永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
浩介くんと恵美ちゃんの試合は、立ち所に大反響を呼んでいた。
高校も3年生になると、男女の身体能力の差は顕著に現れる。
去年の文化祭だって、あれだけ鍛えている恵美ちゃんが持ち運ぶのに苦労していた重い荷物でも、その辺に居る文化部の男子は運ぶことが出来た。
それどころか、恵美ちゃんはずっとテニスに打ち込んできた。
浩介くんは中学高校とブランクがある中、急造でここまで作った。
確かに、浩介くんはとてつもない猛練習をしていたわけだけど、そもそも日頃から鍛え抜いていた浩介くんだからこそ出来るような猛練習とも言えた。
恵美ちゃんも、闘志は凄まじかった。
それは浩介くんに負けていなかった。
ラストの方で見せたラケットの破壊、そして恵美ちゃんの大泣き。
でも、誰も怒らなかった。それどころか、恵美ちゃんに送られた惜しみない拍手を後押しした。
普通なら、テニスラケットを壊すなんて褒められたことじゃない。
でも、あの試合に掛ける想いが大きいことを、みんなが知っていたから。
「ねえ優子」
「うん?」
朝、母さんが話しかけてくる。
「お母さんも、DVDで見たわよ。浩介くんと田村さんの試合」
「え!?」
うーん、大々的に配布して、学園の宣伝に使うつもりなのかしら?
それとも母さんだから入手できたのかな?
「浩介くんすごいわねえ。あれは一種の天才よ。田村さん、全国一で卒業したらプロになろうかって子なんでしょ?」
「う、うん……」
もしかしたら、母さんはテニスにおいて女子は5セットをしないということを知らないのかもしれない。
「それとも、男女の身体能力の差がなせる技かしら?」
「あ、あはは……」
もちろん、浩介くんの並外れたセンスもあるけど、あの試合を見れば分かるように実際には浩介くんは有り余る体力とパワーで押しきったというのが事実。
浩介くんはあの後「1セットだったらコテンパンにやられていただろうし、3セットでも厳しかった。5セットだからこそ勝てた」と言っていたし。
でもそれに対しても恵美ちゃんは「だからこそグランドスラム男子は5セットなんだ」と言っていた。
3セットまでは、その時の勢いで番狂わせになりがちだが、5セットならそれもかなり少なくなると。
だが、いかんせん5セットは長い。あの試合だって2時間かかったが、あれでも後半は一方的な展開だったから早く終わった方で、フルセットまでもつれ込むと3時間以上かかることも珍しくない。
そう言えば、あのときも観客の男子が「あれじゃテニス勝負以前に耐久テストだろ」とか言ってたっけ?
プロのテニスツアーは過酷でけが人が多く出ているし、出場している選手も、どこかケガをしながらプレーしているらしい。
実際、そう言う風潮に異を唱えている人も多いみたいね。
今の所、この話はネット上に出ていない。
恵美ちゃんは、インターネットでもテニスに詳しい人には「天才少女」として知られているらしく、その恵美ちゃんが1ヶ月半練習しただけの男子に、しかも後半はボロボロになって負けたとなれば、格好の燃料だ。
だけど今の所、そういったことがなくてよかったわ。
ところで、球技大会の日はあたしの誕生日でもあった。
その事について浩介くんも覚えていてくれたけど、先月盛大なパーティーをしてくれた手前、あれこれ要求は出来ない。
浩介くんも「あの試合で優子ちゃんにかっこいい所見せられた」と言ってたし、母さんも、あたしが「優一時代」のことを嫌ってるためか、大層なプレゼントではなく、お人形さんの着せ替えセットをプレゼントしてくれた。
あたしは、女児向けのおもちゃが大好きだけど、子供向けのおもちゃ屋さんは苦手でもある。
楽しそうに親子連れでおもちゃ選びしている幼い女の子を見ると、どうしても悲しくてたまらなくなっちゃうから。本当にネット通販はありがたい。
「優子、そろそろ時間よー」
「はーい」
ともあれ、今は学校に行かなきゃ。
通学路を歩く。
生徒たちの会話も、この前の球技大会の様子に集中していた。
「にしても、篠原先輩すごかったよねえ」
「うん、でもやっぱり、男って強いんだなあって思ったよ」
「うんうん、最初は田村先輩有利だったのに、あっという間に逆転しちゃったもんねえ」
「そもそも最初のセットは何故あそこまで苦戦したんだろ?」
「やっぱそこはほら、技術力の差でしょ?」
2年生と思しき女子が昨日の試合の感想を述べている。
あたしが所属する3年1組はどうだろう?
