永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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孤独な体育

 朝目が覚め、することは制服を着るということ。

 これまでは「今日は何の服にしようか?」と悩むことも多かったが、迷わなくていいというのは大きいわね。

 制服は自由を奪うなんて言うアホみたいな話もあるが、女の子になってみて制服のありがたみが分かった。

 単純に私服と比べてもかわいいしファッションに悩みがちな年頃の女の子にとってはそれを決めなくていいというだけで大きなメリットだ。

 

 今日は体育の授業があるので、体操着を持っていく。もちろん女子用に新しく仕立て上げたものだ。男子用は今頃リサイクル店で売られているか、誰か別人のものになっている。

 

「おはよー」

 

「あ、おはよー」

 

 母さんとあいさつ。親父は今日は早めに出勤するということでご飯を食べ終わり、出かける支度で忙しそうだ。

 

「じゃあ行ってくるぞ。優子もがんばれよ」

 

「はーい」

 

 母さんが食事を作る。

 そして朝食を食べる。朝食を抜くとどうも力が出ないのは男の頃そうだった。

 そして女の子になってからは朝食を抜いたことはない。

 

「いってきまーす」

 

 二日目の学校生活、通学路もいつもと同じ。

 来た電車は昨日と同じ便だが、車両は違う。以前別の生徒の会話を盗み聞きしていたが、直通先の会社の車両がどうたらこうたら言っていた。

 あいにく私は鉄道マニアではないのでそのあたりのことはよくわからない。

 

 いつものように学校の最寄り駅に到着し、大勢の生徒とともに跨線橋を渡る。

 うちの学校は幸いにして通学マナーがいいと評判だ。学校が自由な校風なのがいい影響をもたらしているんじゃないかなんて言う話もある。

 逆に変に厳しい校則の学校だと学外ではマナーが悪くなりがちという話だ。

 

 まあ、都会の高校だし、電車も混むことも多いから、必然的にマナーが身につくらしい。

 これが地方の高校になるとひどいというのは聞いたことがある。車内のほとんどが同じ高校の高校生で占められているなんていうケースも珍しくないらしいから、群集心理上無理もないだろう。

 

 改札を出て通学路、ここはさすがに生徒でにぎわう場面。

 で、会話を聞くと、やっぱり昨日と同じ話題。

 

 「何あの子?」「あんなかわいい子いたっけ?」というたぐいだ。

 昨日と違うのは時折「でも、あれって中身男だって噂よ」「え? あれが男? んなわけねえだろ。胸出てるし」という会話も出ていること。

 ……噂に尾ひれがついて、私のことをいわゆる「男の娘」だと勘違いされているということね。

 

 でも、見せるわけにはいかないけど、もし裸になったら、そんな噂は一瞬で消えるはず。

 

 

 さて、今日は昨日と違い、いつも通り教室の扉から登校する。

 下駄箱から靴を履き替え、教室にまっすぐ向かい、閉まっていた扉を開けて、中に入ったら閉める。

 

 全員が一斉に私を見る。好奇と不信の目だ。いや、そういう「目に見える」というだけか。

 悪く考えては態度も悪くなって、結局優一の二の舞を演じてしまうかもしれない。

 

 

 鞄を椅子の下に置き、鍵をもってロッカーに入り、一時間目の教科書を出しておく。

 

「なあ優一! 石山優一くーん!?」

 

 ……その名前で呼ぶのは、篠原浩介だ。

 もう私はその名前を捨てた、そんな名前の人はもう居ないんだから無視だ無視。

 

「おい! しかとすんなよ!」

 

「……」

 

「おい!!!!」

 

 体がビクッとなる。何で? こいつ、気が弱かったはずなのに……

 

「はあ……なんだよ、人が呼んでんのになんで返事しねえんだよ!」

 

 顔を正面にしてそんなことを言ってくる。

 

「あのねえ、あたしは優子。石山優子よ! もうその名前で呼ばないで!」

 

「何言ってんだよ、昨日あの後高月と話したんだけどよ。やっぱおめえは女とは思えねえぜ」

 

「何でよ!? わ・た・し、どう見ても女じゃないの!」

 

「高月の家は美容整形外科医なんだぜ。整形手術の可能性は排除できねえんだよ」

 

「なっ……!」

 

