永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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修学旅行3日目 鉄道と深海

 浩介くんが調べた所によれば、阪神なんば線は比較的新しく出来た路線だという。2009年の開業だから、ちょうど9年前だ。

 これを使えば、難波から神戸三宮まで乗り換え無しで行くことが出来る。

 ちなみに、ここは「阪神なんば線」の出発駅のみならず、「近鉄難波線」の終着駅でもある。

 通常電車たちはここから直通していることになる。

 

「あれは特急かな?」

 

「うーん、どうだろう?」

 

 この駅には、いかにも通勤電車とは違う雰囲気の電車も止まっていて、雰囲気からするに昨日鉄道博物館のジオラマで見た近鉄特急だと思う。

 

 そうこうしているうちに、やがて阪神線の電車がその姿を表した。

 近鉄線から直通してきた快速急行で、これを使って終点の神戸三宮駅まで乗り通せばいい。

 車内の仕様は、新快速とは違っていて関東の通勤電車でもよく見るいわゆる「横向きで向い合せ」の仕様になっている。

 駅の字幕放送によれば停車駅は「西九条までの各駅と、尼崎、甲子園、西宮、芦屋、魚崎、神戸三宮」となっている。

 あたしはさっきの放送を思い出す。

 尼崎からの停車駅が、新快速は芦屋を出れば次はもう三ノ宮なのを考えると、随分と停車駅が多い印象だ。

 実際、事前の調べては、直通するからこそ速いのであって、大阪・梅田からの阪神線とJR線との所要時間は、新快速と比べると大分かかってしまっている。

 上位には、「特急」という種別もあるけど、駅の案内では特急はさっきの停車駅に御影駅にも止まるみたいなので、あろうことか今の時間帯は特急の方が停車駅が多いらしい。

 

「浩介くん、快速急行が特急より停車駅少ないって――」

 

「そもそも、『快速急行』っていうのは急行が快速になったわけだけど、『特別な急行』ではないような?」

 

 「特別」と「快速」でどう違うんだろう? どっちも停車駅が普通より少ないってことよね?

 

「そもそも、鉄道には急行とか快速とか準急とか、あるいは快速何とかとか通勤何とかってあるけど、どれが上位なのか分からないわね」

 

 そもそも、「急いで行く」のと「快く走る」って、どっちが速くなるんだろう?

 それに、「通勤」が付くと、もう訳がわからないわ。

 さっきお世話になった「新快速」だって、「新」と名乗っておきながら、英語の放送では「Special」って言っていたから、それだと「特別快速」になる。

 特別快速って言う種別もあるけど……あうー、もう分からなくなってきたわ。

 

「間もなく発車いたします、閉まるドアにご注意ください」

 

 駅員さんの放送が流れる。

 あたしたちは席に座りながらも、引き続き種別の奇妙さについて考えていた。

 「特別」と言う接頭辞も、「急行」につけると「特急」になる。これは略語みたいなものらしい。

 しかも同じ「特急」でも色々な違いがある。

 

 JRの特急は概して特別料金が必要だけど、私鉄の場合はそれらの料金が必要ない「特急」も多くて、会社によってまちまちだ。

 それどころか、会社によっては無料の「快速特急」何ていう種別が走ってる路線もある。つまり特急よりもさらに停車駅を絞っているということ。

 

 そう言えば、JRは「急行」って言う種別を使ってないわよね? 少なくともあたしは見たことがないわ。

 昨日の博物館の展示を思い出す限り、以前はあったみたいだけど、やがて特急に吸収されるようになくなっちゃったんじゃないかと思えて来る。

 そもそも、「特別じゃない普通の急行」が存在していないのに「特別な急行列車」って一体何なんだろう?

 そもそも、新幹線も在来線の特急とも明らかに扱いが違うし、疑問は尽きない。

 

「お待たせいたしました。次は桜川、桜川です。千日前線はお乗り換えです。この電車は快速急行神戸三宮行きです。途中西九条までは各駅に止まります」

 

 阪神なんば線は多くが地下区間で、その辺りは都心部を走るとあって正確も地下鉄とほぼ変わらない。

 地下鉄のように各駅に停車し、その間、考えが混乱したあたしは種別について考えるのをやめた。

 快速急行と言っても、ここは都心部とあって各駅停車の区間。

 九条駅を過ぎると地上区間に入り、車窓もフードのようなもので覆われている。

 

 ところで、ここでも浩介くんはあたしの胸が気になるご様子で、あたしの大きな胸に集まる周囲の視線をかなり気にしている。

 でも、嫉妬しているというよりも、むしろ誇らしげにも見える。

 浩介くんの中で、彼氏としての威厳や自信がついてくれるのは、あたしとしても嬉しいし、あたし自身の自信にもつながってくれると思う。

 

「間もなく西九条、西九条です。JR大阪環状線、ゆめ咲線はお乗り換えです。西九条の次は尼崎に止まります」

 

「お、昨日はここから乗り換えたんだよ」

 

 車掌さんが西九条駅についたという放送と共に、浩介くんが話し始める。

 

