永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
修学旅行から2日後、あたしは制服に着替えた。
スカート丈は久々に長いままにしている。
「うーん、やっぱりちょっと地味だわ」
とは言え、形式的とは言え今日は佐和山大学へのAO入試の日、さすがにミニはやめておこう。
ちなみに、今日は浩介くんと誕生日デートも兼ねている。この日は、あたしが浩介くんとの恋に落ちた日でもあり、そこからちょうど1年になったという意味でもある。
本当は、昨日が浩介くんの誕生日で、デートなどもその日に行おうと思ったんだけど、浩介くんから「修学旅行は俺も疲れたので明日のAO入試の後にしないか?」と提案してきたのでそれを受け入れることにした。
そして、あたしとしても休養は欲しかったので特に異論はなかった。
「おはよう」
「あら優子、今日は制服のスカート長いのね」
母さんが出迎えてくれる。
やっぱりいつもとスカート丈が違うと気になるみたいね。
「ほら、今日は一応入試の日だから」
まあ結果はとっくの昔に決まっちゃってるけど。
「うん、そうだったわね。じゃあ今日は、朝ごはんはお母さん作っておくわ」
「ありがとう……」
佐和山大学の最寄り駅は小谷学園と同じ、ただし駅を挟んで向こう側なので、あたしたちは普段佐和山大学の学生さんと遭遇することは少ない。
とは言え、去年以前に卒業していった先輩の顔も駅で何度も見ているけど。
ともあれ、その利便性や、学校単位での友好関係もあって、小谷学園から佐和山大学に進む人は多い。
佐和山大学はAO入試の枠が少なく、今年は2名しかない。いや、今年に関しては実質0名かもしれない。
ともあれ、母さんに作ってもらった朝食を食べ終わったら、あたしは必要書類をもう一度確かめる。
「いい優子? 結果は分かっているからって、油断しちゃだめよ」
「うん分かってるわよ」
だからこうしてスカートもいつもより長いんだし。
とにかく、これで準備はOKね。
他の受験生と違って緊張しなくていいのが救いよね。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい、鍵閉めておくわねー!」
「はーい!」
母さんといつものやり取りをしたら、あたしは電車の駅へと向かう。
4月に買った定期券は10月まで有効で、佐和山大学は最寄り駅が同じなので定期券をそのまま使える。
これもまた、地味に便利といえるわね。
さて、駅に到着すると、前方の電光掲示板に「遅延情報」という文字が流れる。
あの時のことは、もう全くと言っていいほど思い出さなくなったけど、やっぱりスカートを長くした状態で電車が遅れているという情報を見ると、思い出さずにはいられなくなってしまう。
最も、遅れているのはあたしたちとは別の路線だから、大丈夫だとは思うけど。
あたしは駅では相変わらず注目の的で、胸に視線が集まっている。
制服でスカートが長いと脚への視線まで胸に集中してしまう。
やっぱり、制服はミニに限るわね。
ともあれ、いつものルートで佐和山大学の最寄り駅に行く。
そして今日はいつもとは反対側の改札口を利用する。いや、来年度からはこっちが「いつも」になるんだろうけど。
ピピッ
ICカードの音が聞こえ、改札口を出た先にあたしは見知った顔を見かけた。
「おはよー浩介くん」
「あ、優子ちゃんおはよう」
浩介くんと待ち合わせしていて、お互い時間通りに到着する。
あたしたちは早速駅前の地図を頼りに佐和山大学への道のりを進む。
小谷学園側は商業施設もあるけど、どちらかというと閑静で落ち着いた感じだけど、こっちは大学の町という事で飲み屋やラーメン屋さんなどで賑わっている。
駅を挟んで向こう側なのに、結構雰囲気が違うわね。
あたしたちは迷わず一本道で佐和山大学の正門に到着すると、「佐和山大学AO入試はこちら」という看板を見かけた。
大学の中では、高校の制服姿はかなり目立つ。しかも、あたしと浩介くんは男女の2人組だ。
「なあ、あの小谷学園の子、可愛くない?」
「ほら、今日はうちのAOだよ」
「確か面接だっけ? いいよなーあれだけかわいかったら即採用だろ?」
