永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
母さんの案内でキャンプ場を進む。
キャンプ場にはすでにいくつものテントが張ってあって、あたしたちは、ちょうど日陰になる一番隅の涼しいところだった。
「この3つが私たちのテントよ」
「え!? テントが3つ?」
あたしは、石山家と篠原家でテント2つとばっかり思っていたのに。
隣を見ると、浩介くんも動揺している。
「何を驚いているんだ浩介、このテントは全部2人用だぞ。お前と優子ちゃんで入るんだ」
「「え!?」」
近くにいた「お義父さん」の言葉にあたしたちは驚きを隠せない。
そ、それでいいのかな?
「何驚いているのよ。いい優子? 単なる彼氏彼女のデートと、婚約者のデートは別物よ。これも花嫁修業の一環になってるわ」
「う、うん……」
「浩介くん、うちの優子に手を出して、赤ちゃん作っちゃってもいいけど、他のお客さんもいるから大きな声だけは出させないでね」
母さんがまた爆弾発言をする。
「ぶっ……!」
「ちょっと母さん!」
あたしが母さんの毎度の調子にいつも通り抗議する。浩介くんも吹き出してるし。
「はいはいごめんなさい、とにかく、テントに入ってね」
「はーい」
あたしたちは、荷物を降ろすためにテントの中に入る。
「お、広いな」
「うん」
浩介くんの言う通り、中は思ったより広い。目の錯覚なのかな?
あたしたちは荷物を降ろす。さて、あたしはまだミニのスカートだけど、そろそろ着替えないといけないわね。
「ねえ浩介くん」
「うん?」
「着替えるからちょっと外で待っててくれる?」
「え!?」
浩介くんが間の抜けたように言う。
「この格好でテントにいたら、パンツ見えちゃうでしょ」
「うっ、パンツならさっき見たし」
「もー、さっさと出てってこの変態!」
あたしは、顔を真っ赤にしながら大きな声を出す。
浩介くんは慌てて、テントの外に出ていく。
あたしはようやく荷物の袋から白いズボンを取り出す。
着替えと言ってもスカートの中にこれを穿くだけ何だけど、天井が低いのでぶつけずに着替えるにはお尻を付けないといけない。
誰も見てないけど、向かいから見ればパンモロ状態である。
「どうしたの浩介?」
テントの外から、かすかに会話が聞こえてくる。
「優子ちゃんが着替えるからって」
「当たり前でしょ」
「分かってる、優子ちゃん恥ずかしがり屋だし」
ズボンを裾まで通したら腰を曲げてゆっくり上まで上げる。
「よし」
あたしは着替え終わったの意味も込めて、テントから出る。
「お待たせー」
「お、優子ちゃん終わったか、あれ? ズボン穿いただけじゃん」
「テントの中だと見えちゃうのよ。外で着替えるわけにもいかないでしょ?」
「あそっか」
浩介くんも、すぐに納得してくれた。
「あー、疲れたあ!」
「うん、俺も遊び疲れちゃった」
「あたし、ちょっと横になるわね」
「俺も」
あたしと浩介くんは、お互い横になる。
いわゆる「添い寝」の形だけど、これはもちろん経験済み。
体を休めながら、あたしはプールのこと、そしてこれからのことを思い、思考を整理する。
今日はバーベキューをして、明日はバーベキュー場にある川辺で遊ぶことになっている。
ちなみに、バーベキュー場には小さなホテルも併設されていて、そこでお風呂に入ることもできる。
まだ日が落ちてないから、テントの中は明るいけど、夜はどうだろう?
