永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
新幹線が静岡県に入ると、話し声も徐々に小さくなり、車窓に集中する生徒や、さっきの車内販売で買ったものを食べたり飲んだりする光景が増えた。
あたしも、こっち方面の新幹線はまだ殆ど使ったことがない。
少なくとも、このタイプの車両に乗るのは初めてだが、印象としてはとにかく速い。一応、東北新幹線の速達列車の方が速いらしいけど、「出張費」の軽減のため、そっちは未経験だ。
三島駅通過後に車窓に目が入る機会が増えたもう一つの原因として、前方の電光掲示板のニュースがちょうど1周したというのも大きいだろう。
そして山側、富士山は何度か見たことはあるが、こんなに間近で見たのは久しぶり。
「すげえでけえよなあ富士山は」
「うん」
あの独立峰は、日本で一番高い山とされている。
季節は夏なので、雪化粧はしていない。小さくて見えないけど、登山者たちが列をなしているんだと思う。
右側に座った生徒のみならず、左側に座った生徒たちまで、富士山に見入っている。
富士山が極限に大きくなったと思ったら、不意に駅のホームに塞がれてしまう。
それは駅を通過した証拠で、「ただいま新富士駅を通過」とある。
それを境に、車窓からは徐々に富士山が遠くなり、それと共に、徐々に都市が大きくなる。
「長いねえ静岡県」
「ああ。実際地図を見ると横に長いもんな」
そんなことを話しながらも、道中様々な企業の本社や工場が見える。
たまに車窓左側からは海も見える。穏やかな静岡の風景が流れる。
「あ、あなたが石山さん!?」
「あ、うん。そうだけど」
ふと、同じ車両にいた、別のクラスの女子2人組が話しかけてくる。
あたしはぬいぐるみを抱きしめながらそう答える。
「あれ? ぬいぐるみ抱いてるの?」
「うん、女の子がぬいぐるみ抱いちゃダメなの?」
「え!? ああうん、もちろんいいわよ。でも意外かなあって」
「うんうん、元々男の子だったから、がちがちな少女趣味だなんて意外で」
浩介くんもいる手前、悪い言葉をいう事はしない。
人の彼氏といっても、男子の目があれば、女子は女子らしくなるのだ。
「むしろ、元々男の子だからこそよ。あたし、子供の頃どころか去年5月までは男だったのよ。幼少期に女の子として愛情を注いでもらえなかったから」
このことは、他の女の子にももっと知ってほしい。
「あ、うん。そうだよね」
「変なこと考えてて、ごめんなさい」
女子2人組が申し訳なさそうに謝ってくる。
でも、無理もないことだとは思う。
「ああうん、いいの。母さんにも子供っぽいとは言われてるけど、どうしても辞められないのよ」
今着てるこの服だって、かなり幼く見えるし。
「そう、ええ。ごめんね、邪魔しちゃって」
「ううん、いいのよ」
そんなやり取りをした後、女子2人組はあたしたちの元を去った。
しばらくしてどんどん車窓が都会になって行き、在来線も見えたと思ったら、静岡県の県庁所在地、静岡市の中心駅になっている静岡駅を通過した。
ちょっとトイレに行きたくなった。
「浩介くん、ちょっとごめん」
あたしが席を立つと、浩介くんがどいてくれる。
「どうしたんだ?」
「う、うん……ちょっと、お花摘みに行ってくるわ」
「あ、ああ……」
困惑の表情を見せる浩介くんを尻目にあたしは座席を立って車内を移動する。
これまでの浩介くんとのデート中にも、何度かトイレに行きたくなることはあったけど、その度に「お花摘みに行く」と言っている。
浩介くんが意味を知っているかは分からないけど、去年の林間学校で堂々と「トイレに行く」と言ってしまい、永原先生と桂子ちゃんからお叱りを受けて以来、「お花摘みに行く」を使うようになった。
あたしたちの車両から見て、「お手洗い」は前の車両にある。トイレの個室は空いていたので、あたしはボタンを使って自動ドアを開け、ボタンを閉めた上で鍵も閉める。
