永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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多忙になる優子

「はーい、早速文化祭の出し物を決めるわよ」

 

 3年生の文化祭は、修学旅行のレポートとか、そういった落ち着いた感じのものが多いのが慣例になっている。

 模擬店も出来るけど、あたしたちは何分、去年メイド喫茶をしたばかりな上に、人数も必要になってくるのでやめておくことにする。

 一方で、学校行事のレポートという簡単な展示なら、見張りが数人居るだけで事足りる。

 

 つまり、3年生には最後の文化祭をなるべく多くの生徒が長い時間楽しめるようにとの配慮でもある。

 それだけではなく、受験生などの対外的な宣伝効果もある。地味ながら重要な役割だからしっかりしないといけないわね。

 

 さて、あたしたちもまた、今年の球技大会の様子をまとめたレポートを作成する。

 今回はテニスのレポートをメインに、球技大会で行われているハンデ戦の話や、パソコンを置いて浩介くんと恵美ちゃんとの5セットマッチでの対決なんかも常時放映することになっている。

 

 他の3クラスも、去年の林間学校、スキー合宿、そして修学旅行の様子などのレポートで固まった。

 つまり、去年はあった3年生の模擬店は、今年はなしということになったことになる。

 

 こうして文化祭の出し物はあっという間に決まり、あたしたちは各自で写真部や新聞部などより得た写真を借りて、去年よりも文化祭の準備は遥かに楽に終わりそうだわ。

 

 他に決めるのが、クラスごとに行われるミスコンの代表だけど、あたしは去年優勝したので規則上出ることが出来ない。

 そのため、代表はすんなりと桂子ちゃんに決まった。

 永原先生も出てはどうかという意見も会ったものの、永原先生は「来年もある」と言って辞退し、今年は桂子ちゃんに勝ちを譲ることになった。

 1年生が新しく入ってきたけど、桂子ちゃん以上の美人はそうそう入ってこないらしく、永原先生の不参加が学校中に知れ渡ると、既に桂子ちゃんが独走するんじゃないかと噂されていた。

 

 

 そして、それよりも問題なのが――

 

「では、臨時会合を開きます」

 

 最近、協会の会合がやや慌ただしくなっている。

 今日もまた、正会員だけが集まっての臨時会合が開かれていた。

 

「会長、東北支部に週刊誌から取材要求が来ました」

 

「もちろん拒否してください」

 

「ええ、分かっています」

 

 拒否されると分かっていても、この手の取材要求は止まらない。今日も余呉さんが支部長を務める東北支部にかなりしつこい取材要求があって、危うく幸子さんが盗撮されかかった。

 マスコミの印象操作の関係上、現在でも高島さんが所属している「ニュースブライト桜」がほぼ独占の形で、たまに最低限の情報発信を行っている。

 それ以外のメディアの取材は一切拒否しているため、マスコミは「しゃべる机」を使って協会について有る事無い事書き込んでいる。

 あたしたちは、近々蓬莱教授から記者会見を開くと聞かされた。

 ちなみに、蓬莱教授の方も自己実験を繰り返していて、今や彼の寿命は200歳となっている。現在は40代、実験成功までの猶予が150年に伸びたことになる。

 

 

「それで、蓬莱先生から、『いちいち些細な事で訴訟を起こしてみてはどうか?』と言われました。訴訟代はすべて蓬莱先生が持つとのことですが――」

 

 印象操作対策について、蓬莱教授の提案を永原先生が言う。

 訴訟を起こせばマスコミ側も手間隙がかかる。どんな言いがかり的な訴訟でも、対応はせざるを得ないから人件費や弁護士代などがのしかかってくる。

 

「ですが、いくら蓬莱教授と言っても、そんな訴訟ばかり起こしていてお金が持つのかしら?」

 

 あたしが疑問を言う。

 

「大丈夫ですよ、実は蓬莱先生、去年から経済雑誌でビリオネアに名を連ねまして」

 

「え!?」

 

 あたしは驚く。何せ「ビリオネア」と言えば、総資産額が10億ドルを超えている人のことを言う。

 永原先生によれば、蓬莱教授は全世界からあまりに巨額の支援を長期間に渡り受け続けたがために、それだけで資産が10億ドルを超えてしまったのだという。

 これは極めて異例のことで、また蓬莱教授自身も投資に成功し、目下資産は急増中だという。

 その結果、ここまで資産が伸びたのだという。

 