「ふぅー」
あたしはやがてあれこれ考えるのをやめ、浩介くんと一緒に静かに休む。
「優子ー! 手伝ってー!」
「はーい!」
静寂は突然破られた。
母さんが、夜のバーベキューの準備をして欲しいとして、あたしを呼びつけたのだ。
そしてあたしはテントから出る。
テントの外には母さんと「お義母さん」がいる。
「あら優子、少し雰囲気変わったわね」
「うん」
母さんがあたしを見て雰囲気の違いに言及する。
「さっきはこれに着替えていたのね」
「お義母さん」も話に乗ってくる。
「ほら、テントの中だと、狭いし……見えちゃうから」
「ふふっ、そうよね。さ、ともあれはじめましょ」
母さんが指差した先には、多数の野菜が切られずに置かれている。
更に、包丁とまな板が2つあり、こちらは母親陣の担当になり、あたしはたれの準備を担当することになった。
「火おこしの準備は?」
「火は男たちの担当よ」
母さんがそう言う。体を動かす、体力に勝る男性陣にやらせて、あたしたちは料理に専念するらしい。
「さ、始めるわよ」
「「はい」」
あたしの母さんがリーダーになって、全体を指揮しつつ、野菜を切る。
あたしは、たれの配合を考える。
今回は篠原家のことも考慮しないといけない。
野菜と焼き肉で、別のたれが理想だけど、あたしはそれらの中間に位置する絶妙な配合を考えないといけないから大変だわ。
「篠原さん、そこはそうじゃなくて、こう切るのよ」
「え!? 優子ちゃん、この切り方でも何も言ってなかったよ」
「ふふっ、優子もまだまだ経験不足ね」
「は、はあ……」
あっちもあっちでうまくいってるみたいね。なんかあたしのアドバイス間違ってたみたいだけど。
とはいえ、花嫁修業の時に、あたしに家事勝負で料理に完敗した「お義母さん」には、あたしの母さんの指導はちょっと重荷かも。
とにかく、今は担当をきっちりこなさないとね。
うーん、これでいいかなあ?
あたしは、試しに配合したたれを味見してみる。
「うん、いつも通りね」
後はこれを大量生産するだけ。
一回ちゃんと作っちゃえば後は大量生産するだけ。
……よし。
「母さん、できたわよ」
「あ、優子ありがとう、こっちも大分切り終わったわ」
母さんが大皿に盛りつけられている野菜を見せてくれる。ちなみに、お肉はクーラーボックスに直前まで入れておいてある。
「はー、優子ちゃんのお母さん、厳しいわね」
「お義母さん」がため息をつきながら言う。
実際、かなりしごかれたみたいだわ。
「そりゃあ、優子を理想の女性にするために頑張ったのよ。いい? 女子力に終わりはないわ」
母さんがさらりとした感じで言う。
確かに、母さんたちはともかく、あたしは老けないから、女子力をどんどん上げないといけない。
「ふふっ、家事が出来れば、女性としての魅力が上がるわよ。他にも優しさや包容力、母性といったものも大事になってくるわね」
母さんは、男性から好かれるために様々なことを磨いたらしい。
母さんは以前「結婚前も結婚後も、男性に好かれるように努力しなければいけない」と言っていた。
彼氏にしても旦那さんにしても、男性には変わりはないから、彼の好みをよく観察するべきとも言っていた。
「さ、優子はコップと飲み物とお皿の準備をして頂戴」
「はーい」
母さんの指示に従い、あたしはクーラーボックスを開けてオレンジジュースを取り出す。
そして、それをテーブルの真ん中に置き、更に紙皿と紙コップも、荷物から取り出して机に並べる。
ジュースはまだ注がない。
火を起こして温まるまで時間がかかるので焼き始めの時に注いであればいい。
「優子、終わったら男たちを呼んでくれる? 火を起こすわ」
「はーい!」
あたしは野菜を切らないけど、色々な雑用をこなす役割になっている。
あたしがするべき雑用は既にあらかた終わっていたので、あたしはテントの方向に向かう。
「浩介くん、火を起こしてくれる!?」
あたしは、テントの中で休んでいた浩介くんに声をかける。
「お、分かったぜ。任せな優子ちゃん」
浩介くんはかなり気合の入った声で言う。
