永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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AO入試 蓬莱教授の洞察力 中編

「休みながら聞いてくれ。永原先生は以前、不老であることに対して、何か否定的なことを言っていたかい?」

 

「……」

 

 あたしは、小さく首を横に振った。

 永原先生は、不老は悲惨なことになるとは口に出していない。

 個人的な独白で、「不老がために命惜しく臆病者になった」「そのせいで本来なら年代的に会うはずのない吉良殿や昭和天皇に罪を作ってしまった」と書いたにとどまっている。

 確かに不老故に辛いことはあるが、それを差し引いても不老は捨てたくないというのが本音だと思う。実際、地球の終わりは見てみたいとか、970歳を当面の目標にしているとも言っていたし。

 

「そうだ、あの時、俺が一つのブレイクスルーを達成した後の協会の会合でも、永原先生はこう言っていた。『会員たちの中に、不老をある種の特権だと思っている層がいた』とね」

 

 蓬莱教授が更に鋭く指摘する。

 つまり、不老でいい思いしていることに対する独占欲があること。

 比良さんや余呉さんがそれだ。2人はいつか不老が人類共有になると分かっていても、既得権益にしがみつきたがった。

 

「これは要するに、他の人に渡したくない、と思えるくらいにはいいものだということだ。悪いものだから渡したくないというなら、彼女は『特権』だなんていい方はしないだろう?」

 

「はい」

 

「こうも考えられる。もしこの病気に不老という特徴がなかったら永原先生はどうなる?」

 

「え!?」

 

 浩介くんが驚いた声を上げる。

 そう言えば、考えたこともなかった。

 これまで、永原先生は現代に生きている人というのが最初にあり、TS病のために遠い昔から生きているという事実が後にあった。

 

「おそらく、永原先生は織田信長や武田信玄より年上……人間50年という当時の寿命から考えれば、また村の庶民ということも考えれば、遅くとも関が原の合戦の頃には死んでいただろう。俺達はおそらく、永原先生という存在そのものも知り得なかったはずだ」

 

 蓬莱教授はその天才的頭脳から次々と鋭く分かりやすい指摘が飛ぶ。

 

「確か秀吉が死んだ時、永原先生は80歳位だったかな? おそらく彼女は、真田家への恩を返せずに死ぬことに、ひどく後悔しながら死んでいったことだろう。そうならないのは不老のおかげなんだよ」

 

 それはそう。でも、永原先生は時と共にどんどんと罪悪が大きくなるとも言っていた。

 そのことについて聞いてみたい。

 

「ですけれども蓬莱教授。永原先生は、時間が経つとともに罪悪感が大きくなるとも言っていました」

 

「そうだ、俺はそこが不思議なんだよ。永原先生は何故数百年も主君のことに、そして吉良上野介のことに執着するのか? 何百年単位も執着して、一体何になるのか分からないんだ」

 

 そう言えば、考えたこともなかったわね。

 

「永原先生が主君の真田幸綱に仕えていたのは、15歳から20歳までの5年間のことだ。確かにこの5年間は男だった時代とは言え、彼女の人生の、たった1%でしかない。しかも男性時代の記憶は、初期の、一番古い記憶の中にあるもので多くを忘れてしまっているものだろう? 今更取り返しが付くことではないこと、TS病故に詮無きことなのは彼女自身が一番良く分かっているはずだ」

 

 蓬莱教授が永原先生の行動の矛盾点を指摘する。

 

「そして何より、真田信之より逃亡に関することは一切許されたはずだ。この時点でもう執着する必要もないし、許されたのに執着し、罪悪を抱いてしまえば、せっかく許した真田信之に対して、無礼にさえ当たるだろう?」

 

「い、言われてみれば……」

 

 蓬莱教授は、主君に罪悪感を抱くことは無礼であるとを指摘する。

 あたしからすれば、こんな発想は抱き様もない。

 

