永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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修学旅行最終日 古き京都のお寺たち 後編

「そう言えば、どうして特別な許可になったんだ? まさか先生が?」

 

 全員が中に入ると、恵美ちゃんが住職さんに質問してきた。

 非公開というのは池の中にある真田信繁夫妻の墓のこと、真田と言えば永原先生のコネ以外に考えにくい。

 

「ええ、その通りで御座います。永原さんは真田家所縁の方という事で、また歴代の住職の多くとも懇意にされていたということで、このお墓も永原さんのクラスのみ、特別に開放しております」

 

「もちろん、江戸時代とかは江戸城に居たから会ってなかったけどね」

 

 いずれにしても、ここの代々の住職さんは、永原先生の正体を以前から知っていた、数少ない人物だという。

 

「……懐かしいわね。明治初期に来た時は住職さんには信じてもらえなかったけど、20年後に来た時には信じてもらえたのよね」

 

 20年間も老けないんじゃそりゃあ不老だとも思うわよね。

 ちなみに、永原先生は江戸より前の天正期にも、龍安寺を訪れたことがあるという。

 

 あたしたちは数人一組で、順番にお墓に手を合わせる。34人には狭く、終わったらさっと横にどく。

 そして最後に住職さんと永原先生が供養する。

 永原先生は「左衛門佐殿……またも参りまする……」とだけ言っていた。

 

 永原先生は昔に向けて何かを言う時に、古語的な表現を使うことがある。

 いわゆる「時代劇にありがちな古風な言葉」ではなく、当時話されていたと思われる、古典の授業でさえ習いそうにないような本物の古語だ。

 でも、それはぱっと出てしまったというよりは、意識して言ったものだと思う。

 おそらく、それは墓の主である真田信繁夫妻に向けての言葉だから。

 

 住職さんのお経と共に、あたしたちも改めて自然に手を合わせ、そして線香をあげた。

 

「では参りましょう」

 

 住職さんの言葉と共に、あたしたちは池の中の島を後にする。

 

 

「本日はありがとうございました」

 

「またいつでもお越しくだされ」

 

 非公開の場所を出入りしたため、あたしたちは他の観光客から注目の的になってしまっていた。

 ちなみに、最初の大徳寺のお坊さん同様、さすがに修行を積んでいるとあって、住職さんはあたしの胸を全く見ていなかった。

 一方で、観光客たちは相変わらずあたしたちのことをじろじろ見ている。

 

 

 あたしたちは、住職さんに見送られ、最後の目的地、「仁和寺」へと向かった。

 こちらも創建は大変古いお寺で、そこかしこに観光客がいた。

 そして拝観料を払うと、ここで自由時間になった。このお寺は、各自が自由に見ていいことになっている。もちろん集合時間はあるけど。

 永原先生からは、さっきの桂子ちゃんの一件もあって、不審者に注意するようにとのお達しがあった。

 

「じゃあみんな解散! ただし寺の外には出ないこと!」

 

「「「はーい!」」」

 

 

「浩介くん、こっちこっち」

 

「あ、優子ちゃん! 悪い高月、俺優子ちゃんとみてくるわ」

 

「ああ、呪われろよ」

 

 高月くんが相変わらず物騒なことを言いつつ、あたしは浩介くんと合流し、自由時間を楽しむことにした。

 浩介くんはどこを見るべきか迷っていて、あたしも、この広い境内では迷いそうだった。

 ともあれ、疲れたので見て回る前に一旦休憩と相なった。

 

「4日間どうだった?」

 

「うん、楽しかったよな」

 

 あたしたちは、体力回復までの暇つぶしに、訳もなくこの修学旅行の4日間を総括する。

 1日目は新幹線でホテルまで行き、その後京都の街並みを散策し、改めて永原先生の偉大さを感じることができた。

 2日目は古い京都に新しくできた鉄道博物館で、永原先生のもう一つの顔を知ることが出来た。

 3日目は新しいTS病の仲間と出会い、そして浩介くんとデートもした。

 そして今日は、みんなで行動して、古い文化財を見て回った。

 

 

「ふう、それじゃあ優子ちゃん、見て回ろうか」

 

「うん」

 

 あたしは、浩介くんと一緒に、お寺の文化財を見て回る。

 どれもこれも歴史ある建造物だけど、永原先生の生きている時代に建てられたものもあって、それも年季を感じさせるもの。

 

「すげえ古そうなのに、先生のほうが長生きなんだよな」

 

「うん、そうよね」

 