トイレの個室は多目的トイレなので、とても広い。
あたしはスカートをペロッとめくりあげてパンツを下して便座に座る。
いつも、というよりも毎日のようにやっている動作だけど、新幹線という空間なのでかなり緊張する。
座席だって、新幹線の座席と、トイレの便座では座り心地も異なるのでさっきまで気にならなかった揺れが途端に気になってしまう。
それでもうまく完了し、流し終わって座席に戻る。
すると、みんな進行方向左側に視線を向けていた。浩介くんもだ。
「浩介くん」
「あ、お帰り」
あたしは座席に戻る。
そして、みんなと同じように海側を見てみると、そこには海の向こうに富士山が見えていた。
つまり、今この新幹線は南下していて、海も東から北東にかけて存在しているということになる。中々に面白い光景だと感じた。
やがて海側の富士山も言えなくなり、車窓からは富士山はほとんど見えなくなってしまった。
電車は掛川駅を過ぎ、相変わらず静岡県の中規模都市や、茶畑、あるいは川の橋梁などをひたすら進んでいく。
パンフレットによれば、この新幹線の最高速度は時速285キロだとか。
「お弁当はいかがですか?」
しばらくすると、再び車内販売の人が巡回して来た。
飲食物やお菓子だけではなく、記念グッズも販売している。
それを購入する人もいるけど、あたしたちは特に何も買わない。
やがて車両が、ややアップダウンしたと思ったら、駅のホームが見えて浜松駅を通過、そしてそこからしばらくたたないうちに、車窓右側にも左側にも海が見える車窓になった。
ううん、この車窓は海というより湖だという事は地理の授業でやったわね。浜名湖に差し掛かったということ。
このあたりは左側に在来線とも並行していて、湖の中の島には在来線の駅もあるみたい。
そしてもうすぐ、この電車は静岡県から愛知県に入る。既に、1時間以上電車はノンストップで走り続けている。
電車はやがて豊橋駅も通過、住宅や都市を眺めつつ、順調に走り続ける。
あたしは浩介くんと雑談をした他、他のクラスメイトや他のクラスの人も、あたしの話しかけてくる。
やっぱり、あたしが抱いているぬいぐるみさんの話題が多い。
でも、あたしがTS病故にこれが好きなことも、幸いすぐに理解してもらえた。多分これで、あたしのコンプレックスについても、クラスで共有されてくれると思う。
そんなことを考えつつも、電車は止まらない。やがて名古屋駅の一つ手前の三河安城駅を通過する。
「ご乗車お疲れ様でした。ただいま、三河安城駅を定刻通りに通過いたしました。後、7分程で次の名古屋駅に到着いたします。なおこの電車は団体列車です。名古屋駅では乗り降りございませんので、ドアが開きません、ご注意下さい」
車掌さんがそんなアナウンスをする。
既に、新横浜駅を発車してから1時間半以上になっていた。
車掌さんの放送後、電車が徐々に減速を始めると、自動アナウンスが流れる。
自動の機械は、この列車の乗客が、名古屋駅では何ら乗り降りしないという事を知らない。
新横浜駅の時と同じく、虚しい乗換案内だった。
電車は名古屋駅に到着、ここでも駅員さんが団体専用列車とアナウンスしている。ホームの人の視線がちょっと痛い。
きしめんでも食べたいなあ……
電車はまたひとりでに発車する。
そして、次の停車駅は京都、あたし達の降車駅で、一部の団体客のみ新大阪駅で降りることになっている。
電車は快調に飛ばす。考えてみれば、帰りはこれらの駅に全部停車するってことだよね?
うん、これだけの速度から減速するんだもん、確かに時間かかるわよね。
さて、電車が順調に進んでいると、前方から見慣れない制服の女子が2人現れた。
他校生だろう。知り合いと思われる小谷学園の女子と何か話し込んでいる。
「でさー、噂のTS病の子、例の記事にあった子はどこ?」
あれ? あたしのことかな?
