永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
休憩時間が終わり、第3セット第1ゲーム。恵美ちゃんも浩介くんも、ここでトイレ休憩を取った。
タイブレークではまず恵美ちゃんがサーブを打ったので、ここは浩介くんのサービスゲームになる。
このゲームの浩介くんは、ファーストサーブを威力重視ではなく、入れることを重視してやや慎重になっている。
それでも、疲労の色が隠せない恵美ちゃん相手には、それでも十分な威力になりつつあった。
体力差による、元々あったパワーの差が、広がっていった。
浩介くんの強烈なボールを返し続けていた恵美ちゃんの腕には、間違いなく疲労が蓄積されている。これでは技術差でカバーするのが難しくなる一方だわ。
途中、いくらか浩介くんのミスもあったものの、40-30から危なげなく浩介くんがキープする。
恵美ちゃんも、休憩も挟んだのである程度はついていっている。
でも、回復力でも、浩介くんの方が上。
結局、どう転んでも、時間が経てば経つほど、浩介くんに優位になっていくのには変わらない。
第2ゲーム、恵美ちゃんは全てのファーストサーブを入れたにも関わらずデュースにされてしまう。
恵美ちゃんのファーストサーブに、浩介くんがついていっている。
しかしそれでも、テニスというのはサーブを打った側は有利だ。
恵美ちゃんはデュースの後すぐに2ポイント連取し、サービスをキープする。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
恵美ちゃんは、頻繁に息を切らして、汗もとてつもない量が出ている。
しかし、浩介くんは多少汗をかいてはいるものの、疲労の表情はあまり見せてない。
5セットマッチだから、まだ2セット残っている。
第3ゲーム、浩介くんはかなり緩いボールを使う。
このゲームはまた浩介くんが持久戦術中心にゲーム展開を見せる。全くもって容赦がない。
恵美ちゃんがしびれを切らして攻めに行った所を、一気に咎める作戦で、このゲームをキープ。
第4ゲーム、恵美ちゃんは全力でサーブを打つ。
浩介くんのリターンミスもあり、40-15になる。
「フォルト!」
「40-30」
「大丈夫だまだ1ポイントある。まだ勝てる。気持ちで負けるな」
ダブルフォルトの時、恵美ちゃんがそんなことを言う。
でも、そんなこんなことを自分に言い聞かせなきゃいけないという時点で、恵美ちゃんが相当苦しいのは誰しもが知っていた。
「デュース」
しかし、恵美ちゃんの気合は通用しなかった。
浩介くんが一気にボレーで決める。
「アドバンテージ、篠原」
そして、デュースになって浩介くんは、また右に左に振って恵美ちゃんを走らせると、唐突にドロップショットを打ち、恵美ちゃんが必死に返すがアウト。
恵美ちゃんのメンタルが壊れ始めたのか、次のセカンドサーブが甘く入り、浩介くんがその隙を見逃さない。
「ゲーム、篠原!」
パチパチパチパチパチ……!
浩介くんが、恵美ちゃんのサーブを破るがさっきよりも、歓声は少ない。
もう、周囲の観客も気付き始めた。
浩介くんが「男」という性別を最大限に活用し、パワーと体力の差に物を言わせたテニスをしているということに。
第5ゲーム、浩介くんの嫌がらせのようなミス待ちテニスに恵美ちゃんはどんどん対応できなくなる。
恵美ちゃんは最初のセットでは考えられないような隙が見え、浩介くんはそこに容赦なく放り込んでくる。
場合によっては、隙をわざと見逃して緩いボールをひたすら打ち続けてエラーを誘っている。
統計は分からないけど、恵美ちゃんのアンフォーストエラーはここまで浩介くんの倍はあるはず。
第6ゲーム、恵美ちゃんのサーブ。
さっきまでのブレイクの苦戦が嘘のように、浩介くんは4連続でポイントを決め、ラブゲームでブレイクしてしまった。
これで、ゲームカウントは5-1、浩介くんが次のサーブを取ればこのセットは浩介くんのものになる。
恵美ちゃんが、ここで「メディカルタイムアウト」を取る。
テニス部員に腕と肩をマッサージするように要求している。
「ねえ、田村先輩」
「何だ!?」
「もう、止めたほうがいいです」
「んっ……あたいに棄権しろってか」
「……このままでは、怪我する恐れもあります」
「うるせえ! あたいは怪我なんかしてねえんだ!!! 勝負を逃げるわけには行かねえんだ。てめえもテニス選手なら、そのくらい分かるだろうが!」
「はいっすみません……」
恵美ちゃんが、威圧感を持って女子部員に言う。
阿修羅のような勢い。
さすがに全国一というだけあって、凄まじい精神力を持っている。
第7ゲームは、浩介くんのサービスゲーム。