 江戸時代に建てられたというこのいかにも古そうな建物は、応仁の乱で焼失したのを再建したらしい。

 あの小さな童顔の女の子が、この地球で最も長生きの人間で、建物が朽ちるような年月を若いまま過ごしているという事実。

 真田の故郷に行った時もそうだけど、本当に想像もつかない神秘だと思う。

 

「この修学旅行ってさ」

 

「うん?」

 

「永原先生の凄さを『修学』することも出来るよな」

 

 浩介くんが面白いことを口走る。

 

「うん、確かにそう思う。人の一生じゃあ生で見えないはずのことも、知っているんだもんね」

 

 この建物だって、きっとできたばかりは大層きれいだったんだと思う。

 もちろん、今も清掃や修復はしてるだろうけど、数百年という時の流れは、如何ともしがたい面もある。

 2日目の鉄道博物館、あれも永原先生の壮絶な長き人生を垣間見ることが出来た。

 

「あいたっ!」

 

 突然、浩介くんの後頭部に自撮り棒が直撃した。

 と同時に何かが落ちる音がする。

 

「浩介くん大丈夫?」

 

「あたた……」

 

 結構おもいっきりぶつかったらしく、浩介くんも頭を抑えている。

 

「おいっ!」

 

 浩介くんが、自撮り棒を持っていたカップルの男に怒鳴られる。

 いかにもチャラチャラしていて、俗にいう「DQN」という感じだ。

 

「スマホの画面割れたじゃねえかよ!」

 

 その男が自撮り棒に付けていたと思われる割れ画面のスマホを向けてくる。

 

「知らねえよ。人間後ろに目がついてねえだろ」

 

「あ!? 謝れよ!」

 

 当り屋的な行動に、浩介くんも反論するが、この手の連中は得てして聞く耳を持たないのよね。

 

「何で?」

 

「っ! てめえ……!」

 

 その男が浩介くんを殴ろうとする。

 浩介くんはパンチをよけると脚払いをしてバランスを崩させる。

 

「ぐっ!」

 

「自業自得だ。俺は知らねえぞ」

 

 浩介くんは地面に倒れた男を一瞥する。

 

「ちょっと! ゆう、大丈夫!?」

 

 彼女と思しきギャルの女が「ゆう」と呼んだ男に駆け寄る。

 あたしは、ちょっとだけ胸が締め付けられる。

 何を隠そう、「ゆう」というのは、あたしがまだ男だった時に両親から呼ばれていた呼び方、嫌でも、乱暴だった優一の頃を思い起こしてしまう。

 

「優子ちゃん、行くぞ」

 

「う、うん……」

 

 あたしたちは、この場を去る。既に他の観光客にも着目されている。

 

「待ちやがれおい!!!」

 

 男が叫ぶが無視をする。

 

「てめええええ!!!」

 

 すると、背後から、突進する音が聞こえる。

 

「優子ちゃん危ない!!!」

 

 浩介くんとほぼ同時に振り向くと、その男があたしめがけて突っ込んできて、浩介くんが勢いを止めるためにとっさに右腕で腹を殴る。

 

「ぐふっ! このっ……!」

 

 男が浩介くんを殴る。周囲も騒然とし始めている。

 

「この野郎!!! 俺の彼女に手を出しやがって!!!」

 

 殴られた怒りとあたしが襲われたことに対する怒りで、浩介くんが切れた。

 

「あがあぁああ!!!」

 

 浩介くんは、膝を使って「男の急所」を蹴り上げ、さらに肘で男の顔を思いっきり殴る。

 男は鼻から鮮血を飛ばしながらも、最後の力を振り絞るかのように、なおも浩介くんを殴ろうとしたため、浩介くんは両腕でその右腕を掴み、ぐきりとあらぬ方向に曲げさせた。

 しかし、既に意識がもうろうとしていたのか、その男から声は出なかった。

 

 男はその場で、腕をかばいながらうずくまる。

 

「ちょっとゆう、いや……あんた何すんのよ!」

 

「正当防衛だ、諦めろ。てめえらが勝手に逆切れしたんだからな」

 

「だからってこんな……ここまでやらなくてもいいだろうが!」

 

 ギャル女がなおも抗議する。

 けばい化粧に汚い言葉遣い、如何にも「教養がない」という感じだ。

 

「俺個人と喧嘩するならまだいい、だがあれは明らかに俺めがけてじゃねえ、優子ちゃんに狙いを定めてた」

 

「うっ……」

 

「彼氏として、優子ちゃんに危害を加えようとする男を見過ごすわけにはいかねえ……急所は外してある」

 

