永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

213 / 555
修学旅行1日目 いざ西へ

 2018年7月18日水曜日。

 夏休み前の「全校集会」も終わり、今日は待ちに待った修学旅行の当日。

 結局、浩介くんと高月くんが一緒の部屋になった他、特に仲がいいメンバー同士で同じ部屋にしたいという希望で、同じ部屋になった。

 とにかくうちのクラスは仲が悪い組み合わせがない。やはり2年もいれば違ってくるということ。高校3年生になって、みんなも大人になっているということ。それらが影響していると思う。

 

 まずは一旦、小谷学園に集合する人と、現地の新幹線の駅で集合する人に分かれる。

 あたしは、新幹線の駅での集合組。

 どちらに集合するかは、事前に取り決めがなされている。

 

 明日以降の服、制服も一応持っていく。

 修学旅行は制服私服どちらでも良くて、ここでは案外私服組が多い。

 せっかくの晴れ舞台ということで、あたしは思いっきりオシャレ全開の服を着たい。

 

 取り出したのは茶色のジャンパースカートと、白いブラウス。

 

 この服、浩介くんと初めてデートした時にも着た思い出の服でもある。

 着こなすのは難しいけど、あたしには似合うはず。

 あたしは母さんに内緒でぬいぐるみさんとお人形さんも荷物に入れている。

 

 これは、2つの意味がある。

 1つ目は、あたし自身が楽しむため。修学旅行の部屋で、ぬいぐるみさんやお人形さんで遊びたいこと。

 2つ目は、あたしの持つコンプレックスについて、みんなに理解してほしいから。

 

 荷物を持って、あたしはリビングルームへと行く。

 

「おはよー」

 

「おはよう優子、朝ごはんできてるわよ。食べなさい」

 

「はーい」

 

 母さんの作ってくれたご飯。

 あたしはテレビのニュースを見ながら食べる。

 

 浩介くんをしつこく勧誘したスポーツアカデミーについて、テレビでもニュースになった。

 その時、浩介くんは「17歳の男子生徒」と紹介され、「しつこく付きまとい、また校舎に不法侵入した疑い」として、スカウトが実名報道されていた。

 実際には、テレビにとっては明日には忘れられたニュースだが、インターネットでは議論が紛糾していた。

 というのも、テレビとは違い、インターネットでは「問題のスカウトは、男子生徒に対して、『交際相手の18歳のクラスメイト』と、別れることを持ち掛けて勧誘した」という情報が流出したから。

 幸い、「交際相手の18歳のクラスメイト」が、「日本性転換症候群協会正会員として取材を受けた石山優子さん」その人であることまではばれていなかった。

 もしこれがバレれば、あたしたちの身元を不特定多数に特定される恐れもあった。水際で食い止められたのは良かったと思う。

 

 ただでさえあたしは、インターネットでも超絶美少女として有名だ。

 そのあたしに彼氏がいるという事で、名前も知らない彼氏、つまり浩介くんを妬む書き込みも多い。

 そのあたりで紐付けされれば、浩介くんの身に危害が及ぶ危険性だってある。

 とは言え、結局そこまでは追及されず、飽きやすいインターネットでは、この騒動もようやく鎮火の方向へと向かっていった。

 最近では、蓬莱教授のニュースも忘れ去られていて、件の牧師が中心となって音頭をとっていた蓬莱教授に対する「学界追放運動」も、全く音沙汰なしになった。嵐の前の静けさと言えるかもしれないが、平穏を取り戻しつつあったのも事実だ。

 

「優子、修学旅行はその服で行くの?」

 

「うん、浩介くんと初めてデートした服だし」

 

「そうねえ。でも、少し幼い印象を受けるわよ」

 

 母さんがちょっとだけ注意する。

 母さんは、あたしにもう少し年齢相応か、もう少し高めの服を着てほしいらしい。

 

「いいのよ。あたし、こういうの好きだし」

 

「そ、そう……」

 

 しばらくして、食べ終わって食器を片付けると、あたしは歯を磨き、時間になったら席を立つ。

 母さんは、あたしのコンプレックスのことは知っているから、あまり深くは追求してこない。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「はーい、いってらっしゃーい!」

