永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「おや、石山さん。こんばんは」
あたしが一息つき、パーティーの食材を食べていると別の男性が声をかけてきた。
振り向いてみると、あの時取材に来た高島さんだった。
「高島さんも来ていたんですか」
内心やや動揺しつつも、努めて冷静に言う。
「ああ。永原会長からここに取材に来ないかと誘われてね。もちろん、記事は簡素にしておくよ」
「へえ、永原会長がですか!?」
協会の姿勢として、あれだけマスコミ嫌いを貫いてたのに。
いや、だからこそかな?
「ああ。それで、我が『ブライト桜』が協会の報道を完全独占できることになったんだ」
「確かに、そんなことを言ってましたよね」
独占取材をさせることで、うまく切り抜けるという作戦。でも、一個だけ不安なことはある。
「おかげで、私も随分出世しましたよ。あなた方に関する報道は、全て私が全権を握ることになりました」
「それは良かったです」
「最も、『上層部が横槍を入れない』というのが、永原さん側の条件でしたが」
あー、やっぱり対策考えてたのね。
さすがは永原先生。
「おや、高島さん。いらっしゃい」
「比良さん。こんばんは」
高島さんに、今度は比良さんが声をかけてくる。
本当にこのパーティ、次から次へと人がくる。
どうやら、高島さんと比良さん、面識があったみたいね。
「比良副会長、高島さんのことご存知でしたか」
「ええ。私としても既存とは全く違うメディアという事で、期待していますよ。もちろん、ある程度会長の意向も汲んでますが」
比良さんによれば、これも永原先生の策略だという事。
「会長は真田家の人ですから、何かあると思ってもいいでしょう」
「ええ」
「我々と致しましても、こんなに大きな取材対象を独占できるんですから、とても大切にしていきたいですよ」
高島さんは、相変わらずだ。
良く言えば丁重な扱い、悪く言えば腫れ物にさわるような扱い。
「あれ? 石山さん、副会長さん、そちらの人は?」
今度は、幸子さんがあたしたちに声をかけてきた。
「ああ、塩津さん。こちら高島さんで、私たち協会を取材する専属メディアの方です」
「はじめまして、『ニュースブライト桜』の高島です」
「日本性転換症候群協会普通会員の塩津幸子です」
幸子さんと高島さんがお互いに頭を下げて挨拶する。
また結構面白い組み合わせが実現したわね。
「普通会員と言いますと、あなたも?」
「はい、石山さんと余呉さんにとてもお世話になりまして」
「ほうほう、石山さんに、ですか?」
高島さんが不思議そうな目で見る。
確かにあたしはまだ高校生だし、誰かにこんな風に感謝される高校生なんて滅多にいないだろう。
「はい。実は私、石山さんに出会う直前には、性別適合手術を受けようとしてまして」
幸子さん、確かにそんなことを言っていたわね。
「その手術を受けるというのはどういうことですか?」
「はい、自殺が近い証拠です。この手術を受けても、今までのような男を取り戻すことなんて不可能だって、石山さんも、会長さんも言ってました」
性別適合手術のことは、あの時の取材にもちょっとだけ出た話題。
「それはどういう事ですか? あ、ちなみにこれは記事にはしない。オフレコですよ」
高島さんは、メモも持っていない。
記者としてというより、一個人として単に好奇心から聞いているという感じ。
「私から説明しますね」
比良さんが、口を挟んでくる。
「はい」
「性別適合手術を受けても、今までの男性の生活を取り戻すことはできません。外見が似るだけですから」
「元の男性の身体との大きな違いというのは何でしょう?」
「生殖能力が無くなることです。今までのように精液が出るわけではないですから」
比良さんみたいな「少女」の口からそう言う言葉が出るとやっぱりドキッとするけど、言いかけも出来ないものね。
「それはやっぱり大きな苦痛ですか?」
「言うまでもありません。TS病患者はなまじ完全な男性だった身体を知ってますから、この手術を受けても、『自分がもう二度と男に戻れない』という事を再認識するだけですし、一度この手術を受けてしまえば、今更女として生きることも出来ない。だから、自殺するんです」
