永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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意外な訪問者 前編

 4月も半ばに差し掛かった日曜日のこと。

 今日は、件のマスコミの取材が行われることになった。

 結局、永原先生とあたし以外の正会員は「まだ信用ができない」と言ってきて取材は受けないという。

 

 また、「これなら誰も取材しに来ないだろう」というつもりで出したあたしの提案がすり抜けられたことへの「けじめ」として協会の取材は永原先生に加えてあたしも受けることになった。

 

 一体、どんな人が来るんだろう?

 ……今から考えても仕方ないわね

 ともあれ、あたしは服選びをする。

 例の赤い服と赤いスカートにお人形さんを抱いていこうとも思ったけど、さすがにカメラの前だし……よしっ!

 

 この黒いワンピースにしよう。

 黄色い花も胸元にあしらわれた林間学校の初日に着ていった服。

 ぬいぐるみさんは……やめておこうかな。

 

「おはよー」

 

「おはよう優子、今日優子が取材受けるんだって?」

 

「う、うん……」

 

 母さんは不満そうな顔をする。

 やっぱり、浩介くんだけじゃなくて母さんも独占欲あったのね。

 

「断っても良かったのに」

 

「そうも行かないわよ。あたしの見通しが甘かったせいでこうなったんだもん」

 

「……優子は真面目よねえ」

 

 母さんは、ちょっとだけため息をつく。

 でも、誰かがやらないことには仕方ないのだ。

 朝食と歯磨き、更に顔も洗ったら、あたしは覚悟を決め協会本部を目指した。

 とにかく、今は無事に終わってくれることを祈るしかないわね。

 

 平日はさぞ人でごった返しているんだろうなあと思いつつ、あたしはいつものように最上層用エレベータに乗る。平日は小谷学園があるからこのビルに用事はない。多分他の人も同じ。

 エレベータに乗った乗客はあたしだけ。

 

 そのまま一気に49階に直行し、あたしは協会本部の鍵をカードキーで開ける。

 

「あ、石山さんいらっしゃい」

 

「おはようございます永原会長」

 

 あたしは、先に来ていた永原先生と合流し、挨拶する。

 今日の永原先生は、学校や協会でよく見せるレディーススーツ姿ではなく、緑色のワンピース姿でスカート丈はあたしより短く、頭にも大きな水色のリボンをしている。

 本格的にオシャレをしているという感じで、あたしと並んでもとてもきれいに見える。やっぱり、女子力ではまだまだよねあたし。

 

「今日は終日、私と石山さんしかいないわよ」

 

「そ、そう……やっぱり?」

 

「うん、みんなマスコミのこと、警戒しているからね」

 

 比良さんと余呉さんは特にそんな感じだよね。

 

「……やっぱり、あたしには想定外を引き起こしてしまった責任があると思う」

 

「石山さん、あなたが責任を感じる必要はないわよ。私だって、予期できないことだったもの」

 

 永原先生が、あたしをかばってくれている。

 

「でも……やっぱり――」

 

「大丈夫よ。最終的に承認したのは私やみんなだし、石山さんは悪くないわ」

 

「う、うん……」

 

 そうは言ってもあたしの中で、責任感から逃れることができない。

 もっと、厳しい取材条件にできなかったものか?

 もう少しギリギリをつけたんじゃないか?

 そんな思考で堂々巡りし、答えは出ない。

 

「石山さん、何か篠原君に似てきたね!」

 

「え!?」

 

 永原先生が笑顔で意外なことを言う。

 あたしは思わず首をかしげる。

 浩介くんに、あたしが?

 責任感強くなってるってことかな?

 

「最近の石山さん、責任感がとても強くなってるわよ」

 

「……全く自覚なかったです」

 

 あたしのそばにはいつも責任感が強い浩介くんがいたせいで、あたしは自分の変化に全然気付いていなかった。

 

「学校ではともかく、協会では特にそう感じるわ。もちろん、正会員だから当たり前だけどね」

 

「そう……」

 

「うん、とりあえず待ちましょうか」

 

「……はい」

 

 しばらく一人でさっきの言葉の意味を考えてみる。

 確かに、今回のマスコミ問題もそうだし、来年からは蓬莱教授のいる佐和山大学への進学もあり、これは将来の人類社会を占う上でも重要なことだから、どうしても重圧に感じてしまう。

 

 一人の17歳の女の子の決断が、将来の世界、人類、社会を大きく動かそうとしていることを、世界人口70億人のうち、ほんのわずかしか、今は知らない。

 でも、そのことは隠しておかないといけない。

 

 そんなことを考えていると、あたしの中で、また責任感が湧いてくる。

 大変な仕事にはなると思う。

 

 もし蓬莱教授の研究が成功したら、世間への影響力を考えれば、断固取材拒否というわけにはいかない。

 

 うん、そのための予行演習と思えばいいわね。

 

  ピンポーン!

