永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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プールからキャンプ場へ 喧騒と静寂と

「ごめーん、待った?」

 

「ううん、大丈夫」

 

 あたしたちは、もう一度駅に戻り、さっきの路線の更に奥へと進むことになっている。

 そこから乗り換えて、更に山奥を走る路線の駅から、更にバスでキャンプ場だ。

 キャンプ場では両家の両親が設営と準備をしてくれているはず。

 

「結構遠いよね」

 

「でも、帰りは車だろ?」

 

「うん」

 

 今回のデートや旅行も、既にあたしたちの結婚を前提にした付き合いも兼ねている。

 だから、両親も今回はかなり気合を入れてきていると思う。

 

「まあ、今頃ちゃんと準備してるだろうさ」

 

「そうよね」

 

 あたしたちは、席に座りながら、他愛もない話に花を咲かせる。

 あたしはこの電車で終点まで行ったことはない。

 だからまた、未知の領域に入る。

 それはさし詰め、修学旅行の時に乗った関西の鉄道たちにも似ていた。

 あるいは去年夏に初めて海に行った時も同じだろう。

 非日常の鉄道の中にあっても、浩介くんとの愛は、不変だった。

 

「次は終点――」

 

「あ、浩介くん」

 

「おう」

 

 車掌さんの終点の合図と、乗換案内を聞いて、あたしたちは席を立つ。

 

 乗り換えた次の路線は途中まではそれなりの本数があるが、もう一本乗り換えた先は1時間に1本のローカル線になる。

 さて、車内はさっきより空いていた。

 乗っているのは地元の人たちだろう。実際には接続も考慮されていて、本数は少ないけど、あたしたちは比較的スムーズに乗り換えが出来るようになっていた。

 

 普段通学に使っている路線から数えて、あたしたちは数回の乗り換えを行うことになる。

 車窓は大都会の喧騒から、地方の静寂へと変化する。駅間も長くなってきた。

 

 

 

「浩介くん」

 

「ん? どうした?」

 

 あたしは、何回目かの乗り換え時に、浩介くんと話す。

 

「のどかだなって思って」

 

「そうだなあ。都会の喧騒って感じじゃねえよな」

 

 とはいえ、バーベキュー場には降りた駅から更にバスで山奥に行かないといけない。この路線はまだ、電化されていて、車両だけは都会と同じだ。編成は短いけど。

 電車が発車する。駅と駅までが長い。

 

 まだかなまだかなと思っても、次の駅へは中々到着しない。速度だって遅い。

 何駅かして、電車が止まる。

 

「反対列車行き違いのため3分ほどとまります。発車までしばらくお待ちください」

 

 車掌さんのアナウンスが聞こえる。

 よく見ると、この駅は都会でもよく見る駅の形になっている。

 あたしたちの電車は進行方向左側に止まっていて、ホームが右側にある。そしてさらに右側も、電車が発着する。

 違うのは、駅構内に踏切があって、そこを通らないとお客さんが線路を渡っていることだ。

 

 そして、電車が向かい側から到着し、反対側のホームに到着すると、「お待たせいたしましたまもなく発車いたします。ご乗車のままでお待ちください」という車掌さんのアナウンスと、「フィー」っという笛の音と共に、ドアが閉まる。

 あたしたちが乗っている路線は、発車する前は電子音だけど、こうやって笛でも代用できるのは知らなかったわね。

 

「次は――」

 

「あ、浩介くん乗り換えるわよ」

 

「おう」

 

 もう一度乗り換えた先、2両編成の車両に乗り換えて4つ目の駅で、あたしたちの鉄道旅は終わる。そこからはバスを使って「キャンプ場前」で降りることになっている。

 

「長いようであっという間だな」

 

「うん、鉄道って速いわよね」

 

 しかも、地方の昼間でも、関東地方なのでそれなりに人がいる。

 複線が単線になり、編成も2両とはいえ、地元住民たちには貴重な足だ。

 

 そしてあたしたちは、とうとう目的地の駅に着いた。

 列車を降りて見ると、そこは駅員さんのいない無人駅、ICカードには対応していて、簡易的な改札口になっている。

 

  ピピッ!