 

 母さんの声に見送られ、あたしは駅へと向かう。駅に着いたら相変わらずの胸への視線を感じながらも、あたしは持ち物からこのぬいぐるみさんを出して抱きかかえる。

 余計に目立って視線も強くなったけど、これもファッションの一環と考えリラックスすることにした。

 乗る電車はいつもとは反対方向、これで新幹線の集合駅へと向かう。

 団体専用の臨時列車が仕立てられていて、なるべく迷惑にならないように、集合場所も決まっている。

行くルートは、協会本部のある所とは違う。

 

 山手線の東側、新幹線の駅はそこにある。

 あたしは集合時間より15分早く、集合場所の待合室に到着する。

 

「あ、優子ちゃんおはよう」

 

「うん、おはよー桂子ちゃん」

 

 まず桂子ちゃんが挨拶してくれる。

 

「お、優子ちゃんも来たか」

 

「うんおはよう浩介くん」

 

 既にいたのは浩介くんと桂子ちゃんの2人だけで、あたしがこの待合室の3番乗り。ちなみに、2人とも私服姿。

 数秒後、別の男子がやって来る。多分気付かなかっただけであたしと同じ電車だと思う。

 

「優子ちゃん、どうしたの? ぬいぐるみなんか抱えて。かわいいじゃない」

 

「あはは、これもファッションよ桂子ちゃん」

 

 素直にかわいいって言ってもらえるのがうれしいわ。

 その後、次から次へと男子女子が待合室に入って来て、あっという間に待合室は制服私服が入り交じった小谷学園生で埋め尽くされる。

 他校の生徒も来ているはずだけど、他校は全て学校集合のみで、人数は新幹線で数えるという。

 そもそも、途中の駅から乗っていくのもあたしたちだけということみたい。

 この列車、誰も乗り降りしない名古屋駅にも停車し、また新大阪駅まで回送すると、クラスの男子が教えてくれた。おそらく、ダイヤの都合だろう。

 ちなみに、今回の修学旅行、グリーン車は誰も希望していなかったため、修学旅行とは全く別の、ある会社の団体旅行に使われるとか。

 ちなみに去年は、桂子ちゃん曰く坂田部長だけがグリーン車だったとか。

 

 そして、新幹線が来る10分前、つまり集合時間には、学校集合組のみんなが到着する。

 

「はーい、出欠を取るわよー! 1組はこっちこっちー!」

 

 永原先生の掛け声と共に、出欠は速やかに進み、全員いることが確認された。

 そして他のクラスも、一部いない人がいたものの、入線時間までには全員集合した。

 ちなみに、時間に遅れると、後続列車への乗車を余儀なくされ、団体割引との差額を請求されてしまうシステムになっている。

 このルールは、「周囲に迷惑をかけるから」というのが大義名分になっていて、そのために小谷学園の生徒は、よく時間を守るように訓練されている。

 自由な校風ながらも、「他人に迷惑をかけるな」という教えは、きちんと生きているのだ。

 

 縦一列になって、あたしたちは永原先生に誘導され、ゆっくりとホームに移動する。

 小谷学園は16両編成のうち、2両を借り受けた。

 駅の電光掲示板にも「団体専用」と書いてあって、アナウンスでもしきりに「団体以外のお客様はご利用になれません」とアナウンスしている。

 最も、この駅から乗るのはあたしたちだけ。

 駅のアナウンスで、電車が来たことを知らせる。

 

「さ、いくわよ」

 

「「「はいっ!」」」

 

 永原先生の掛け声と共にクラスが一斉に返事をする。

 本当に、団結力の高いクラスだと思う。

 

 やがて、新幹線が入線する。

 ホームドアの向こう側から、真っ白な車体で先頭は歪んだアヒルさんみたいな面白い形の車両が目に入る。

 車体横は白が目立つが、青い色にも塗られていて、青と白のコンストラクションが美しい。

 横側に書かれた「N700A」の文字が誇らしく輝いていた。

 あたしが幸子さんの家に行くときに使う新幹線には色が入っていて、どうも東海道と東北は同じ新幹線でも別会社らしい。

 