 

「「はーい!」」

 

 リラックスしていると、突如オフィスの玄関の呼び鈴が鳴る。

 あたしと永原先生がほぼ同時に声を上げて立ち上がる。

 入口からは見えないが、ほど近い位置なので電話ではなく直接向かう。

 

「あの、この前取材を申し込みました高島と言います」

 

 どうやら、その高島さんとカメラマンさんの2人で来た見たいね。

 

「はーい、今開けます」

 

 高島さんとカメラマンさん、どちらもあたしの胸をちらちら見ているわね。

 でも、最初に驚きの表情を見せた気がする。

 

 永原先生が鍵を開け、「guest」と書かれた札をあたしが渡す。

 

「こちらをおかけになって下さい」

 

「は、はいっ……!」

 

 一瞬、二人の手と接触しちゃったけど、何かそわそわしてる。

 男特有の単純脳をちょっとだけ面白く感じつつ、あたし達は奥の部屋に通す。

 

「えっと、改めまして。『ニュースブライト桜』の高島と申します」

 

 高島さんが永原先生に名刺を渡してくる。

 

「あ、これはどうもご丁寧に……私はこういうものです」

 

 永原先生も、名刺を返す。ちなみに、永原先生には協会用と教師用と、両方の名義が入った3つの名刺があって、今回は両方の名義が入った名刺を使ったらしい。

 

「あ、あたしこういうものです」

 

「すみません、どうもありがとうございます」

 

 あたしにも、一応「日本性転換症候群協会 正会員 石山優子」とだけある簡素な名刺があるので、高島さんと人生初の名刺交換をする。

 

「早速ですけれども、今回は当社の独占取材を受けていただきまして誠にありがとうございます」

 

「いえいえ、条件を呑んで下さるのなら、取材を受けるのもやぶさかではありませんから」

 

「そういってもらえますと助かります。記事はこれでいいか? というのも含めて……もっと言えば永原さんにも編集委員に加わってもらいたいくらいの感じなんです」

 

「そうですか……素人ではありますが、よろしくお願いいたします」

 

 永原先生は、高島さんの腹の中を探るような姿勢を見せているけど、高島さんはまるで気付いていないわね。

 話を聞くに、どうやら今のところは、先方に悪意はなさそうね。

 ……永原先生の印象はまた違うんだろうけど。

 

「それで、どういうことを取材するんですか?」

 

 あたしが、重要なことをまず聞く。

 

「ちょっとお待ちください……会長の永原さんにはこれを、石山さんにはこちらです」

 

 高島さんがファイルから2枚のプリントを出してくれる。

 そこには、TS病になる前のことや、TS病になった時のこととか、それで人生がどう変わったとか、周囲の反応とか、男女の価値観とか様々な質問事項が並んでいる。

 

「あ、答えられない質問は答えなくて大丈夫ですよ。こちらのボールペンでバツ印をつけてください。それから、話の流れの都合で、聞かない質問も多くなると思います。何か特別に言っておきたい質問がありましたら二重丸をしてください」

 

「「はい」」

 

 あたしと永原先生がボールペンを受け取りながら、質問事項を見ていく。ぱっと見た感じでは特に二重丸をする質問はない。

 いくつかの質問については、バツを付けるか迷ったけど……まあ多分大丈夫よね。

 

「万一撮影中にやっぱり無理という事があれば、撮り直しいたしますので遠慮なくお申し出ください」

 

「はい」

 

 とにかく高島さんは常に平身低頭で、こっちが申し訳なくなってしまうほど。

 もしかして、永原先生がまだ警戒態勢を続けているせいかな?

