永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
古典の授業、休んでいる間飛んでしまった。今週は後で復習する必要に迫られそうだ。
授業と授業の間の休み時間は、みんなそれぞれ教材の用意などもあったことや、皆気持ちの整理ができていないのか、私の話でもちきりであった一方で今後どういう扱いをしていくか。男なのか女なのかという話はしていない。
男子は胸が大きいどうのこうので女子は雰囲気が変わっただの内面のことが中心だ。
休み時間、昼食。ともあれ今日は学食に行く。
学食では、他のクラスや他の学年の生徒の目にも晒される。
登校時間はまちまちだから、当然自分のことを見ていない生徒も多い。
「な、なあ、うちの学校にあんな可愛い子いたっけ?」
「てか胸でけえな」
「わっ、こっち見た。頭のリボン似合ってるよな」
予想していたとはいえ、男子の下心はとんでもない。しかし、その気持ちに一番同情してしまう自分も大概だ。ただ、その辺は女として生きていく上でも、知ってて決して損のないことだ。「知識」は生かさなきゃいけない。
券売機で食べたいものを買う、そして食堂で半券を受け取り、これを待つんだ。今日はカレーだ。
水を取り、机に置くことで自分のスペースを確保。そして数分もしないうちに、食堂のおばちゃんの神業で自分のカレーが来る。
「197番の人!」
「はーい」
呼ばれて私が197番であることを証明するため半券を提示する。
トレイごとさっきの場所に戻りカウンターで一人黙々と食べる。
ただ、待っている間、食べている間にも、やはり自分のことを周囲が話題にしている。
しかし、まだ噂が広まっていないのか、話の趣旨としては、「あの乱暴な石山優一が美少女に生まれ変わった」ではなく、「謎の美少女が学校にいる」というだけだ。
とは言えうちのクラスは木ノ本桂子と田村恵美は2年生の女子全体に顔が利くし、部活などの女子トークを通じて、この美少女の正体が判明するのは時間の問題だろう。
いつもより遅い時間に学食を出る。原因はやはり一口の遠さだ。
男だった頃は休み時間はたいてい他人と喧嘩していたが、今は特に何も起こらないだろう。
教室に入ったが、実際みんな話しかけ辛そうだ。中身はあの「石山優一」だということもあるだろう。
「あ、優子……」
「あ、木ノ本さん……」
木ノ本桂子だ。
「調べたわ、あなたの病気のこと」
「そ、そう」
「私も、優子のことどう扱っていいかわからないのよ。TS病になると、医学的にも女性になるから出産も出来るんでしょ?」
「そうみたいなの。もちろん私は実際にしたことはないけど前例はあるって」
というか、出産以前にヤったこともない。童貞のまま処女になってしまった。
「私、優一の意識がそのまま優子という別の入れ物に入ってる感覚がするわ」
「あの、木ノ本さん!」
「ん?」
「たしかにあたしは、かつて優一だったわ。でも今は優子なの。今すぐにとは言わないけど、いつか気持ちの整理がついたら、女の子扱いして欲しいと思う」
「……」
「今日はまだ、クラスの皆も気持ちの整理はつかないと思うの。だから今日一日は待つ。今日だけは、たとえ男扱いした人が居ても、怒らないわ」
「そう」
「でも明日、明日言うわ。私は……今はもう女の子だから、女の子扱いしてほしいって思ってるわよ」
「……」
「だってさ、子宮も出来て、妊娠して、出産まで出来る体になっちゃったのに。男なわけないじゃない。これでも男だなんて主張するなんて、現実逃避も甚だしいわよ。だから私、心から女の子になりたいの」
「そう、でもまだ、まだ気持ちの整理がつかないわ、グループの皆とも話し合ってみる」
「わかった。いい返事を待っているよ」
椅子に座る。木ノ本桂子は石山優一だった頃からの話し相手だったから話せただけで、他の皆は話しかけ辛そうにしている。当たり前だろう。
しかも、男子から女子に変わるとしても、姿形は全く似ても似つかない。面影さえ見当たらない。
男だった頃は髪が高校生にしては薄かった。それも丸刈りにしているという意味で薄いのではない。
そのくせに体毛は制服からも隠しきれないほど毛深く、顔も悪人顔だった。
今、石山優一と同一人物だと主張する少女はおっぱいが大きく、体毛は何一つない。制服のミニスカートの脚は見事にムダ毛どころか毛穴一つなく輝いていて、髪の毛は男の頃とは対照的に豊富な黒髪ロングだから、何もかもが正反対だ。
何もすることもなく、ひたすら座ってぼーっとしていたら、トイレに行きたくなってきた。
学食で少し水を飲みすぎたかな?
