永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
パーティーが終わって、季節は5月中旬。
あれから、幸子さんの提案した「テニス対決」は、職員会議ですんなり通ってしまったらしい。
浩介くんは天文部に顔を出さなくなり、テニス部に入り浸っている。
あたしはというと、女の子1週年というパーティーのほとぼりも冷め、残った食材を食べつくす頃には女の子になったばかりの頃を思い出す機会も減って、すっかり日常に戻った感じだった。
それはいいんだけど、一つ不安なことがある。
「なあ、今は篠原先輩いねえしよ」
「やめとけって」
「固いこと言うなよ、『鬼の居ぬ間に洗濯』って言うじゃねえか」
天文部の男子たちが、露骨にあたしを狙おうとしている。あたしに浩介くんがいるってことは分かっているはずなのに。
もちろん、桂子ちゃんよりは狙われる傾向が小さいとは言え、性欲に忠実な男子たちは、もしあたしに手を出せば、その後浩介くんにどういう報復をされるのかまで頭が回っていない。
男子の気持ちももちろん分かるけど、こうして女の子という立場になってみて、「男の愚かさ」にも気付くことが多くなった。何だろう、この病気って本当に、人を育てる気がするわ。
「たしかに篠原先輩は強いけどよ、さすがの篠原先輩だって、集団で闇討ちにしちまえばよ――」
「ねえ男子」
不穏な言葉が聞こえたので、とっさに口を挟む。
「は、はい!」
「そんなことしたら、あたしが許さないわよ。あたしこう見えても、浩介くんと『婚約』してるのよ」
「「「え!!!???」」」
あたしはつい勢いで「婚約者」だってことを話してしまう。天文部の男子たちに加え、桂子ちゃんまで驚いている。
そう言えば、婚約者になったこと、まだ話してなかったっけ?
「ちょっと優子ちゃん、『婚約』って……私も初耳なんだけど……」
「ああうん、実はね、あたしの両親も、浩介くんの両親もね、あたしたちを早く結婚させたがってて、それどころか孫の顔見せろってうるさくて――」
「そ、そうなんだ……」
「うへえ……」
桂子ちゃんの顔が、明らかに引きつっている。
天文部の男子たちも同様に動揺している。
うん、無理もないことだと思う。
「な、なあ……」
「ああ、手を出すのは絶対やめた方がいいな」
「ああ、双方の両親にもなんて言われるか分からねえぜ」
「じゃさ、木ノ本部長を狙うとして――」
でも、インパクトの強さもあってか、男子達はあたしを狙うのは止めて、また桂子ちゃんを巡っての争いに変わった。
……まあ、相変わらず桂子ちゃんの話をしつつ男子の視線はあたしの胸に釘付けみたいだけどね。
理性で分かってても、本能に逆らえない。
それはきっと、あたしも同じだから。あたしだって、男性の下半身についつい目線が言ってしまうことがある。
「ねえ浩介くん、一緒に帰ろう」
「うん、帰ろうか優子ちゃん」
さて、浩介くんがテニス部へと一時入部している現在。浩介くんが天文部へ入る以前みたいに、こうやって部活帰りに待ち合わせをすることが増えた。
「それで、テニスはどんな感じ?」
離すのはいつもテニスのこと。
「う、うん。置きに行けば、入るようになったよ。最も、練習相手の男子部員にはそれだとすぐに叩かれちゃうけど」
浩介くんは主に壁打ちしたり、男子部員と練習したりしている。
恵美ちゃんに勝つためには、とにかくミスしないことが大事になってくる。
基礎的な体力とパワーでは、すでに浩介くんは日頃のトレーニングもあって、恵美ちゃんを圧倒している。
だから、何とかして、体力勝負に持っていきたい。
