永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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第七章 最後の高校生活
新たな戦い


 あれから、あたしたちは婚約指輪をはめて登校するようになった。

 小谷学園の外でも中でも、他の生徒達が頻繁にあたしの左手に視線を集め、ひそひそ話をするようになった。

 実際、高校の制服を着ているのに、婚約指輪をはめているというのは、かなり珍しい光景だと思う。

 元々、あたしたちの交際事実は学校では知らない人はいないほどの有名事項だった。

 そのカップルが、後夜祭で全校生徒と先生の目の前でプロポーズしたというインパクトはとても大きく、あたしたちはますます学校で目立つ存在になった。

 

 普通、あたしの場合みんなの視線は胸に行っていたけれど、それが左手薬指に分散されたのはちょっとメリットだった。

 あたしたちの婚約は、後夜祭に参加していなかった生徒たちにもすぐに拡散された。

 

 そんな中で、あたしたちの次の目標は体育祭ということになる。あたしたち3年生にとって、大きな学園イベントはこれを行えば後は卒業式を残すのみになる。

 体育の授業中は、危険だということもあって婚約指輪を外すことになっている。

 それなりに高いものなので、防犯のために鍵をかけたロッカーの中にしまうことになっていて、この手間が増えたのが唯一の不便事になっている。

 

 さて、今年の体育祭、3年女子の種目がいくつかあって、あたしは3人4脚競争と障害物競走の2つに決まった。

 ただ、練習時に少し2人3脚、それも一番相性が良さそうな桂子ちゃんとしてみたものの、案の定全くうまく行かなかった。

 

 あれこれ話し合ったり、実際に競走してみた結果、ハンデとして、あたしだけは単独で走ることになった。ちなみに、さすがにこのハンデならあたしでも勝てそうな気がしてくる。

 障害物競走も、道中ハードルだけではない色々な障害物があるんだけど、やはりあたしだけ障害物がなしになった。こっちはさっきよりも勝つのが厳しいとあたしの中では思っている。

 あたしの運動神経の悪さも、そのインパクトから既に学校中に知られている。

 だから、きっと今回の体育祭でのハンデも、みんな理解してくれるはず。

 

 ちなみに、あたしは当初この体育祭の実行委員をすることを考えていたが、9月から新しいTS病患者のカウンセラーになったことで、永原先生から「委員会はやらなくていいわよ。あなたの肩に女の子の命がかかっているんですから」というありがたい言葉のおかげで、今年の委員会はどこにも所属しなくて良くなった。

 その患者なんだけど、今では「歩美(あゆみ)」と名前を変えて、カリキュラムを無事に終え、学校へと復学している。あたしとしても、カリキュラムの指導をしたのは2回目だった。幸子さんよりも成績は悪かったけど、一応「平凡」という成績を出せた。彼女自身については大丈夫だと思う。

 

 それよりも問題なのは、学校関係者の手によって、あたしと同じような問題が起こったこと。

 着替えの時に先生陣が「男とも女とも付かない扱い」をして、更衣室を隔離してしまったのだ。

 それだけではなく、また学校の周囲の生徒も、男の頃と変わらないような扱いをして「おっぱいを触らせて」などのセクハラ発言も気軽に飛び込んでしまっているという。

 女の子として、やはり軽々しくそう言うセクハラを、好きでもない男にされるのは苦痛でしかない。

 その患者は、精神的に追い詰められたり、自殺に対する恐怖感があるため、そうした扱いには「やめて」と言っている。

 

 それ自体はいい傾向だと思うけど、やはり問題は学校側の無理解だ。

 とにかく小谷学園とは校則などが違いすぎるし、あたしたちは部外者ということでそこまで強硬な措置が取れない。

 もちろん、患者が望むなら、協会の正会員の連名で抗議文を提出することができる。

 ちなみにこの提出する抗議文、ご丁寧に署名する正会員たちの生年まで書かれている。

 例えば永原先生の欄には永正15年生とか、余呉さんの所には天保3年生と書いてある。

 これは、頭の固い学校の上層部に対する威圧も含まれていると思われる。あたしだけ「平成」になってるのがちょっと恥ずかしい気分だけど。

 

 また、永原先生は、可能性は低いとしつつも、高島さんを使うことも考えている。

 とはいえ、メディアを使った攻撃はこちらにも被害が及びかねない諸刃の剣なので、あくまで抗議文の提出をもっても態度が改まらない場合に行う、次の集団と考えるのが妥当だろう。

 

 それにしても、女性として生きていく他に、あたしたちに道はないことを、患者に理解させるのも難しいが、周りに理解してもらうのは、更に困難な出来事だと学んだ。

 あたしは、歩美さんに対して、「もしいつまでも周囲が女性扱いしない場合はその都度怒るように」と言っておいた。

 自殺恐怖型の人は、とにかく言われたことは素直に受け取ってその通りに実行してくれる。

 だからあたしは、そこまで悲観はしていない。少なくとも外見はもう女の子そのものなんだ、本人が「女の子扱いして」と言い続ければ、あたしがそうだったように、やがて周囲にも味方が増えていく。