そして、あたしは父さんを、浩介くんは「お義父さん」を、それぞれテントから呼び出して、男たちはせっせと火おこしの準備をし始めた。
……と言ってもやるのはバーベキュー台の下に要らなくなった新聞紙と枯葉、そして炭を満遍なく入れて、チャッカマンでカチッと火をつけるだけ。正直浩介くん一人でもよかった気がするわ。
「ふー、ふー、ふー!」
浩介くんが筒を使って息を吐くと火が勢いを増す。
紙は火の勢いを強めるけど、長持ちさせるためには炭の活躍が必要不可欠だ。
上の鉄板が熱せられ始めたので、側で見ていたあたしが早速油を入れる。
母さんが大皿を持ってやって来る。ちなみに、野菜にも油は塗るので、その役目は「お義母さん」がすることになった。
「さ、焼き始めるわよ」
取り箸を使って鉄板に食材を入れるのは母さんの役目。あたしは、焼き加減を見てひっくり返したり、焼けすぎを指摘したりする役目を与えられている。
バーベキューはなし崩し的に始まることもあって「いただきます」を一斉にすることは少ない。
今日もまた、野菜をまず焼いていく。玉ねぎとニンジンを入れ、おいしそうな音がしてきた。
以前、林間学校の時にもバーベキューは行ったことがあって、その時にあたしは初めて「家庭的」だと褒められた。
女子力アップのためにも家庭的なのはとても大事で、花嫁修業でも、既にアピール済みだ。
「さてと、結婚式の資金も集めねえとな」
父さんが、突拍子もないことを言う。
「え!? け、結婚式!?」
確かに、あたしと浩介くんは婚約者だし、両家の両親にも承諾は貰ってるけど――
「あの、式のお金は――」
「浩介、早く結婚しろと急かしてるのは両家の親たちなんだ。それを考えたら、両家の両親で結婚式の金を払わないのは、むしろ筋が通らない行いだと思うぞ」
浩介くんに「お義父さん」が鋭く突っ込む。
「うっ……」
確かに、親の金で結婚式は、諸手を挙げて歓迎というのもちょっと何だかなあとも思う。
しかし、この場合はケースが特殊だ。
元々あたしたちも、両家親も結婚そのものには全く異論がなかったものの、「大学、大学院を卒業し、収入のあてが決まってから」と考えているあたしたちに対して「浩介が18歳になったらすぐ」と主張した親側との妥協案として、「高校卒業後」の結婚になった。
時系列を考えると、8か月しか遅らせてないため、あたしたちがかなり譲歩しているもので、ほとんど親側の主張が認められたに等しい。
無理を言って結婚を早めさせた以上、結婚式のお金は自分たちが持つということ。
……やっぱり、血は争えないわね。
「ところで、母さんはどうして結婚をはやめさせたいの?」
「そりゃあ優子、こんな素敵な男性を見つけたのよ。多くの人と恋愛すればするほど、結婚生活に不満を持ちやすいわよ」
母さんが、中々面白いことを言う。
確かに、元彼や元カノが多いと、今の恋人も以前の人と比べがちになっちゃうものね。
あたしくらいの女の子や、浩介くんくらいの男の子ならともかく、理想も男や女なんて、そうそういないものね。
「それに、浩介くんいい男じゃない? 優子は確かにかわいくて美人で家事も上手で、私が育てた理想の女の子だけど、昔男だった何て人、そう滅多に付き合える人はいないわよ」
「確かになあ……」
「うんうん」
あたし以外の5人が頷く。
実際の所、今のあたしなら「生まれつきの女の子」と嘘をついても、隠し通せる自信はある。
だけど、実際に婚約・結婚ともなると話は別だ。
老化しないという事もあるから、いつかはTS病がばれてしまう。
「優子ちゃん、隠し通すのは難しいわよ」
「お義母さん」に言われる。
うん、あたし自身が隠しても、他の人が密告する可能性もある。
「ああ、昔性転換手術を受けて女に性別を変えたことを隠して結婚した人がいてな。後でばれて大変な訴訟になったこともあったんだ。特にその手術は子供ができなくなるわけだからなおのことだ」
父さんが言う。
それは確かに重大な背信行為だけど、あたしが男だった頃のことを隠すのとは違うと声を大にして言いたい。
「でもあたし、性転換手術した人たちとは違うわ」