何て思っていると、見慣れない制服の女子2人がこっちへ近付いてきた。
「ねえねえ、あなたが石山優子さん?」
「ヤバイヤバイ、マジかわいいんだけど!」
「うんうん、ウケルウケル!」
あたしを見た途端、女子2人が騒ぐ。
制服も乱れていて、仕草も言動もなんだか下品だわ。
「う、うん……そうだけど、どうしてあたしのこと知ってるの?」
あたしは動揺する本心を何とか抑え、不思議そうに聞いてみる。
「あはは、もーやだねえー、あなた超有名人だよ」
「あのネットの記者会見、マジヤバかったし。キャハハハハ!!!」
何がヤバいのよ……勝手に笑い始めてるし。
「ねえねえねえ、隣に座ってるの彼氏?」
「う、うん……そうだけど、そんなこと知ってどうするの? 見たところ小谷学園じゃなさそうよね?」
「いやさ、あんたネットでアイドルとかと比較されてるしさ、どんなレベルなんだろって思ったんだよ」
「そしたら何これ? 超レベル高いんだけどぉ!」
この2人、あたしと浩介くんそっちのけで盛り上がっているわね。
「ところで、あなたたちはどこの学校?」
「うん? うちら今浜女子だよ」
「そそ、女子校女子校きゃはははは」
「……」
あたしは、母さんに言われた言葉を思い出す。
母さんは、女子校では生理の話題にとてもオープンかつ直球で、生理用ナプキンを放り投げる光景さえあると言う。
恵美ちゃんだって、かなりガサツだけど、男子の目もあるから、越えちゃいけない一線は守っている。
「な、なあ……」
「ん?」
浩介くんがその女子たちに話しかけてくる。
「優子ちゃん、共学育ちでそういう速い展開の話とか濃いガールズトークとかが苦手なんだよ」
「でもよー、男子居ねえのは気楽だぜ」
「いやでも、あたしもこういうの苦手なのよ」
男子が居ない空間なんて、あたしはむしろ嫌だと思う。
そんな所に居たら、浩介くんと出会うことも出来ないんだもん。
「まあまあ、固いこと言わずに訓練だと思ってさ」
「ねー」
ガールズトークならクラスの女子とか協会の人とかで間に合ってるわよ。
「てか優子ちゃんならもっといい男いそうなのに勿体ないよねー!」
「何かあるじゃん、かわいい子の彼氏って何故か冴えねえんだよな。どういうところで見てんだって話!」
あたしは思う。今まで、あたしと浩介くんがデートしていると、女子校の女子たちがあたしたちに殺意の目を向けたり、露骨に陰口を言ったりしてきたのを見てきた。
「TS病の患者は、絶対に女子校に入れてはいけない」とカリキュラムの本に書いてあったけど、理由が今、痛いほど分かる。
「おいっ!!!」
浩介くんが、怒る。
「うっ……な、何だよ……」
「本人の目の前で、俺の悪口を言うな!」
「何だよもう、男は関係ねえだろ! 別にうちらの勝手だろ?」
女子の1人が、悪びれもせずに言う。
本当に不愉快だわ。
「ねえ、浩介くんのことは、あたしの方から惚れたの! 人の恋路に勝手なこと言わないで!」
あたしも、あの時のことを思い出しながら言う。
正確には、浩介くんが惚れたのは先だし、浩介くんが文化祭で告白したんだけど。
それでも、はっきりとした恋心は、あの時のあたしが最初だと思いたい。
「何だよ、ノリ悪いなあ……ちょっとくれえいいじゃねえか」
「……ねえ二人とも」
「ん?」
「女子校って、あなたたちみたいなのが普通なの?」
母さんや永原先生、龍香ちゃんから、「女子校の恐ろしさ」というのを聞かされ続けてきただけに、気になる。
「ああ、そうだぜ。男いねえからな。素の自分をさらけ出せるぜ」
素の自分っていうと聞こえはいいけど、それは結局面倒くさがってるだけで、もてない女でしかないと思う。
「あたし、あなたたちみたいな下品な女の子になりたくないわ」
あたしは、きっぱりと言う。
「な!? 下品とは何だよ下品とは!?」