 

 残額と差し引き金額が表示されるのも首都圏と同じ。

 本数こそ少ないが、一応自動券売機と付近の運賃表もあって、無人駅ながら中々にハイテクだと思う。

 事前にチャージしてくれたお陰で、ちゃんと対応もできた。

 

 駅前は閑散としていて、民家も少ない。

 地図を見ると、集落は少し離れたところにあるらしい。

 

 

「で、えっとバス停は……これか」

 

 それは、永原先生と真田の故郷に行った時の待合室に似ていて、それでも駅前という事で中はかなり広い。が、誰もいない。

 それもそのはず、この路線は1時間に1本の割合だけど、バスは2時間に1本の割合で、次のバスはちょうど50分後になっている。

 

「本数少ないね」

 

「田舎はそんなもんだろ。このあたり緑が多いし」

 

「うん、取りあえず待とうか」

 

「おうっ」

 

 立ちっぱなしも何なんで、あたしは横の椅子に座ろうと思って後ろ向きに進む。

 

  ぺろりっ

 

「きゃあ! えっち!」

 

 浩介くんのスカートめくりをされ、パンツを見られたあたしは恥ずかしくて両手を抑えるが、浩介くんのめくる力が強くて効果がない。

 前からのスカートめくりは、目でめくられている様子が分かってしまう分、後ろからよりも恥ずかしさは大きいわ。

 

「うーん……さっきとはやっぱ微妙に違うのかなあ?」

 

 浩介くんの反応がいつもと違う。

 普段は性欲と悪戯心丸出しでめくられるのに、今はなんだか興味深くパンツを観察されていて……あううこっちのほうが恥ずかしいよお……

 

「浩介くん、こんな所で恥ずかしいから……スカートめくるのやめてぇ……」

 

「うーん、やっぱり水着との違いがよく分からねえなあ……」

 

 どうやら、浩介くんは下着と水着の違いに興味があって、スカートめくりをしたらしい。

 

「スカート元に戻してえ……」

 

 あたしの言葉が耳に入ってなくて、浩介くんに色々な角度からじろじろと観察され、舐めまわされるように見られていく。

 

「お願い……もう許してぇ……!」

 

「うっ……」

 

 あたしが恥ずかしさに耐えきれず、やや涙目で懇願すると、浩介くんがやっとスカートを下してくれる。

 

「優子ちゃんはさ、水着と下着ってどう違うと思ってるの? やっぱり下着とそこまで変わらないと思うんだよ」

 

 浩介くんが、不思議そうに言う。

 

「あたしも穿いてみて分かったけど、水着の方が透け防止とかしっかりしてるわよ」

 

「うーん、それは分かったんだけど、女の子が恥ずかしがる基準が分からねえんだよなあ……」

 

 浩介くんがまだ納得いかない風に言う。

 

「ほら、水着とかチアとか、球技大会のテニスウェアの下とか、見えること、もっと言えば見せつけることが前提よね?」

 

「あ、ああ……」

 

「下着とかスカートの中は、見せるものじゃないのよ」

 

 多分、遊園地の時、あたしが他の女の子がスパッツ平気な理由がよく分からなかったのも「スカートの中」だからだと思う。

 

「なるほどねえ、それを見られる俺は、彼氏の特権ってやつか」

 

「そ、そうだね」

 

「優子ちゃん、実を言うと、今俺は優子ちゃんを襲いたくてたまらなくて……!」

 

「ふふっ、実はデートの度にあたしを襲うこと考えてた?」

 

「ギクッ……!」

 

 あたしは、浩介くんの地雷を思いっきり踏み抜いてしまった。

 浩介くんの顔からは、明らかに動揺の色が見受けられる。

 

「いいのよ。あたしだって自分の魅力が分からないほどバカじゃないわよ。そりゃあね、ブスやおばさんだってなら自意識過剰かもしれないけど、あたしは違うでしょ? むしろ、そんなこと考えてくれるのが嬉しいわよ」

 

「そ、その……それってやっぱり?」

 

「うん、どれほど月日が経っても男だった頃の事実が消える訳じゃ無いもの。仮に優一があたしの彼氏だったら、多分浩介くん以上にエッチになってると思うし、性行為だってとっくに済ませちゃってると思うわ」

 

 それは結局、あたしは生粋の女の子たちと違って、男性に対する理解力が高いからこそ。

 

「確かに浩介くんにえっちなことされるのはすごく恥ずかしいわよ。でも、全然してくれないのはもっと寂しいわ。だって、男のエロさを考えたら、全然触ってもくれないなんて、女の子としての魅力に欠けてるわけだもん」

 

 むしろ、浩介くんは我慢している方だと思う。

 

「それに……あ、あたしだって浩介くんに犯される妄想とかで抜いているわよ。デート中だって、ほのかに期待してるわよ」

 

 スキー合宿や花嫁修業で一緒にお風呂に入った時に見た浩介くんの下半身は、未だに思い出しただけでも体が熱くなってしまう。

 母さんの目を盗んで時折気持ちよくなっている。

 

「うっ……!」

 

 浩介くんがまた動揺している。

 よし、ここは一気に畳みかけるわ。

 

「ねえねえ浩介くん。浩介くんは普段どうやって処理してるの?」

 

「え!? そ、その……女の子があんまりそう言うのは……」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 よく考えたら、いくら2人っきりで人気が無いとはいえ、ここはバス停だわ。いつ誰が来てもおかしくないものね。

 あたしも、つい夢中になってエッチな話題で盛り上がっちゃった。反省反省。

 

  カンカンカンカン

 

 突然遠くで、踏切の喧騒が聞こえる。

 そして、駅の放送が流れる。反対方向の列車がまもなく到着する。

 

  フィーッ、フィ!

