永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「さて、5月のゴールデンウィーク、どこに行こうかしら?」
母さんがそんなことを言う。
季節はもう4月末、ゴールデンウィークが終わればあたしはちょうど女の子になって1年になる。
今年2018年は5月3日が木曜日なので4連休になる。
母さん曰く、これからこの4連休にどこに旅行するか、それとも家で休むかという家族会議をするという。これは毎年恒例の石山家でのイベントだ。
ちなみに去年のゴールデンウィーク、あたしがまだ優一だった頃は5連休ということもあって、家族で温泉旅行に行った。
結果的に、これが優一として最後の旅行になった……というよりも、ゴールデンウィークが明けた最初の月曜日にあたしは女の子になった。
つまりあたしのもう一つの誕生日、5月10日も直前に近付いてきたということ。
それにしても、1人の人が2つも誕生日を持てるというのは、ある意味TS病の特権かもしれない。
……永原先生は、両方共忘れちゃったみたいだけど。
「どうしようかのお、私はどちらでもいいが」
父さんは毎年毎年いつもこんな調子。あたしも優一の時は同じ感じだったから(しかも、乱暴な性格を隠すために「親父と母さんが良ければなんでもいい」と猫をかぶってた)、母さんの意見ばかりが通っていた。
とは言っても、あたしも具体的にどこに行きたいという希望もないから、今年のゴールデンウィーク家族会議も去年と変わらないと思う。
ちなみに去年は、家でゴロゴロしていた。
「そうだわ、優子。そろそろ浩介くんとの結婚準備を始めなさい!」
「え!?」
家族会議が始まって早々に、母さんが突然突拍子もない事を言う。
なんかいつもそんな感じがするわね。
「結婚準備って……まだこれから大学もあるのに」
あまりの唐突さに、あたしも思わず反論してしまう。
た、確かに浩介くんと結婚したいと言えばそうだし、最近は意識することも増えた。
だからお嫁に行きたいのも、もう浩介くん以外考えられないけど……
「いい優子? 善は急げよ。浩介くんみたいな素敵な男の子、他の女の子が放っておかないわよ」
「べ、別に浩介くん……あたし以外になびくとは到底思えないわよ」
あたしがよっぽどひどいことでもしない限り、難しいと思う。
それに桂子ちゃんとか永原先生レベルならともかく、あたしから浩介くんを略奪しようなんて考える女の子が現れるとも正直考えにくいし。
「確かに、今の優子を手放す何て考えられないわ。それでも、よ。善は急いだほうがいいわ。確かに優子はかわいくて美人で性格も最高の完璧美少女だけど、決して油断しちゃダメよ」
「う、うん……」
母さんがグイグイと押すように言う。
久々にここまで押してくる母さんを見た気がする。何だか懐かしい気分もするわね。
「それに、もうすぐ1年でしょ? ちょうどいい記念になるわ……よし! そうと決まれば早速浩介くんの両親とも調整するから、優子はちょっと部屋に行っててね」
「え、でも……」
「ほら、行きなさい!」
あうー、問答無用みたい。
「わっわっ……押さないでよ母さん!」
母さんに背中を押され、部屋から強引に退場させられてしまう。
「ふー、どうしよう……」
そうは言っても、あたしに行く宛もない。
仕方なしに、あたしは自室に戻って意味もなく考える。
結婚準備、ゴールデンウィーク……一体何をするつもりなんだろう。
遠くには、テレビ電話を付けたと思われるあたしの両親の笑い声が聞こえてくる。
確かに意識はしているけど、結婚とか出産とか、まだ正直分からない。
結婚はもちろん、出産だって、つい1年前まではするとしても自分の奥さんがすることで、「自分はどうやって見守ればいいんだろう?」ということをちょっとだけ考えたくらいだ。
だって、女の子じゃなかったんだし、自分が出産するなんて、殆ど考えてもいなかった。
浩介くんと愛し合い、結婚し、そして妊娠して、赤ちゃんを産む。
今までも、電車の中で妊婦さんや赤ちゃん連れの女性を見かけた時に、そんなことを考えたことがあった。
優一の頃は男だったから、それは全くの他人事だったけど、優子となった今のあたしは全く違う。
たまに妊娠について学ぶこともあるけど、みんなとても苦しく、辛そうな様子だった。
ただでさえ、あたしは痛みに弱く、泣き虫な女の子。
本当に、そんな大きなことが出来るのか心配ではある。
特に引っかかっているのが、去年の夏休み、永原先生から聞いたこと。
TS病患者は、もし反射的に男が残っていても、出産すれば何もかもが女性になってしまうという。
あの時はまだ身体の潜在意識が男のままだったから、浩介くんに海で随分と大胆なことをした(最も、今も似たようなものだけど)
それでも反射的本能の克服はうまく行かなくて、永原先生がいわば「荒療治」としてあたしにこの方法を示してくれたんだ。
その中で、永原先生が言っていた言葉。
出産をした時に、多くの女性達が「女に生まれてよかった」と思うという。
あたしは今の今まで、数多くの「女に生まれ変われてよかった」を味わってきた。
多分、浩介くんと結婚して、浩介くんとの子供を産んで、ママになったら……その喜びはどれほどのものだろうか?