「ま、仮にTS病だとしてもよ、結局お前の頭の中は優一と変わってねえんだろ?」

 

 さらに高月章三郎も近づいてくる。

 

「それに、俺は美容整形外科医の親を持つからこそ、中身を重視したいと思う」

 

「……あたしは……あたしは中身も女の子になりたいのよ!」

 

「おいおい、今まで16年も男やってた奴が1週間で女? 俺は認めないな」

 

「……あの、あの!!!!! みんな聞いて!!!」

 

 私はクラスに聞こえる大きな声で叫び、椅子から立つ。

 クラス全員が私に注目する。

 

「私! 私、女の子なの! だから、女の子として扱ってほしいの!」

 

「私、1週間学校を休んだわ。その間、私は女の子としてのふるまい、言葉遣いを叩き込まれたわ。まだ至らないところはあるけど、でも……それでもちゃんと女の子になろうって決めたから!」

 

「だからお願い! 私を受け入れてとは言わないわ。でも、女子として、女子として扱ってほしいの!」

 

「はあ……はぁ……はぁっ!」

 

 女の子になって、こんな大きな声を出したのは初めてだった。前までは大きな声なんてしょっちゅう出していたのに。

 

 伝えたいことは伝えたいので、椅子に座りなおす。もちろん、スカートはちゃんと手で揃えてだ。

 

 そして、誰かが声を発する前に、永原先生が入ってきた。

 

 

「はーい、朝のホームルーム始めるわよー!」

 

 何事もなかったかのようにホームルームが始まり、そして終わる。

 ホームルームが終わると、永原先生が手招きしてきた。

 

「さっき大きな声出してたけど、どうしたの?」

 

「あ、あの、実は高月と篠原が……」

 

 私は先生に、二人から受けた仕打ちと、それに対して女の子扱いしてほしいことへの決意表明について話した。

 

「……石山さん、あなたは本当にまじめでいい子よ。男だった頃を知ってる身としては信じられないくらいに」

 

「う、うん。だって……」

 

「分かってるわよ。あなたが真剣にそう願っていることくらい。でもね、このクラスは高校生の集団よ。あなたみたいに聞き分けのいい子ばかりじゃないわ」

 

「でも心配しないで、必ず味方がいるんだから。それに、先生は何があってもあなたの味方よ。じゃ、一時間目の準備しなさい」

 

「はい」

 

 永原先生もTS病だということ。それに私たちから見ればいわば最年長の立場だ。

 これ以上ない頼もしい味方がいることを再確認し、1時間目、英語の授業に入った。

 

 

 休み時間、もう田村恵美の妨害もなく、女子トイレは事実上フリーになったが、やはりまだ心中穏やかではないのか、私が入るとざわつく。

 ただ、木ノ本のグループの女子は、そこまでざわついていない。木ノ本に感謝しないとな。

 

 

 昼休み、食事が終わると木ノ本が声をかけてきた。

 

「優子、あのね、私……」

 

「うん」

 

「優子は……優子ちゃんは女の子だと思うの」

 

「……け、桂子ちゃん!」

 

 私は嬉しかった。幼馴染だが、クラスメイトで初めて女の子として扱ってくれる理解者を得られたんだから。

 少しだけ涙目になった気がする。それを知ってか知らずか、木ノ本桂子は話し続ける。

 

「実はね、ホームルームの後永原先生に少し聞いたの。優子ちゃんは本当に一生懸命だったって。私もグループの女子に話したわ。昔のことより今を大事にしようって。それに優子ちゃんは私たちよりずっとずっと長い未来を抱えているんだから。より一層今を大事にしてあげなくちゃいけないって」

 

「う、うん、ありがとうね」

 

「でも、田村のグループはまだ懐疑的よ。永原先生に話も聞いてないし、それに私にたいする反目心もあるから」

 

「そうよねえ……」

 

 でも、とりあえずこのクラスの女子の半分、まだ4分の1だが、味方が増えたことは、頼もしいことには変わりなかった。

 

 昼休み終了後、相変わらず男子は私のことを故意に「優一」と呼ぶ。いじめのつもりなのか、でも無視すればいい。

 反応したらまたそれで集るに決まっている。幸いにも木ノ本が適当な理由を付けて「優子ちゃん」と呼んで声をかけてくれたのでなんとかなった。

 