「へー」

 

 浩介くんの話を、耳に聞いていく。

 浩介くんはさっきと同じような話もしているけど、あたしは気にせずに聞き手になる。

 浩介くんの話は聞いていて楽しいし、あたしとしても楽しそうな浩介くんの姿をもっと見たい。

 

 電車は西九条駅を出発し、ようやく急行運転をし始める。次の停車駅は尼崎駅だ。

 ここからは終点まで乗り通せばいい。

 ふと左上の案内表示を見てみたが、あたしたちが普段乗っている沿線と比べて、やたらと種類が多い気がする。

 と言うか、特急だけでも直通特急、特急、区間特急と3種類あって、快速急行に急行に、区間急行……うー、頭がこんがらがってきたわ。しかもなんか注釈付きの臨時停車も多いし上に、上位種別が停まる駅を通過したりしている。

 あたしたちは今回、神戸三宮まで使えればいいだけだけど、普段から使っている沿線住民でも、これを使いこなすのは大変な気もするわ。

 

 電車はややスピードを上げつつも、新快速ほどの轟音を上げるわけでもない。

 淡々と、駅を通過していった。

 

「間もなく尼崎、尼崎です。阪神本線、梅田方面はお乗り換えです。尼崎の次は甲子園に止まります」

 

「甲子園かあ……小谷学園には永遠に縁がなさそうだな」

 

 浩介くんがそんなことをつぶやく。

 

「そもそも、うちの野球部9人居ないわよね」

 

 なので甲子園以前に野球の試合さえろくに出来ないのが今の小谷学園野球部である。

 あ、でも新1年生や他の部の助っ人を集めれば、何とか9人集められるかな? でもそんなチームじゃあ1回戦ボロ負けが関の山よね。

 

「そうだったな。ほら、志賀が野球部のマネージャーになって、例の先輩と付き合い出してから、一気に瓦解しちゃったんだっけ?」

 

 浩介くんが思い出した様に言う。

 

「うん、さくらちゃん、何だか『魔性の女』になってたわね」

 

「え!? そんな感じ全然しなかったけど……あの志賀が!?」

 

 浩介くんがかなり驚いている。

 本当、男って簡単に騙せるわよね。

 

「ふふっ、女の子には分かるのよ。これもさくらちゃんの『成長』なのよ」

 

「むむむ、女の勘恐るべし……!」

 

 浩介くんが「よく分からないけどすごい」と言う態度を取る。

 

「ふふっ、浩介くん。女の子は嘘ついてもすぐ見抜いちゃうんだからね」

 

 ニッコリ笑ってあたしが言う。

 

「うー、やっぱり優子ちゃんも女の子としてまだまだ『成長』しているんだな」

 

 そう、そしてこれはあたし自身の「成長」でもある。

 優一の頃には決して分からなかった、いわゆる「女の勘」と言うものを理解できるようになったことは、あたしとしてはかなり大きな前進だと思っている。

 何故なら、女の子として生きていく上で、最初のうちはどうしても「知識」から入らなきゃいけない。

 例えば、言葉遣いやお行儀、女の子としての振る舞いや服装と言った類がそれで、これらはいわば女の子としては表面的な事柄にすぎない。一皮むけば「男」が出てしまうようなもの。

 あるいはもっと深い所にある「感性」にしても同じで、誰かに指摘されて治そうとする、いわば「知識」的な一面が強い。

 

 それに対して、さくらちゃんの「魔性」を見抜くというのは、相手の心の微妙な変化を「女として」見抜かなければいけない。

 これは多分に「直感に頼る」と言う一面が強く、誰かに教わって、知識力で出来ることではない。女の子の、本当の芯の部分を磨かないといけない。

 

 それ以前にも、去年の今頃は、あたしの心は女の子なのに肉体的反射が男のままということがあって、浩介くんのことが大好きなのに、触れ合うことが出来なくて、あたしも随分と苦しめられた。

 でもそれは、今回の「女の勘」よりはまだ初歩の段階の「条件反射」という段階だと思う。条件反射を女の子にして初めて瞬時の女性的直感が身につくとあたしは思う。

 

「……そうね、あたしの中で『女の勘』が使えるようになったのは、大きな前進だと思ってるわよ」

 

 思えば、あの時迷走していた幸子さんをひっぱたいた時、喧嘩の果てに泣いた幸子さんを優しく抱きしめた時、あたしの中で初めて「母性」と言うものが生まれた。

 永原先生もそう言っていたし、あたしも同意見。

 

 今になって思えば、あたしの中で「芯」から女の子になり始めたのはその時からだと思う。あの時は、あたしの直感が全てあの行動を引き起こしたんだと思う。うまく行ってよかったわ。

 

「優子ちゃん、やっぱりもっと前進しないとダメって思ってる?」

 

「うん、だって、永原先生でさえ『まだまだ』って感じることもあるのよ。あたしだって、みんな女の子だって言ってくれてるけど、実際には多分まだ女の子の入り口付近でさまよっているんだと思う」

 