 あたしたちの列の前に、ぴったりとドアが来ると、駅員さんが改めて注意を促す放送をしている。なんだかちょっとだけ、申し訳ない気分になる。

 

 あたしたちが速やかに乗り終わる。前の人に続き、新幹線の車内に入る。

 

「うおーすげえー」

 

「近代的だよな」

 

 新幹線に初めて乗ったと思われるクラスの男子たちが興奮している。

 

「団体専用列車まもなく発車いたします。乗り遅れの無いようにお願いいたします。閉まるドアにご注意下さい」

 

 みんなが各々、好きな座席に座る。

 あたしはもちろん、浩介くんの隣で進行方向右側の窓側、「11E」を譲ってくれる。

 と言っても窓はそこまで大きい仕様じゃないみたいね。

 

 遠くで、ドアが閉まる音がする。

 そして、何とも言えない「ういーん」という音と共に、新幹線が発車すると、車内から歓声が漏れる。

 いつも使って言う電車と違い、新幹線の発車はとても静かで、衝撃はほとんどない。

 

「ねえ浩介くん」

 

 あたしは、一つだけ違和感があった。

 

「ん?」

 

「この電車、幸子さんの時よりも加速が速くない?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 ホームが見えなくなる頃には、あっという間に新幹線のスピードが上がっていく。あの時よりもずっと速い。

 前方の画面に、様々な新聞社のニュースが表示されるのは、向こうと同じ。

 

「えー、品川駅からご乗車の小谷学園のお客様、本日は東海道新幹線をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。この電車は団体専用ののぞみ号、新大阪行きです。止まります駅は新横浜、名古屋、京都、終点新大阪です。次は新横浜です。お客様にお願いいたします――」

 

 車掌さんの放送ではマナーのお願いの他、喫煙ルームの案内や多目的ルーム、お手洗いに車内販売、車掌室の位置に至るまでとてもきめ細やかに放送してくれる。

 

「――それでは、目的地までごゆっくりお寛ぎください」

 

 新横浜駅までは、新幹線も飛ばすのはそこそこ、途中急曲線もあって車体が傾いているのが分かる。

 それにしても乗り心地がいい。揺れもほとんどないし、風切り音も少なく、衝撃も感じられない。

 

 

 やがて電車はゆっくりと減速を始め、新横浜駅に停車する。とてもスムーズな停車で、運転士さんの腕が垣間見える。

 

「まもなく、新横浜です。横浜線、横浜市営地下鉄線はお乗り換えです――」

 

 誰も降りないのに、日本語と英語で行われる機械の自動放送は、虚しく乗換案内をしている。

 そうこうしているうちに、電車はどんどんと減速し、やがて、新横浜駅に到着する。

 

 新横浜駅のホームでも、相変わらず駅員さんが「この電車は団体専用列車です。お客様のご乗車できませんのでご注意下さい」としきりに繰り返している。

 ドアが開く音もしておらず、一定時間無意味に停車すると、駅員さんが「団体列車まもなく発車いたします。ご注意下さい」とアナウンスしている。

 本当は一般客も乗せた臨時列車のダイヤを借りているので、乗り降りのない駅にも停車するとか何とか。

 

 そして、電車は何の前触れもなく、静かに音を立てて出発する。

 加速力は、相変わらずだった。

 

「本日も、東海道新幹線をご利用いただきましてありがとうございます。お客様に、車内販売のご案内です――」

 

 新横浜駅を発車して、しばらくニューステロップを見ていると、今度は女性の声で、車内販売の案内放送が流れた。

 車窓の流れるスピードは、ますます早くなっていく。

 

 放送によれば、アイスクリームやお茶、お弁当も売っているらしい。

 現地の駅に付いたら、駅の中のレストランを貸し切っているため、あまり食べる人はいないと思う。

 新幹線は、さっきよりもスピードを上げる。走行音が、やや大きくなるが、在来線に良くある「ガタンゴトン」という音はほぼない。

 

「そう言えば優子、今日はぬいぐるみを抱いてんだな」

 