 

 5時間目は体育だ。私は永原先生に言われた更衣室までこっそり移動する。

 途中、「おい、石山、どこに行くんだ!?」という男の声が聞こえた気もするが、気にしないでおこう。

 

 先生方も事情を知っているため、特に気に留めるわけでもなく更衣室に一人で入る。

 やや広めの更衣室を一人で使う。

 広々とした場所を贅沢に独占できるが、気分は憂鬱だ。

 

 男でも女でもないかのような扱い。でも、そんなことは本来あり得ない。

 田村は言っていた、「人間男か女かだぜ」と。半陰陽という人もいるらしいが、少なくとも今の自分の認識では「女」だ。医学的にも社会的にも法的にもそうなっているはずなのに。

 親も、永原先生も、きっとこの措置を決めた教師も、いや篠原や高月と言ったクラスの男子たちだって、それはわかってる。

 でも内面が、内面が女として認められていない。

 

 でもどうして? 頑張ってきたのを認めてくれたのも、木ノ本だけだ。ただ、私が以前石山優一だったからという、ただそれだけの理由なのか? でも過去を変えることなんて出来ないのに……

 着替えながら、あてもなく自問自答を続ける。

 

 そして、体操着に着替えた男女が来るのを避けて、校庭に入った。

 

「はい、じゃあ体育の授業を始めるぞー」

 

 体育の先生が集合をかける。でも私はどこに行けばいいかわからない。

 男女別に集合するわけだが、当然男に混ざる訳にはいかない。

 

 とりあえず、女子の方の一番後ろに並ぶ。

 

 もう一つ、体育で懸念していることは、二人一組での準備運動だ。

 これまで私たち2年2組は、男子16人、女子16人のクラスで、女子は木ノ本グループと田村グループが8人でちょうど2分されていて、うまく回せていた。

 男子の方は、俺と組みたいというクラスメイトはいなかったが、例によって強引に怒鳴りつけてペアにすることを強要出来ていた。嫌がるそぶりを見せてもまた怒鳴ればいいだけだった。

 

 しかし、私が女の子になったことで、その均衡が崩れて男子15人、女子17人になってしまった。

 もちろん学校を休んだ時なんかは先生が組んだりしたし、男女ともに奇数となったときに3人で組ませる場合もあった。

 でも私はどうだろう? 今日は欠席者がいないから先生はどうするんだろう?

 

「よし、今日から少し変わった準備運動をする」

 

「なんだろうなんだろう」

 

 クラスがざわつく。こうしたことはこれまでほとんどなかった。

 どうやら授業中話をすると容赦なく怒鳴りつけてくる石山優一がいなくなったために、クラスの秩序がやや乱れているようだ。

 

「これからやる準備運動は一人でもできるものです」

 

「ではまず屈伸運動と、腹筋と、背筋について説明しますね」

 

 そう来たか! でも、これは言うなれば自分が女の子になったせいで、指導方法を変えざるを得なくなったということも意味している。

 何人かは、このようなことになった意図を知っているが、黙々と運動を続ける。

 

 そして準備運動が終わると、体育の先生は「今日から走り幅跳びの練習だ」と言ってきた。

 男として最後に授業を受けた時は、走り高跳びだったからその続きだ。

 

 体操着で、制服以上に胸が強調されている。いい機会だ。

 

 体育の授業は着替えにしても準備運動にしても、それまでは特に悪感情などなかったものだが、嫌なことばかりになってしまった。

 しかし、転んでもただは起きないというように、私もこの走り幅跳びで挽回する機会を得た。

 

 幸いにして、外見は胸もクラス一大きく、飛び切りの美少女だ。

 うまくいけば男子も本能で欲情するはずだ。そうすれば私を女子扱いするようになってくるはず。という計算だ。

 

「よし、次。石山!」

 

「はい」

 

 先生に返事され、助走を開始する。クラス中が注目する。

 女の子になって小走りしたり、少し急いだことはあったものの、全力疾走をしたのはこれが初めて。

 

「はぁっはぁっ……えいっ!」

 

 助走中でさえ息が切れそうながらもわざとらしく声を上げ、胸を揺らしながら、砂に向かって突っ込む。

 

「……」

 

 先生が計測する。

 