「つまり、勝ち負け度外視でいちいち訴訟を起こせば相手からすると『面倒くさい奴』ということになるわけです」

 

 いくら無謀な裁判でも、テレビ局や新聞社などのマスコミ側は、弁護士や訴状に関する人件費の負担を余儀なくされることには変わりない。

 つまり、テレビ局側に訴訟のために強引に経費をかけさせて報道意欲を削ぐということ。

 はっきり言えば、よっぽどのお金がなければ出来ないような焦土作戦だ。

 

「とは言え、そんなことばかりしていては協会の評判も下がると思いますが」

 

 比良さんがもっともらしい反論をする。

 確かにそう、資金が豊富にもかかわらず、失うものがない。そんな奇特な状況じゃないとこの作戦は成立しない。

 

「そうすると、蓬莱教授には悪いけど、これは却下ですね……」

 

「とは言え、何か対策が必要だと思います」

 

 永原先生の言葉に、あたしが言う。

 「何か対策」ではどうしようもないんだけど。

 

「私は、高島さんの活用を考えています」

 

 沈黙を破ったのは余呉さんだった。

 あたしもそれに賛成ね。

 

「はい、あたしもそれでいいと思います」

 

「ええ、私としても異議はないわね」

 

 あたしと永原先生も、同調する。

 そう、唯一あたしたちから取材を許されている、高島さん。

 あれ以降、あたしたちは特に取材等を受けていない。

 それでも、定期的に小さな情報はこちらから流している。交流を続けなければ、関係は必ず疎遠になってしまう。

 マスコミ関係者の中では唯一の味方と言ってもいい。

 そして蓬莱教授の方でも、独自に宣伝部を作っているが、その宣伝部の主力として、「ブライト桜」はつなぎとめて置かなければいけない大事な存在だ。

 

「ですが、インターネットニュースの1社だけで大丈夫でしょうか? 戦力として、不安が残ります」

 

 比良さんは、それでも懸念を崩さない。

 副会長という立場のためか、あるいは彼女自身の性格がそうなのか、比良さんはこういう慎重な意見が多い。

 

「私は、蓬莱教授の宣伝部に掛けてみたいと思います」

 

 永原先生がそう宣言する。

 蓬莱教授が宣伝部を作ろうとしているということは、AO入試の後、すぐに協会でも共有された。

 今はもう、協会と蓬莱教授の間には、何のわだかまりもなく、完全な同盟関係となっている。

 

 蓬莱教授は宣伝部の増強に余念がない。

 今の所、あたしたちがメディアに強硬姿勢を敷いたために、蓬莱教授に報道が集中している。

 蓬莱教授の場合、あたしたちと違って立場上マスコミをシャットダウンするのが難しい。

 いや、あたしたちだって、実際「しゃべる机」による風評被害も受けている。

 それさえ書くなというのは、さすがに言いすぎだ。

 

 だがそれでも、あたしたちの方がずっとマシだ。

 何せ蓬莱教授は、取材を受けた上でマスコミに有る事無い事書かれているのだから。

 

「不老と不死の混同、とにかくまずはそこを正すように、していきたいですね」

 

「ええ、蓬莱教授も、まずはそこからと言っていました。私達協会と蓬莱教授、そして高島さんで連携し、まずはそこを重点的に攻撃しましょう」

 

 比良さんの言葉に、あたしも同調する。

 完全な不死身と、若いままの不老では天と地ほどの差があるということを、まずは周囲に認識してもらわないといけない。

 

「じゃあ、メディア対策はこの辺にしましょうか」

 

「はい」

 

 そしてあたしたちは次の話題に移る。

 

「えーっと、今年春に発病したTS病患者なんですけれども、家族からの報告で、昨日遺体で発見されたとのことです」

 

「そう」

 

「まあ、今回は早かったわね」

 

 あたしたちは一様に、「残念だが当然」という顔をする。

 彼女は、男とも女ともつかない、中途半端に良い所どりをしようとして、虐めにあった挙句不登校になり、そして失敗した例だった。

 2ヶ月前にも、あたしがTS病になる直前の患者が自殺してしまったと言うし、やはり初期対応に失敗してドツボにはまるケースを救うのは至難の業だ。

 あたしの新マニュアルの威力がどれほどのものかは分からないけど、結局最後に運命を決めるのは、彼女たち自身だ。

 

「それで、夏に発病した患者はどうですか?」

 

