永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
ピピピピッ……ピピピピッ……
「うーん……」
目覚まし時計に催促されて、意識を回復する。
あたしのこの日、去年の今日は病院で、目覚まし時計もなく、夜明け前に起きた。
あたしは、意味もなくパジャマのまま、脱衣所に行く。
「……」
今日は女の子になってちょうど1年という節目の日、しかもみんなでパーティーを開いて祝ってくれるという。
あたしは、鏡の前の少女を見る。
これが、あたしの姿。何度見ても、この少女の姿は、決して夢ではない。
1年間過ごした、大切な自分。あたしは、1年前のことを思い出す。
初めて女の子としての自分の姿を見たあたしは、病院服に身を包んでいた。
1年経って、あの頃と顔も体型も何も変わっていない。
相変わらず癖毛の一つない、惚れ惚れするほどにまっさらで背中まで長いストレートロングの黒髪が目に入る。
幼さが色濃く残る童顔はとても可愛らしくて、インターネットで感嘆の声が上がるのも当然と思えた。
胸は巨乳グラドルの中でも大きい方で、ラフなパジャマの上からは、余計に目立つほどの巨乳、もちろんクラス一、学校一の大きさで、あたしの自慢であると同時に、肩こりのもとでもある。
次にボディラインを見る。ウエストはモデルのように引き締まっているわけではない、むしろ掴めばちょっと肉が出てるのが分かる。
でもコンプレックスじゃない。痩せようと思ったことは一度もない。
浩介くんも、この体型には特に何も言ってこないし、あたしとしても、痩せ型モデル体型は不健康な印象を与えて実は男性ウケが良くないことを知っているので、このまま。
水着の時などでも、へそ出しのスタイルに抵抗感はない。
最後にお尻。胸があまりにも大きいのでそこまで目立たないが、実際にはお尻もかなり大きい。
このことは、女の子になったばかりの時こそ胸に隠れて印象に残らなかったけど今見るとかなりエロいことは事実。
顔が可愛く、身体もエロく、これで男子に好かれないわけ無いと改めて思った。
しかも、去年と一切変わってないこの姿。
それが10年後も20年後も、いや100年後だって変わらないと言うんだから、まさに「理想の女の子」そのものだと思った。
そんな中で、浩介くんを好きになれたのはとても良かったと思う。
ちょうど1年前、あたしはこの姿に戸惑いを覚えていた。
今ではすっかり馴染みになって、優一の姿の方を思い出すことも殆どなくなった。
もちろん、写真には残っているから、忘れることはないし、仮に忘れても思い出すことは出来る。
でも、結局優一の頃の写真は、優子になってから一度も見ていない。
あたしは、何の気なしに腕を前に突き出してみた。
鏡の中の少女も、あたしに連動するように腕を前に突き出す。
「今更何をやってるのよ……」
思わずつぶやいてしまう。
あたしが、女の子の体になったの、夢なわけないじゃない。
今まで、何回も痛くて泣かされて、しかも1年も醒めない夢なんてあるわけない。
それでも、どこかで「これは夢かもしれない」何ていう馬鹿げた考えを持ってしまうのかもしれない。
……まあいいわ。
今はもう、みんなが開いてくれたこのパーティを楽しみましょう。
パーティと言っても、普通に学校もある。
だから、あたしはまず制服に着替える。
白いリボンも、すっかりあたしの頭に馴染んだ。
考えてみれば、この付近の髪だけ、ちょっと去年と変わっているかもしれない。
着替え終わったら、もう一度リビングへ。
「おはよー」
「優子おはよう、どうしたの? さっき洗面所なんかへ行って」
母さんは何の気なしに聞いてくる。
「ああうん、今日でちょうど1年だから、あたしの姿見てたの」
あたしも、やっぱりこういう節目の日には、意識しなかったことも意識するようになる。
もう、女の子なことは当たり前なのに。やっぱり、生まれつきの女の子と違って、地に足がつかない。だから、コンプレックスも生まれるんだと思う。
「そう、そうよね。優子も女の子になって1年だものね」
「それより母さん、パーティの準備はできてるの?」
「うん、これから大忙しよ。悪いけど朝ごはん、優子が作ってくれる?」
「はーい!」
母さんのパーティの準備を邪魔しちゃいけないと思い、今日はあたしがご飯を作る。
母さんは最近、趣味を始めたらしい。
あたしがたくさん家事を手伝ってくれるようになって、時間も増えたから。
最近では、休日にはますますあたしが1日の家事を全て担当する日も増えて、母さんの負担は減っている。
まあ、あたしばっかり家事してたら、あたしが嫁入りした後に、ちょっと心配な気もするけど。
うん、そうよね。あたしが嫁入りしたら、この家は父さんと母さんだけになっちゃう。