「だろうなあ、でもあっちの男はどうだ?」
「さあ? うちは枠が少ないから一般入試で来るかもよ」
大学生2人組が、あたしたちについて噂をしている。
あたしたちが即採用なのは正解だけど、理由としては容姿というよりTS病のためというのが正解。
試験の行われる建物の中に入り、あたしたちは「試験会場は3階です」という立て看板を見かけた。
あたしたちは目立つ位置にエレベーターを発見したので、浩介くんの操作で上へと上がる。
「お疲れ様です。こちらにおかけになってお待ちください」
「はい」
エレベーターから出ると、試験管さんに誘導される。
廊下には即席の椅子がいくつか置かれていて、そこに知らない学校の制服の男女が、既に数名椅子に座って待っていた。
あたしたちは、試験官さんに言われるがまま、控えの席に座る。
他の受験生たちを見ると、合格を信じてひたすらにイメージトレーニングをしていたり、カンペを確認したりしている。
あたしも浩介くんもそんな姿を直視できない。
おそらく、今この地球上で行われている、最も無駄なことは、この佐和山大学で起きていると思う。
彼ら彼女らは、この試験の結果が既に半年近くも前から決まっていることなど知る由もない。
それは、蓬莱教授の不老実験の成功のためという大義名分のために、こんなことになってしまった。
でも、もし知ってしまえば、貴重な受験勉強の時間を割いて、無為な行動をしてしまったことにやり場のない怒りを感じるだろう。
そうなれば間違いなくあたしたちに怒りの矛先は向かう。
かと言って、知らなければ知らないで、不合格通知を受け取り見当違いの「反省」を繰り返すことになるんだろうか?
いずれにしても、救いようのない話だわ。
試験官さんも気の毒だと思う。どれだけ良さそうな受験生を見つけても、合格にすることは叶わない。蓬莱教授の手で、あたしと浩介くんに合格者は決まっている以上、それを曲げることは出来ず、面接でも平常心を装わないといけない。
「お待たせいたしました。まもなく試験を開始いたします。名前を呼ばれた方から順に試験会場にお入りください……石山優子さん」
「はい」
「301にお入りください」
「はい」
返事をすると、あたしは言われるがままに301教室に入る。
「篠原浩介さん」
「はい」
「302にお入りください」
「はい」
浩介くんも、左隣の教室に入る。
会場となっている教室はかなり広くて、普段は授業に使ってると思われる。
机の先には、見知った顔、蓬莱教授が座っていた。
「……君がここにきてくれて本当に良かった。もう一人の篠原浩介さんも来ているかね?」
「はい」
あたしがそう言うと、蓬莱教授は心の底から安堵した表情で言う。
「ああ。本当に良かった。さ、こんな所はおさらばしようじゃないか」
「え!?」
蓬莱教授がいきなり突拍子もないことを言うと、椅子を立って教室の壁のほうに向かう。
「知っての通り、この入試の結果はすでに決まっている。ここよりも、俺の研究室で、篠原浩介さんも交えて話がしたい。ほら、教室間で繋がっているんだ。さ、付いてきてくれ」
蓬莱教授が扉を開け、隣の部屋に。あたしもついていく。
隣の部屋は無人で、浩介くんが茫然としていた。
「あ、優子ちゃん、蓬莱さん」
あたしたちが横から入ってきたので、浩介くんも驚いた顔をしている。
「いいか? 扉を伝って廊下の向こうに出るぞ。心配ない。ほとぼりが冷めたら別の試験官がここにきて穴埋めをしてくれるぞ」
蓬莱教授は、既にもう一つ隣へと続く教室の扉を開ける。
あたしたちは、黙ってついていく。
次の教室は、電気もついていない無人だった。その次も、そしてその次も。
何回壁を伝ったかわからないくらいの時間が経った頃、扉のない教室に出た。
「よしっ、ここは特に慎重に頼むぞ。忍び足でな」
蓬莱教授が扉の鍵を開け、そして非常に慎重に扉を開け、左側を凝視している。
「よし、大丈夫だ。慎重にな」
あたしたちは蓬莱教授に続き、忍び足でその場を後にする。階段を降りる所からは、「もう大丈夫だ」とお達しがあり、普通に歩く。
蓬莱教授はやはり有名人で、あたしたち2人を連れていくとかなり目立つのだが、気にも留めていない。