 

 車掌さんの笛が聞こえ、駅舎から数人の男女が下りてくる。

 いずれも、あたしたちのバス停には用がなく、一時の喧騒も、また静かになった。

 

「なんか、通り雨みてえだな」

 

 浩介くんがさり気なく言う。

 

「じゃあ、あたしたちの地元って、常時台風が吹き荒れてる感じかな?」

 

 実際、乗り降りする人数も、本数も段違いだし。

 

「はは、そうかもしれない」

 

 浩介くんがニッコリと笑って言う。

 あたしは、何の気なしに浩介くんの股間に視線を移す。

 多分、あたしの中の「メスの本能」がそうさせたんだと思う。

 

 今は多分、大きくなってはいない。

 一瞬触りたくなるのをこらえる。

 でも、ちょっとだけ、仕返ししたくなった。あたしは、何とか理性を保とうとしたが、難しかった。

 

  すっ……

 

「わっ! ゆ、優子ちゃん?」

 

「へへ、ちょっとだけ仕返し! あたしばっかり恥ずかしい思いはしたくないし」

 

 肝心な場所は自重し、浩介くんの硬い胸板に顔を飛び込ませる。

 かつてのあたしがそうだったように、男の人は頑丈な体つきをしている。

 そのたくましさが、ますます嬉しい。

 

「うっ……優子ちゃん!」

 

 浩介くんの体温を感じ始めて、これからという時に浩介くんに腕を払いのけられてしまう。

 

「あ、ごめん。あたしまた……」

 

「ううん、こっちこそ。さっきプールでしすぎちゃったもんね」

 

「あはは。バカップルもいいけど、やりすぎに注意しないといけないわね」

 

「ああ」

 

 お互い反省する顔をするけど、シリアスな顔というほどでもない。

 

「あたしはね、女の子であると同時に、『メス』でもあるのよ。興奮したらえっちになっちゃうこともあるわ」

 

「それはお互い様だろ。俺だって『オス』なんだし」

 

 そう、カップルは「男と女」であると同時に「オスとメス」でもある。

 浩介くんのその絶大な理性で、あたしはまだ処女のままだけど、世間では夜になれば龍香ちゃんみたいに、みだらな行為を楽しむのもまたカップルだ。

 

 あたしと浩介くんは、そのままバスに張られているいかにも古そうな張り紙を見る。

 

「ねえ優子ちゃん、この指名手配犯って捕まったよな?」

 

「あーうん、そうだったわね。40年以上も逃げてて、あたしが女の子になったばかりの時に捕まったんだっけ?」

 

「だったなあ、すげえよなあ」

 

 あたしたちの地元では、指名手配犯が逮捕されると、「ご協力ありがとうございました」という張り紙が張られて、捕まったことを知らせてくれる。

 おそらく、この張り紙は、張った当人が忘れているんだと思う。

 

 にしても、何十年も逃亡を続けた指名手配犯もすごいけど、顔だって変わってるはずの指名手配犯を捕まえる警察もすごいと思う。

 

 あたしたちは、他の張り紙も全て読み終わる。

 中には、かなり古い日付のものもある。張る期限も特になくて、さりとて新しく張り替える掲示物もない。

 そのために、こんなことになっているんだと思う。

 

 

  カンカンカンカン

 

 しばらく沈黙が続いた後、突如踏切が鳴り始めた。

 よく見ると、もうバスの時間まで残り10分になっていた。

 車掌さんの笛の音と共に、さっきよりも明らかに多い人数のお客さんが降りてきた。

 地元住民という感じではなく、明らかに観光客で、しかも、あたしたちのバス停の待合室に5人が入ってきた。

 あっという間に話し声がにぎやかになる。

 

 観光客5人の全員が老人で、若いのはあたしたちだけ。

 5人はグループで行動していて、あたしたちのことが気にも留めない。

 

「賑やかだなあ」

 

「うん、そうだね」

 

 あたしはふと、永原先生のことを思い出す。

 この老人たちは5人だけど、見た感じでは平均年齢100歳って事はないと思う。

 