あたしたちは、「彼ら」とは違う。生理も来るし、赤ちゃんも産める。細胞一つ一つの性染色体でさえ、女の子のものに変わっている。
体だけじゃない、心だってもう、女の子になって随分と経つ。
あたしたちは「完全性転換症候群」、何の背景もない、真っ白な1人前の女性として扱ってほしい。
「分かってるさ、でも、世間は中々そうも思わないぞ」
「ええ、優子が消したい気持ちは分かるけど、優一だった17年は、もう戻らないわ。そしてそれは、消すこともできないのよ。500歳になった永原先生でさえ、最初の20年は残り続けているもの」
母さんがあたしを諭すように言う。
「う、うん……あ、これ焼けてるわよ」
バーベキューの野菜はそんな間でも次々に放り込まれていく。
「どちらにしても、今の2人の出会いを逃したら、次はないと思うわよ。優子、一度離れちゃったら、同じ人にはね、1000年待っても会えないのよ」
母さんが、とても重たい言葉を言う。
「う、うん……」
今はまだ、浩介くんとはいつか死に別れてしまう状況には変わりはない。
もし蓬莱教授の研究が失敗して、そういう運命になったら、浩介くんは1000年待っても戻ってこない。いわんや研究が成功したとして、今浩介くんと結婚しなかったら、浩介くんは別の人と付き合ってしまっているかもしれない。
そうなれば、永原先生が真田家と吉良家に罪悪感と後悔を300年以上持ち続けているように、あたしも浩介くんに罪悪感を感じてしまう。
それをさせないために、母さんは「早く結婚させてほしい」と言っているのだろう。
「うちからもいいかな? 浩介には祖母がいるんです」
今度は、「お義母さん」の番だ。
「はい知ってます」
老人ホームにいると聞いているが、かなり元気だという。
花嫁修業の時に、あたしの部屋はその祖母の部屋を使わせてもらった。
「で、おばあちゃんは早くひ孫を抱かせろと、とにかくうるさいんです。ですから、私としても、最後の夢を叶えさせてあげたいんです」
そのためにも、あたしに早く赤ちゃんを産んでほしいってことね。
ともあれ、あたしの両親と浩介くんの両親の利害が一致した理由はわかったわ。
「でもあたし、大学があるから――」
「ふふっ、そのために私たちがいるのよ」
「お義母さん」が胸を張って言う。
「つまり、祖父母に子育てを頼めってか」
「そういう事よ」
「うー、孫……おじいさん……孫……」
「義両親」たちがそれぞれの反応をする。
実感はまだ沸かないけど、あたしと浩介くんが親になったら、あたしと浩介くんの両親は「祖父母」という事になる。
出産、どういう体験なんだろう?
「うーん……」
あたしは、野菜を食べながら考える。
「どうしたの優子ちゃん?」
浩介くんが興味深そうに聞いてくる。
「赤ちゃん産む時ってどんな感じなんだろうって」
「ふふっ、とっても貴重な体験になるわよ」
母さんが抽象的に言う。
「ええ、言葉では言い表せないものよ」
「え、でもそれだけじゃ――」
「うーん、あの感動は、実際に体験してみて感じてほしいわね」
そして「お義母さん」もまた、抽象的な物言いに終始する。
でも、都合が悪くて隠しているという感じでもない。
以前の永原先生も、「私たちTS病患者の出産時の母性はすさまじいものがある」と言っていた。
「じゃあ、楽しみに取っておくわ」
「ふふっ、そうしなさい」
その後は、黙々と野菜を食べる。
野菜が少なくなったら、浩介くんがクーラーボックスを取りに行く。
「肉焼くぞー!」
浩介くんの号令と共に、クーラーボックスが開けられる。
そこには、スーパーで買った和牛がある。
値段はスーパーとしては高いけど、もちろんあの時の神戸ほどではない。
母さんが肉を切り分けてから、鉄板に6枚の肉を入れる。
炭火鉄板焼きのお肉のにおいが心地いいわね。
肉が焼ける速度は速い。
すぐにひっくり返し、あっという間に赤から灰色へと変わる。
最初は6等分だったけど、肉の量が多く、最後は浩介くんが全て平らげてしまった。
焼きそばが無い分、お肉多めということだったけど、ちょっと失敗だったかも。