「田村の技術は女子の中では圧倒的だ。体力とパワーはすでに俺の価値だから、この差を少しでも埋めることが肝心になってくるんだ。とにかくサーブをどうやって返すかとか、ストローク戦をどうするかとか、前に出るタイミングを考えたりしているんだ」
「サーブはとにかくファーストを入れたい。速度そのものは結構出てるし、威力だけならもう他の男子部員と遜色ない。でもコントロールが悪いんだ」
浩介くんはあたしに課題を説明してくれる。
確かに、パワーだけなら既に必要十分、多少落としても恵美ちゃんには問題なく通用する。
でも、余りにも置きに行き過ぎればたちまち強烈なリターンが返ってくる。
恵美ちゃんだって、男子には負けると言っても女子の中ではパワーはかなりある方だ。
「後は、明日からはコートカバーリングを学ぼうと思うんだ。田村の技術力に、俺の体力とパワーが勝つためには、長期戦に持ち込むための守備中心のプレーが必要だと思うんだ」
「うん、それがいいと思う」
浩介くんが焦って下手に仕掛けたら、間違いなく経験と技術で圧倒している恵美ちゃんが勝つ。
とにかくボールを返して、恵美ちゃんのミスを待つテニスが、浩介くんに求められるだろうとあたしは考えていた。
「そんな事より、優子ちゃんはどうするんだ? 球技大会」
「うーん、あたしもテニスかなあ?」
試合時間の都合もあって、球技大会のテニスは1セットマッチのトーナメントで、しかもテニスに出れば他の競技は不要になる。
球技大会でのテニスは体力的に負担が高いので、不人気ではある。
だけど、ハンデ戦にも一番抵抗がない種目なので、あたしにはぴったり。
「あー、複数のハンデ考えるのきついもんなあ」
ちなみに、トーナメントで早期敗退しても、敗退者同士の逆トーナメントがあったりする。
ただし最弱は決まらないけど(やる前からあたしに決まってはいると思うけど)
「テニスウェアとか着られるみたいよ」
「そ、そうか。優子ちゃんならきっと似合うよ」
「うん、ありがとう」
でも、このストレートの髪型は、本番ではちょっと変えないといけないかも。
「それじゃあねーバイバイー」
「うん、また明日」
あたしはそう言って、浩介くんと別れる。
「優子、球技大会の種目、どうするの?」
家に帰って、母さんが球技大会のことを話してくる。
「ああうん、テニスがいいかなって」
「へー、どうして?」
「テニスは実力差が出やすいからハンデ戦も多いし、テニスなら他の競技に出なくていいからハンデ考える時間も短縮されるし」
「うんうん、結構優子って打算的よね」
母さんも、感心している。
確かに、あたしは最近こういうのが増えた気がする。
「うん、あたしもそんな気がしてきて」
「ふふっ、優子も『女の子らしさ』だけじゃなくて、『女性らしさ』も身に着けてきたわね」
母さんがニッコリと笑う。
どうやら、これもあたしの女としての成長らしい。
「いい優子? 女性には、いくつもの顔があるのよ。例えば、ただかわいいだけじゃダメでしょ? 男子受けを考えるためには、ある程度の『裏の顔』も必要なのよ」
「う、うん……」
あたしは、去年の文化祭の時のことを思い出す。
ミスコンでのあたしは、最もかわいかったと同時に、最も醜悪だった。
ライバルだった永原先生と桂子ちゃんに向けた邪悪な感情。あの時の感情とは、未だに折り合いがつけられない。
どうすれば男性票が取れるかをひたすら考え、実行し、その結果浩介くんが嫉妬しても、独占欲の満たし方まで計算していた。
もちろん、男の子は単純だから、あたしのそういう内面に気付くことはないし、たとえ言ったとしても、一笑に付されるだけだと思う。
「ふふっ、優子は今までも、そしてこれからも裏表を持つわよ」
「うーん、でも、感情が黒くなったら、外見にも出そうで怖いわ」
あたしは、不安になって言う。