 浩介くんはギャル女に脅迫するかのように言う。

 でもあれ、急所外したのかな? まあいいわ。

 

「浩介くんはあたしを守ってくれたけど、あなたの彼氏さんは、人に言いがかりをつけて暴力振るおうとした挙句に返り討ちにされて、みっともないわよ」

 

 あたしが、追い打ちをかけるように言う。

 周囲は呆然としていて、誰もあたしたちに声をかけてこない。

 

「さ、今度こそ行くぞ。俺の気は長くねえからな。てめえも殴られたくなきゃ今すぐ俺の視界から消えろ」

 

「……」

 

 浩介くんはそう言い残す。

 また、浩介くんに守られちゃった。お寺の中だと言うのに、あたしはまた濡らしてしまった。どうしてもあがらえないメスの本能。好意を寄せるオスに守ってもらうことで、あたしの中で浩介くんへの想いは強まる一方だわ。

 

 

 あたしたちは何事もなかったかのように境内の見学を再開し、途中で龍香ちゃん、さくらちゃん、高月くんを含む男子2人、そして永原先生とすれ違い、ちょっとだけ一緒に見た。

 幸い、同じクラスの生徒や、永原先生にさっきのことは気付かれなかったみたいで、「遠くから騒ぎが聞こえた」という話題が出るにとどまった。

 最も、浩介くんも殴られた衝撃で頬を痛めたみたいで、それについては必死でやせ我慢していた。

 

 さて、お寺の見学も終わって集合時間になり、集合場所に向かうと、クラスの生徒たちが何かに注目していた。

 担架を持った救急隊員が2人いて、男性を一人運んでいるのが見えた。

 

「はーい、みんなこっちに注目して!」

 

 永原先生がクラスの注意を自分に向けさせる。

 あたしは心臓が高鳴っていた、相手の一方的な言いがかりとはいえ、あの騒ぎがあたしたちのせいだと知られるとまずいので、クラスの群衆の中央で目立たなくなる。

 

「これで、全ての修学旅行が終わりました。後は最寄りの駅まで歩いて、京都駅から新幹線に乗車します。では私に付いてきてください」

 

「「「はーい」」」

 

 永原先生の先導であたしたちは寺を後にする。

 救急隊員たちが、あたしたちの前を走り、クラスメイト達もしきりに「何があったんだろう?」と話している。

 

 寺の出口には、救急車が止まっていた。救急車に男が乗せられている所を見た。

 男は上を向く形になっていて、あたしたちは見えなかったはずなので、おそらく大丈夫。

 とにかく、新幹線で関東まで行ってしまえば、あそこまでは追ってこないと思う。

 

「大丈夫かなあ?」

 

 浩介くんが心配そうに言う。

 

「大丈夫よ。明後日は佐和山大学のAO入試でしょ? いざとなれば蓬莱教授に揉み消してもらいましょう」

 

「あ、ああ……」

 

 実際に揉み消せるかは分からないけど、でもあっちの方から一方的な言いがかりで殴りかかってきたし、あたしを守るためという名分もあるから、何とかなるかもしれない。

 ともあれ、あたしたちは観光ルートを制覇し、「京福嵐山線」の駅に到着した。普段は無人駅だけど、今日は駅員さんがいる。

 まずあたしたちは、乗車券の購入に迫られた、指定された駅まで購入する。

 

「永原先生、この『京福』って言うのは何なんですか?」

 

「『京都』と『福井』で『京福』よ。最も、今は福井の拠点はほぼないし……昔は鉄道路線も持っていたんだけど、事故が多発しちゃって、国土交通省から営業停止命令を受けちゃってね。今は別の会社になっているわ」

 

「いやー、そういう背景まですらすら出てくるとは、さすがは永原先生です!」

 

 龍香ちゃんが感嘆の声をあげながら言う。

 

「まもなく、帷子ノ辻行きが参ります」

 

 そうこうしているうちに、電車が到着した。

 電車の中は観光客でごった返していて、あたしたちも何とかスペースに入り込む。

 浩介くんに、ドアの横のスペースを確保してもらい、痴漢から身を守る体制を作る。

 

 あたしたちはこの後、太秦駅まで歩いて山陰本線に乗り換え、京都から新幹線を待つことになっている。

 どうもこのあたりは京都観光に使われているために、相変わらず観光客でにぎわっているようだ。

 しかし、外国人の観光客の大声での話し声など、マナーの悪化もやや目立つのが気がかりだわ。

 幸い、痴漢を働く不届き物はおらず、あたしたちは終点の帷子ノ辻駅に到着した。

 

