永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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アフターデート

「ふー、終わった終わった」

 

「優子ちゃん、お疲れ様」

 

 あたしは研究所を出て、背伸びをして一息つく。

 これからは、浩介くんの誕生日を兼ねた制服デートになる。

 天文部へ入り浸りだったこともあって、制服デートを昼間からするのは初めてだったりするので、新鮮な気分だ。

 

 あたしには、デートに行く前にどうしても気になることがある。

 そう、あたしたち以外のAO入試組のことだ。

 

「ねえ、他の受験生たちはどうしてるかな?」

 

「ああ、ちょっと見ていくか」

 

 浩介くんも、どうやら気になっていたみたいね。

 閑散とした大学構内を、あたしたちは進み、さっきの看板を見つける。

 今度はエレベーターではなく、蓬莱教授と進んだ階段を昇る。

 スカートは長いままで、屋内だからパンツが見える心配はないのだけどそれでも浩介くんが気を遣ってあたしを先に通してくれる。

 

 やっぱり、階段を上がると緊張する。

 

「――さん、302にお入りください」

 

「はい」

 

  ガラララ……

 

 女の子の声がして、教室を開ける音がかすかに聞こえてくる。

 ああかわいそうに。でも、これも仕方ないこと。

 椅子には多くの受験生が座っていて、むなしい緊張感が漂っていた。彼らは、自分たちが不合格通知を既に印刷されている存在だとは知る由もない。

 あたしたちはすぐにいたたまれなくなって、階段を下りた。

 そして、あたしたちはすぐに建物の1階に出た。大学を探検する気にはなれなかった。そんなのは、入学後に嫌でも出来る。

 普段は学生でにぎわってそうだけど、今日は人影の一つない。

 

「そうだ優子ちゃん」

 

「うん?」

 

「そろそろ、服装もデートモードに切り替えてもいいんじゃない?」

 

「あ、そうだよね」

 

 浩介くんは、遠回しに「スカートをいつもの長さに短くして欲しい」と言ってくる。

 

  サッサッ……

 

 あたしは、ちょっと恥ずかしいけど、スカートを折りたたんで、短くする工程を浩介くんに見せてあげる。

 

「うお、なんかエロいな」

 

「えへへ、でも見えてないから大丈夫よ」

 

 少し照れ笑いを含めながらあたしが答える。確かにスカート短くすると脚が見えるしエロいというのはそのとおりだと思う。

 でも、やっぱりあたし自身、いつも通りのスカート丈の方が気分がいい。

 カリキュラムの時に、「スカートを短くするのはいいこと」と教わったからかもしれない。

 

「さ、行こうぜ」

 

「うん」

 

 ともあれ、佐和山大学から駅までの間に、何かがあるか確かめてみる。

 

「そういえば優子ちゃん」

 

「ん?」

 

「夏休み、どうする?」

 

 浩介くんが、夏休みのデートを聞いてくる。

 夏といえば色々あるけど……

 

「確か去年は海に水族館に夏祭りだっけ?」

 

「結構あらかた行ったよなあ……」

 

 林間学校の時に浩介くんと恋に落ちて、永原先生が海と夏祭りで親睦会を開いて、夏にデートし始めて、そしてあれから1年が経った。

 

「うーん、ちょっと海と被るけどプールはどう? ウォータースライダーとか」

 

 あたしがパッと思いついたのを言う。

 プールなら、水着も去年のでいいし。

 

「ふむふむ、それもいいよな」

 

 浩介くんが賛意を示してくれる。

 

「あ、そうだわ! バーベキューはして無かったわね。林間学校ではしたけど」

 

「お、いいなそれ。両家の親睦も深まるだろうし」

 

 うん、あたしたちに加え、あたしの両親と、浩介くんの両親を合わせてバーベキューと言うのはいいわね。料理の情報交換もできそうだわ。

 なんか、結婚を意識しすぎなデートな気がするけど、気にしないでおくわ。

 

 ともあれ、夏の大きなイベントは大体決まったので、あたしたちは今のデートを楽しむことにする。

 まずは、浩介くんのお誕生日プレゼントを買うということになったんだけど――

 

 

「ねえ、これなんかいいんじゃない?」

 

「え!? でも高すぎるよ。優子ちゃんに悪いって」

 