 

「あの、高島さん」

 

 ちょっと質問してみよう。

 

「はいなんでしょう?」

 

「マスコミの人って高圧的だったり腹黒いイメージがあるんですけど、高島さんはこっちが申し訳なくなるくらい低姿勢ですよね」

 

「ええ、何分今回は、『あなた方について記事を作ること』、それそのものが目的なんです」

 

 高島さんは、自ら手段と目的が入れ替わっていることを宣言している。

 普通は手段であるはずの記事そのものが目的って、何かとんでもない話だと思う。

 

「それといいますのも、今蓬莱教授の影響で、TS病の世間の関心は急速に高まっています。しかし、あなた方が蓬莱教授とも連携して徹底的な取材拒否姿勢と情報隠蔽策を見せたので、マスコミ界では情報枯渇が起きてます」

 

「つまり、需要に対して供給が極端に少ないということですね?」

 

 永原先生がここで割り込んでくる。

 

「ええ。今、あなた方の情報の価値は高騰しているんです。極端な話、あなた方の主張をそのまま垂れ流し、それこそ走狗になってでも取材したい神様のような存在なんです。あなた方を取材できれば、それこそ記事の内容は何でもいいんです」

 

「そうですか……」

 

 とてつもない話よね。

 

「でもそれならなぜほかのメディアは黙っていたんですか?」

 

「……それは、あなた方が出した条件が厳しすぎるからですよ。特にジャーナリズムの根幹に関わり、致命的な不祥事になりかねないような条件もありますし……私たちみたいに、弱小メディアでもないと無理です」

 

 永原先生は何やら思慮をしている。

 状況はこちらにかなり有利ということ。

 

「では、もし今回の取材状況いかんでは、あなた方『だけ』に、取材を許可してもいいでしょう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 高島さんがいきなり喜びを爆発させたように声が大きくなる。

 

「ええもちろん、結果いかんですがね」

 

「はい! ところで、質問は大丈夫ですか?」

 

「ええ、あたしは特に異議はありません」

 

「私も」

 

 結局、ボールペンはあたしも永原先生も使わなかった。

 

「じゃあ、早速準備いたしますので、そのままお待ち下さい!」

 

 高島さんは張り切ってノートパソコンを立ち上げる。

 永原先生が「充電して構いませんよ」と言ったので、バッテリーの心配もない。

 カメラマンさんも、カメラを準備しPCとも繋げていく。

 

「今回はノーカットを売りにしますので、そのつもりでお願いします」

 

「分かりました」

 

「何なら、台本作りますか?」

 

「うーん、やめておきます」

 

「分かりました」

 

 それも悪くないと思うけど、さすがにやりすぎと思ってあたしがやめておくことを言う。

 永原先生も特に異議はないみたい。

 

 カメラがあたしたちに向けられると、さすがにかなり緊張してしまう。

 永原先生でも、こんな体験は初めてだと思う。

 

「じゃあまずは、永原さんからお願いできますか?」

 

「分かりました、じゃあ、石山さん――」

 

「あ、いえ。ご同席されてもかまいませんよ」

 

 永原先生が、あたしに別室待機を命じようとした矢先、高島さんがそう言う。

 あくまで透明性を強調したいみたいね。

 

「じゃあ開始しますね、3……2……1……」

 

 

「本日はよろしくお願いいたします」

 

「「よろしくお願いいたします」」

 

 カメラの方は意識せず、高島さんの方だけを見ておく。

 

「えっと、まずはお二人の簡単な自己紹介から教えてくれますか?」

 

「はい、私は永原マキノと言います。既にご存じの方も多いと思いますが、私は日本性転換症候群協会の会長を務めています」

 

「あたしは……石山優子です。同じく日本性転換症候群協会で正会員を務めています。分かりやすく言うなら、永原会長の部下という感じですか?」

 

「ではまず、永原さんの方から聞いてもいいですか?」

 

「はい」

 

「まず、会の創設の経緯ですが、どういった経緯で設立されたんですか?」

 

「この会が作られたのは今から101年前の1917年のことです。私は当時教師をしていました。明治始めまではTS病の患者はほとんど居ませんでしたが、この頃になるとTS病患者の人口も増えてきて、相互に連絡をとりあうようになりました。そんな経緯で、始まったんです」

 

「設立当初はどんな感じでした?」

 

「ええ、設立メンバーの中で一番年上だった私が会長になって……水戸藩藩士だった比良さんが副会長になりました。最初は本当に、単なる交流会だったんですよ」

 

 それは、あたしも知らなかった情報だわ。

 まあ、今まで気にしていなかったためだけど。

 

「それがどうして、今の状態に?」

 

「仲間を集める上でまず重要になったのがTS病患者の悩みや、患者の動向といった情報収集でした。そして私たちは一個の共通点に気付いたんです……というのも、この病気は不吉だとして殺されなくなってからも、元々自殺率が高かったんですが……自殺した人はみんな『男に戻りたい』とか『女として生きていくのは嫌だ』と思っていたことです」