まだ時間があるし、教室前のトイレに行こう。
トイレからはちょうど田村恵美が出てきた。
「あ、おいっ!」
「な、何!?」
「あんた、女子トイレ入るのか?」
「う、うん。女の子が女子トイレに入っちゃダメ?」
「うっ、ダメじゃねえけどよ、あんた、中身は元々優一なんだろ?」
「そ、それは一週間前までのことよ!」
「でもよ、納得行かねえんだよな」
「ちょ、ちょっと通して下さい」
私は女子トイレの中に入ろうとするが、田村恵美が通せんぼして通れない。こうしている間にもどんどんタイムリミットは迫っている。
「いやでもよ、この間まで男だったんだろ?」
「でも、この姿格好で男子トイレなんて入れないよ……」
というか、女の子になって男子トイレは一回も入ってない。逆に訓練で女子トイレに入るように言いつけられているから女子トイレに入るしかない。当たり前だが。
「うっで、でも――」
「お、お願い……漏れちゃうから……」
「……ったく。分かったよ」
危機感を煽ることでなんとか通してもらう。女子トイレの個室に入る。
……間に合った。
学校の女子トイレはもちろんこれが初めてだ。
落ち着いてみると、そこは独特の雰囲気がある。今まで入った女子トイレとも違う。
女子の話し声もそうだし中々男子には言えないだろう会話もあることは容易に想像がつく。
常に男子の目に晒される共学校の中で、唯一女子だけが安らげる場所でもあるわけだから。
……ふと考える。田村の取った行動。私は責めることが出来ない。
心の中でアイデンティティが揺れる。
自分は本当の意味で女の子なのか?
今まで、「女の子になる」と決心してから、少しでも女の子らしくなれるように、一生懸命頑張ってきた。
親父も母さんも永原先生も、そして街の人達も、私を女の子として扱ってくれた。
でもそれは、結局良き理解者か、はたまた私をTS病患者だとは知らないからのどちらかでしかなかった。
クラスのメンバーからすれば、乱暴を働いていた男、言うなればクラスで悪目立ちして煙たがられていた男が、可愛い女の子の皮を被っているだけ。そう見えても、不思議ではないのかもしれない。
人は見た目、そう思っていたが、それは間違いだった。
むしろ、中途半端な理解に陥るともっと厳しいということだ。
クラスのメンバーが理解しているのは結局「どうやらこの女の子はかつて石山優一と言われていた男と同一人物」という所までだ。
それはつまり、「結局男なんじゃないか?」という疑念を生む。
そして、さっきの田村のようなことが起こり得る。
田村から見れば、私は「女子トイレの侵略者」、もっと言えば味方になりすました「忍者」だと思われてもしょうがないことだ。
いくら身体や姿形が女の子そのものでも、抵抗感を持ってしまうのはどうにもならないということか。
3時間目、数学の時間。学年主任の小野先生が入ってくる。
思えば月曜日のこの時間、倒れた。小野先生には悪いことをしたと思う。
数学の内容は、どうも私が救急車で運ばれた影響もあってやや遅れ気味だそうだ。
そのため、授業はやや急ピッチで進んでいる。
「えーでは。微分法の内容はここまでにして、ここからは、積分法に入りたいと思います」
「積分は微分の逆ですが、以前やった積分とは比較にならないくらい難しい内容になります。まずは基本的な公式から紹介します。単純な次数は既にⅡBでやりましたから、まずは三角関数から入りましょうか」
「まずサインの積分ですが、これはコサインを微分するとマイナスサインになることを利用して、マイナスコサインだということがわかります」
「コサインは簡単ですね。サインの微分がコサインですから」
いつの間にか積分に入っていた。微分法の応用含め、よく復習しておく必要がありそうね。
「えー次の公式です。指数関数ですがeのx乗の積分です。これは微分しても同じなので積分しても同じですね。あー不定積分はもちろんCが入りますが」
順調に授業は進んでいく。必死にノートを取る。幸い復学直後に新しいところに入ったのは不幸中の幸いだった。
キーンコーンカーンコーン
「おっと、では本日はここまで」
3時間目も無事に終わった。
結局今日の授業は大きな事件も起こらなかった。やはりみんな、扱いに困っているという感じで、腫れ物にさわるような感じだ。
私は元々部活には入っていない。それは不幸中の幸いだった。運動部ならまた着替える時に色々言われただろうし、男子の部ではなく、女子の部に入り直さらなきゃいけない。
文化部でも色々と扱いが異なってくる。
特に男子が多い部だったら……
考えても仕方ない。ともかく、結果的に部活関係で面倒が減っていたのは良いことだ。
ともあれ帰宅を開始する。学校から駅までは平坦な道。行きは跨線橋を渡る必要があるが、帰りはホームの位置が逆だから改札を通ってまっすぐに進めばいい。
数分の待ち時間とともに、電車が来る。
電車に乗って席が空いているので座る。
向かいには男子生徒が座っている。もちろん警戒して、私は足を揃えているがそれでも見られている。視線が脚に集中しているのが露骨に分かる。
