永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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AO入試 蓬莱教授の洞察力 後編

「さて、俺の研究について、具体的に君たちにしてほしいことは、大学の3年に、俺の研究室に配属になる前、石山さんには定期的な遺伝子の提供をお願いしたい。といっても、髪の毛の他にも、切った爪や頬の内側にある細胞でいい」

 

「はい」

 

 研究室は中央にあるし、移動中にでも立ち寄れば、あまり問題にはならなさそうね。

 

「そして俺の研究室に配属になったら、大学卒業までは指導教官として卒業論文を書いてもらう。そして出来れば……そのまま研究者となって修士博士に進んでほしい。俺の研究にもっと関わってほしいんだ。佐和山大学の大学院で、俺の専門の『再生医学』なら、一流大学の院卒並みの待遇は得られる。悪い話じゃない」

 

 蓬莱教授が願望を込めて言う。

 

「あの……蓬莱教授、今はそこまで未来のことは、考えていません。考えているのは、大学卒業までです」

 

 あたしがキッパリと言う。

 大学院に進むか、もしくは就職するかは、大学3年位になってから決めても遅くないと思う。

 

「――そうだろうな。無理もない。これはただの俺の願望だ。ただ、もし大学卒業後に就職するとしても、遺伝子の提供は引き続きお願いしたい」

 

「……分かりました」

 

 蓬莱教授の研究に協力するのは、当初からの決定事項だ。

 そこはブレてはいけないだろう。

 

「ところで、蓬莱教授は今どのあたりまで研究を進めているんですか?」

 

 浩介くんが進捗状況を聞いてくる。

 

「ああ、今一度、寿命を伸ばしている。うまくいけば、200歳の記者会見を今年中には開けるかもしれない。もしかしたら、これだけでもノーベル賞かもしれない。ただ、仮にノーベル賞を取ったとしても、有限では意味がないんだ」

 

「どうしてですか?」

 

 200歳まで生きられるようになるだけでも、環境はかなり変わりそうなのに。

 

「もちろん、不慮の事故に巻き込まれる確率に比べて、十分に長いなら話は別だが……以前と比べて、安全性がどんどん増しているから、それも難しいんだ」

 

「どういうことですか?」

 

「昔は、車だけではない、鉄道も、飛行機も、事故が多かった。今よりもずっと確率が高かった。あるいは、極端にひどい大気汚染や公害というのもあった。だが今は、昔よりも随分と住みやすくなった。寿命で死ぬ人間の割合が、今はどんどん増えているんだ」

 

 確かに、それはそうだ。自動車だって、今は自動運転とか、自動ブレーキって言われているし。

 

「つまり、不老ではなく、単に寿命が長くなると言うだけだとしたら、単に人類の規模が巨大化するだけで、不老によって解決する問題――例えば高齢化問題の解決にはならないんだ」

 

 蓬莱教授の指摘、そう言えばそうだわ。

 もし不老者だけの人類になれば、高齢者が存在しなくなる。

 若者が若者で在り続けるならば、社会の重荷は減るのだ。

 蓬莱教授の不老研究の、最大のメリットと言ってもいい。

 

「そのためには、半永久的でないといけないんですか?」

 

「ああ。不慮の事故に巻き込まれるよりも、寿命が十分長い。といっても、慎重に生きる人とそうでない人で、寿命はかなり変わってくる。そうなると、理論上寿命が十分長くても、老化で死ぬ人が出て来る可能性は捨てきれないんだ。そうなってくると、やはり君たちのようなTS病と同じ『不老』が必要になってくるんだ」

 

 蓬莱教授の話はちょっとわかりにくいけど、何とか理解に努めると、単に寿命が長いだけでは、老化現象は起こり得るという。一定の年齢まで成長したら、後は進行を完全に停止させないといけない。

 

「もちろん、今の寿命の延命も、TS病の遺伝子……たまに手に入る永原先生の遺伝子で作られているんだ。幸いなことに、君の遺伝子も手に入れば、俺の開発した万能細胞とも併せ、複数のサンプルで比較することもできるんだ」

 

 つまり、今までは永原先生の遺伝子のデータを、たまにしか手に入れられなかった。

 それに比べればあたしのデータは常に入る。効率は段違いだろう。

 

「そうすれば、俺の実験の効率も格段に上がる。全ての人類に、いち早く不老を提供できる。それだけ、救える命が増えることになるんだ……もっとも、いつか死ぬということには代わりはないがな。大幅に遅らせることは可能だ」

 

 蓬莱教授の話、結局、不老と言っても延命措置には変わりはない。

 衰えることがなくなると言うだけで、いや、だけというのはアレかもしれないが、いずれにしても死ぬことには変わりはない。

 

「最初は『いらない』などと強弁するものも多いだろう。だが、徐々に不老の人口が増えれば、あっという間にマジョリティになるだろう。何故か分かるかね?」

 