そのことは本当に怖い。
「うーん、そのあたりは程々にしたいけど……女はどうしても、裏が出てしまうわ」
「……」
もしかすると、あたしが男性の下半身につい目線が言ってしまうのと同じくらいどうしようもない「本能」なのかもしれない。
「あっ! でも、永原先生なんてどうかしら? 裏がすごいと思うわよ」
「あっ……」
あたしは、永原先生のことを思い出す。
永原先生は500年生きてきたとあって、色々な顔をのぞかせている。
外面上も内面上も、かなりの美人で、ミスコンであたしや桂子ちゃんと争うほど。
その一方で、真田家の人という事で、策略や謀略を好んでいる。
それは協会でも、そして学校でもそうだった。
文化祭の時には、「青春」への憧れや、協会に入ってからも、あたしへの憧れを口にしている。
過去のことで、永原先生は今も苦しんでいる。
明るい一面、暗い一面、単なる教師としての顔や、協会の会長としての顔だけじゃない。
「優子、顔が増えたからって、あんまり悩みすぎちゃだめよ。もちろん、ガサツになるとか、女の子らしさに気を配らないとか、汚い言葉遣いとか、そういうのは論外よ。でも優子、そういうのじゃないんでしょ?」
「う、うん……」
だって、そういうのはカリキュラムでさんざんに叩き込まれたし。
「だったら大丈夫よ。越えちゃいけない一線さえわきまえておけばね」
母さんが、あたしを安心させたい一心で言う。
「うん、分かったわ」
ともあれ、あたしは安堵していいみたいね。
「それにしても、優子がテニスを選ぶとはねえ。テニスは体力必要よ」
「うん、でもハンデ戦次第でうまく行くわ」
でも、あたしが互角に戦えるハンデってどれくらいなのかは気になる。
「それで、テニスウェアとかあるの?」
「うん、テニス部がレンタルしてくれるって」
球技大会のテニスは、テニス部のレンタルがある。
不人気だからこそできるものともいえるけど。
「でも、優子のテニスウェアかあ……あーあー母さんも球技大会に行きたいわね」
「も、もう母さんったら!」
母さんが露骨に下心丸出しにして言う。あたしは思わず、身を守る姿勢をとる。
確かに、ミニスカートでも下には見えてもいいの穿くことになってるけど。
「あらあら、そんなに警戒しないでもいいのに」
「もう、警戒するに決まってるわよ」
あたしが抗議するように言う。
「まあ連れないわねえ。親子なんだしそこまでこだわらなくても」
母さんは今までの行いが信用できない。
どうせあたしのスコートの中の写真でも撮りたがるのが丸わかりよ。
「まあいいわ。ともあれ優子、去年みたいに泣き出したりしないように気を付けてね。母さんは見てないけど、去年の球技大会でも、体育祭でも泣いたって聞いたわよ」
「うっ……それは約束できないわ」
あたしはとても弱くて泣き虫な女の子だから、「泣かない」という約束はどうしてもできない。
体育の授業でも泣かされてしまうことは多いけど、みんな優しくしてくれるし。
それに何より、球技大会での涙からあたしと浩介くんの恋の物語が始まったんだもん。
「優子、確かに涙は女の武器よ。ましてや優子みたいに、いかにもか弱そうな女の子なら尚更ね。でも、やりすぎたり、泣くことにあまりに抵抗感がなさ過ぎるのも問題よ」
「う、うん……それでも、あたしは、弱いあたしでいたいから」
あたしはもう、強がりたくない。
強くあろうとすると、どうしても優一の影がちらついてしまうから。
だから、弱くてもいいと思う。
「そ、そう。でも、彼も優しいといいけど、泣き過ぎるとさすがに引かれるわよ。女の武器は、いつも使ってると効果も薄れるわよ」
「う、うん……でも大丈夫。浩介くんとのデートの時には、泣いて無いから」
「あら? それは良かったわ」