 あたしたちは、電気屋さんでお誕生日プレゼントを見繕っていて、あたしは浩介くんに関数電卓をプレゼントしようと思った。

 佐和山大学自体が理系の大学ということもあって、将来的にも役立つと思ってお誕生日に電卓のプレゼントをチョイスしたんだけど、浩介くんが遠慮してしまっているのだ。

 

 責任感強い浩介くんらしくて、素敵だとは思うけど、お誕生日くらいもう少しだけわがままにもなってほしいかもしれないわ。

 

「ねえ浩介くん」

 

「ん?」

 

「責任感強いのは素敵だけど、誕生日くらいもう少し我がままになってもいいと思うわ」

 

「うーん、俺は十分わがままだぞ」

 

 浩介くんが、不思議そうに言う。どうやら、悪気はないみたい。

 うーん、このままだと押し問答になりそうだわ。

 

「じゃあこうしましょう。修学旅行の時の資金が残っているわ。あの時……2日目に遊びきれなかった分、少しだけ贅沢しましょう」

 

「ああ、分かったよ」

 

 修学旅行の2日目は、あたしたちは女の子の仲間と、永原先生の引率で鉄道博物館を見ていたし、浩介くんも男仲間とともに、どこかに遊んでいた。

 その分を、取り返すという名目にした。

 変な話だけど、浩介くんを納得させるにはもっともらしい大義名分が必要とも言えるわね。

 

 幸いにして、修学旅行のお金が相当に余っているのは確かで、例の痴漢事件のときの資金も含め、小遣いも溜まってきて、今のあたしはちょっとリッチな気分になっている。

 浩介くんも、その口ぶりから、資金に何か余裕があると思われるが、どういうことなんだろう?

 

 ……まあいいわ。

 

「さて、これからどう勉強しようかしら?」

 

 あたしたちは、既に大学の合格証を貰ってしまった。

 蓬莱教授の「演説」もまた、あたしたちに教えるようなもので、おおよそ試験とは程遠い。

 むしろ、あの場は、蓬莱教授が自らのしてきたこと、その目的などを教え、あたしたちを完全にこちら側に引き込むためのもので、プロパガンダという意味合いの強いものだ。

 

「なあ優子ちゃん」

 

「ん?」

 

「蓬莱教授、いい人だったよな」

 

「うん、思えば、お世話になりっぱなしよね」

 

 もちろん、蓬莱教授が何故あたしたちにあそこまでするのかは分かっている。

 あたしの一手に、世界の命運がかかっていたこと。

 著名な彫刻家が、蓬莱教授の銅像を掘り、寄贈しているのは氷山の一角だ。

 例の記者会見以降、知らないだけで、おそらく全世界で、彼に心酔する人間は増えているはず。

 

「ああ。だけどあの銅像……俺にもようやく分かったよ。蓬莱伸吾と言う人間が、どれほど多くの人から注目を集めているのか。いくらノーベル賞学者とは言え、存命で、しかも現役の大学教授に、自分自身の銅像なんて寄贈するなんて、崇拝じゃなきゃ何なのか?」

 

 浩介くんも、例の銅像については気になっている。

 

「ええ、それにあの研究棟……蓬莱教授は莫大な資金を持っていることは確かだわ」

 

 本当は、もう一つ、懸念がある。

 蓬莱教授は、研究の完成にTS病患者、つまりあたしの存在が必要不可欠だと言っていた。

 他のTS病患者でもいいが、それぞれに事情があるし、TS病患者自体がとても希少な存在。

 同じ大学に居るあたしが実験台を申し出るのは自然な成り行きだった。

 

 だが、誰でもいいと言っても、みんなが渋る中であたしがそれを申し出たことで、蓬莱教授の研究は格段に進むのは明らか。

 そうすれば、もしかしたら、あたしや下手したらTS病患者の仲間たちまで宗教的な崇拝を受けかねない。

 当然、あたしには何の力もない。それどころか大抵の凡人よりは弱い存在だ。いかに老化しないからと言っても、浩介くんという素敵な彼氏に守ってもらっている、ただの女の子には変わりない。

 