「そしてその後、真田家への再士官が叶わなかったのも、真田家の主君である将軍家による特段の事情による命令であって、永原先生のせいではないだろう? 彼女が罪悪を抱く動機など、俺からすれば何もないんだ」

 

 蓬莱教授がまた水を飲む。

 実は永原先生は、罪悪感を抱く動機がなくてそれが不思議だと疑問を口にする。

 蓬莱教授が狂っているのか、永原先生が狂っているのか? あたしにはまだ分からない。

 

「……おそらく、長生きするうちに、被害妄想になったのでは?」

 

 あたしが考え込んでいると、浩介くんがそんな推測をする。ちょっと失礼な気もするけど、長い時間があることを考えると、それは正解かもしれない。

 

「うーん……いや、それもあるかもしれないが……俺が思うに、どうも江戸城での会見が怪しいと見ている」

 

 蓬莱教授は、浩介くんの言葉に何かを憶測している。

 そしてそう、残念だけどそれは当たっている。

 1653年、今から365年前のこと。

 永原先生は、江戸に住んでいて、不老の娘ということで徳川家綱に江戸城へ呼び出された。

 江戸城で初めて徳川家綱と真田信之に謁見した時、寛大な措置に感極まって泣いてしまった上に、その時に優しくされたために、2人に恋をしたことが、未だに大きなトラウマになっている。

 あたしと浩介くん以外の、誰にも話せていない。比良さんや余呉さんさえ知らない、永原先生の最も大きな秘密だ。

 

「俺の推測だが、おそらく永原先生は、ただ泣いただけではなく、もっと重大な粗相をしてしまったのではないか!? おそらく一時の無礼ではなく、後年まで引きずるような、何かだな」

 

「「……!」」

 

 あたしと浩介くんは必死にリアクションを堪える。

 だけど、蓬莱教授は何かを掴んだような表情をする。

 

「その反応……当ててみせよう。おそらく、永原先生は徳川家綱に恋でもしたんじゃないか?」

 

「うぐっ……」

 

「こ、浩介くん!」

 

 浩介くんが堪えきれず、図星の反応をしてしまう。

 な、何て男なの……永原先生と蓬莱教授は確かに友人関係だ。

 以前は、研究面では永原先生の中で不信感も残っていたが、それも最近はほぼ解消された。

 

 とは言え、永原先生が固く閉ざしていたこの秘密を、ごく僅かなパズルのピースだけで推察してしまった。

 

「やっぱりな、そうじゃないかと思ったんだよ」

 

「「……」」

 

 蓬莱教授の勝ち誇ったような顔に、あたしたちも押し黙るしかない。

 

「2人で飲んでいた時……と言っても俺も永原先生も酒は殆ど飲まないからウーロン茶でだが……あー、以前永原先生は、『TS病の子にとって、恋愛、特に初恋問題は難しい』と言っていたんだ」

 

 確かにそれは、以前も聞いた。

 

「俺が、『やはり不老のせいか?』と問うと『そう』と答えていたよ。長期間恋愛しないと、ちょっとしたことで恋に落ちるようになってしまい、かと言って誰かと恋愛しても死別が頭にちらついてしまうそうだ」

 

 とは言え、死別を恐れたがために自殺した人は今まで一人で、会合の時も「特殊な事例」と言われていた。

 つまり、そういうことだ。不老で得られるメリットに比べれば小さい。

 

「それでも、何とかやっていける人がほぼ全員と聞いているし、これは実際にそうだ。だが、そうすると、永原先生の反応に矛盾があるんだよ」

 

「どうしてですか?」

 

 あたしは知っていて、わざと質問をする。

 無意味なあがきだと分かっているけど、永原先生の秘密を守りたい一心だったのかもしれない。

 

「なぜなら、永原先生は『恋愛などしたことない』と言っていたからな。つまり、永原先生は自分の恋愛について、どうしても隠しておきたかったのだろう」

 

