永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
高校3年生の最初の一週間が終わった今日は協会で臨時会合が行われる。
連絡事項として新しい患者について、そして最近のメディアについての動向の報告。
またあたしは幸子さんと面談のため「出張」することも決まっている。
あたしは幸子さんと東京で会った時と同じ緑色の服にしようかなとも考えたけど、結局落ち着いた茶色い膝丈のロングスカートにすることにした。
あ、でも、もちろんトレードマークの頭の白いリボンだけは欠かさない。
母さんが「似合う」って言ってくれてつけたこのリボンも、何だかんだで愛着がある。
「おはよー」
「おはよう優子、今日は塩津さん所に出張だって?」
「うん、帰りは遅くなるからそのつもりでいてね」
「分かったわ」
幸子さんが協会への入会希望を出してきた。
それに対して、幸子さんが本当に入会しても大丈夫かどうかを見極めるため、担当カウンセラーのあたしがもう一度幸子さんの家にお邪魔することになっている。
ともあれ、今日は朝食を母さんと準備することが主な家事になる。
てきぱきと食事を作り、食べていく。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい、鍵閉めていくからねー」
「はーい!」
あまり時間も無いので、あたしは早めに家を出ることにした。
協会本部への道のりは、学校よりもずっと遠い。
この時間帯は、平日なら朝ラッシュ時間帯真っ只中。今日は休日出勤のサラリーマンもそれなりに乗っている。
でも、痴漢するほどの混雑じゃない。
幸い、あたしは、あの一件以来痴漢はいない。
聞くところによれば、狙われる人はしょっちゅう狙われてしまうとか。そう言う意味で、あたしは恵まれているかもしれない。
ともあれ、あたしは協会本部を目指す。
ビルの近くに行くと、おしゃれな美少女が数人いることに気付く。
これから会合に参加する、あたしの大切な「仲間」たちだ。
「あら、石山さん、おはようございます」
「比良副会長、おはようございます」
よく見ると、その中には比良さんもいて、あたしに声をかけてくれる。
「おはようございます」
「おはようございます」
他にもいた協会の仲間たちとも挨拶し、駅を出る。
「聞いたわよ、あなたの担当した子、協会に入りたいんだって?」
「はい、それで今日は出張です」
比良さんが、幸子さんいついて話している。
「大変ね。頑張ってください」
「はい」
あたし達はビルに入り、最上層用のエレベーターに向かう。
ボタンを押し、ちょうど1階に止まっていたエレベーターに入る。
それにしてもこのエレベータ本当に反応がいいわね。
「49階です。 49th floor.」
エレベータのいつもの声を聞き、あたし達は協会本部へと急ぐ。
「おはようございます石山さん、比良副会長」
「はい、おはようございます」
協会本部でも、既に何人かが到着していて、このように挨拶をし合う。
「ふふ、石山さん、比良さん、おはようございます」
「「おはようございます永原会長」」
あたしと比良さんがほぼ同時に言う。
「ふう、これで今日は正会員は全員参加ね」
永原先生が上機嫌で言う。
ともあれ、あたしはいつもの席に座る。
その間にも何人もの会員さんに声をかけられるが、正直まだ正会員でさえ名前と顔は一致しない。
みんなあたしのことが覚えてくれたみたいだし、早くあたしも覚えないと。
その後も、続々と会員が集まっていく。
今日の参加は、普通会員と正会員のみで、最初の会合より少し多い61人となった。
「さて、時間になりましたので、臨時会合を開きます」
永原先生の掛け声で、会合が開始される。
「それじゃあまず、連絡事項一つ目です。今日から普通会員に新しい仲間が加わります」
「え!?」
あたしは一瞬動揺する。
しかし、永原先生の自己紹介は幸子さんとは別人の27歳のTS病歴10年の患者だった。
本人曰く、「10年」という節目なので、入ることにしたとか。
やっぱりかなりの美人さんで協会の人たちにも負けていない。
「次に連絡事項二つ目です。今週にまた一人、関西の方でTS病で倒れた人が出ました。そちらについては、担当カウンセラーの方お願いします」
「はい」
関西支部長の正会員さんが、立ち上がる。
「大分女性の体に戸惑いを見せています。学校は入学式よりお休みしているみたいです。特に頻繁に肩を気にしていて、肩こりを訴えています」
ありゃりゃ、あたしと同じかな?
でもあたしは肩こりに悩み始めたのは数週間後くらいだったし、それを考えるとよくないわね。
「親御さんの話によれば、本人は性別が変わることよりも、不老になるという部分に注目しているみたいです」
おそらく、蓬莱教授の影響だろう。
「ただ、時折弱った体に苛立ちを見せていて、『戻りたい』と口走っているようです。また、運の悪いことに男時代に使っていた一人称が『僕』でして……治る気配はもちろん、自主的な訂正も見受けられません」
その報告を聞き、周囲からため息が漏れる。
あの時の幸子さん程じゃないけど、厳しい状況には変わりない。
「分かりました。まず、前段階の事をさせてみましたか?」
あたしの作ったカリキュラムの前にする女性の利便性の紹介。あまり効果なかったのかな?