比良さんが淡々と説明する。
いずれにしても、自殺の道ということ。
「そう言えば、この前倒れた子はどうなりました?」
あたしが、何の気なしに聞いてみる。
「状態は良くないですよ。『今の時代中途半端でもいい』といって聞かなかったみたいで……あろうことか男子の制服のまま学校に通い始めて……結果案の定いじめに遭って、保健室登校状態です。このまま考えを改めなければ、不登校になるのも……いえ、自殺の結末になるのも時間の問題でしょう」
「あちゃー、あたしがカウンセラー代わりましょうか?」
あの時の幸子さんよりはまだマシだし、やれそうな気がするわ。
「ああいえ、石山さんが代わっても同じだと思います。石山さんのカリキュラムもやらせたんですが……効果が無かったみたいです」
比良さんが淡々と告げる。
そう、TS病はあたしにしても、幸子さんにしても、みんな桂子ちゃんレベルの飛び切りの美少女になる。
まあ、桂子ちゃんはTS病の中に入っても美人の部類だと思うけど。
それはともかく、そういう女の子を強調した女の子になるから、中途半端に生きようとしても、必ず失敗するように出来ている。
女として生きていく。そのために、男の未練を捨てる。あたしたちにある道は、それしかない。
「体育の着替えはどうしてますか?」
「一応、男子女子とは違う場所で着替えているみたいですが、それがまたいじめの対象らしいです」
「あーあ、何やってんのよ……」
あたしは、思わずため息が漏れる。
「こういう事例はとても多いんですよ……昔の方が、まだ楽でしたよ」
比良さんがそう説明してくれる。
「副会長さん、どうしてですか?」
側で聞いていた幸子さんが質問してくる。
「ええ。昔なら、女性として生きていくしかないことを説明するのは楽でした。ですが最近は、なまじ中途半端が許されるようになったので」
「その道も結局、ダメなんですね」
高島さんは、その様に正しく理解してくれる。
「ええ、私たちは、純度100%の女性です。それを無理矢理中間にしようとしても、男に無理矢理戻れないのと同様、結局うまくいきません」
比良さんがさっきよりやや強めの口調で言う。
つまり、比良さんが言いたいのは、「女の子として生きるしかない」という事をTS病に成り立ての患者に示すのは、昔より難しいということ。
「最近では、LGBTというのもよく言われてますが、そちらとの関連性はあるんでしょうか?」
高島さんが追加で質問をする。
「私たちに、その手の団体や活動に参加するつもりは毛頭ありません。トランスジェンダーになろうとすると、私たちは精神を病んですぐに死んでしまいます」
比良さんがきっぱりと断言する。
やっぱり、永原先生が言っていたのと同じ。
「あくまで、一人の女性として振舞うと」
「はい。私たちは『完全性転換症候群』ですから」
比良さんが、今度はにっこりと言う。
このあたりの使い分けは、お手の物という感じね。
「ありがとうございます。今後の記事を書く上で、知識として取っておきます」
「ええ、お願いするわ」
高島さんは、今度は蓬莱教授のところへ行く。
幸子さんは、比良さんと何か話している。
あたしはもう一度、恵美ちゃんのところへ行くことにする。
「いやー、これうめえな!」
「恵美、さっきから食べ過ぎ!」
「いいんだよ。あたいは日ごろからエネルギー使うんだから」
恵美ちゃんが豪快に食べているのを、桂子ちゃんが眺めている。
「恵美ちゃん、たくさん食べるのはいいけど」
「ふぉ? ゆうふぉ!?」
恵美ちゃんが食べながら「お? 優子?」と言おうとしたんだろう。
テーブルにも恵美ちゃんがこぼしたおかずが落ちていたり、随分と派手な食べっぷりだわ。
「お行儀悪いわよ」
「んっ……だってよお! 丁寧に食ってたら追いつかねえし」
「相変わらず、恵美は女子力がストップ安よね」
桂子ちゃん、何気にひどいこと言ってる気がする。
でもあたしも同意見。
「うんうん、幸子さんが真似しないように、よーく言いつけて、反面教師にしてもらったわ」
「ええ!? そんなー!」
恵美ちゃんが「そりゃないよ」って顔をする。
でも実際、あたしたちが女の子らしくない真似をしすぎると、こうやってどんどん堕落して、魅力も下がっていくのも事実。