 あたしが、関西支部長さんに修学旅行の時に面談した京子さんについて聞いてみる。

 

「ええ、順調です。ただ、言動や服装など、女性らしいものを身に着けようとしているのですが、どうしてもとっさの行動で『男』が出てしまう、直したいのにうまくいかないと悩んでいました」

 

 関西支部長さんが報告してくれる。

 

「典型的な理屈先行型のパターンですね。男に戻ろうという感じがしないならば上々ですが」

 

 比良さんが、いつものことのような表情で言う。

 

「ですが、うちの会員の中では、理屈先行型が一番多いです。対処法も確立されていますし、慌てすぎないように、長期的視野で見るようにと伝えてください」

 

 永原先生が関西支部長に言う。

 

「ええ、分かっています」

 

 関西支部長さんも、そのあたりは心がけているはずだ。釈迦に説法とも言えるわね。

 

 

  ジリリリリ……

 

 会議中、突然協会の電話が鳴る。

 電話から一番近かったあたしがとっさに手を取る。

 

「はい、日本性転換症候群協会です」

 

「あ、日本性転換症候群協会様ですか?」

 

「はい」

 

 電話の向こうは、若い男性の声だった。

 

「こちら都立病院の――」

 

「はい、どのようなご用件ですか?」

 

 都立病院の所属を名乗ったお医者さんが自己紹介をしてくれる。

 

「でですね、病院に運ばれました患者が、TS病でございまして」

 

 どうやら、また新しい患者さんが現れたらしい。

 

「分かりました」

 

「急ぎではないですが、そちらの方から会員様をお連れできないでしょうか?」

 

「分かりました、少々お待ちください」

 

 そう言うと、あたしは一旦電話を机に置く。タイミングが良かったわね。正会員が全員集まっているわ。

 

「石山さん、電話は何です?」

 

 永原先生が聞いてくる。

 

「都立病院の方から、新しくTS病になった患者さんが出たということで、急ぎではないですが会員を連れて来て欲しいとのことでした」

 

「うーん、場所は東京ですか……」

 

 永原先生が関東支部長さんの顔を見る。

 

「私は、何人か患者を抱えてますので――」

 

 関東支部長さんは、結構多忙で渋っている。

 会長の永原先生や、副会長の比良さんも難しい。とすると――

 

「じゃあ、石山さん、お願いしていいかしら?」

 

「……分かりました」

 

 必然的に、あたしに白羽の矢が立つ。

 あたしも幸子さんのカウンセラーだけど、もう半年くらい、彼女の相談を受けていない。

 既に普通会員として、東北支部でも活動しているし、特段の問題はないだろう。

 もし次に問題が起きるとしたら、幸子さんの場合、恋愛関係だろう。それまでは、大きなイベントはない。

 つまり、実質あたしは手が空いているということになる。

 

「お待たせしました。では会員の方を派遣しますので、場所をお願いできますでしょうか?」

 

「はい、場所は都立――」

 

 病院の人から、最寄り駅とそこからの道のりを詳しく聞き、メモに取る。

 また、電話の担当の人の名前も聞いておく。

 

「では、すぐに伺います」

 

「ありがとうございます。では失礼致します」

 

 あたしは電話を切り、荷物をまとめ、「先に失礼します」と言って協会本部を後にする。

 指定された都立病院は、協会本部から電車で一本の所にある。

 

 病院の最寄り駅までは、初めて使う路線で、ちょっと新鮮だったけど、うまくことが進んだ。

 そして最寄り駅から病院までは、ちょっと迷ったけど、それでもきちんと約束の時間に余裕を持って付けたのは行幸だった。

 

「いらっしゃいませー」

 

「すみません、あたし日本性転換症候群協会の石山と申しますけれども――」

 

 受付の人に事情を説明する。

 受付の人は「ちょっとお待ち下さい」と言って内線をかけ始めた。

 反応は良好ね。

 

「お待ちしておりました石山様。エレベーターで5階に上がっていただきまして505号室でお願い致します」

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 あたしは受付の人に礼を言うと、エレベーターを使う。

 中は車椅子の他、救急車で運ばれた患者を想定してか、かなり大きい作りになっているものの、居るのはあたし一人。

 ただっ広く空間を無駄遣いしている気がする。

 

  ピンポーン!