「はい、確かに女性の便利さは理解してもらえましたが、スカートなどの女物の服を着るといった『好ましい行動』は何一つ見受けられていません。おそらくこのまま『なあなあ』でやり過ごすつもりかと思います」
周囲からは「あちゃー」「それじゃだめだよ」「中途半端はいけないわ」「自殺の道ね」といった声が聞こえてくる。
この病気になったら、患者が取るべき道は、きっぱりと「女の子として生きていく」という以外にないから、確かに結論の先送りは無意味ではある。
「そうですか、では引き続き、女性として生きていくように説得をお願いします」
「分かりました」
「それからもう一つなんだけど、えっと……蓬莱先生の研究以降、私たちへの注目は深まっているわ。だけど、極力取材は拒否してください。勝手なことを書いたら都度抗議するようにはします」
「「「はい!」」」
会のみんなも力強く返事をする。
やはり騙し打ちのような取材に、みんな相当怒っているみたいだわ。
「それと関連してですが、私たちが取材拒否となりますと、比較的新しくTS病になった非会員の患者さんに対して、メディアの報道過熱が予想されます。そのため、各家庭には私達協会が実際に受けた報道被害を紹介した文章と、それに関連して絶対に取材に応じないことを要請する文面、更にひどい場合には蓬莱教授を頼るように書いた文章を郵便で送っておきました」
「あの」
「はいどうぞ」
さっき紹介された普通会員の人が早速手を挙げる。
「蓬莱教授を頼るってそういうことですか?」
「それを今から説明するわね。蓬莱先生は、今回のマスコミ対策について、私たちに協力してくれることになりました。もし私たちに矛先が向かた場合、蓬莱先生が些細なことで記者会見を開いて、メディアの関心を逸らさせる……つまり囮役になって下さいます」
これはこの前の始業式での打ち合わせ通り。
永原先生の説明に「へえ、蓬莱教授やるわね」「どうやら、信用してもいいみたい」といった会話が聞こえてくる。
研究実績を積み重ねたことや、協会への献身的姿勢がようやく信用を勝ち取ったという感じ。
元々、不老そのものはあたしたちが存在を証明していた。
蓬莱教授の研究成果だって、そこまでの荒唐無稽では無かったのかもしれない。
「蓬莱先生が囮になってくれたとしても、私たちへのメディア攻勢を止めさせることは難しいでしょう。そこで各自の取材拒否の方法ですが、『取り付く島もないように』拒否してください」
うん? どういうことかな? ちょっと聞いてみよう。
「あの、永原会長、『取り付く島もないように』というのはどういう感じなんですか?」
「簡単です。例えば、『今忙しいから』とか、『予定が立て込んでいるから』といった、将来に含みを残す拒否の仕方ではなく『マスコミの取材は一切受けません』『勝手なことを記事に書かないでください。迷惑してます』といった感じです」
つまり、適当に受け流しちゃダメってことよね。
「それでも付きまとってくるなら『あなたの存在そのものが嫌いです』『警察を呼びます』といった形でお願いします」
「分かりました」
あたしも正会員だし、他の会員よりも注意しないといけないわね。
「このことは維持会員、家族会員の方々にも発信します。それから、当たり前ですけどTS病と無関係な事柄に関する取材は一切自由です。また、こちらに極めて有利な条件の場合も、正会員までご相談ください」
永原先生の指示にみんながうなずいている。
でも、ここまで強硬な拒否をしていいものだろうか?
マスコミの攻撃性を考えると、余計に書き放題しそうな気がするわ。
「あの、会長」
「はい、余呉さん」
「その、一番怒った私が言うのも何なんですが……」
余呉さんがいかにも申し訳なさそうに手を挙げて、話し始める。
「ええ」
「ここまで強硬な手段でいいんでしょうか? 余計に状況を悪化させる危険性もあると思います」
「うーん、他の皆さんはどう思いますか?」
ちょうど余呉さんはあたしが考えていたことと同じ発言をしてくれた。
よし、ここはチャンス。
「あの、あたしも余呉さんに賛成です」
「あら? 石山さんもなのね」
永原先生がちょっと意外そうな顔をしている。
「や、やっぱりちょっと不安で」
「うーん……どうしましょうか?」
思わぬ反対意見に、永原先生も唸っている。
みんな、マスコミがいわゆる「マスゴミ」だということでは見解は一致しているものの、どのようにして彼らの矛先を交わすのか?
そこに焦点が集まる。
「まず、ノーカットにしてもらうのはどうでしょう? あるいは絶対にカットしてほしくない場所も明示しまして――」
「余呉さん、それは現実的ではないですよ」
余呉さんの意見に、比良さんが反論する。
でも、あたしは咄嗟に、これはいいと思った。
「比良副会長、あたしはいい提案だと思います」
「……理由、聞いてもいいかしら?」
「ええ……あたしたちが素人だということを利用するんです」
「石山さん、もう少し詳しくお願い」
ちょっと簡潔にまとめすぎたかな?