 その通りだった。

 やはり蓬莱教授からは逃げられないみたいね。

 

「だがそれでもだ、時の将軍に恋をしてしまうこと、確かに重大な無礼と言われても文句は言えない。だが、関係者はとっくにみんな鬼籍に入っている。その時の最後の関係者が鬼籍に入った時に生まれた人だって、永原先生を除けばもう誰も生きていない。そんな遠い昔のことを、現代まで引きずるのは、やはり不自然だと俺は考えている」

 

 余呉さんが生まれる更に180年前の話だものね。

 

「つまり、どういうことなんですか?」

 

 浩介くんが質問する。

 

「永原先生もまた、心の何処かで『不老は特権であり、尊いもの』と考えているということだ。おそらく江戸城の人たちも永原先生の不老を羨ましがったはずだ。本来なら人体実験の対象になってもおかしくない」

 

 確かに、そもそも永原先生は何故200年以上もずっと江戸城で平穏に過ごせたんだろう?

 

「つまり、不老は特権であり、誰もが羨むとおりのものであることを強引に否定する……つまり『不老は悲惨』と対外的に思わせるために、おそらく主君に対する罪悪感を周囲に言いふらしていたのだろう。そして200年の時を経て、いつしかその思いが染み付いて本心にすり替わってしまったんだろうと思う」

 

 蓬莱教授の指摘はどれも鋭い。

 

「どちらにせよ、はっきりしたことは、フィクションであるように『不老になったら後悔する』というのが、嘘っぱちだということだ。最も、何をやっても死なない『不死』はまた別かもしれないがな」

 

 そう、不老と不死でまた違う。人間は自殺する生き物だものね。

 

「それに、先程言ったようにもし永原先生が時の将軍に恋をし、それに多大な罪悪感を感じていたとして、それでも死のうと思わなかったのは何故か?」

 

「永原先生によれば真田家や吉良家のためだって言っていたわ」

 

 蓬莱教授はふうっと一息をつく。

 どうやら模範解答ではないみたいね。

 

「主君真田家のため、あるいは吉良家のため。それも間違いではないが、それだけでは、これだけの時を長生きし続けるモチベーションとしては弱いと俺は踏んでいる。君たちはどう思う?」

 

 蓬莱教授の理路整然とした推察に、あたしたちは何も言えない。

 本当にすごい人だわ。

 

「……反論なし、か。続けていいかな?」

 

「「はい」」

 

「つまり、だ。俺が思うに、いかにも娯楽が少なそうな江戸城の210年にも渡る日々でさえ、『不老に飽きて死にたい』と思わせるには至らなかったということだ……もっと娯楽の少ない農村部なら、また結果も違ったかもしれないがな」

 

 蓬莱教授は、一息ついたという感じでまた、水を飲む。

 そして、「ふうー」っとゆっくり息を吐く。

 

「さて、更にもう一つ考えなきゃならない問題に……例の牧師の問題がある。今は取るに足らない連中だが、俺の研究が進んで来れば、きっと抵抗してくるはずだ。連中は宗教だから、おおよそ説得は難しい」

 

 蓬莱教授が、やや疲れ気味に言う。

 確かに、蓬莱教授に対する抵抗勢力としては、マスコミを超えて、最も厄介な存在かもしれないわね。

 

「何故なら……そう彼らは、俺の研究を神への冒涜だと言っている。彼らは神の存在証明さえできていない、にも拘らず、それを信じ、そしてそれが神への冒涜だといっている。胃が痛いよ、俺のような学者からすれば、頭がおかしすぎて、話し合う気にさえ、なれないものだ」

 

 蓬莱教授が、ついであったコップの中の水を飲む。

 心底呆れているという感じでさえある。

 

「ふぅー、しかしいつまでも無視するというのも難しい。連中は『信仰』を持っている、これを論破するのは困難だ」

 