「2メートル19センチ」

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 女子の中でも、暫定的ながらダントツの最下位記録だ。とにかくこの身体、体力の落ち方も半端ない上に胸が大きくて、とにかく運動能力についてあらゆる指標で悪い。下手したら卒業できないんじゃないかというくらいだ。

 唯一男の頃より良くなったのは体が柔らかくなったことだけだ。

 1年生、男子の頃のテストでは、体育の成績は良い方だったはずなんだがなあ……

 

「優子ちゃん……」

 

 木ノ本桂子が話しかけてくる。

 

「うん?」

 

「何か走るのも遅くなってたし、体大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないっぽい。女の子になってから、とにかく身体能力が弱くなってるんだ」

 

「そう……でも、女子の中でもさすがにあの記録は心配よ」

 

「優子さん、体力付けた方がいいですよ」

 

 別の女子が話しかけてきた。確かこの人は……

 

「あ、龍香」

 

 そう、河瀬龍香(かわせりゅうか)だ。

 木ノ本グループの女子の一人で、優一時代は会話がなかったが、木ノ本と話してて「あいつは必要よ」みたいな話をしてたのを思い出す。

 

「木ノ本さんから聞きました。大変だったって。まだぎこちないですけど、優子さん、すごく女の子らしくなってますよ……田村とかに比べたらですけどね」

 

「あ、ありがとう」

 

「でもすごいよね、それ私も思ってたよ。言葉遣い直すのだって大変なのに、座るときとかもさ」

 

「ちゃんとスカートをそろえていましたよね。感心しちゃいますよ。私の友達の女子校の女なんかそんなの気にせず直座りでしたよ!」

 

「あ、あはは」

 

「優子ちゃん、女の子のトレーニング受けたんでしょ? どうやって身に着けたの?」

 

「ちょ、ちょっと言いにくいわ……」

 

「えー教えてよ。減るもんじゃないし……」

 

「そ、その……恥ずかしいから」

 

 さすがに永原先生と母さんにスカートめくりと自己暗示のおしおきをされてたなんて言えない。

 

「ふーん、ま、いいわ。優子ちゃんがそう言うなら無理に聞き出さないわ。龍香もそうするといいわ」

 

「うん、分かりました」

 

「ところで、優子ちゃんはどこで着替えていたの? 女子のところにはいなかったけど」

 

 木ノ本が着替える場所について聞いてくる。

 うん、不審に思うよね普通は。

 

「実は、学年主任の小野先生が男子とも女子とも引き離す措置をとったのよ」

 

「そう、じゃあ優子さんは一人で?」

 

「うん、すごく嫌。私はもう、一人の女の子だから、みんなと一緒に女子更衣室で着替えたいの」

 

 決して下心だけで言っているわけじゃない。確かに、他の女性が着替えるところを見たことはない。興味がないというわけじゃない。

 でも、今はもう、その手の興味よりも私を受け入れてほしいという気持ちの方がずっと強かった。

 

「そうなの……」

 

「でも、女子として扱うとしても、それにはまだ抵抗感ある女子は……田村はもちろん、私のグループにもいるんじゃないかな……」

 

「そうだよね」

 

 こうして体育の授業は過ぎていく。

 そしてまた制服に着替える時、孤独に、憂鬱な気分になりながら、6時間目に向かった。

 

 私はこの4日間、「女の子は見た目を大事にしなさい」「女の子は女の子らしくしなさい」と何度も何度も叩き込まれた。

 でも、1週間前まで男だったという、ただそれだけの事実が、皆の目を曇らせた。

 

 

 放課後、私は逃げるように足早に去った。男子は相変わらず、わざとらしく「優一」と呼ぶ。もちろんすべて無視している。だけど、「優一」と呼ばれる度に心が抉られるように痛い。

 それは言うまでもなく、私の努力が踏みにじられているということだから。教科書も、ノートも、そして戸籍からも全て「優一」を消したのに。

 

 永原先生も言っていた、「物わかりのいい生徒ばかりじゃない」と。

 そうだ、これは罰なんだ。今まで乱暴してきた男子からの仕返しというわけだ。

 

 帰宅後、今までワクワクしていた明日は、迎えたくない日になった。

 心の支えは永原先生と、幼馴染の木ノ本と彼女のグループの女子だけだった。

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