「つまり、『カットしない』、『ここは絶対報道すること』、『あたしたちの批判をしないこと』と言うのは、いかにも素人が言いそうな言葉です。ですが、マスコミ側は必ず『それはできない』と言ってくるでしょう。そしたらその時に『条件を呑めないなら取材拒否です』と言えばいいんです」
今度は噛み砕いて説明する。
「ではもし相手が交渉上手だったら?」
比良さんが突っ込んでくる。
もちろん、答えは簡単だ。
「単純に交渉しなければいいんです。これらの条件を呑めないなら、例え1兆円でも取材は受けませんと、とにかく一歩も引かなければ交渉になりませんから。交渉にならないならどんな交渉術も無意味です」
「なるほど……」
「引かぬ媚びぬ省みぬ」とはよく言ったものね。
「そもそも、協会としての主義主張は『あたしたちは見た目通りの、一人の女性として扱ってほしい』という事だけです。『批判をするな』という条件は、案外難しくないでしょう」
「ええ、石山さんの言う通りだわ。でも、必要よね」
永原先生も、あたしに賛意を示してくれる。
問題は「編集をして印象操作するな」だろう。
テレビにしても新聞にしても、どうしても「尺」というものがあるから、編集せざるを得ないが「批判をするな」が条件である以上、編集者の一存で編集してしまえばどこをつつかれるかわかったものじゃない。
とすれば、事前にどういう記事にするか取材者に逐一お伺いを立てなきゃいけないことになる。しかし、それは現実的に難しい相談だろう。
結局、「私達のことはいわゆる『ストレートニュース』として報道する以外認めない」と言っているようなものだ。
これじゃあ完全にプロパガンダ垂れ流せと言っているようなもので、マスコミとしては認められない。
しかし、あたしたちはあくまで「無邪気な素人」なのである。
だからこのことについてとにかく譲歩しないし、マスコミ側の説明も一切聞く耳を持たなければいいという。
あたしたちはその後も、作戦会議をし、大筋ではこの方向でまとまった。
「じゃあ、投票は面倒なので賛成の人、起立してくれる?」
ガタガタッ……!
あたしも含め、全員が椅子から立ち上がる。
「じゃあ可決ね」
その後、永原先生が幾つかの連絡事項を確認し、会合はお開きになった。
さて、あたしにはまだ、正会員としての仕事が残っている。
「あの、余呉さん」
「あ、石山さん。塩津さんのことですね。はいこれ」
余呉さんがあたしに数枚の紙を渡してくれる。
どうやら、最近の幸子さんの様子についてまとめられているみたい。
「新幹線で、読んでおきます」
「頼みましたよ。普段は距離的な問題もありますが、正式なカウンセラーはあなたですから」
「はい、分かっています……では失礼します」
「気をつけてください」
あたしは、余呉さんと別れ、幸子さんの家を目指す。
ちなみに、今回は上野駅ではなく大宮駅から新幹線に乗ることになっている。
幸子さんの家に行くだけだし、あたしとしては軽装で問題ない。
お昼ごはんは向こうで食べよう。またあの駅で唐揚げそばが食べたいわね。
大宮駅に来て驚いたのは、上野駅と比べて近いこと。大宮駅までは新幹線もスピードを出さなかったので、今度からは特急料金節約のためにも、なるべくこの駅から乗ろうと考えるようになった。
今回も、使うのは「やまびこ」号の自由席。
大宮に行くまでに気になって調べてみたんだが、東京駅から「はやぶさ」を使っていくのと、大宮駅から「やまびこ」自由席を使うのでは特急料金が片道で1000円以上違うらしい。往復なら2000円。
うん、バカにできないわね。
新幹線が入線する。
あたしは自由席の開いている窓側の席に座る。
隣は開いている。今日の新幹線は空いているけど、相変わらず歩いてくる男たちの視線がすごいわね。
浩介くんがいたら、きっとすごい嫉妬しちゃうんだろうなあと思う。
でも逆に、こんなかわいくて美人なあたしを独り占めできるのも浩介くんだけ。
そんないつものことは置いておいて、今は新幹線の中で資料を読むことにする。
幸子さんは、「まだ男との恋愛は分からないけど、協会で先輩たちと触れ合ってみたい。何かヒントがあると思う」と言っているそうだ。
幸子さんの資料の中には、徹さんをはじめ、家族からの推薦もある。
それを見てわかったのは、幸子さんも往時のあたし程じゃないけど、女の子としての学習は欠かしていないということ。
学習する上での問題転として、幸子さんはとにかく男子にモテていて、男子にモテればモテるほど女子に嫌われるために、普段の指南役がお母さんと余呉さんくらいしかいないという事。
でも、この資料では同性に嫌われることに対しても、「私は女の子だし、やっぱり男を好きになりたい。詳しいことはまだ分からないけど、もし入会して皆さんに学べばきっと男の子を好きになれる」として、気にせずに男子受けを優先しているという。うん、いい傾向だわ。
新幹線は途中駅で後から来た「はやぶさ」の退避をしつつ、目的の駅についた。
あたしは在来線ホームに行く前に、遅めの昼食として、唐揚げそばを食べ在来線で1駅乗り、幸子さんの家を目指す。