「その言葉遣い、服装の乱れ、言動や初対面の人への態度、何から何まで全部よ」
「ぐっ……あんたがぶりっ子なだけだろ……!」
「かわいいからって調子に乗って……!」
そして、予想通りの反論が飛んでくる。
こういう女にはなりたくないものだわ。
「ふぅーもういいわ。あたしのことを知れれば十分でしょ? もう自分の席に戻って」
「な、何だよ……」
「分かったよ……」
2人組が渋々と車内から出て行ってくれる。
すると、入れ替わるように龍香ちゃんがこっちに近付いて来る。
「すみません、あの二人は私の古い友人なんですが、ネットの動画を見てどうしても優子さんに合わせたいと言って聞かなくて」
龍香ちゃんが頭を下げて謝ってくる。
「ああうん、いいのよ。あたしも、女子校が下品だって改めて知ることができてよかったわ」
「あの2人も、中学まではまともだったんですけどねえ……高校で女子校に進学してからというもの、どんどんガサツになっていっちゃっいまして」
彼氏持ちになった龍香ちゃんは、美人なままだ。
それどころか、彼氏と付き合う期間が長くなるにつれて、どんどんかわいくなっていってる気がするわ。
「龍香ちゃん、実は新しいTS病患者を指導する時には、絶対に女子校に入れてはいけないことになっているのよ」
「ええ。そのほうがいいと思います……では失礼します」
「うん」
「河瀨も災難だったな」
龍香ちゃんが座席に戻り、あたしたちも見送る。
列車は岐阜羽島駅を通過していた。愛知県から、岐阜県に入ったことになる。
ここからは「関ヶ原」と呼ばれる場所に入る。今までの車窓が嘘のように山沿いになり、民家もまばらになる。
「優子ちゃん、昔関ヶ原に入ったのを、東京を出たと勘違いする外国人がいたって」
「えー!? そんなことあるの!?」
あたしはとても驚く。いくら何でも、そんな変な話はない。
「ほら、ずっと都市が続いているだろ? 東京から、静岡、名古屋、岐阜ってさ」
「た、確かにそうだけど……」
「他の国なら、辺り一面田畑とか原野ってのが普通なのさ」
「そう言えば、永原先生もここで合戦を見てたんだよね?」
ふと車窓を見ると、「関ヶ原」という看板も一瞬見えた。
今は近代的な住居と山々が見える。
確かにこの山間部は西日本と東日本の境と言うにふさわしい。
永原先生は今から418年前にここを訪れた。
その時は、当然道路も、今建っている建物も、この新幹線も、何もかも影も形もなかった。
そして、何万という兵士が激突した場所。
その戦いの一部始終を、全て記憶している。永原先生が歴史の生き証人だということを知ることが出来る
「そうそう、あの山が小早川中納言殿の布陣していた松尾山で……って、この速度じゃ説明している暇ないわね」
永原先生も、隣の生徒に実際に見た関ヶ原の戦いの説明をしてるけど、時速300キロ近くで走る新幹線は、そんな暇を与えてはくれない。
その後も、農地と田畑、山間を進んでいくと、唐突に駅を通過した。
前方のテロップには「ただいま米原駅を通過」とある。
「優子ちゃん、次だよ」
「う、うん……」
米原の次の駅は目的地の京都駅、滋賀県を一気に抜けるということになる。
でも、なかなか到着しない。
次だと分かっていると、みんなウズウズし始める。
自然と車内の口数も少なくなっていく。
さて、10分程度経っただろうか。
永原先生の「みんな、そろそろ準備して」という声に、みんな反応すると、やがて「間もなく京都」という新幹線のアナウンスが聞こえてきた。
あたしたちは列を作り、ドアの前で待つ。初めて来る京都に、少しだけワクワクしている。
この後は駅の中にあるレストランを貸し切って食事をし、ホテルに荷物をおいてから観光をすることになっている。
ともあれ、長旅でお腹が空いたわ。
殆ど座っているだけだけど、疲れるものね。