 彼らの中では、論理的思考がないから、説得や話し合いは難しいという。

 蓬莱教授からすれば、最も嫌な相手とも言えるだろう。

 

「だとすれば、必要なのは宣伝戦……つまり広告塔だ」

 

「あの、蓬莱教授、もしかして――」

 

「そうだ、石山さん、もし必要に迫られたら、君に、俺の研究の宣伝役になってほしい。そしてその時は、君の彼氏について、あーそうだ篠原さんと、ずっと一緒に居たいということを言って欲しい」

 

 あたしが言い終わる前に、蓬莱教授があたしにもう一つ、仕事の依頼をする。

 蓬莱教授のもう一つの依頼、それは間違いなく、あたしの知名度と、そして容姿について期待しているということだろう。

 

「人間というのは、皆が皆、俺のように賢い生き物ではない。だから、俺がいかに不老研究のもたらす社会の大きな利益について説明しても、感情的で下らなく、根拠のない愚かな宗教的考えに流されてしまう……哀れな連中だが、この世界、ほとんどの連中が哀れなまま死んでいくものだ」

 

 蓬莱教授は、可哀想なものを見るような目で言う。

 

「……」

 

「連中に対抗するには、こちらが連中のレベルに合わせてやらねばならない。そう、介護と同じだ。しかるに、君の容姿はプロパガンダにとても都合がいいのだ」

 

 つまり、あたしがかわいくて美人だから、広告塔になって欲しい。というのが蓬莱教授の言い分だ。

 

「もちろん、嫌悪感を持つのはわかる。俺が君の立場でも、嫌な気分になるだろう。だが、俺の研究を邪魔されないため、そして更なる支援金を集めるためにも、どうしても必要なことだ。理解してほしい」

 

「……分かりました」

 

 蓬莱教授の言葉に、あたしもうなずく。

 あたしもバカじゃない。浩介くんと一緒に居るためにも、蓬莱教授に協力しないといけないことくらいは分かっているし、世の中にはくだらない宗教を盲信して、猛毒のサリンをばらまくような人間さえ居ることも知っている。

 

「もし君が宣伝戦に出てくれれば、おそらく我々の研究の邪魔も少なくなる。驚くかもしれないが、俺のように見た目で判断しないように心がけている人間は極めて少ないんだ」

 

 蓬莱教授の言葉にあたしたちもうなずく。

 あたし自身、飛びぬけてかわいく、飛びぬけて美人だから、通行人の噂話にとてもよく巻き込まれた。

 人は見た目が9割なんて話さえある。

 

「さて、この研究が完成する過程で、抵抗勢力の抑え込みも重要だが、既存の支援者の囲い込みも重要になってくる。俺としては愚かなことだが、一部の人々は、俺を神のように崇めている連中もいる。愚かな奴らだが、利用しない手はない」

 

「そこで役に立つのがまたも君だ。君が広告塔になれば、敵を寝返らせるだけでなく、味方の忠誠心も強固にできる」

 

「……浩介くん」

 

「あまり、優子ちゃんを前面に押し出しすぎるのもまずいと思う。彼らだって、プロパガンダの手法を知識として走っていると思いますし」

 

 浩介くんがあたしを見てそう言う。

 

「うーん、そうかあ……君がそう言うなら、この話はやめておこう」

 

 蓬莱教授があっさりと引き下がったように言う。

 

「あの、大丈夫なんですか?」

 

 あたしも心配になったので聞いてみる。

 

「大丈夫心配ない。他にも手を打つ。今、俺の研究所ではそう言った心理学、宣伝戦の専門家を募集している。そこでチームを作る。今研究所では、宣伝部を大急ぎで構築している所だ。必ずやもっといい案が出るだろう」

 

 やはり、あたしたちは重要な存在なのだという事が改めて分かる。

 

「さ、まだ話は続くぞ。聞いてくれ」

 

 蓬莱教授は改めて水を取り出し、あたし達についでくれる。


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