「はい」

 

 もちろんそれは分かる。何故なら、寿命が違いすぎるから。しかもTS病で不老になれば、何歳でも子供を産めることになる。もし両親が不老で子供も不老なら、あっという間に不老者が多数派になっていくだろう。

 おそらく、現代における不老者の平均寿命は、今の永原先生の年齢を大幅に上回るはずだ。

 数千歳、あるいは万年単位で生きる人さえいるかもしれない。そうすれば、既存の人類はあっという間に淘汰されてしまう。

 

「強大な寿命を背景に、不老者が多数派になれば、人類の価値観などいとも簡単に変化するだろう。それを考えれば、長期的に見れば不老に対するネガティブイメージなど、吹けば飛ぶようなものさ。だが今は違う」

 

 そう、今はまだ、不老に対するネガティブなイメージが付きまとっている。

 最も、それらはほとんどは不死と混同されたものだけど。今はまだ、混同が多いのは致し方ない。

 

「他にも、不老化によって人は歩みを止めるという意見もあるだろう。だが俺はこれにも同意しない。大きく分けて2つの理由がある。1つ目は、不老によって子供ができなくなるというわけではないからだ。それは君たちTS病患者が証明しているだろう?」

 

「はい」

 

 出産をしたという前例があることは知っている。実際、協会の会員たちにも、家庭を持っていたり、あるいは持っていた人も居た。

 そう、やっぱり寿命の違いというのはあった。

 

「そして2つ目だ。そもそも、古来生命は何代もの代を重ねて進化しなければならなかった。それは複雑で遠回りだ。38億年とも、40億年とも言われる生命の歴史のうち、30億年以上が単純な古細菌の時代だった事は知っているかな?」

 

 もちろん知っている。

 

「ええ、学校の生物の時間でやりました」

 

「人類が登場したのは、地球の歴史からすれば本当にごく最近……いや、人類らしい文明という意味では、1万年も経っていない。永原先生の人生でさえ、地球からすればちっぽけなことだろう?」

 

 確かに、500年を生きた永原先生も、あるいは修学旅行で見てきた歴史ある文化財も、地球の歴史から見ればあまりに短いものだ。

 もしかしたら、不老で生きられる時間でさえ地球の歴史から見れば非常に小さい出来事でしかないのかもしれない。

 

「しかしどうだ? 人類が生まれた時から永原先生が生まれた時までと、永原先生が生まれてから現代までの時……人類の長さを仮に700万年とすれば、前者は後者の1万2000倍の長さを誇っている。だけど、人類の変わりようでいえば、後者の方が大きいのではないのかな?」

 

 あたしたちは、深く思慮をする。

 人類が生まれ、言語が生まれ火が使われ、産業革命以降人類の技術は爆発的に向上し、そして現在人類はは加速度的な発展を遂げている。

 永原先生は、鉄道を見て、世捨て人のような逃亡生活を止め、教師を始めたと言っていた。

 それはつまり、永原先生にとって鉄道は革命だった。あの当時の、小さな蒸気機関車でさえ、そう感じるほどだった。

 江戸時代、電気もない、鉄道もない、車もない、飛行機もない、ガスもない、コンピュータもない、クーラーも扇風機も暖房器具もない、水道だってろくにない、何もない。あるのはただ平穏で静かな世界だけだった。

 しかもそんな時代も150年前の話だ。あたしたちからすれば想像もできない昔の話だけど、永原先生の人生の4分の3以上は、そんな時代で過ごしていたことになる。

 

「それもこれも、人類の叡智がなせる業だ。人類は進化論による進化に頼らずにイノベーションを起こせる唯一の生命だ。しかし、老いはそれを出来なくさせてしまう。それはな、害悪でさえあるのだよ。もし、俺達の研究が出来なければ、姥捨て山は、いつか必ず必要になる」

 

 蓬莱教授はどうも、老化に対してかなりの嫌悪感があるらしい。

 

「日本だけではない。やがて世界人口も、高齢化により減少の一途をたどる。そうなれば、この地球全体で、老害ばかりが跋扈することになる。そしてこれは人類全体の存亡に関わる。それだけは、避けねばならない」

 

 確かにその通りだ。

 

「歳をとると脳が劣化することは良く知られている。いわゆる年齢的な衰えというやつだ。かつての天才も、老いによって昔のように考えることが出来なくなっていくのはよく知られていることだ」

 

「ええ」

 

「しかし、不老によって、人類がいつまでの若くあり続ければ、老いによる天才の消失を避けられる。そうすれば、それだけ若い力が増え、イノベーションも起こり得るという事だ。そしてそれはさらに人類の進化を促すんだ」

 

 蓬莱教授が、自らの研究と未来への展望を語る。

 

「でも、歳を取れば頭が固くなるのは――」

 