ガラガラガラ……
「おはよー」
「あ、優子ちゃんおはよう」
声をかけてきたのは桂子ちゃんだった。
「うん、桂子ちゃんもおはよう」
よく見ると、浩介くんは高月くんと話していた。
「にしても、篠原見直したぜ! あの田村をテニスで負かすんだからよ」
「ああうん、でも結構きつかったよ。特に第2セットは。」
「でも最後追いついたじゃん。仮にタイブレーク落としていても、フルセットで篠原の勝ちだろ?」
「試合の時はあそこで負けてたらメンタルで負けてズルズルストレート負けだったと思ったけど、でも冷静に考えればそうだよね……」
確かに、恵美ちゃんは第3セットの時点で疲労が出ていたし、第4セットに至っては全く持ってテニスにならなかった。
もし最終セットにもつれ込んでいたら、さらに悲惨なことになっていたのは間違いないだろう。
「やっぱお前から優子ちゃんを取るのは無理そうだよな」
「おまっ、何言ってんだよ!」
「でもよ篠原、お前優子ちゃんの彼氏になってから、どんどんかっこよくなってるぜ」
「え!? そうかな? うーん……」
それはあたしも同じ。浩介くんに恋してからというもの、これまで以上にかわいくなってると思う。それは周囲からもよく言われること。
恋は人を変えるというのは本当だと思う。
だって、好きな人に見られてるって意識しちゃうし。
「でもよ」
「うん?」
「やっぱり優子ちゃんといちゃついてるお前を見ると、呪わずにはいられねえんだ!」
「はは、呪いなんて効かねえよ。いいか? 仮に俺に何か不幸があっても、それは偶然であって決して高月の呪いのせいじゃねーからな。それだけは忘れんなよ」
「わ、分ってるって」
浩介くんが、いつも呪いの儀式をしている高月くんをフォローしている。
やっぱり、浩介くんは責任感が強くて、周囲に気配りができる人なんだって、改めて思う。
朝の教室の他の会話も、この前の試合のことばかりだった。
「はーい、ホームルームを始めますよー!」
いつものレディーススーツ姿の永原先生が、教室に入ってホームルーム開始。
「恵美ちゃん、お昼食べよ?」
「お、いつも篠原と食ってるのに珍しいな」
「あ、いや、浩介くんも一緒に」
あたしは、側にいた浩介くんの方を向く。
「おう、この前はありがとうな」
「礼を言うのはこっちだ。いい練習にもなった」
「そ、そうか……」
「ともあれ、食事中に振り返るか」
「ああ」
恵美ちゃんと浩介くんの方で話し合った結果、学食で話し合うことになった。
「で、田村の課題ってなんだ?」
「ああ、やっぱ体力面だ。5セットマッチをやってみて分かったよ。最近は試合が練習も含めて長くても2セットで終わっちまう。そのせいもあって3セット目以降ボロボロになっちまった」
「なるほどなあ……」
あたしたちが学食に行く間でも、早速話し合いが行われていて、あたしもそれを聞きながら学食へ向かう。
学食が近づくにつれ、二人の口数も少なくなる。
学食では、あたしはカレーを、恵美ちゃんは牛丼大盛り、浩介くんはラーメン大盛りを頼んだ。
食事を受け取り、あたしたちはテーブルを一つ見つける。
「で、ラケット壊したり、泣き出したことについては何か言われなかったか?」
「普通なら大目玉なところだが、あんたのプレースタイルや状況を考えればってことで、そこまで怒られなかったぜ」
恵美ちゃん、ちょっとだけ嘘をついている目をしている。怒られたのは事実だろう。
「……そうか、俺のプレースタイルってそんなにイライラするものか?」
浩介くんが不思議そうに言う。
「そりゃそうだ。あんたのテニスはいわゆる『シコラー』って言われてるもんだ。体力と守備力にものを言わせてひたすらボールを返してあたいのミスを待つ。ましてや女と男で体力差があるの分かりきった状況だぜ。嫌でも焦っちまうよ」
恵美ちゃんが用語を交えて説明する。
それにしても、なんか下品な言い方な気がするわね。
「あー、俺もどうすれば田村の体力を削れるか考えてて、男子テニス部員からアドバイスをもらったんだ」
やはり、テニス部員が仕込んだものなのね。
「後で映像を見たが、あんたはサーブ力の強さにもものを言わせてたぜ。つまりパワーだ。これもあたいの腕を疲労させて、最後にはラケットをはじいちまった」
「つまり、田村の課題はパワー不足ってこと?」