私も男の頃、前に女子が座っていたら結構見ていた。エロいよなあと思ってたけど、まさか自分が男子に見られる時が来るなんて思いもしなかった。
インターネットの書き込みでは、こういう男の視線は嫌がる女性が多い。実際私もいい気分はしないが、どうしても男子が視線を向けたくなる気持ちが分かってしまう。
また一つ、何気ないところで立場が入れ替わった気がする。
目の前の男子は私よりも先の駅で降り、私はそこから更に1駅先で降りる。
いつものように最寄り駅の階段を登る。
隠すならミニ穿くなよという男はよくいるが、さっきトイレに入ってわかったが制服のミニでのトイレは物凄い楽だ。
それに可愛さも制服効果とあいまっていつもの数割増だ。
最も、この駅の階段は緩やかだから見える心配はないが。
「ただいまー」
「あ、優子おかえりなさーい」
家に帰ると、母さんが出迎えてくれる。
「どうだった?」
「うーん、まだ女子として認めてはくれてない感じ」
「……そう、でも優子なら大丈夫よ」
「そうかなあ……」
正直、心の何処かでは、このいかにも女の子を強調した見た目ならば、結構すんなり受け入れてくれると楽観視していた部分もあった。
「大丈夫、みんな最後は結局見た目に引きずられていくわよ」
「とりあえず、今日はもう制服着替えるよ」
「はいはーい」
流石に母さんとはいえ、生着替えを見せるの恥ずかしい。というよりも、服選びやカリキュラム中、どうも本来の目的を逸脱し始めていた気がするので警戒せざるをえないわけだが。
ともあれ、私服に着替え直そうとしたが、面倒なのでパジャマに着替えることにした。これから外出する予定はないし、今日くらいは手を抜こう。
とにかく今日は疲れた。復学初日だから当たり前だが、できればこのまま寝てしまいたいくらいだ。
「ただいまー」
制服から着替え、楽な格好になってリラックスしていると、親父も仕事から帰ってきた。
「「おかえりー」」
別方向から、私と母さんがそれぞれあいさつする。
コンコン
「はーいどうぞー」
扉をノックする音が聞こえ、親父を通す。
「優子、どうだった学校は?」
「うーん、まだみんな戸惑ってる感じよ」
「無理もない、お父さんも、まだ会社の同僚や部下には話していないんだ」
「とりあえず、今日はまだ様子見だよ」
「そうだな、明日以降が勝負になると、お父さんも思うよ」
そう言うと、親父は自分の書斎に入っていった。
TS病、確かにこの病気はものすごく珍しいが、その病状と後遺症のインパクトから知名度そのものは高い。
この病気は男として生きていた人が急に女になり、女として生きる覚悟を要求される病気だ。しかし、周囲の人たちはどうしても以前男だった頃を知っているからどう扱っていいか迷ってしまう。
しかもこの病気になってしまうと老化しなくなってしまうから、中には永原先生のように500年近く前から生きている人もいる。
永原先生は、世間も周囲も完全に女性扱いだ。無理もない、男だった頃を知っていたのは戦国時代の人間だ。もちろん、永原先生以外誰も生きてない。
でも、永原先生が自分と同じTS病だということを知っているのは、クラスでも私だけ。学校の他の先生でさえ、知っているかは怪しいところだ。
いわんや話したとして、周囲の扱いはどう変わるんだろう? せいぜい年長者としての敬意(あるいは真田の戦国武将や徳川将軍との面識があることでその時のエピソードを聞かれるくらいか?)と、おばあさん扱いされることくらいじゃないか?
永原先生が男性だったのは20年だけ、残りの480年近くを女性として生きていても、他の人はこの事実を知ればまた男扱いされるのだろうか? 男時代の24倍を女として生きてきてなおも生まれが男だからといって男扱いするのは流石に考えにくい。
されないなら、自分には「時間の解決を待つ」という方法もある。最近ではノーベル賞学者の蓬莱教授の不老研究もあるみたいだが、自分は懐疑的だ。
とはいえ、時間の解決を待つというのは、最悪今生きてる同世代がみんな死ぬのを待つということにもなる。永原先生もそうやって生きながらえた。
永原先生が再び主君の真田家に会ったのも120年近くも経ってからだ。
いや、永原先生くらい生きていればそれも待てるだろうが、自分の人生はまだ16年……永原先生の30分の1しか生きてない自分からすると、それは途方もなく先の話に聞こえる。
それに、まだ5月の3週目、2年生が始まったばかりでまだ3年生もある。いくらずっと老けないと言っても、本物の女子高生としていられるのは今年と来年だけなのには変わりはない。
散々やりたい放題していて、今更虫が良すぎると言われればそれまでだけど、それでも、受け入れられなくても、せめて残りの学園生活、ちゃんと女子として生きていければ……
「優子ーご飯よー」
母さんがご飯に呼ぶ。まだ明日がある。明後日もある。
明日、クラスの前で女の子として生きるためにしてきたことを話そう。そうすれば、希望の扉に一歩近付けるはずだ。