浩介くんは途中、ダブルフォルトを犯すが、取られたポイントはそれと浩介くんのミスが1回のみ。
このセットは、さっきのセットが嘘のような短時間で終了した。
結局、恵美ちゃんは1ゲームキープするのがやっとでゲームカウントは6-1だった。
観客は、静まり返っていた。
次のセット、その結果がどうなるかはもうわかっている。
見るに堪えない、悲惨な結末が待っていることを。
「ふう」
浩介くんは、もう一度気を引き締めるかのように一息をつく。
恵美ちゃんのパフォーマンスが落ちているとは言え、ゲームメイクの力は落ちていない。
だから油断すれば、浩介くんも足元を掬われることをよく分かっていた。
セット間の休憩で恵美ちゃんが話しかけてきた。
「あたいはよ。第4セットどころか、第3セットに行ったことさえほとんどねえ。男子部員と練習している時はストレートで負けて、インターハイの時はいつもストレートで勝ってた。それに4つ目のセットは、3セットマッチでは決してたどり着けねえ領域だ。あたいは、女ながらその領域に踏み込むことを、許されたんだ」
「恵美ちゃん……」
「優子、正直に言ってこの試合、あたいが勝つ見込みは殆ど薄い。取れたはずのボールが取れねえし、ウィナーになるはずのボールを返され、入るはずの簡単なボールをミスしちまうようになった。技術力では確かにあたいのほうが上だが、大局的な試合運びでは、あたいは篠原に負けた」
「え……!?」
恵美ちゃんが意外な言葉を口にする。
恵美ちゃんは浩介くんに、「大局的な試合運びで負けた」というのだ。
「だがこれだけは言っておく。あたいは怪我などしていない。だから絶対に、棄権しない。どんな悲惨なテニスになろうが、あたいは逃げたくねえんだ。篠原の、ためにもよ」
「うん」
「それでは、第4セットを開始します」
最初、浩介くんのサーブから。
「ふぁっ!」
「うぐっ」
「アウト!」
「15-0」
浩介くんのファーストサーブが入ると、もう恵美ちゃんには全くポイントを取れる気がしない。
球威に押され、合わせて返すのが手一杯で返した先はあらぬ方向に行ってしまう。
それどころか、セカンドサーブでさえ浩介くんのパワーに押され始めている。
左右に振り、体制を崩されたところでスマッシュかドロップショット、あるいは恵美ちゃん自身のミスでポイントを取られる。
完全にパターンが確立されていた。
観客も徐々に帰り始めた人もいた。
もちろん、自分の種目がある人も居るだろうけど、数は明らかに減っていた。
これで、浩介くんは恵美ちゃんから6ゲーム連取したことになる。
第2ゲーム、恵美ちゃんのサービスゲームだが、サービスの威力が明らかに減っていた。
「あぁっ!」
声も心なしか、弱々しくなっている。
そしてここでも、浩介くんは恵美ちゃんを左右に振る。
あるいはバックハンドに集め、バックハンドの応酬に持ち込み恵美ちゃんが根負けしてミスをするのを待つ。
15-40で浩介くんのブレイクポイント。
「うあぁっ!」
「ふんっ!」
浩介くんが、バックハンドで打つ。
バックハンドも、浩介くんは強烈になってきている。
いや、恵美ちゃんが対応しきれなくなっているんだ。
ラリー戦の果てに、恵美ちゃんのボールがネットに掛かる。
「ゲーム、篠原」
「うああああああああああああああ!!!!!!!!!」
ガンッ! ガンッ!
「「「うわあっ!!!」」」
観客がみんな唖然としている。
恵美ちゃんが突然大きな声を上げると、テニスラケットを何度も地面に叩きつけ、ラケットはぺしゃんこになってしまった。
観客は、野次を飛ばそうともしない。
それだけ、恵美ちゃんの気迫があまりにも恐ろしかったから。
恵美ちゃんは新しいラケットに交換する。
「はぁー!」
もう一度気合を入れ直し浩介くんのサービスゲームへ。
「えあっ!」
「15-0」
浩介くんのファーストサーブがエースになる。恵美ちゃんも天を仰ぐ。
恵美ちゃんの威圧も、空元気であることを浩介くんは既に知っていた。
だから、一瞬ビクッとなるだけで、メンタルには何の影響もなかった。
このゲームもラブゲームで浩介くんがキープしゲームカウント3-0になる。
第4ゲーム、恵美ちゃんのサーブ。
こちらも浩介くんが1回ミスをしただけで浩介くんがサーブを奪う。しかも、似たような展開で、恵美ちゃんは分かっていても防ぐことができなくなっていた。
もはや、男による一方的な虐殺劇でしかなかった。
「田村ー頑張れー!」
「全国一なんだろー!」
観客も完全に、恵美ちゃんを応援していた。第2セットまでは浩介くんが応援されていたのに。
このままでは、このセットは6-0のベーグルになる。
なぜテニスの5セットマッチが、男子にしか許されていないのか?