浩介くんが質問をする。
「あーいや、3セットなら入り得ない第4セットでの、それも男子のサーブを受けてのものだから、顧問の先生もそこまで悲観する必要はねえって話だったぜ」
恵美ちゃん曰く、男子テニスの場合、みんなパワーは当たり前のように持っていて、それだけでごり押しするのは困難らしい。
翻って女子の場合、多少技術力に難があっても、飛びぬけたパワーがあれば、それだけで世界一も可能だという。
今回の浩介くんはあまりにも技術力がなかったから途中まで勝負できたけど、例えば恵美ちゃんが他の男子部員と男女でテニスの対決をすると、技術力以前にパワーと体力といった基礎身体能力で押し切られてしまうんだとか。
浩介くんとの対決でそうならなかったのも、付け焼き刃だったため。
「そういう意味でも、あの試合はいい練習になったよ」
「そうか、それは良かった」
「それに、今回の男女対決、まだインターネットには出てねえ見てえだけど、小谷学園テニス部のいい宣伝になったと思うぜ」
恵美ちゃんが笑顔で言う。
どちらにしても、お互い悔いが残らなくて良かったわ。
その後も、恵美ちゃんと浩介くんは試合の状況について語り合っていた。
「でもよ、注目されるのはあたいじゃなくて篠原の方かもよ」
「そ、そうかな?」
「ああ、あんたの今の身体能力は飛びぬけ取る。あんたがいくら男で、しかも体力面で優利な5セットマッチだと言っても、あんな短い練習であたいを負かすなんて、天才でもなきゃ無理だ。どこのスポーツチームでも、あんたは狙われると思うぜ」
「そうかなあ? 俺ももうすぐ18だし、青田刈りには遅いと思うぜ」
「それでも、だよ。お前が何もスポーツをせずに、天文部で趣味の筋トレしてるだけなんて、世間は許さねえぜ」
恵美ちゃんが警告するように言う。
「はは、大丈夫だって」
浩介くんはあくまで楽観的に言う。
でも実際、あの球技大会には、テニスのスカウトもいた。
とは言え、テニスの年齢を考えると、今から始めるのは確かに遅い。
「それに、俺には優子ちゃんがいるからな。スポーツ選手は忙しすぎる上に、失敗したらリスクも高いだろ?」
「ああ。あたいだって本当は失敗した時のことを考えて、OLの道に進みたかったが、世間が許さなかったんだ。篠原、お前も気を付けとけよ」
「うむ、忠告ありがとうな」
浩介くんと恵美ちゃんは食事をとりながら、器用に会話する。
あたしは食べるのに必死で会話を聞いているだけ。
だけど、浩介くんにスカウトが来ても、断り切れないということはないと思う。あたしも浩介くんの責任感の強さは信頼しているし。
「「「ごちそうさまでした」」」
3人で食べ終わるとごちそうさまをしてそのまま解散。
恵美ちゃんは昼休みは教室で休むと言って一足早く小走りで向かっていく。
あたしと浩介くんも、教室へ話しながら向かう。
「なあ優子ちゃん、さっき田村が言ってたことだけど」
「あたしも、心配しなくても大丈夫だと思う」
「優子ちゃん、理由を聞いてもいい?」
「だって、あたしたち、蓬莱教授の研究に関わる予定でしょ?」
あたしが、当然という顔で言う。
「あー、そうか、そうだよな!」
浩介くんも、目から鱗が落ちたように合点してくれる。
そう、スポーツ選手でどれだけ偉大になろうが、蓬莱教授の不老研究に携わることの方が、世間への影響力は圧倒的に高い。
間違いなく、全世界の人類に、いや、全地球の生命に影響を及ぼすことなのだから。スポーツじゃそんなことは出来ない。
「本当にしつこいようなら、あたしたちで永原先生や蓬莱教授とも相談して対策を考えましょう。決して悪い結果にはならないわ」
「うむ、そうだな」
教室につくまでに、あたしと浩介くんで結論が出てしまった。
途中、視聴覚室が見えた。
行列が出来ていて、中を覗くとこの前の浩介くんと恵美ちゃんのテニスの試合の視聴者で埋め尽くされていた。
試合時間そのものも長いし、しばらくはこの傾向が続きそうね。
教室の中でも相変わらずその話題ばかり。中にはスマホのSDカードに保存して、PCで見てる人もいるとか。
後、高月くんが「よくあのひらひら舞い上がるスコートが気にならなかったよな」という会話をしている。
実際ボールに夢中になっちゃえば、案外どうでもいいらしい。