 分かっていたつもりだったけど、永原先生の言ったことが改めて身にしみてくる。

 あたしに課せられた重みは、500歳となった永原先生にさえ、耐えられるかわからないと言わしめさせるものだった。

 

「優子ちゃん、何を考えていたんだ?」

 

「あ、うん。その、今後のあたしのこと……蓬莱教授の研究が成功して、あたしと浩介くんはずっと一緒にいられるとしても……もしかしたら、あたしは更に有名人になっちゃうんじゃないかって」

 

 あたしは、芸能人みたいな扱いは受けたくない。浩介くんと、ラブラブで平穏な日々を過ごしたい。

 高島さんの取材の時は、高島さんの特段の配慮で何とか地上波に映されることはなかったけど、それでもインターネットでは一時期話題の多くを独占した。

 

「何、俺が守ってやるよ」

 

「……はい」

 

 浩介くんがしっかりした声で言う。

 その頼もしさは、決してお金では買えないと思う。

 あたしはまた、顔を赤くしながら、レジに電卓を持っていった。

 レジの店員さんは不信な様子だったけど、ともあれあたしはこれで浩介くんへプレゼントをその場で渡した。

 

「はい、浩介くんこれ。お誕生日おめでとうね」

 

「ああ、ありがとう」

 

 浩介くんは大学生活でこの関数電卓を使ってくれるかな?

 見た感じ積分まで出来るみたいだし役立ってくれるといいわ。

 

 ……後であたしもこれを買おうかな。

 もちろん他意はない、便利そうだし、うん。

 

 その後は、駅の裏手の散策を楽しんだ。滅多に訪れたことのない駅の向こう側は、あたしにとっても浩介くんにとっても、非常に新鮮なものだった。

 ほんのすぐ隣に存在していただけなのに、そこはまるで別世界だった。

 

「来年からは、こっちのほうが馴染みになるのかな?」

 

「うん。あたしもそう思うわ」

 

 一通り散策すると、足も疲れてお腹も空いてきた。

 

「優子ちゃん、お腹すいたな」

 

「うん」

 

 ふと、駅前の時計を見ると、時間は正午を超えていて、空腹感が支配していた。

 あたしたちは適当なお店を見つけた。

 そこは「讃岐うどん」と書かれたお店だった。

 

「そう言えば、あんましうどん屋さんって入ったことねえんだよなあ」

 

 浩介くんが言う。言われてみればあたしもそうだったわね。

 

「うん、あたしも」

 

 そば屋さんは結構あるけど。

 店の前にはてご丁寧にメニューの張り紙が貼ってあった。

 

「うーん、きつねうどんの小でいいかな?」

 

「よし、俺はかけうどん大」

 

 店の前にあるメニュー表を見て、頼むものが決まったので、あたしたちは改めてお店に入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店員さんの返事とともに、あたしたちは列に見よう見まねで並ぶ。

 

「浩介くん、トレイ」

 

「ああ」

 

 まずはトレイを取り、次に天ぷらや唐揚げなどが乗っている。

 これらは全て別料金。浩介くんが唐揚げを取っていた。

 

 前のお客さんが注文を頼むと、店員さんがその場でささっと作りトレイに乗せていく。

 あたしたちも、それをよく観察しておく。

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

 

「えっと、きつねうどん小」

 

「わかりました、きつね小入ります!」

 

「そちらのお客様は」

 

 今度は浩介くんの方を向いて注文を聞く。

 

「かけうどん大で」

 

「わかりました、かけ大入ります!」

 

 店員さんの掛け声とともに、小さな容器にうどんをさっと茹でて入れ、きつねが入って最後にスープが出てくると思われるレバーを押してスープを入れて完成。

 浩介くんのは大きな容器で大盛り用と思われる大量のうどんが入り、そこからスープが入る。

 そして、その先にはレジがある。あたしは財布を取って店員さんから言われた金額を支払う。

 レシートをトレイに置かれて、更にその先には天かすやごま、醤油、ネギ、更にコップと冷水のコーナーがあった。

 あたしは少しだけ取って天かすに軽く醤油をかける。

 

「いいこと思いついた」

 

 浩介くんがあたしの様子を見て何やらひらめいた様子を見せる。

 浩介くんは、天かすを何杯も山盛りにしはじめ、その上に大量のネギをかけ、醤油をこれでもかと入れ、ダメ押しと言わんばかりにすりごまをどんぶり全体にかけはじめ、うどんが見えなくなるくらいになっている。