この試合は、それを雄弁に物語っている。
テニスの技術は言うまでもなく、恵美ちゃんのほうが上だ。
現に第1セットは、恵美ちゃんが圧倒していたし、第2セットも途中までは恵美ちゃんが優位で終盤にこそ追いつかれたがタイブレークの末に落としたほぼ互角の展開。
しかし第3セットに入って、浩介くんの執拗な持久戦術もあって恵美ちゃんのパフォーマンスは格段に落ち、一方の浩介くんはパフォーマンスを殆ど落としていない。
いや、落としては居るんだろうけど、恵美ちゃんほど露骨じゃない。
普段から、男の体で、鍛え抜いている浩介くんにとっては、大したことではないのかもしれない。
第5ゲーム、浩介くんのサーブ。
恵美ちゃんは、セカンドサーブでさえ返すのに苦労し始めた。
男の力で振るわれたボールを返してきたために、腕への疲労が、急速に溜まっていた。
30-0で迎えた浩介くんのファーストサーブ。
「えああぁっ!」
「うわっ」
浩介くんの強烈なファーストサーブに観客たちも驚く、まだそんな力が残っているのね。
「ぐっ……! あぁっ……!」
「ふぉ……40-0」
審判も唖然としていた。
恵美ちゃんはボールを返そうとした。
返そうとしたが、威力が強すぎて、恵美ちゃんのテニスラケットが弾かれてしまった。
無情にも壁に突き刺さるテニスボールと、地面に転がるラケット。
恵美ちゃんが茫然自失の表情で、ラケットを拾い上げようとすると、一人の女の子が恵美ちゃんに駆け寄る。
「もう……もう止めてください!」
さっきマッサージしていた女の子だ。
「うるせえ! まだ負けたと決まったわけじゃねえんだ!」
「ダメですよ……女子の身体で……5セットなんて!!!」
「うるせえ!!!」
「私は元々反対だったんです……田村先輩、これ以上はもう……これ以上続けると、あなたの将来にもきっと――」
「ふざけるな!!!」
「っ!」
恵美ちゃんが、その女子部員に対して心の底から怒りを込めた声で言う。
「バカにするな! ケガもしてねえのに、受けた勝負を諦めて……棄権しろだあ!? てめえは、てめえはテニス部にいて、あたいから何を学んだんだ!」
「うっ」
「試合中にケガをしてしまったってんなら、棄権は止む終えねえよ。でも、ここで棄権して、あいつはどうするんだ!? 今日のこの試合のために、あいつだって必死にあたいを倒すために練習してきたんだぞ!!!」
「でもそれはもう十分――」
「確かにもうあたいには後がねえよ。次のサーブを落とせばあたいの負けだ。だけど、そうなるまで、まだあたいが負けたと決まったわけじゃねえんだ!!!」
「……」
女子部員は、恵美ちゃんの威圧感に完全に押されている。
「それでも……それでも、こんな……ラケットを弾く田村先輩なんて……」
「それがどうした!!?? 今のは、ちょっと力の入れ方をミスしただけだ!!!」
「そんな……このセットに入ってから、全然田村先輩らしくないです。こんな一方的にやられる田村先輩の姿、私見たくないんです!」
「聞かねえ!!! てめえの言うことは聞かねえ!!! おい、誰かこの無礼者をつまみ出せ!!!」
恵美ちゃんはラケットを拾い、女の子を押してそう叫ぶと、テニス部の顧問のチェアアンパイアの人が駆けつけて、コートの外まで出るように言う。
彼女は、落胆した表情を見せていた。
「すまねえ、うちの部員が。さ、続けてくれ。遠慮はいらん。むしろ絶対にやめてくれ。今のあんたにできることは、あたいを全力で、完膚なきまでに叩き潰すことだ」
「……分かった」
恵美ちゃんが、浩介くんに頭を下げ、自分をなるべくボコボコにして欲しいと、そう伝えた。
「はあっ!」
「フォルト!」
とは言え、いつもファーストが入るわけじゃない40-0からセカンドサーブ、ここでストローク戦になるが、恵美ちゃんのフットワークが明らかに落ちていた。
浩介くんは、今までなら狙わなかった位置からドロップショットを狙うとボールは無情にも2バウンドした。
「ゲーム、篠原!」
ゲームカウント5-0、次は恵美ちゃんのサービスゲーム。
だけど、サービスの威力はもはや半減に近く、ファーストサーブのスピードは浩介くんのセカンドサーブの威力にもなっていなかった。
0-30から恵美ちゃんのセカンドサーブ。