「本当、恵美の『女子力高める宣言』ほど長続きしないのも珍しいわね」
「あうー、虎姫ー! 優子と桂子がいじめるー!」
恵美ちゃんが近くにいた虎姫ちゃんに泣きつく。
「いやごめん恵美、確かに恵美の『女子力高める』は3日坊主どころか3分間坊主だし」
呆気なく、虎姫ちゃんにも見捨てられてしまう。
「あうー!」
「恵美ちゃん、悔しかったら、まず面倒くさがらないことよ。テニスだって練習を面倒くさがったら絶対うまくいかないでしょ?」
あたしが恵美ちゃんを諭すように言う。
女の子歴は恵美ちゃんが17倍以上長いのに。
「うー」
恵美ちゃんは不平そうに唸っている。
「およ、優子さん、恵美さん、桂子さんに虎姫さんまで」
「あ、龍香ちゃん、こんばんは」
よく見ると、龍香ちゃんが立っていた。
ちょっとそわそわしている。
「いやー、賑やかですねえ」
「ええ」
「そう言えば、結構見かけねえ顔も多いよな」
考えてみれば、確かに今回のパーティーの参加者は色々な所から来ている。
小谷学園の生徒たち、3年1組は女子は全員参加しているし、天文部の男子もいる。協会のメンバーもそれなりにいて、この両者は永原先生を通して面識がある。
あたしの母さん、浩介くんのお母さん、また蓬莱教授や高島さんまでいる。
一見バラバラだが、ほぼ全員が、あたしと永原先生を介して繋がっている。友達の友達って、凄いんだわ。
あたしはそんなことを思いつつ、適当に食事を続ける。
すると、さくらちゃんがいつもと打って変わって、窓の外の夜景を眺めながら、楽しそうに雑談しているのを発見した。
「あ、優子さん……」
「さくらちゃん、こんばんは」
「お、今日の主役の石山さんか。こんばんは」
「こんばんは唐崎先輩」
去年卒業した野球部のエース、唐崎先輩はさくらちゃんの彼氏。
さくらちゃんは、極秘でこのパーティーに唐崎先輩を呼んでいたみたいね。
「さくらちゃんとは、あれからどうですか?」
「ああうまくいっているよ。そう言えば、史跡のデートを提案したの、石山さんなんだっけ? ありがとう、さくらとの関係も深まったよ」
「そう言えば、唐崎先輩」
「ん?」
あたしは、唐崎先輩に一つだけ聞きたいことがある。
「野球部、あれから9人いなくなっちゃいましたよ」
「あはは、そうだろう。チームは散々俺のことコケにしてきたからな。いい気味だよ」
唐崎先輩はまったく気にしていないどころか、「ざまあみろ」と言わんばかりに笑い飛ばしながら言う。
そう言えば、ひどいあだ名付けられてたんだっけ?
「実はさくらちゃん、野球部にあんまり顔を出さないみたいで」
「あー、俺が指示してるからね。それに、人数少なくなり過ぎて、マネージャーも必要なくなっちゃったみたいだしな」
唐崎先輩が言う。多分、さくらちゃんから状況を聞いているんだろう。
「石山さんは知ってると思うけど、男はとにかく女が絡むと嫉妬深いからな。さくらが俺に告白してきた時点で、ああなったのは自明のことだし、さくらは罪に思う必要はないって言ったよ」
「はい……私も、吹っ切れました」
さくらちゃんが笑顔を見せる。
その笑顔には、どことなく魔性を帯びている気がした。何だろう、さくらちゃんも、女の子として成長している気がするわ。
「ま、今は幸せだしいいんだよ。元々、あの学園の運動部南なんざ女子のテニス部とサッカー部以外、あってないようなもんだろ?」
「ま、まあねえ……」
運動部万年弱小の小谷学園。
まあ、文化部も強豪(?)ではないからどちらにしても、部活が不活発なのが小谷学園で、これも極度に自由な校風の副作用だろう。
「お、さくらに唐崎先輩じゃねえか」
「おや田村さん――」
恵美ちゃんが来たので、あたしはさりげなくその場から離れる。
これで一通り、会場をぐるっと一周したことになる。
「お、石山さん、また会ったな」
あてもなくブラブラしていて、まず声をかけてきたのは蓬莱教授だった。
「蓬莱教授、さっき高島さんと話してました?」
「ああ、ニュースブライト桜だろ? 俺も見てたんだ。しかし、協会は賢明な選択をしたな」
蓬莱教授が、協会の判断を評価する。
「どういうことですか?」