「あんた来年90だろ? 今中で一番年上なのに一番元気やな! 長生きせいや」

 

「おう、若いもんには負けるけど、でも死ぬには早いぜ」

 

 それなら、この5人の人生を全て経験しても、永原先生の人生のほうが長いことになる。

 皆とても長い人生を生きて、それぞれ達観しているはずなのに。

 

 蓬莱教授は、「人間の人生は、現代社会にとって余りにも短すぎる」と言っていた。

 桂子ちゃんも、「人間の人生は、宇宙が好きな人にとって余りにも短すぎる」と言っていた。

 

「ねえ浩介くん」

 

「ん? どうしたの優子ちゃん」

 

 老人に似つかわしくない、喧騒な話し声に交じり、あたしが浩介くんに話しかける。

 

「永原先生はここにいる人達の全員分の人生より、長い人生を歩んできたのよね」

 

「ああ、そう言うことになるだろうな。今年ちょうど500だもんな」

 

 

「おう、この比良道蔵(ひらみちぞう)89歳! まだまだ死ぬわけには参らん!」

 

「え!? 比良道蔵!?」

 

 あ、しまったわ。教会の副会長さんに名前が似てたから……

 

「おや、嬢ちゃん。わしに何か?」

 

「いえ、すみません。知り合いに比良道子さんという長生きの人がいまして」

 

 そう言うと老人の顔が一気に驚きの色に染まる。

 

「あんたこそ、何でうちの曾祖母(ひいばあ)の名前を知っとるんだい!?」

 

「えっとその、日本性転換症候群協会で、知っていまして。元水戸藩士だと聞いています」

 

「なるほどな。やはりわしが考えている比良道子と嬢ちゃんが考えている比良道子は間違いなく同一人物だ。して、曾祖母は元気かえ?」

 

「はい。相変わらず、若い少女のようですよ」

 

 比良さん、子孫が居たのね。

 それにしても、ひ孫がもう90歳近いのね。比良さん自身178歳になってるせいだと思うけど。

 

「そうか、わしも、わしの子孫が死に絶えても、曾祖母は行き続けるんだな。仲間が居て、曾祖母は幸せ者じゃて。わしは曾祖母より長生きしたいと思っておったが、叶わぬ願いじゃった。わしの子も、わしの孫も、同じじゃろうて」

 

 比良さんのひ孫さんとそんなことを話していると、バスの音が聞こえてきた。

 あたしは時計を見る。大分早い。

 

 どうやら反対方向で、何人かの乗客を降ろすと、そのまま過ぎ去っていってしまった。多分、折り返し作業をするんだと思う。

 

 その間、地元住民と思われるお客さんが、3人ほど待合室に入ってきて、さすがに混雑してきた。

 

 すると、さっきのバスが戻ってきて扉を開けた。

 

「じゃあな嬢ちゃん。曾祖母をよろしくな」

 

「はい」

 

 比良さんのひ孫さんを先に通した後、あたしたちはバスに乗り込む。

 これは「後ろ乗り前降り」のバスで、あたしたちは「整理券をお取りください」という自動案内に、言われるがままに前の人の見よう見まねで整理券を取る。

 整理券は「1」と書かれただけのシンプルなものだった。

 あたしたちは、適当に進行方向右側の2列の席に座り、念のためシートベルトを着用する。

 

 バスは専用車線があるため、ずっとそこに停車中で発車予定時刻まではそこで時間を潰す。

 その後、更に数人の乗客を乗せて、バスが出発した。

 

 バスはやがて、集落の中心部に差し掛かり、駅から乗った乗客の1人を下したほか、さっきよりも大量のお客さんを乗せて出発、さらに集落内にいくつかバス停を持ち、しばらく森林を通ってまた別の集落へ。

 気付いてみると、その集落を過ぎた次は、ゴルフ場、このバス停には乗り降りがおらず、次がキャンプ場前で、乗客はいつの間にかあたしたちと老人5人組のみになっていた。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 キャンプ場で降りたのはあたしたちだけ、バスは5人の乗客を乗せて出発していく。

 このバスで集合で、あたしの母さんが代表して来てくれるはずなんだけど――

 

「あ、優子、浩介くん。こっちこっち」

 

「母さん」

 

 母さんが手招きしてくれた。

 

「お世話になります」

 

「いいのよ。さ、テントの設営は終わってるわよ。これから料理作るから、休んだら優子も手伝って頂戴」

 

「はーい」

 

 そう言うと、母さんが背中を向けて歩き始めた。

 あたしたちは、その背中を必死で追いかけ始めた。


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