もちろん、うまくやっていけるとは思うけど、寂しさを覚えるんじゃないかって心配になる。
結婚後も、時折実家に帰ってあげないといけないと思う。
浩介くんなら、大丈夫だと思うけど。
ともあれ、あたしは食事を3人分作り食卓へ。
いつもと変わらない、昨日の残りをかき集め、ご飯と味噌汁を出す。
「「「いただきます」」」
みんなでいただきますをする、いつもと変わらない日常。
小中学生までは誕生日というと「特別な日」ということになるが、この年齢になってくると、あまり変わらない。
それどころか、あたしの場合、今後何百回と来ることになるわけだから、印象はますます薄れていく。
とは言え、あたしの「女の子の誕生日」としては、最初の誕生日なのも事実だから、久々に童心に帰って……うっ……
そこまで考えて、あたしは止まる。
あたし、女の子としての童心がないんだった。
やっぱり、どうしても、劣等感に押しつぶされそうになってしまう。
あれだけ恵まれた女の子でありながら、何てわがままな子なんだろうと自分でも思う。
確かに、童心がない、幼女時代がないというのは、他の女の子なら当然あり得ないこと。
TS病の女の子だけが持っていない、「特別に恵まれていない」と言ってもいい。
でも、それを補って余りあるくらい、あたしは恵まれているのに。
「どうしたの優子?」
「あ、うん、なんでもないわ」
こんな日まで、暗くなってもしょうがない。また後で、お人形さん遊びしよう。
あたしは気持ちを切り替え、朝食を食べる。
「あ、そうそう優子」
「うん?」
「パーティ行く時は、そのまま直接行っちゃっていいからね」
母さんが、学校から直行で会場まで行くように言う。
「う、うん……」
とにかく、あたしとしても、それは負担が減るのでありがたい。
ICカードも、ちょうど「花嫁修業」の時にチャージしたので問題はなかった。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい、鍵閉めておくわよー」
母さんの声も、1年たった今でもいつも通り。
あたしは1週間のカリキュラムという名の女の子修行を経て、学校に通うようになった。
3月には卒業というイベントが起きる。
その日までは、こうしてあたしが女子の制服を着て、学校へ向かう風景は同じだろう。
電車から降りると、いつものように、小谷学園の学生たちが学校まで通学していた。
多分、この光景はあたしが卒業しても、小谷学園が廃校になるその日まで、変わらないと思う。
途中、あたしが運び込まれた総合病院と、最初に外食したハンバーガー屋さん見えた。
何だかんだで、あそこはあたしにとっての出発点だった。
あのお医者さん、今も元気に診療しているよね? ってまだ1年しか経ってないでしょう……
自分に呆れながらも、通学路を進んでいく。
学校につくとあたしは「石山優子」と書かれた下駄箱を探し、ローファーから内履きへと履き替える。
思えば、優一としてここに通ったのも1年と1ヶ月強、もうすぐ、優一としての学校生活よりも、優子としての学校生活の方が長くなる。
そんなことをあたしは考える。
ガラガラ……
教室に行き、ドアを開ける。
「おはよー」
「優子ちゃんおはよう。今日もかわいいね」
「うん、ありがとう浩介くん!」
浩介くんや桂子ちゃん、恵美ちゃんや龍香ちゃん、虎姫ちゃんが主にあたしに挨拶してくれる。
「浩介くん」
「何優子ちゃん?」
「何でもない、呼んでみただけ」
何となく、浩介くんを呼んで見る。
「もー、なにそれ」
「「あはははは」」
「チクショー!!! 篠原死ねえ!!! 呪われろー!!!」
「うわああん!!! どうしてあいつだけあんなにいい思いしてるんだあああ!!!」
「これより、篠原浩介呪いの儀を始める」
「ああああーーーううううーーーー○☓△★※$:*……」
あたしたちがいちゃついていると、高月くんとその他の男子たちが嘆きの叫び声を上げ、よく分からない「呪いの儀式」をし始めるのも同じ。
あたしは浩介くんと過ごすごとに、女として深まっていく気がする。
今日は、あたしのTS病にまつわる思考ばかりが巡り巡る。
日常は、いつもと変わらないのに。
「はーい、ホームルームを始めますよー!」
永原先生がいつものレディーススーツ姿で教室に入ると、朝のホームルームが始まり、ホームルームが始まると授業が始まる。
「えー、では次の問題。これは本当に頻出ですから、よく復習しておいてください」
授業を受けている中でも、あたしは1年間を振り返り続ける。
女の子として復学し、最初こそトラブルもあったけど、最終的にこの学園は、みんなあたしを女子として受け入れてくれた。
優一のことが最後に話題になったのもいつだろう?