「こっちだ」
言われるがままに蓬莱教授の誘導に従う。他の受験生たちのことは考えないようにしよう。
しばらくすると、蓬莱教授が大学の中央の方にある、中くらいの銅像がある少し大きな建物の前で止まった。
「この建物すべてが、俺の研究室だ。名付けて『蓬莱の研究棟』、そのままだな」
「凄いわね……」
建物の前には「蓬莱の研究棟」とあり、よく見ると銅像の人物も蓬莱教授本人だった。
「この銅像は、支援者でもあり、世界的なアメリカ人彫刻家が俺に寄贈してくれたものだ。彼も言っていたよ、『芸術を極めるのに、100年はあまりに短い』とね」
おそらく、蓬莱教授にできることを必死に探して、この銅像を寄贈したんだろう。
「もしかして、あたしの決断は……」
「そうだ。俺の実験次第だが、彼の人生にも、影響を及ぼすだろうさ」
蓬莱教授の言葉、あたしたちの決断が世界的な彫刻家の人生まで変えてしまう。
いや、彼だけじゃない。今これから行われることは、もっと大きなこと。
改めて、このAO入試は歴史の1ページになろうとしていることを実感する。
あたしたちは、まず建物に入る。すると、蓬莱研究所でのこれまでの実績が数多く記されていて、蓬莱教授がノーベル賞を受賞した業績や、この前の記者会見であった「人類平均寿命120歳」という展示もある。
「ここは主に来館者向けのいわばプロパガンダエリアだ。さ、1階が俺の部屋だ。案内しよう」
蓬莱教授がカードキーを取り出して部屋の中に入れてくれる。
中はたくさんの専門書が並べられたいかにもな部屋で、意外と狭い。
蓬莱教授が椅子を引いて「ここに座ってくれ」と言ってきたので、遠慮なく座らせてもらう。
「さてまずは、石山さんに篠原さん。今日は来てくれて本当にありがとう。さっきまで、もしかしたら心変わりしてしまうんじゃないかと気が気でなかったんだよ。だから、石山さんと篠原さんが現れたということを聞いて心底ほっとしたよ」
「あの、もしかして――」
「そうだな、君たちにはこれを渡しておこう」
蓬莱教授が机にあった書類を2枚、あたしたちに手渡してくれ手渡してくれる。
あたしは紙の文字を読む。それは「合格証」だった。
「分かっているだろう? この試験の結果は初めから決まっていた。とはいえ、一応形式だけは取らないといけない。というわけで、俺の話を聞いてほしい。さて、どこから話そうかな?」
「あの、他の受験生たちは?」
あたしは、やっぱり気になったので聞いてみる。
「――哀れな連中だ。彼らは自分たちがどんなに努力しても不合格にしかならないことを知らない。彼らの不合格通知も、既に印刷されているとも知らない。しかしそれが何だ? 私の、誇るべき使命のため、やむを得ないことだ。ここで落ちても、彼らには別のチャンスがある。取り返しのつかないことではない」
「表の銅像の作者だけではない。俺の研究には、まさに世界の命運がかかっている。今の日本の医療は安楽死を認めていない。つまり、どんな重病でも、どんな苦痛でも、なるべく生き長らえらせるということになっている。ならば、俺の研究こそ医学にとって最も素晴らしいこと。そうは思わんかね?」
「……」
蓬莱教授が、現代医学の矛盾を鋭く指摘している。
「もちろん、俺の研究は『不老不死』の研究ではない。致命的なケガをすれば死ぬし、毒性の強いもの、例えばサリンとかを浴びれば死ぬ。だが、今の人の死因のほとんどは、元をただせばたった一つの不治の病『老い』によるものだ」
例えば、死因の1位は「がん」だけど、これだって老化が大きな要因になっている。
しかも、TS病患者は決してがんにならない。
「それの治療方法を確立すれば、俺だけじゃない。世界にとってとても利益のあることだ。それは君たちも同じだろう?」
「「はい」」
浩介くんと、ほぼ同時に返事をする。
あたしたちはそう、ただ浩介くんとずっと一緒に過ごしたい。
「もし、老いがなくなれば、天才がずっと天才として生き続ける。老いがなくなれば、少子高齢化問題は全て解決する。高齢者に対する財政的負担だってほぼ無くなってしまう。人は衰えることなく、その経験と技量のみを積み上げ続ける。そうすれば、誰しもが偉大になれる可能性を秘めている。永原先生がそうだろう?」