恵美ちゃんも狙っていたのか、あたしがつけてたようなひらひらのアンダースコートだったけど。
そんなこと気にならないくらい、現場は盛り上がっていたとも言えるけど。
「ふーん、篠原にスカウトねえ。ま、いざとなったら蓬莱教授を頼れば大丈夫よ」
放課後、天文部でさっきのスカウトの話題のことになると、桂子ちゃんはあたしと同じことを言う。
そうねえ、蓬莱教授の不老研究。これで浩介くんとずっと一緒に暮らせるから。
ちなみに、天文部の男子たちも、この前の試合で話題は持ちきりで、改めて、「あたしには手を出さない」ということが再確認されていた。
コンコン
突然、扉がノックされた。
「はーいどうぞー」
ガチャッ
「あら、先生!」
入ってきたのは永原先生だった。
「篠原君、石山さん、ちょっといいかな?」
「はーい」
「あの、先生」
桂子ちゃんが話しかけてくる。
「どうしたの木ノ本さん?」
「それは私たちに聞かれるとまずいことですか?」
「うーん、特にそういうわけでもないし……うん、天文部のみんなも聞いてくれるかな?」
永原先生があっさりと了承する。
多分、例のスカウト問題だと思う。
「「「は、はい……」」」
天文部の男子たちも、動揺しながら永原先生の方を向く。
「今日、スポーツアカデミーのスカウトさんが来ました。ぜひ篠原君をと言ってました」
「俺は断ります。進路はもう決まってますから」
「ええ。私もそう言っておきました。ですが、とにかくしつこかったです。篠原君に合わせてくれと」
「……会うつもりは、毛頭ありません。俺には、優子ちゃんという、スポーツなんかよりもずっとずっと大事なものがあるんです」
「浩介くん……」
ありきたりな表現だけど、あたしのとってはとても素敵な表現。
あたしは思わず、うっとりとしてしまう。
「ええ、ですがスポーツのスカウトは、マスコミ並みかそれ以上にしつこい人たちです。特に海外のスカウトは、とにかく成果主義ですから」
「……どうしても、追い払うことはできないんですか?」
浩介くんが少しだけ不安そうに言う。
「難しいでしょうね」
永原先生が気落ちしたように言う。
「あの、永原先生」
「はい石山さん」
「その……蓬莱教授を頼ってみてはどうでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください石山先輩!」
1年生の男子が驚いた顔で言う。
「そうですよ、どうしてそこで蓬莱教授が!? そもそも先輩たちは蓬莱教授のこと――」
天文部に新しく入ってきた男子たちは、あたしと浩介くん、蓬莱教授との関係を知らない。
だから、みんな一様に驚く。
「詳しく話すと長くなるけど、石山さんと私、それから篠原君と蓬莱教授は『日本性転換症候群協会』、つまり私と石山さんのようなTS病患者とその支援者で集まる会に所属しているわ」
実際には、永原先生が会長なことや、あたしが正会員なのはみんな知っている。
小谷学園の中ではあまり意識されていないけど。
「今協会は、蓬莱教授の多大な援助に支えられているわ。詳しくは話せないけど、石山さんと篠原君は、蓬莱教授の研究に参加するつもりなのよ」
「でも、蓬莱教授にどうやって!?」
納得のいかない男子の一人が、永原先生に食ってかかるように言う。
「蓬莱教授は資産家でもあるのよ。研究への援助金として、世界中の資産家から寄付をもらっているわ。警備員の派遣くらい、訳ないことよ。蓬莱教授としても、石山さんと篠原君はどうしても欲しいのよ。特に石山さんは、自分の研究のためにも、ね」
「はえーすげえ……」
ま、驚くのも当然よね。
蓬莱教授が、単なるノーベル賞学者ではないということ。
「ともあれ、私の方でも蓬莱教授と交渉して、蓬莱教授の名前を出せるように便宜を図っておきます」
「ありがとうございます」
永原先生の配慮に、あたしも頭を下げる。
「いえいえ。悪いのはしつこいスカウトですから」
永原先生も、あたしや浩介くんに責任を感じすぎないように配慮してくれる。
こういうのは、積み重ねた信頼関係がないとできないこと。
永原先生は、用事が済むと、部室を出て行き、あたしたちはまた、何事もなかったかのように天文部の活動を再開する。
ともあれ、これで大丈夫なはずよね。
今は、信じることしか出来ないけど、きっといい方向に向かってくれるはずだわ。