 

「5階です」

 

 エレベーターの女性の無機質な声とともに、あたしはエレベーターを出て廊下を進む。

 あたしが最初に入院していた病院とは全く雰囲気も違うけど、嫌でも病院に来ると、あの時のことを思い出す。

 

 そう言えば、あたしは病気とは縁がなくて、あの時以来、病院に行ったことはなかった。これも不老遺伝子のおかげかな?

 ともあれ案内表示に従い、505を目指す。

 すると、部屋の前には既に5人の人がいた。

 

 

「あの、すみません……」

 

「あ、石山様でしょうか?」

 

 電話の中の男性と同じ声がした。

 一人だけ白衣で、電話をかけたのもこの人だろう。

 

「はい。石山です」

 

 残りの4人を見ると、男性3人に女性1人で、見た目年齢的には父母、そして息子2人と言った感じ。

 あたしが石山と名乗ると、「本物だ」「すげえ美人じゃねえか」「でも彼氏持ちなんだろ、ちくしょう」といった声まで聞こえてくる。

 

「その、末の弟が、妹になってしまいまして……」

 

 上の兄らしき人が言う。

 

「その、TS病は自殺率が高いと聞いたのですが、大丈夫なんでしょうか?」

 

 母親らしき人物が言う。

 

「とにかく、一旦患者さんに会わせてもらえますか? そうしないと始まりませんから」

 

「分かりました」

 

 お医者さんの男性が、扉を開けてくれる。

 中には、困惑した表情で自分の胸を揉んでいる美少女が居た。

 

「こんにちは」

 

「わっ!? あ、あなたは……!」

 

 女の子があたしを見て驚いている。

 

「あたしは、日本性転換症候群協会から、あなたのカウンセラーとして来た石山優子よ。よろしく」

 

「え? 石山優子って、あのネット動画に出てた石山優子!?」

 

 どうやら、この一家はあたしのことを知っていたみたいね。

 

「ええ、そうですよ」

 

 あたしがニッコリと微笑みながら言う。

 

「やべえ、すげえ美人じゃん。胸も俺のより大きいし」

 

「ふふっ、初々しいわね。でも、『俺』はいけませんよ」

 

 あたしが優しく諭すように言う。

 

「あ、ああ……」

 

「な、なあ俺……いや、私、これからうまくやっていけるのかな? 自殺率高いって言ってたし」

 

「大丈夫よ。まずはお母様?」

 

 あたしは母親の顔を見て言う。

 あたしは鞄からパンフレットを出す。

 

「は、はい」

 

「こちらのパンフレットに書いて有ること、これを実行してください。これを行えば、女性としての生活が、決して悪いものではないということがわかります」

 

 小さなパンフレットには、幸子さんとの2人旅で得たのをヒントにした、カリキュラムの前段階のものがある。

 

「ありがとうございます」

 

「既に知っていると思いますが、これからは女性として生きていくため、様々な作法を学んでもらいます。厳しい教育にはなると想いますが、頑張ってください」

 

「は、はい! 俺も、死にたくないですから」

 

 また「俺」って言ってるわね。

 

「こらっ、いい? 『俺』っていうのは、女の子が絶対に使っちゃいけない言葉よ。さ、言い直してみて?」

 

「私も、死にたくないですから?」

 

 美少女が、困惑しつつ言い直す。

 

「ええOKよ。それじゃあ、ご本人とご家族の皆さんに、説明しますね」

 

 あたしはその後、家族に対して、カリキュラムや改名と言ったTS病患者の初期対応の基礎的なことを教え込む。

 TS病の自殺者は相変わらず多いままで、昨日自殺した患者が居たことを説明すると、女の子はひどく怯えていた。

 

 面談が終わり、あたしはこれらのことを協会に連絡すると、永原先生から「自殺恐怖型」だと言われた。

 このタイプは、理屈先行型ほどではないが、自殺率は低いパターンとのこと。

 ただし、恐怖が常にあるため、精神を病みやすく、別の精神病を発病して自殺するパターンが多い。

 予断を許さない状況には変わりない。

 

 

 そして家に帰って、あたしは母さんに、新しい患者を見ることになったことを伝えた。

 母さんは、「幸子さんを救った優子ならきっと出来るわよ」とだけ、アドバイスしてくれた。

 

 文化祭の準備に、天文部、協会のメディア対策に新しい患者へのカウンセラー、期末試験が開けて、他の生徒は負担がやや減る中で、あたしは一気に多忙になっていった。


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