「あのメディアは既存のテレビ新聞からほとんど私怨同然に叩かれていてな。特に、ブライト桜が協会の取材をしてからは、それこそ親でも殺されたんじゃないかって勢いだ」
「そ、そうなのね……」
確かに、あれだけみんなが知りたがっている協会の取材を独占できるんだから嫉妬はされるとは思うけど、にしたって幼稚よね。
「だが、それ故に既存のマスメディアに対して不信感を持っている人々からの期待はとても高いんだ」
なるほどねえ……
「特に、協会は既に既存のメディアから報道被害を受けている。そして、メディア封鎖を断行した。これによってな、インターネットでの既存メディアへの批判はすさまじかったんだ」
蓬莱教授、本当に物知りよね。
あたしの名前も覚えていたし、記憶力がすさまじいんだと思う。天才は違うわ。
「そんな所に、ブライト桜が協会への独占取材、更に君も知っているとは思うが君や永原先生の容姿がネット上で大いに話題になった」
「はい、あたしと永原先生のキャプチャー画像を使って、アイドルや女優さん、あるいはミスインターナショナルの優勝者を誹謗中傷する書き込みが相次ぎました」
確かにあたしを持ち上げることだとは思うし、褒められたら自信になるけど、他人の誹謗中傷に利用されるのはあまり好きじゃない。
「あー、それはいいんだ。問題は君たちが『絶世の美女』といっていい見た目だったという事だ」
蓬莱教授は、何かよくわからないことを言っている。
「えーっと、つまりどういうことですか?」
「インターネットは何だかんだで男性社会だ。つまり、マスゴミがよってたかって『かわいい女の子たち』をいじめていたと、映ったんだよ」
「そ、そうなんですか?」
確かに、そう見えないこともないかもしれないけど、にしたって変な話だ。
「数年前、ウクライナがきな臭くなったことがあっただろ? その時にもロシア側は美人の検事をマスコミ向けに用意した。プロパガンダにおいて、美貌は重要なんだよ。現に石山さんだって、その美貌で、得したことは何度もあるだろ?」
「は、はい……」
確かにそう。みんなあたしに優しいし、ちやほやしてくれるし、浩介くんもかっこいいし、何よりミスコンで優勝しちゃったし。
「うん、私も何度もあるわよ。例えば、年齢をごまかせるとか」
「そういうことだ……おや永原先生」
永原先生が、話に割り込んできた。
「蓬莱先生、随分と話しかけられてますよね。石山さん以上じゃない?」
「まあ、俺は有名人だからな。それに、このパーティは小谷学園生が多いみたいだしな」
でも、みんな心なしか、普段あまりない組み合わせで会話している気がする。
幸子さんの方を見てみると、母さんと何やら盛り上がっているし、さくらちゃんは比良さんと何か話している。
天文部の男子たちは、桂子ちゃんではなく、あたしのクラスメイトのほかの女子と話している。
ナンパ目的もいるけど、龍香ちゃんの彼氏持ちに落胆している様子も見て取れた。
というか、うちの天文部の男子、がっつきすぎよね。
「蓬莱先生、先程の報告ですけど」
「あー、例の宗教団体か」
「ええ」
永原先生は、蓬莱教授よりも警戒している様子みたいね。
「何、永原先生の心配には及ばんよ。既に俺の方でも、資産家の支援者たちを囲い始めてる」
「……どういうことですか?」
「つまり、仮に俺が学会から追放されても、自己完結できる準備さ。支援者たちのお金も、幾つかは貯金に回している。佐和山大学から出ても、研究所を自前で作り、実験もすべて自前で出来る。最も、それは最後の手段だし、そのためには、石山さんの協力が必要不可欠だがね」
どうやら、蓬莱教授は心配なさそうね。
「なるほど……分かりました」
永原先生も、それ以上は追及しないみたいね。
「それに、俺の方でも『ニュースブライト桜』に話を付けておいた」
「そうですか」
「ただし、俺の場合は独占じゃあない。だけど、好意的な報道をしてくれれば悪いようにはしないつもりだ」
つまり、取材の門戸を他のメディアよりも広くする。
高島さん、大手柄よね。
「さて、あたし、あっちの方に行ってみます」
「いってらっしゃーい」
まだまだ、パーティーは長い。もう少し、組み合わせを楽しんでいこう。
いつの間にか登場人物が増えました。
塩津幸子の物語や、協会の人々なんかは第四章中盤までの執筆時点では影も形もなかったです。