 あたしだって、最初は家族と永原先生、そして桂子ちゃんしか見方がいなかったんだし。

 

 

「よし、じゃあ今日も体育の練習だ。体育祭はもうすぐそこだ、最後の体育祭、悔いの無いようにしてくれよ!」

 

「「「はーい!」」」

 

 体育の先生の号令で、今日も体育祭への準備活動を行う。

 

「優子ちゃん、3人4脚と競争してみてよ」

 

「うん」

 

 桂子ちゃんの提案とともにあたしはスタート地点に着く。

 

「よーい、スタート!」

 

 虎姫ちゃんの号令とともにスタート、当初と比べ、みんな3人4脚がかなり速くなっているわね。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 あたしの足では、これでも勝つのはかなりしんどい。

 今日も何とか振り切ったけど、体育祭では勝てるかわからないわ。

 と同時に、障害物競走では今のハンデでは勝利困難ということもわかった。

 

「優子さんの足が遅いのは分かってましたけど、それにしてもこれは……」

 

「うーん、3人4脚はともかく、障害物競走は障害物の内容を変えたほうがいいかもしれないわね。先生に相談してみるわね」

 

「うん、龍香ちゃん、桂子ちゃん、ありがとう」

 

 ということで、障害物の内容の一部を変更。

 途中で時間のかかる網を長めにし、調整を取ることにした。

 まだ修正の効く時でよかったわ。

 

「よし、これでどうだ?」

 

「うん、やってみる」

 

 とにかくハンデ戦はバランス調整が大事だ。

 ハンデを付けて大負けしたらかなり気まずくなるし、あたしの惨めさは半端ないものになる。逆にハンデで大勝しても、周囲は白けてしまう。

 本当はあたしにとって少し厳し目のハンデにして、周囲もバレない程度に手加減するのが一番いいんだけど、問題はその手加減が難しいことなのよね。

 

 というわけで、こうやって体育の授業の度に、微妙なバランス調整をしていく。

 

 一方で天文部の方は、桂子ちゃんから次期部長に対する様々な引き継ぎが行われている。

 先代の坂田部長の時は特にそういうのはなかったけど、今回からは必要ということでこの措置が行われた。

 

「えっと、天文部の引き継ぎと言っても、することは新入部員への説明とか、文化祭の時の取りまとめとかくらいよ」

 

「はい」

 

 次期部長の男子部員は、明らかに赤くなっている。

 桂子ちゃんほどの美人から、手取り足取り教えられたらそりゃあ照れるのも無理はないわね。

 次期部長と言っても、最初はあたしと桂子ちゃんの女の子目当てで来た生徒だし、来年からは女子部員がいなくなっちゃうのよね。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

 突然、あたしの携帯電話が鳴った。

 永原先生から見たい。

 

「ごめん」

 

 あたしは部室の外の廊下に出て電話に出る。

 

「はい」

 

「あ、石山さん。あなたの担当患者さんなんだけど」

 

 電話越しで永原先生が連絡してくる。

 同じ学校に居るのに電話で連絡するって、緊急事態なのかな?

 

「はい」

 

「さっき協会に対して……正式に、学校に抗議してほしいと言ってました。着替える場所について、特に不満があるそうです」

 

「……分かりました。それで、メディア戦略をしますか?」

 

 こうなると、必要になってくるのが今後の調整ということになる。

 

「それも含めて、本人と私と石山さんで調整するわ」

 

「了解です、永原会長」

 

「急に呼び出してごめんなさい、今協会本部に向かっているので……天文部が終わったら、寄っていってくれますか?」

 

 どうやら、結構急な話らしいわね。電話なのも既に学校を出ていたためだったのね。

 

「はい、母さんにも遅くなると連絡しておきます」

 

「じゃあ、電車が来たから失礼するわね」

 

 そう言って、永原先生に電話を切られた。

 さて、またもや一悶着ありそうね。

 

 

「優子ちゃん、誰から?」

 

 天文部に戻ると、早速浩介くんが聞いてくる。

 

「永原先生から、あたしがカウンセラーをやっている患者さんが、完全な女性扱いをしない学校側に協会として抗議文を出してほしいって」

 

「へえ、やっぱり大変なのね」

 

 桂子ちゃんが言う。

 

「性別が変わるわけだからな、いきなり女扱いしろって言われると、やっぱり動揺するんじゃねえか?」

 

 次期部長の男子が言う。

 

「まあ、それはそうだとは思うわよ」

 

 浩介くんや桂子ちゃんでさえ、復学当初はあたしの扱いに迷っていたわけだし。

 

「特に、同じクラスだった男女は困るだろう?」

 

 とはいえ、その後のことを考えると、転校が非推奨なのは同じ。

 そもそも転校したとして、そこで受け入れられてもらえる保証はない。

 

「第一印象は大きいって言うけど、その通りに行動するのって案外難しいんだぜ」

 