確かに、永原先生は、元々は平凡な足軽だった。
だけど今は古典の先生として、TS病患者たちのまとめ役として、その500年の人生をいかんなく発揮している。
「我々が解明している知能はごく一部だ。未知の領域に、才能が眠っていることは往々にしてある。いやそれだけじゃない、ほとんどの人は、自分の才能に気付かぬまま、『凡人』だと思い込んで死んでいくんだ」
蓬莱教授が意味深に言う。
「ど、どういうことですか?」
「自分を見つめなおすのに、100年は短すぎる。いや、この世で最も長生きしている永原先生でさえ、自分について、最近まで気付かなかったことがあるんじゃないかな?」
あたしには、思い当たる節がある。
もしかしたら蓬莱教授が言いたいこととはちょっとずれているかもしれないけど、永原先生は最近まで、吉良上野介に罪悪感を強く抱き続けていた。
吉良上野介が永原先生を恨んでいるとは考えにくいことは、実際にはあたしでなくても考えに及んだはず。
「その顔は、思い当たるという顔だな。まあいい。ところで、最近では、俺の研究に対するネガティブキャンペーンも、様々なバリエーションに富んできた。その最たるものが、フィクションを持ち出したネガティブキャンペーンだ」
蓬莱教授が、少し顔を横にそらして言う。
「フィクション?」
しかし、あたしの声を聴いてすぐに向き直る。
「ああ、テレビを中心にしたマスコミどもは俺の研究を意図的に『不老不死』と言っている。俺はその度に抗議電話を入れている、『不死ではない』とな。しかし聞く耳を持たない。訴えてやろうかとも思っている。そして、その後に決まって来るのは漫画や小説の不老不死キャラクターなどを持ち出してのネガティブキャンペーンだ」
「ど、どういうことですか?」
浩介くんが聞く。
「よく、不老不死のキャラクターは、『不老不死を否定的に捉え、そして死に場所、殺してくれる相手を探し、あるいは他人が不老不死になろうとすれば全力で止めにかかる』というのがお約束だろう?」
「うん」
「だが、それをもって俺の研究を否定するなど、愚の骨頂だ。何もかも間違えている、まず言ったように、俺の研究は決して『不死』になる研究じゃない。そこを誤解されると、非常に困る」
不老と不死の違いは、永原先生も強調していた。
「そして第二に、人間は現実に不老となっても、実はそこまで『死のう』とは思わない。何故なら、学問に芸術にスポーツに娯楽と、今の時代は何から何まで極めて多様化している。決して飽きることはない」
「確かにそうですけど、蓬莱さん、どうしてそんなことが断言できるんですか?」
「君たちの担任の、永原先生がそれを雄弁に証明しているだろう? 永原先生は、江戸時代にずっと江戸の町を出ることができなかった。200年以上もだ。にも拘らず、彼女は自殺を考えたことさえなかった。永原先生は『真田家と吉良家への恩返しが出来ていない』と言っていた。確かにそれもあるだろうが、それだけで如何にも平和だが退屈だろう江戸時代の日々を生き抜けたか? しかも周囲には、自分と同じ境遇の人が誰一人としていない孤独な環境でだ」
「……」
蓬莱教授の言うことは最もだと思う。
「もちろん、永原先生が恋愛をしなかったせいかもしれないがな。唯一少数の不老が悲劇を招くとすればそれくらいだ」
蓬莱教授の言葉は半分正解で半分間違い。永原先生は初恋をしたことがある。ただあまりにもひどかったから、無理に押し殺しただけ。
恋人が死んで数百年経っても生き続けられるという事、蓬莱教授の推測以上に、人間は強い。
「もう一つ指摘すると、不老不死のキャラクターというのは、大抵は1人ないしごく少数が不老不死になっているだろう? そして自分たちの周囲では次々と人々が先立っていく。それが、孤独の原因だが、同じ境遇の人がそれなりに居れば、特段気にならないと、以前永原先生から聞いたよ」
うん、それはあたしも聞いた。
だから、協会があるわけだし。
「さて、少し休憩しよう」
蓬莱教授は、3つのコップに水を汲んで、あたしたちに分け与えてくれる。