 ともあれ、あたしたちは座れないまま、太秦駅で山陰本線へと乗り換える。永原先生から乗車券を受け取る。特急券と一緒になっていて、各自の自己責任だ。

 

「もうすぐ、京都ともお別れだね」

 

「ああ、そうだな」

 

「そう言えば、何で京都まで地下鉄使わねえんだ」

 

 浩介くんが疑問を口にする。

 

「へへん、それはね乗車券に『京都市内』って書いてあるでしょ? つまりJRの運賃は京都駅からでも太秦駅からでも同じになるのよ。だから地下鉄にはなるべく乗らずにJRに乗るべきなのよ」

 

「よく分からねえけど、こっちがお得ってやつか」

 

「うん、そうだよ」

 

 永原先生のきっぷのルール談義を聞いていると、山陰本線の電車がやってきた。

 電車は白い電車で座席の質は新快速より悪そう。よく見ると一昨日の博物館でも展示車両としてではないけど見たことのある形式でもあった。

 そう確か、221系だっけ?

 

 車内は少し混んでいて、席にありつけた生徒は少ない。とは言え、終点の京都駅は近いので余りこだわりはない。

 

「次は終点京都、京都です――」

 

 車掌さんが、いつもの到着番線、出口方向、そして乗り換え列車の案内をする。

 あたしたちの乗る新幹線の列車は出てこなかった。

 

 さて、新幹線の待ち時間は30分強の余裕があって、出発予定時刻10分前までに新幹線ホームの待合室に集合すればいい。

 その間は自由時間で、お土産を買いそびれた人の最後のチャンスになったりするし、食いしん坊な人はここで立ち食いうどんを食べたりする。

 

「浩介くん、駅弁買おうよ」

 

「ああ」

 

 これから乗車するこだま号は途中何回も通過待ちを行うため、その間に買うこともできる。

 でも、あたしたちはせっかくなので京都駅の駅弁を買うことにした。

 

 

「あ、優子ちゃんに篠原じゃん」

 

 駅弁を買い終わると、前に並んでいた桂子ちゃんが話しかけてきた。

 

「そう言えば、桂子ちゃんは修学旅行中何してたの?」

 

「ああうん、トロッコ列車に乗ったり奈良の方に行ったりしたわ。優子ちゃんは鉄道博物館と大阪だっけ?」

 

「うん、それから予算が余ったから神戸ビーフの高級店に行ったわ」

 

「へー、羨ましい!」

 

 桂子ちゃんも、やはり高級牛肉はうらやましいらしい。

 

「待合室に戻ろうか」

 

「う、うん……」

 

 気付けばあたしは最も親しい2人と歩いていた。

 浩介くんは彼氏だけど、桂子ちゃんも幼馴染として大切な存在。

 

 明後日は佐和山大学の入学試験。桂子ちゃんはどうするんだろう?

 

「桂子ちゃん、大学受験はどうするの?」

 

 エスカレーターであたしが聞いてみる。

 

「うん、第一志望が佐和山大学で、第一志望の上にチャレンジ校として――」

 

「え!? チャレンジ校レベル高くない?」

 

 正直そこは、あたしが受けるような学校だ。

 

「だからチャレンジ校なのよ。私も受かるとは思ってないわ、だから対策も佐和山中心よ」

 

 桂子ちゃんがエスカレーターを登り切りながら言う。あたしたちもそれに続く。

 

「ま、優子ちゃんたちも頑張ってね。試験官は蓬莱教授?」

 

「分からないけど、多分そうだと思うわ」

 

 そんなこんなで、あたしたちが待合室に着く。

 そこには暇を持て余した小谷学園生たちがゲームをしていた。

 さっきのぞみが発車していったので、待合室は小谷学園の見知った顔しか見えない。

 

「で、麻雀のあがりの基本は、こんな風に3枚の数字の連続か、同じ牌を3枚集めたのを4組と、同じ牌2枚の14枚を集めることよ。ただし、9-1-2みたいなのは駄目よ」

 

 永原先生が数人の男子に麻雀を教え込んでいる。

 学校の先生がそれでいいのかと思っちゃうけど、まあ小谷学園だし問題がないのだろう。

 

「だけど、あがるためには他にも条件があるわ。例えば役がないとダメよ、で、これが役の一覧だけど――」

 

 あたしたちは、永原先生のことを尻目に、待合室の空席に座る。

 

「それで、夏休み優子ちゃんどうしようか?」

 

「うーん、とりあえず今は佐和山大学のことに集中しましょう」

 

「ああ」

 

 あたしたちは、のんびりと電車の到着を待った。


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