 

「協会の方針として、『私たちは一人の女性』というのがあるんですが、それは一体どういうことですか?」

 

「はい、先程の話の続きになるんですけれども、『女として生きていきたい』と思った人以外、この病気になるとみんな短期間に自殺してしまいました。例外は……少なくとも130年……私が見てきたTS病患者たちの中でたったの1人たりとも居ません」

 

 永原先生が一旦水を飲むと話を続ける。

 

「ですから、私達に欲しいのは何か特別な扱いというわけではないんです。生物学的に私達は子供を産むことが出来るほどに、完璧な女性なんです。難しいようなら、頭を空にして、私達を見てください。もしあなたが何も知らないとして、目の前の私や石山さんが、女性以外の何に見えますか? つまり、そういうことです」

 

「分かりました。では、男性の扱いはダメということですね」

 

「ええ、ですが、実際に問題なるのはどっち付かずの扱いをする人なんです」

 

 うん、それはあたしも同じことを思ったわ。

 

「詳しくお聞かせしてもらってもいいですか?」

 

「はい、これは私の500年の人生で思っていたことですが、悪意を持って悪事をする人の悪影響はたかが知れているんですよ。むしろ、『どっち付かずの扱いをするのが、正しい配慮』と思いこんでいる人に、私も……石山さんもとても苦しめられてきました」

 

 永原先生がいつもの矜持をカメラの前で話す。

 

「分かりました」

 

 やはり、深く突っ込んでこない。

 話がこじれる可能性を考慮してだろう。

 

「では次の質問ですが、現在の協会の主な活動について教えてもらえますか?」

 

「はい、現在はですね。主に新しくTS病になられた患者への対処をしています。正会員が私と石山さんを入れて12人居まして、その12人が担当カウンセラーとして、TS病患者への心のケアと、自殺防止に取り組んでいます」

 

「自殺防止……もう少し具体的に教えてもらえますか?」

 

「まず、全国の病院と連携して、TS病で倒れた患者が出た場合、地域に応じて正会員が来ることになっています。それぞれ本業を持っていますので大変ではありますが……病院の方とも協力して、『性別適合手術を受けさせないこと』『女として生きていくしか道がないこと』『それ以外の道に進んだ患者は一人残らず自殺していること』を示しています」

 

 そう、あたしも同じことを言われた。そして女の子になったその日のうちに新しい名前と生活を決めた。

 後で分かったことだけど、普通は翌日から数日後に決める人が多くて、その日のうちというのはとても速いことらしい。

 

「もし万が一自殺者が出た場合はどうするんですか?」

 

「万が一というより、むしろ自殺者になるパターンのほうが多いです。ですが……それ以上私たちにできることはありませんので支援打ち切りということになります」

 

 まあ、そうするしか無いよね。

 遺族の人には気の毒だけど。

 

「では、女として生きていくと決意した人にはどうするんですか?」

 

「こちらの……よっと、カリキュラムを受けさせることになっています。たまに受けないまま女性になる人も居ますけど……私を始めとする創設メンバーなどはそうですね」

 

 永原先生が本を出しながら言う。

 正確にはあたしの「女性体験」がその前にあるんだけど。

 

「中身は……極秘ですか?」

 

「そうですねえ、全てを説明するのは難しいので、簡単にご説明しますね」

 

「はい」

 

「TS病の場合、なりたては精神がどうしても不安定になります。ですから、とにかく私達は『覚悟』を要求します。その上で女の子らしい振る舞い、仕草、言動を学んでもらいますが、こちらは主に保護者……母親に教育してもらいます」

 

「お母様がですか?」

 

「ええ、各会員が教えるのは中学高校での制服の着付けの場面のみです。最終日の前日に、組んでいます。他には家事の仕方や言葉遣いの矯正、スカートに慣れるための外出や少女漫画を読んで女の子の感性を理解してもらうのもあります。これらは全て、学校生活や仕事の前段階として、日常生活レベルの事象です。なのでカリキュラムが終わっても、女性として生きていくために患者は自主的に色々なことを学ばないといけません」

 

「盛り沢山ですね、どのくらいで終わるんですか?」

 

「短い人ですと4日、大学などに通いながらの場合は1周間が目安ですね。大抵は、学校をお休みしてもらうことになるんですけど」

 

 うん、あたしもそうだったわね。

 

「分かりました……では、次に永原さん自身について教えていただけるでしょうか?」

 

「……はい」

 

 記者の質問は次に、永原先生自身の人生について話すことになる。


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