母さんが安心した感じで言う。
「やっぱり、体育の授業とかで接触プレーになったりすると、よく泣かされるわ」
球技大会の時は至近距離でボールを当てられて、体育祭の時は転んだ相手とぶつかって、それぞれ泣かされた。
最近は精神的な理由で泣くことも減って、肉体的なことで泣くことが増えたと思う。
「そうだったのね」
「それに、球技大会の時に泣かされた時に、浩介くんがあたしを好きになったのよ。もちろん、それが無くても、いずれは浩介くんと結ばれたとは思うけどね」
「あら優子、もう婚約者気分なのね」
母さんがニッコリと笑って言う。
あたしの両親も、浩介くんの両親も、あたしたちを結婚させたがっている。
「う、うん……やっぱり、ここまで関係が進んでるんだもん」
「ふふっ、いいことよ。優子も今では、『彼氏として』だけじゃなくて、『旦那として』、浩介くんのことを見てるのね」
「うん、浩介くんなら、きっと大丈夫だわ」
「ええ。だといいわね」
浩介くんなら、力仕事で引く手あまただと思う。
「さ、夕食作るわね。優子は休んでていいわよ」
「はーい」
部屋に戻って考える。
一度女の子になろうとすると、それはどこまでも進んでいく。
文化祭が終わり、浩介くんに告白されたあの夜の出来事、おそらくあそこが分岐点だった。
あたしはもう、ひたすらボールが坂道を転がり落ちるように、女性的な思考力、女性的な振る舞い、女性的な発想を次々と身につけている。
それでも、あたしの中で必死に「優一」がしがみついている気がする。
あたしも、それを振りほどこうと頑張っているけど、何かが足りない気がする。
それが何なのかはまだ分からないけど。
「はーい、じゃあ各自目標の球技大会の種目に向けて練習してください」
体育の先生は去年と同じ草津先生。
あたしは準備運動を終え、早速テニスをすることにした。
「お、優子もテニスにするのか」
「うん、そうだよ恵美ちゃん」
「にしても、優子にはどういうハンデが来るのかな?」
恵美ちゃんが興味津々に言う。
確かに、去年もとんでもないハンデだったけど、テニスの場合、1対1だからそれじゃ済まない。
「まあ、とりあえずサーブ打ってみろや」
「うん……えいっ!」
あたしは見よう見まねでボールを上げて、叩いてみる。
「フォルト……だな」
打ったボールはネットに弱々しく跳ね返る。
「えいっ!」
バシッ!
またネット。
「ダブルフォルト、試合なら相手のポイントだぞ」
「えいっ!」
どうしてもネットに阻まれるので、あたしはジャンプしながらボールを打ってみる。
するとボールは、あらぬ方向へと進んでしまう。
「あー、とにかく入れないことには始まらねえな」
あたしは、もう一度ボールを投げ、今度は、下からゆっくりと置きに行ってみる。
トン……トン……
「やっ、やったわ!」
ボールはきちんと既定の場所へ届いた。
これなら、大丈夫なはず。
「あー、これじゃあスマッシュ打たれるぜ……」
恵美ちゃんが当然のように言う。
「で、でも入らなきゃしょうがないし……」
「あー、その辺はおいおいハンデ待ちだな」
恵美ちゃんは、最初からあたしのハンデを期待した戦略をしている。
確かに、それしかないとはいえ、何だかなあという気もする。
「ほら、こういう感じで打ってみて」
「う、うん……」
恵美ちゃんに言われるように、体制を整え、何とか下からじゃなくても入るようにするのが今日の目標。
今日はその目標は、達成できるかは分からないけど。
「んー、ちょっとあたい、球技大会市場で出た一番大きなハンデを調べてみるよ。多分それでも足りねえとは思うけどよ」
「あ、ありがとう……」
ともあれ、あたしの最後の球技大会、勝てるかはともかく、楽しい大会になるといいけど。