あたしが自ら、優一をなかったことにしてしまったから、この学校には優一の痕跡も残りそうにない。
卒業するにしても、「優子として」卒業することになるんだから。
これでよかったというのは疑ったことはない。
でも、どうしても心に引っかかり続けてしまう。
それはきっと、17年間の空白が、あたしにコンプレックスを作り出しているのと、同じ理由なのかもしれない。
「優子のコンプレックス」は、決して優一では埋め合わせできないことを、あたしは知っている。
「えー次の問題、石山!」
「はい! 『イ』です」
「よろしい」
先生に指名され、あたしは席を立ち、答えを言う。
女の子になって1年目も、学校はいつも通り。
昼休み、あたしは久々に一人で食事をすると浩介くんに言った。
浩介くんは「ああ、そうだろう。色々考えたいだろうしな。むしろ優子ちゃんがそう言ってくれてよかった」と言っていた。
浩介くんが本来の性格を取り戻して、随分と時間がたった。
でも今でも、責任感が日増しに強くなっている気がするから、もしかしたら、傷は癒えていないのかもしれない。
いや、普通に考えれば、あたしという守るべき存在が具体的に出来たのが、その原因だと思う。
「あ、優子ちゃん」
「どうしたの桂子ちゃん」
休み時間が終わって教室に戻ると、桂子ちゃんがあたしに話しかけてきた。
「知ってると思うけど、今日は天文部の活動はお休みよ。優子ちゃんのパーティが優先になるわ。授業が終わったら会場に行くわよ」
「うん、分かったわ。あたしも、学校終わったらそのまま会場に行きなさいって母さんに言われてて」
「そう!? じゃあ一緒に行きましょう」
桂子ちゃんと、一緒にパーティー会場に行くことになった。
「ええ」
「お、何だよ、あたいらも一緒に行こうぜ」
今度は恵美ちゃんが話に乗ってきた。
「え、恵美ちゃんテニス部は?」
「あたい今日はちょうど休みの日なんだよ。というのも、毎日練習だと怪我の恐れがあるからな」
なるほどねえ。
確かに休養日も必要なのは事実。
「あ、私も一緒にいくよ」
「と、虎姫ちゃん……!」
確かに虎姫ちゃんも、パーティに行くと言っていたけど……
特に恵美ちゃんのグループ(この考えをしたのもすごい久しぶりだけど)だった人は、みんな部活があるんじゃ――
「大丈夫ですよ優子さん。皆さん、今日のパーティに関しては部活の顧問に事情は話していますから」
龍香ちゃんが説明してくれる。
ちなみに、高月くんを始め、クラスの男子の大半は不参加だという。
まあ、浩介くんといちゃつくのを見るのは、とても辛そうだものね。
クラスの男子が辛いと分かっていても、やっぱりどうしても浩介くんといちゃついてしまうのは、多分、抗いがたい「オスとメスの本能」なんだと思う。
キーンコーンカーンコーン
やがて、昼休みが終了間際になる予鈴が鳴ると、午後の授業に向けて、一斉に準備し始めた。
「はーい、帰りのホームルームを始めます」
永原先生から帰りのホームルームで連絡事項。
今日は久々に不審者情報が発せられた。
治安は悪くないんだけどねこの辺は。
「それでは連絡事項を終了します。石山さんの女の子1周年記念パーティに参加する方は、くれぐれも道中気をつけてください。では解散」
永原先生がそう言うと、みんな一斉に帰り支度をする。
「優子ちゃん、一緒に行こう」
「うん。行こうか」
結果的に、あたしのクラスの女子は全員参加。それに伴って小谷学園の女子17人が一斉に下校することになった。
浩介くんはというと、僅かに参加するクラスの男子や、天文部の男子を引き連れての引率役を買って出てくれたので、あたしとは別行動になる。
「そういえばよお、こうやって女子全員で下校するっていつ以来だ?」
「うーん……あまりなかったよね」
恵美ちゃんと桂子ちゃんが、下校中そんな話をする。
確かに、あたしのクラスは元々は2つのグループで分裂していたし、もう和解後になって久しいとはいっても、17人もいればそれぞれ事情があるから一斉に下校なんて難しい。
「ほら、去年の夏休み前ですよ、林間学校直前の時に一斉下校しましたよ!」
「ああ! あったなあ! ハンバーガー屋で食べたっけ?」
龍香ちゃんの言葉に、恵美ちゃんがはっと思い出した様に言う。
「はい……確かあの……あの店で食べたと思います……」
さくらちゃんが、例のハンバーガー屋さんを指差す。
久しく入っていなかったけど、あたしも今度、休み時間に食べてみようかな?
最も、今は母さんと「お義母さん」が用意してくれたパーティの食材があるから、ここに立ち寄る必要はないけど。
あたしたちは通学路を進み、駅に到着する。
「みんなチャージしたー?」
「うん」
一応みんな会場の最寄り駅は知っていたけど、あたしが一応確認をする。
会場の駅についてからは、複雑な地下道を歩かなきゃいけないので、あたしが事実上の引率役だ。
協会の本部については、あたししか来たことがない。
浩介くんは……大丈夫かな?
ま、迷ったら永原先生かあたしに相談してくれると思うわ。
「そういえばよ、優子は協会で正会員やってんだろ?」
「うん」
恵美ちゃんが協会のことについて聞いてくる。
今まで、学校のみんなはあまりあたしの協会での仕事について聞いてこなかったから、結構新鮮だ。
「やっぱ学業との両立は大変か?」
「ま、まあね。でも、忙しい時とそうじゃない時とあるから、あんまり問題じゃないわ」
幸子さんの対応に追われた時は、かなり大変だったけど、今は落ち着いている。
「そうか」
電車は、あたしの最寄り駅を超え、役所の最寄り駅を超え、一気に本部への乗換駅に近付いてきた。