今まで感じてきた喜びよりも、ずっと大きいものなのだろうか?
今はまだ、皆目見当がつかない。
「優子ーこっち来てー!」
「はーい!」
母さんの呼び声に、あたしはリビングルームに勢い良く入る。
ともあれ、早く結果が知りたい。
「はい、じゃあ浩介くんと話し合ってね」
「え!?」
あたしが困惑しているのをよそに、今度は両親が部屋から退場してしまう。
テレビ電話を見ていると、顔が朱色になった浩介くんが恥ずかしそうにうつむいていた。
「こ、こんにちは優子ちゃん……」
「うん、浩介くんこんにちは……ごめんね、またあたしの両親が勝手に……」
「いいんだって……俺の両親も乗り気だし、さ」
あたしも、浩介くんに釣られて顔が真っ赤に染まっていく。
「ど、どうしよう……ゴールデンウィークはその――」
「あ、あのさ! 優子ちゃん」
あたしが結婚準備について話そうとすると、浩介くんがあたしの話をさえぎるように話しかけてくる。
「ん?」
「俺もさ、優子ちゃんのところもかもだけど……両親は焦ってるけど、俺達は、もっとゆっくりでもいいんだぜ」
「うん、分かってる」
そのことは、浩介くんとも何回も確認している。
あたしたちには、まだ時間があるということ。
「だ、だってさ……ゴールデンウィーク、2人きりで旅行って……」
「え!?」
浩介くんがとんでもないことを言い出してくる。
2人きりで旅行?
あたしたち、まだ18歳でもないのに……
「『可愛い子には旅をさせよ』だってさ」
「なんか微妙に違うような気がするわ」
そもそも結婚準備って名目でそのことわざ使うべきなのかな?
「ああうん、俺もそう思う……」
どうもギクシャクして、気まずいやり取りが続く。
とにかく、うちの両親も浩介くんの両親も結婚させたがって仕方ないのは変わらないし、あたしだって、この前の遊園地デートでは、浩介くんに殆どプロポーズ同然のやり取りをしてしまった。
実際に、客観的に見たらもうあたしと浩介くんの関係は、単なる「彼氏彼女」という段階は過ぎていて、既に「婚約者」と言ってしまったほうが正確な表現になると思う。
でも、そうだとしても結婚にはまだまだ不十分なのも事実。
「あの、さ。俺」
「うん」
「さすがにさ、2人きりで旅行っていうのはちょっとまずいかなって思うんだよ」
浩介くんが、理性を振り絞って言う。
確かにこれまでも、スキー合宿では浩介くんと2人部屋だったけど、この時は他の生徒や先生もいる中、オンボロ旅館の部屋の問題でたまたまそうなっただけ。
家族風呂では2人っきりだったけど、結局何とかうまくやり過ごせたと思う。
「だからさ、俺の両親と優子ちゃんの両親の同伴ならって言う条件をつけたいんだ」
「あ、うん……それなら……いいかな?」
浩介くんは、妥当な落とし所を探すように言う。
「少なくとも、優子ちゃんの今後のことを考えれば、最低でも一緒に暮らすことになる俺の両親は同伴させるべきだと思う」
結婚するとなると、今後浩介くんの両親ともお世話になるわけだけど、直接会ったのはまだ去年のクリスマスの時が唯一だった。
でも結婚したら、毎日四六時中顔を合わせることになる。
そう言う意味でも、二人きりで旅行するよりも、最低でも浩介くんの両親は同伴させたほうがいいというのはあたしも同意見。
「うん、あたしもそう思う」
「じゃあ、ちょっと呼んでくるよ」
「うん、あたしも」
浩介くんがテレビ電話の画面から離れ、両親を呼ぶ声が聞こえた。
あたしも同じように大急ぎで両親を呼び、テレビ画面の前に誘導する。
「それで浩介、どうするんだ?」
全員が揃うと、浩介くんのお父さんがまず話しかけてくる。
「やっぱり、優子ちゃんと話し合ったんだけど、今回は親同伴がいいと思う。俺達の家に嫁入りすることになる優子ちゃんのためにも、最低でも俺の両親だけでも一緒に来て欲しい」
浩介くんがきっぱりとした表情で言う。
うん、これが浩介くんの責任感が強いと言われる根源でもある。
「ふう、どうしますか?」
今度はあたしの母さんが、発言する。
「うーん、結婚のためなら水入らずも必要だと思ったんですが――」
「優子ちゃんは俺の両親と、直接に会ったのはまだクリスマスの時だけだ。義両親問題が起きないためにも……同伴は必要だと俺は思う」
浩介くんは、結婚したその先を見つめて動いている。
浩介くんの両親やあたしの両親は、あたしを見てたいそうかわいがってくれたけど、そこで止まってしまっていた。
だからこうやって、何とかして早く結婚させようと躍起になっている。
浩介くんも、あたしとの結婚そのものには賛成でも、もう少し慎重に行くべきだと主張している。実際20歳未満での結婚はかなり早い方だしこれ以上焦る意味もないと言っている。
結婚は何も、2人だけが良ければそれでいいというわけではないというのが浩介くんの考え。
「そんな固いこと言わないで、2人っきりで楽しんでいきなよー」
「そういうわけにも行かないよ。これは優子ちゃんと俺だけの問題じゃないんだ」
駄々をこねる浩介くんのお母さんに、浩介くんがきっぱりと否定している。
とても惚れるその責任感の強さ。浩介くんの方が、あたしの両親や、浩介くんの両親よりもずっと大人だと思う。
浩介くんはあたしのことを、将来まできちんと考えてくれている。
……もうどっちが親なのかわからないくらいだわ。
「うん、あたしとしても、浩介くんのお父さんお母さんのことも、ちゃんと知らないといけないと思う」
だから、あたしも浩介くんに援護射撃をする。
とにかく本人の希望を優先させてほしいから。
「んー、早く孫の顔が見たいだけなんだけどなー」
あたしのお母さんは、特に不満たらたら……って孫の顔が早く見たい!?