「俺は、そうにも思えねえけどなあ――」

 

 浩介くんが唸るように言う。確かに、男の子から見たら、もうあたしは何から何まで女の子そのものだと思うし、多分去年のあたしでも同じ感想を抱いたと思う。

 それはつまり、女の子の奥が、思ったよりもずっと深かったということを意味している。

 

 もしかしたら、すでにかなり深層までたどり着いているのかもしれない。

 でも、深海調査と同じで、水中深くを進もうとすればするほど、視界も遮られ、水圧も増していく。そうなれば、困難を極めることになる。

 

「浩介くん、より深く女の子になるというのは、深海調査にも例えられるわ」

 

「どう言うこと?」

 

 あたしは、さっきの考えを言葉にしていく。

 

「去年水族館に行った時のことを思い出してみて?」

 

「お、おう……」

 

 水深も浅い海の表層は太陽の光もよく届き、魚達も盛んに居て、人間も潜ることが出来る。

 だけど、水深が深くなるに連れ、水圧が増し、太陽の光も届かなくなり、未知の領域が増える。

 そうなれば、いかに深海調査艇と言えども、捜索が困難になる。

 つまり、TS病患者が女の子として研鑽を深めれば深めるほど、手探り状態になりやすい。

 実際にはこの病気は自殺者が多いけど、浅部の学習はカリキュラムが出来ているくらいには、方法が確立されている。

 

「永原先生が言っていたのよ。『実は言葉遣いを女の子にするのはそこまで難しくなくて、本気でやろうとすれば男の体のままでも出来る』って。特に身体が女の子になって一番簡単なのは一人称の変更よ。それが海のちょうど海面の部分と言ってもいいわ」

 

「あ、ああ」

 

 そう、あたし自身がそうだったように。

 そして、一人称以外の言葉遣いや仕草、振る舞い、スカートへの抵抗感の排除、少女漫画や女性誌による女性文化への適応、生理への適応、家事への適応、カリキュラムは全て「表層」の段階、あたしが幸子さんとの東京観光で産み出した最初のマニュアルなんて、「海面」と言ってもいい。

 

 しかし、今のあたしが挑んでいるのはいわば女の子としての「深海」を、深海調査艇の僅かな光源だけで探索しているようなもの。

 あたしの説明に、浩介くんはうんうんと頷きながら効いてくれる。

 

「間もなく甲子園、甲子園球場前です。阪神バス、ご利用のお客様お乗り換えです。甲子園の次は西宮に止まります。出口は左側です」

 

 あたしがそんなことを話していると、電車が甲子園駅に停車する。

 甲子園球場の最寄り駅ということだが、もちろん住宅街でもあるので野球以外の利用者も多い。

 

「阪神甲子園球場、阪神タイガースもここの所属なんだよな」

 

「うん、阪神ファンはこの電車にのるんだよね」

 

 鉄道会社が野球の球団を持つというのも、阪神と西武だけになってしまった。

 あー、西武は微妙に違うのかな?

 昔は色々な会社が球団を持っていたみたいだけど。

 

 その後も、電車は西宮、芦屋、魚崎と停車していく。

 「快速急行」を名乗るだけあって、それなりに飛ばしていて、関東のようなノロノロ運転はほぼないが、それでも新快速を使ってしまった後では物足りなさは否めないというのが正直な所。

 神戸ビーフを食べたら、もう残るはホテルに戻るために新快速を使うことになっているから、比較もできてしまうだろう。

 

 

「きゃはは、何それ浩介くんー!」

 

「だって優子ちゃんが――」

 

 さっきまで、「鉄道種別とは何なのか」「女の子になるのは深海調査に似ている」という、無駄に高等なことを考えていたのもつかの間で、あたしたちはいつの間にか他愛もない話に移行していた。

 やがて電車は、再び地下へと潜り、暗いトンネルの中を進み始めた。そして、一斉に減速をはじめ、終着が近いことが分かる。

 

「間もなく三宮、神戸三宮です。ポートライナー、地下鉄、北神急行、JR神戸線をご利用のお客様お乗り換えです。お出口左側です。この電車は神戸三宮止まりです、神戸三宮より先の新開地、姫路方面お越しのお客様は後から参ります直通特急にお乗り換えください。本日は阪神電車をご利用いただきまして誠にありがとうございました」

 

 車掌さんの放送が終わると、この電車も終点へと到着した。

 

「さ、行こうか」

 

「うん」

 

 浩介くんに引っ張られて、あたしたちは駅の改札を後にした。

 

 

 どうやら、駅という施設で迷う原因というのは主に地下街の迷路にあるらしい。

 

「よしっ!」

 

 ここ三宮も色々とややこしいと思っていたけど、地上に出て、浩介くんがスマホの地図を片手に歩いていると、あっという間に目的のお肉屋さんに着いてしまった。




劇中で主人公が堂々巡りの葛藤をしていますが、実際JRの定期急行ははまなすを最後に全廃になっていて、新幹線を特急と位置づけ、在来線の特急を全て急行にするという「デノミ」案が頻繁に提唱されています。

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