恵美ちゃんがボールを上げて視線をそらした隙に、浩介くんが忍び足のように一気に前に出た。
「んっ!!!」
恵美ちゃんは何とかセカンドサーブを入れるが、浩介くんの前に出てのリターンに全く対応ができずこれで0-40、もはや恵美ちゃんには1ゲームどころか1ポイント取ることさえ、困難になっていた。
「まだそんなものを隠し持っていたのね……」
「いや、あれは本来トッププロ、それも極めてセンスの有るようなプレイヤーがするような技だ。つまり、それをアマチュアレベルでやるということは、自分と相手によっぽどの実力差があるということさ」
あたしのつぶやきに対して隣の人がそんなことを説明してくれる。
「はぁ……はぁ……」
恵美ちゃんの表情は、諦めの色が色濃くでていた。
もう、勝てない。でも、それでもやりきる。
浩介くんのマッチポイント、しかも3回ある上にゲームカウントは5-0だ。
「フォルト!」
「くそお! うあぁ!」
恵美ちゃんは、凄まじい掛け声と共に、2回ともファーストサーブのように入れる。
「っ!」
ダブルファーストとして、セカンドサーブは入ったものの、あっさりとリターンエースを決められてしまった。
「ゲーム、セット、アンドマッチ、ウォンバイ篠原。セットカウント3-1。2-6、7-6、6-1、6-0」
「あっ……」
テニスが、終わった。
この長丁場の、5セットマッチ。終わりはあっけなかった。
恵美ちゃんがガクッと膝をつく。
「うっ……うぁ……あっ……うわあああああああああああああああああああんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!」
観客が驚いている。
それもそのはず、恵美ちゃんが人目もはばからずに、コートの真ん中に座り込んで、大きな声で泣き始めたのだ。
初めて見る恵美ちゃんの泣き顔。
あれだけプライドが高く、豪胆で、どこか飄々としていた恵美ちゃんが、あんなに大きな声で泣き出すのは、いや、泣いているところさえ誰も見たことがなかった。
それだけ、恵美ちゃんはこの試合は勝てると思っていた。
でも、現実は力尽きて完膚なきまでに叩き潰されてしまった。
誰も、恵美ちゃんに声をかけることはなかった。
浩介くんも、その場で見守るしかできなかった。
恵美ちゃんが落ち着いた後、恵美ちゃんと浩介くんには、惜しみない拍手が送られた。
2人も健闘を称え合い、そして浩介くんも恵美ちゃんも、あたしのもとに駆け寄ってきた。
よく考えれば、途中で何度か観客の入れ替わりもあって、この試合をフルで見ていた生徒は、あたしだけだった。
「優子、ありがとうな。試合見てくれて。それからすまねえな……終わりの方は無様なところばっかり見せちまってよ」
「ううん、いいの。恵美ちゃん女の子だもん。泣いていいと思うわ」
「……そう言ってもらえると、助かるぜ」
恵美ちゃんは、これからテニス部員たちとともに反省会を行うという。
「優子ちゃん、俺……」
「うん、浩介くん、おめでとう」
「でもよー、結局体力で男が強いの当たり前だしなあ」
「うんうん、あれは田村の勝ちだよ。篠原も大人気ねえっていうか」
「テニス勝負以前に、あれじゃ単なる耐久テストだろ」
観客の3年生の男子がそんなことを言っている。
「おいっ!!!」
「わっ、田村!」
恵美ちゃんが、怒った表情でその男子に食って掛かる。
「いいか、テニスの5セットにまぐれはねえんだ。あたいは、篠原より弱いから負けたんだ」
「いや、でもよ……体力で男が強いのは当たり前だし、技術力はどう見ても――」
「馬鹿野郎!!! それも含めて、テニスなんだよ!!!」
恵美ちゃんが、ものすごい剣幕で怒り出す。
「うっ……」
「あたいは……あたいは弱いから負けたんだ!!! 3セットなら、まだ言い訳も通じるさ。でも、5セットは……違えんだよ!!!」
「す、すみません……」
男子たちは、恵美ちゃんの気迫に押されて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「今回のは、あたいが泣く所、ラケットを折った所、それも含めて、全部映像に残して貰うつもりだ。きっと、将来に役に立つから」
球技大会が終わった後、恵美ちゃんのそんな言葉が、いつまでも印象に残っていた。