「な!? か、母さん! それどういうこと?」
「ん? だって優子、全然大人の階段登ってる感じしないもん……お父さんもお母さんも早く孫を抱きたいのよ」
母さんのとんでもない爆弾発言にあたしと浩介くんが凍りつく。
た、確かにまだ性行為はしてないから、あたしは処女のままだけど……
「うんうん、私達も、浩介の子供……私達の孫が見たいのよ」
そして浩介くんのお母さんからも爆弾発言が飛び交う。
「旅行中にスパッとやってくれると思ったんだけどねえ――」
「うんうん」
母さんがまたもや爆弾発言をする。
つまり、今回の2人きりの旅行も、本音としてはあたしと浩介くんとで、性行為をさせてあたしを妊娠させようという計画だったということ。
「お母さん! 子育てとかどうするの!? 俺たち大学があるんだよ!」
呆然としていた浩介くんが、ようやくお母さんを咎めるように言う。
「もー、それくらいお母さんたちも面倒見るわよ」
「いやそう言う問題じゃなくて――」
「全く、浩介はケチなやつだな」
「何で俺非難されてるの!?」
母親のみならず父親からも攻撃された浩介くんは、その理不尽さを嘆くように言う。
「とにかく! あたしとしても、今から妊娠したら勉強にも影響するし、浩介くんと結婚するにしても、苗字が変わると学校の事務手続きに色々迷惑かかるだろうから、少なくとも小谷学園の卒業まで待って欲しいわ」
そもそも、結婚とか妊娠についてだって、まだよく分かっていないのに。
「うーん、優子がそこまで言うなら……今回は同伴にしましょう」
ようやく母さんが折れてくれた。
「う、うん……さすがに私達、無責任すぎたわね……」
浩介くんのお母さんも、反省するように言う。
あたしの口から「妊娠」「勉強」という単語が出たためか、経験者として、軽はずみに過ぎたことを分かってくれたみたい。
「それじゃあ、次にどこに行くか決めるか」
「そうね……何処がいいかしら? 近場にしようとは思っているんだけど……」
母さん曰く、浩介くんとあたしの2人っきりの旅行は既に密かに計画していて、あたしたちが親同伴を絶対条件にしたせいでキャンセルしないといけないという。
「うーん、でも今からじゃなあ……どこを予約すればいいんだろう?」
「……そうだわ!」
突然、浩介くんのお母さんが閃いたように手を合わせる。
「どうしたの母さん?」
「旅行なんてしなくていいのよ。優子ちゃん、ゴールデンウィークの4日のうち、最初の3日、私達の家にお泊り……つまり、プチ嫁入りしてくれる!?」
あー、やっぱりそう来たわね……
「え!? ちょ、ちょっとお母さん! だから優子ちゃんにはそれはまだ――」
「あら? 嫁入りするなら私達のことをよく知っておきたいんでしょ? この大型連休、絶好のチャンスだと思うけど?」
「ぐぬぬ……」
浩介くんは、二人っきりの旅行を断るための口実を、今度は逆に使われてしまった。これでは反論ができない。
まさに「策士策に溺れる」……今回はちょっと違うか。
「うん、お母さんもそれに賛成だわ。優子、いってらっしゃい」
「は、はい……」
あたしとしても、大学への進学先や、蓬莱教授のことも落ち着いてきて、そろそろ浩介くんとの将来を見据えた行動をしなきゃいけないと思っていた時期だった。
浩介くんも最終的には、折れる形であたしへの「嫁入り」を承諾してくれた。
それにしても、浩介くんの家は少なくとも佐和山大学在籍中はあたしの分まるごと生活費かかることになるけど、大丈夫なのかな?
……まあ、そのあたりも既に話し合っているのかもしれないけど。
ともあれ、今度のゴールデンウィークは、浩介くんの家に「花嫁修業」をすることになった。