「もちろん、脳の劣化以外にも、過去の成功体験が邪魔をすることもある。あるいは幼少期の教育のこともあるだろう。だがどうだ? 永原先生は頭が固いかね?」

 

 蓬莱教授は、想定内という感じで言う。

 

「うーん……」

 

 その私的に、あたしはゆっくり考える。

 そう言えば、永原先生は頭が固くなかった。

 それどころか、体育の着替えの時の小野先生や、林間学校の時の教頭先生など、永原先生の10分の1程度しか生きていない人よりも頭が柔らかかった。

 協会会合でも、「会が硬直化しやすい」とも言っていたけど、それを自覚できるという事は、永原先生は柔軟な思考回路という証明でもある。

 

「以前聞いた話では、永原先生は赤穂事件の時に、時の将軍徳川綱吉に対して『生類憐みの令』を出して、戦国時代によくあった安易な喧嘩両成敗に反対しておられたそうじゃないか。これは十分に『柔軟な思考』と言ってもいいんじゃないかな?」

 

 うん、確かにその通りだわ。

 

「これは俺の推測だが……赤穂事件の時の永原先生はちょうど180歳を超えたあたりだ。つまり、現在この地球上で2番目に長生きな余呉さんとちょうど同じくらいということになる」

 

 そう言えば、そうよね。やっぱり、永原先生はとても長生きだ。

 

「おそらく、個人差はあるだろうが、そのくらいの年齢になってくると、徐々に経験値も増えて、本来の若い頭脳を取り戻すんじゃないかと踏んでいるよ。不老ならば、物理的には劣化をしないからな」

 

 蓬莱教授が中々に面白い指摘をし出す。

 もちろん脳の物理的劣化も含まれているが、実はまた柔軟な思考回路を取り戻せるという予想は、非常に興味深い。

 実際の所は、よく分からないけど。

 

「さて、この技術で大きな問題になるとすれば、人口問題だろう。人類がこれを共有した場合、人口の急増は避けられない。それは懸念材料だが……少子化が叫ばれる日本なら、そこまで大きな問題にはなるまい。あるいは宇宙開発の促進も、解決策として考えられるだろう」

 

 蓬莱教授はそう言うと、また水を飲んだ。

 

「さて、これから君たちが俺の研究所に出入りしたりするにあたって、もしかしたら議論をふっかけられるかもしれない」

 

「「はい」」

 

「もしそうなったら、今日の話を思い出してくれ」

 

 蓬莱教授が、今日の話しについて言う。

 

「それから、老いて死ぬのが自然の摂理というのも間違いだということを、覚えておいて欲しい」

 

「どういうことですか?」

 

 あたしが聞いてみる。

 

「去年、君たちと俺は水族館で会っただろう? あの時、俺はベニクラゲを見ていた」

 

「あ!」

 

 思い出したわ。確か、ベニクラゲは老いてくると若返るんだっけ?

 

「うむ、そう。老いたからと言って若返るのは、別に自然の摂理に反していないさ。それに、仮にそれが自然の摂理だと言うなら、TS病患者は存在そのものが自然の摂理に反していることになる」

 

「はい、そうなりますよね。永原先生なんて、特に」

 

「ああ。しかし実際には、TS病は実在の病気だろう? 何故我々非TS病患者たちが、TS病の人と同じように不老となることを妨害されねばならないのかね? と、このように答えればいい」

 

「……おう分かったぜ」

 

 浩介くんがそう答える。

 

「宗教的な話など論外だ。神がどうこうというのは『俺は信じていない』で十分だろう」

 

 蓬莱教授はまた水を飲む。そして時計を見る。

 

「おっと、もうこんな時間か。さ、長々と話してすまなかった。とりあえず、『俺の退屈な話をちゃんと聞いた』、これをもって君たちを佐和山大学合格としよう」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 あたしたちは2人で頭を下げる。

 

「よしてくれ、頭を下げるべきなのはこっちだ。君たちの協力がなければ、俺の実験は行き詰まるところだったんだ。こちらこそ、本当に感謝しているよ」

 

 蓬莱教授が慌てて制止をする。こういう所は、愚直なくらい律義な人だ。

 

「ともあれ、まず俺たちがやらねばならないのは、不老と不死の混同報道への対策だ。死にたければいつでも死ねる。そのことを浸透させねばならん。もしそうすれば、今ある俺の研究への批判はあらかた片付く。宣伝部が最初にすることはそれだろう」

 

「はい」

 

「ともあれ、今日は感謝する。君たちは残り少ない高校生活を楽しんでくれ。また、会おう」

 

「「はい」」

 

 あたしたちは蓬莱教授とともに椅子を立つ。

 あえて、「ありがとうございます」とは言わず、あたしたちは蓬莱教授に見送られ、研究棟を後にした。


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