「あ、うん……」

 

 次の停車駅は名古屋。1時間以上ある。

 一段落し、席を立った恵美ちゃんが、あたしに話しかけてくる。

 

「これ、あの時買ったやつか」

 

「うん、そうだよ」

 

 恵美ちゃんが、ぬいぐるみさんを見て言う。

 ちょうど1年前の今頃、あたしの部屋がまだ優一時代を色濃く残した殺風景な部屋だった時、恵美ちゃんと桂子ちゃん、それにさくらちゃんがお泊り会にやってきた。

 もっともっと女の子になりきるために、3人と更に母さんで、あたしの部屋を今のような女の子らしい部屋に模様替えしてくれた。

 

 そしてその時にお部屋のレイアウトとして買ったのが、このぬいぐるみさん。

 今でもこうして抱いている。あの頃からあたしも成長し、お裁縫も覚えて補修することも出来るようになっていた。

 

「優子は、やっぱりそういうのが似合ってるぜ」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

 服だって、幼さが残るものだし、あたしはどうしても、幼いものが好き。

 でも、恵美ちゃんは「似合っている」って受け入れてくれた。

 昔だったら、一番嫌いそうなのに。

 

 それとも、あたしの境遇が、まだ無意識のうちに働いているのかな?

 ううん、恵美ちゃんも成長したってことだと思う。仮にそうじゃなかったとしても、そう考えるのが「優子」らしさだとあたしは思う。

 

「優子ちゃん、子供っぽい所も、クラスに受け入れられてるな」

 

「うん、これなら、学校にぬいぐるみさんを持っていけると思う」

 

 恵美ちゃんとのやり取りを見ていた浩介くんが、優しい口調で言ってくる。

 あたしは、素直にこれを学校に持っていきたい気持ちを伝える。

 

「はは、前におばさんに止められたんだろ?」

 

「う、うん……」

 

 クラスのみんなが受け入れてくれるなら、あたしは、コンプレックスがあることを隠したくない。

 花嫁修業の時も、去年の文化祭の時も、あたしはどこか「完璧少女」のような扱いを受けることがある。浩介くんのお母さんが、あたしが同性から嫉妬されない理由も「優子ちゃんがあまりにも完璧すぎるから」と言っていた。

 でも、そんなあたしだって、他の女の子に劣等感を持っているんだってことを、みんな知ってほしい。

 

 電車が進むごとに、都市は続くが、徐々に森林や田畑が増えてくる。

 すると、一つの駅が見えてくる、左側に目をやると、同じタイプと思われる新幹線車両が止まっていた。

 前方の電光掲示板のテロップを見てみると「ただいま小田原駅を通過」と書かれていた。

 

 そう言えば、幸子さんの時は「ただいま白石蔵王駅付近を通過中です」だったし、やっぱり会社が違うと、微妙に表示の方法も違う。

 

 そして、新幹線の車窓は段々とトンネルが増えていく。

 すると、車内販売のおばさんが、カートを押しながらやってきた。

 それを見て、みんな思い思いに、コーヒーやお茶を頼んでいる。

 

「浩介くんはどうする?」

 

「うーん、静岡茶にしようか」

 

「うん、あたしも」

 

 東海道新幹線団体専用臨時列車ということで、この電車は静岡県を全部通過するけど、だからこそ静岡茶くらい買ってあげないとと思い、あたしは「静岡茶」を浩介くんと共に注文する。

 ちなみに、お菓子を買おうとする生徒もいたけど、値段を見て断念してる人もいた。

 あたしは財布の小銭を開ける袋から、所定の金額を出して、浩介くんに渡すと、浩介くんがまとめて2個注文してくれる。

 本当に、頼りになるわね。

 

 浩介くんと雑談しながら、ぬいぐるみさんにこぼさないように注意しつつ、静岡茶を飲む。

 うん、なかなか美味しいお茶だわ。

 

 電車はややスピードを落としていると思っていたら、カーブを描きながら駅を通過する。

 前方には「ただいま熱海駅を通過」とテロップに表示され、この電車が静岡県に入ったことが分かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。