魔化しながら言わないと。
「ふふっ、永原先生、恋愛はする気ないのよ。あまりそう言う下心で付きまとわないほうがいいわ」
「そうですか……」
後輩たちは物分りよく引き下がってくれる。
とにかくこの学校の生徒の物分りの良さは素晴らしい。
小谷学園は「極めて自由な学校」ということになっているけど、「他人に迷惑をかけるな」というこの学校唯一の「校則」が根強く生きている。
それがもう、新一年生たちにも浸透しているのは、嬉しい限りね。
そう言えば、小谷学園の風通しが良くなったのも、あたしがTS病になったのがきっかけって、坂田部長が言っていたっけ?
うん、こうやって誰かの役に立てたなら、それはとっても嬉しいなって、あたしは思う。
「さ、今日から天文部の活動をするけど、今日一日やっていく? それとも、他の部活を見学する?」
桂子ちゃんが、体験入部希望の一年生男子5人に問いかける。
「えっと、その……今日はここにいます」
「そう、明日ここに来てもいいけど、他の部活を回ってもいいわよ」
桂子ちゃんがそう言う。
まあ、体験入部ってそういうものだし、当たり前のことだけど。
「そうね、体験入部期間ですから、色々な所を回るといいですよ。ただし、運動部系は弱小揃いですから、そこんところは知っておいてね」
あたしが付け加える。
そう言えば、野球部はとうとう部員が最低限必要な9人を下回っちゃったとか。
さくらちゃんも自分が唐崎先輩と付き合ったせいで部員たちが次々辞めたのを気にしているらしく、マネージャー仕事に熱が入らなくないらしい。
代わりに、好きな唐崎先輩とデートする日が多いとか何とか。
……そのあたり、さくらちゃんも何気にメンタル強いわよね。
「「「はい!」」」
ともあれ、今日の天文部は賑やかに8人で行われた。
天体のことについては、主に桂子ちゃんが話す。元々、「天文マニア」と呼べるのはここでは桂子ちゃんだけだから、当然のことだけど。
「あー疲れた! まさかあんなに人が来るなんて思わなかったよー!」
新一年生たちが先に帰宅し、桂子ちゃんがあたしと浩介くんに言う。
「桂子ちゃんが部長だって知って、みんな入りたがるんだものねえ」
「俺も男だけどよ、男ってあんな単純なんだな……」
浩介くんが、自嘲気味にそう言う。
「うんうん、私もそう思うわ」
「でも、浩介くんはあたしのこと、ちゃんと守って、あたしから好きになったんだからすごいわよ」
「あ、ああ……」
浩介くんがちょっと照れくさそうに顔をそらしてしまう。
今ではあたしから好きになったことや、あたしの方が惚れていることになっているけど、正確には浩介くんの方が恋したのは早かった。
でも、今はそんなことどうでもいい。
好きで好きでたまらない男の子だもの。
あたしたちは、3人で下校する。
4月の学校は、ひとまず良さそうな船出だった。
天文部の男子たちも、今はあんな不純な動機だけど、あの中にいつか、天文の魅力に取り憑かれて、桂子ちゃんの、あたしたちの跡を継いでくれる人が出てきて欲しいと思ってしまった。
元々、今年までと思っていたのに、やっぱり、惜しくなっちゃうわね。
人間の欲望って、本当に不思議だわ。
そう思いながら、あたしは家に帰り、明日に備えることにした。