 

「こ、浩介くん……」

 

「いやさ、折角タダなんだし……エネルギー必要じゃん?」

 

「あ、うん……そうよね」

 

 浩介くんはかなり鍛えていて、体重も少し増えているらしく、それに伴い食事量も増えているとか言っていたもんね。

 

「「いただきます」」

 

 あたしたちは向かい合わせの2人テーブルを発見し、そこにトレイを置いて食べ始める。

 

 浩介くんのうどん、本当に凄まじいわね。

 あたしは、きつねとうどんを食べつつ、浩介くんは豪快に食べる。

 量の違いもあってか、食べ終わったのはほぼ同じくらいのタイミングだった。

 最後にトレイを返却口に持っていくという。どこまでもコストカットのされた合理的なシステムだと思う。

 

 それからというもの、あたしたちは駅の向こう側の更に遠くの施設をひと通り見て回り、大学生活の予習も兼ねたデートを楽しんだ。

 

 

「ただいまー」

 

「優子おかえりなさい。入試どうだった?」

 

 いつもは、浩介くんとのデート結果を真っ先に聞いてくる母さんも、今日とばかりは入試の結果を先に聞いてくる。

 

「あ、うん。ちょっと待って……」

 

 あたしはカバンから合格証を取り出す。

 母さんは驚いた目で見てくる。

 

「そ、それ……!」

 

「うん、佐和山大学の合格証よ。どうも、この試験が始まる前に印刷し終わってたみたいで」

 

「……いくら決まっているからって、ちょっとやりすぎな気がするわ。試験の内容はどうだった?」

 

 母さんが、更に突っ込んだ回答をしてくる。

 

「うん、蓬莱教授の話を聞くだけだったわ」

 

 永原先生の秘密を推測だけで暴いてしまったことは話さないでおこう。

 それから、永原先生に謝罪の電話を入れないと。

 

「そう」

 

「母さん、悪いんだけど、永原先生と話があるから。席を外してくれる?」

 

「あ、うん。分かったわ」

 

 母さんがそそくさと部屋を出て行き、あたしがテレビ電話で協会の本部につなぐ。

 テレビ電話は、すぐに繋がった。

 

「はい、あら石山さん。どうしたの? 今日は入試の日だったわよね?」

 

 テレビ画面の向こうから、永原先生が現れる。

 

「そのことなんですが、永原先生に一つ謝らないといけないことがあるんです」

 

「え!?」

 

 永原先生が驚いて目を見開いている。

 あたしは、今日の蓬莱教授の話を思い出して、話の成り行きで蓬莱教授に「徳川家綱に初恋した」と言う秘密を暴かれてしまったことを話す。

 

「本当に申し訳ないと思います。あたしたちだけの秘密だと言ったのに守れなくて――」

 

「石山さん、あなたが気に病む必要はないわ。蓬莱先生は正真正銘の大天才ですから。私自身でさえ覚えていない飲み会の会話から推測し、秘密を知ったわけですから……ですが、伊豆守殿のことはバレていないのですね?」

 

 永原先生は、「仕方ない」という感じで言う。

 

「はい」

 

 そう、永原先生の初恋、それが2人同時だったことと、もう一人の相手まではバレていない。

 

「それならそれでいいわ。蓬莱先生から隠し通せるとは、今後私も思わないことにします」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ切るわよ。夏休み、楽しんでね」

 

「はい」

 

 テレビ電話が切れ、母さんにその旨を伝えると、母さんが部屋に戻ってくる。

 大学への合格も早急に決まり、あたしは軽い気持ちで夏休みを過ごすことが出来た。

 受験が大変な人は、夏休みも学校に行って勉強する生徒もいる。

 いわゆる「夏期講習」と呼ばれるもので、当然あたしたちは参加していない。

 

 去年あった体育の補講も、今年は幸いにしてない。

 体育の先生曰く、本来なら落第でもおかしくないが、実質的な「軽い障害」とみなしてくれるとのこと。

 逆に言えば、本来は健常者のはずなのに、そう考えなきゃいけないくらい運動能力が悪いということだけど。


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