 別の男子部員が、そんなアドバイスをしてくれる。

 とは言っても、歩美さんが、「このまま女扱いされないと、自殺へと至るのではないか?」という恐怖心を抱いているのは事実なので、安心させるためにもまずは更衣室で受け入れられる必要がある。

 

「ともかく、今日は一緒に帰れないわ。これから協会本部で会議があるから」

 

「……分かりました」

 

「おう」

 

 桂子ちゃんと浩介くんがすんなりと納得してもらう。

 浩介くんとしても、協会は女性、それも実年齢はかなり上の女性しかいない場所だと分かっているから安心してくれている。

 まあ、あたしも浩介くん以外考えられないけどね。

 

 

「お待たせしました」

 

 あたしは協会の本部をカードキーで開けると、既に集まっていた永原先生と患者本人に挨拶する。

 

「石山さん、その、お久しぶりです」

 

 そこにいたのは制服姿の女の子。

 彼女、山科歩美(やましなあゆみ)さんが不安そうな表情で言う。

 

「元気そうで何よりだわ……それで、抗議文を提出することでしたよね」

 

 元気そうだとごまかす。

 結構大事なことだと思う。

 

「はい、どうしても学校を説得することが出来なくて……私、どうしても女の子になりたいんです」

 

 歩美さんは強迫観念に近い感じで言う。やはり自殺恐怖型だわ。

 

「ええ、立派ね。ええ、協会としても、あなたへの協力は惜しみません」

 

 永原先生が褒めるように言う。

 そう、女の子になろうとする患者には、協会はとても優しい。一人でも、多くの仲間が欲しいから。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 歩美さんが明るい表情で言う。

 

「それでもう一つなんだけど、もし抗議文を出しても改まらない時は、こちらもメディア戦略を使いたいと思います」

 

「どういうことですか?」

 

「あたしが説明するわ。例のネットの動画あったでしょ?」

 

 ここで永原先生に代わりあたしが説明する。

 

「はい、石山さんも永原さんもいました」

 

「実は、当協会はあの動画を撮影した『ブライト桜』以外のメディアからの取材は全て遮断しているんです」

 

「え!? どうしてですか?」

 

 やはり歩美さんは驚いている。確かに普通では考えられないものね。

 

「去年の12月に佐和山大学の蓬莱教授の研究発表がありましたよね?」

 

「はい、私も驚きました。協会のことも、その時に知りました。あの時のイメージと現実は大分違ったみたいですが」

 

 そうよね、去年12月は、歩美さんはまだ男だったわけだし。

 

「はい、実はそう言った偏向報道に私達と蓬莱教授が話し合った結果として、メディア取材をシャットダウンするために、『これだけの条件なら取材は申し込まれないだろう』と思っていた条件を出したんです」

 

「もしかして、それで?」

 

「ええ、『ブライト桜』だけが、その条件を呑んだんです。結果的に、協会に関する取材は、全てそこが独占しています。他のメディアも、それを垂れ流さざるを得ない状況が続いています」

 

 そう、「ニュースブライト桜」は既存のメディアとはかなり報道姿勢が異なる。

 そのため既存のマスコミはこの会社を嫌っているのだが、協会の姿勢を窺い知るには、このメディアを介して行うしかない。

 しかも、取材条件としては、ブライト桜の報道を丸写ししないといけない。何故なら、協会として「ノーカット以外不許可」となっているから。

 つまり、選択肢がないというわけだ。

 

「なるほど、よく分かりました」

 

「なので、もし今回抗議文を出して改まらないなら、ブライト桜の高島さんに連絡して、『スクープ』をさせます」

 

 つまり、マスコミを使って圧力をかけるというのだ。

 蓬莱教授の支援もあるし、ここ最近、協会の顔はガラリと変わった。

 

「……何から何まで、ありがとうございます」

 

 歩美さんは、大きな声であたしたちに頭を下げる。

 

「いいんです。ここを踏ん張れば、あなたは悠久の時を過ごせるのですから」

 

 永原先生がなだめる。

 

「多分これから、歩美さんの永い人生において、何度も男女の違いで困難は来ると思う。でも、今の心を忘れなければ、きっと最後に、あなたは救われるわ」

 

「石山さん、その言葉……」

 

 永原先生が何か心に引っかかるように言う。

 

「あたし、永原先生に女の子としての振る舞いを教わったわ。初めて女の子の日になった時に、あたしは永原先生からこの言葉をもらったわ」

 

「そういえばそうだったわね……」

 

 永原先生が思い出した様に言う。

 

「ちょうど去年の今頃よ。幸子さんっていう、あたしが歩美さんの前に担当した患者さんにも、この言葉を贈ったわ」

 

「……ありがとうございます。胸に、刻んでおきます」

 

 うん、これでいいわね。

 

「さ、歩美さん、抗議文を作るわよ」

 

 あたしたちは抗議文を作る、そしてFAXで他の正会員のいる各支部などへ送る。

 そして、全員の承認を得られれば、晴れて提出することが出来る。

 ともあれ、歩美さんにとっても、あたしにとっても、ここは勝負どころになるわね。


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