永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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再び二正面作戦

「よしっ!」

 

 歩美さんの学校に提出する、抗議文の調整が終わった。

 あの後、やっぱりこれは避けたいということもあったので、この事態を避けるために、歩美さんにももう一度説得を頼んだ。

 けれども、歩美さんによれば、改めて何度も「ちゃんとした女子扱い」を教師陣に訴えたが、反応が鈍かったという。

 結局、小野先生や教頭先生と同じく、「男子とも女子ともつかない扱い」を変えるつもりはないみたいということで、協会が抗議文を送ることを決定した。

 あたしが代表し、郵便局に行き、内容証明郵便で送ってもらう。内容証明なので、あたしたちの控え、学校に送るもの、そして郵便局が保管するためのもので、同じものを3枚作る。

 といっても、中身の内容としては基本的に「強く抗議する」とあるだけだ。訴訟やメディアを使うことをちらつかせたりはしていない。

 あまり脅迫めいたことをするのはもう少し後に取っておく。

 

「では、こちら控えになります。大切に保管してください」

 

 郵便局の職員さんに控えを渡された。

 後はこれを、協会本部に持っていき、保管する必要がある。そちらの方は、明日の通学時に、永原先生に渡す予定になっている。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

「賽は投げられた……わね」

 

 内容証明郵便を送り終わり、郵便局を出たあたしがぽっとつぶやく。

 ここと歩美さんの学校は近隣なのでおそらく明日には届くと思う。そしてそうなれば歩美さんの学校の職員会議は大騒ぎになると思う。もちろん、あたしたちが悪いわけじゃない。

 TS病の女の子をちゃんと女の子として扱わないような教育方針をすると、どういうことになるか? 歩美さんが自殺してからでは遅い。そのためにも、何としてでもこの要求は通さないといけない。

 ここが正念場ね。

 

 そして明後日は体育祭、去年と同じように、体育祭と協会の仕事が交互に襲うことになる。

 去年は確か、幸子さんの面倒を見ていたんだっけ?

 ともあれ、明後日の体育祭、ハンデのバランス調整もほぼ終わり、あたしは明後日に向けて頑張っていくことにした。

 

 

  ピピピピッ……ピピピピッ

 

「んーっ!」

 

 目覚まし時計の音とともに、意識を回復してベッドから起き上がる。

 今日は一日体育祭になる。あたしは携帯電話と体操着をまとめて制服に着替える。歩美さんの学校のこともあるし、去年と同じく、忙しい時間になりそうね。

 そろそろストッキングを使う頃になった。文化祭が終わってからは保温のためにストッキングを使用することになった。

 

「おはよー」

 

「おはよう優子、今日は体育祭よね?」

 

 リビングに行くと、母さんがいつものように朝ごはんを作っていた。

 

「うん」

 

「ふふっ、優子頑張ってね、今日はエネルギー出る食事にしておくわね」

 

「はい」

 

 今日は体育祭ということもあって、母さんがいつもとは違う朝ごはんにしてくれる。

 

 

「いってきまーす」

 

「はーいいってらっしゃーい!」

 

 母さんに見送られて体育祭へ行く。

 どうやら、母さんはあたしの体育祭には興味が無いみたいね。

 まあ、あたしの体育の成績悪いものね。母さんには他にもやることはあると思う。

 

 

「おはよー浩介くん」

 

「あ、優子ちゃんおはよう。いよいよだな」

 

 あたしは、いつものように胸に視線を感じつつも、無事に教室までたどり着く。最近は婚約指輪の話題も落ち着いてきて、また胸が注目され始めてしまった。

 

 それはともかく、あたしはいつものように席に座り、体育祭に備えることにした。

 よく見てみると、今日は体育祭とあって、みんなちょっとだけざわざわしている。

 

「体育祭、どうなるかな?」

 

「うん、とりあえず俺たちはベストを尽くそうぜ」

 

「あー、何か緊張してきた」

 

 あたしも、緊張している。

 何故なら、去年はうまくハンデ無しでプラスワンのような扱いになったけど、今回は違う。

 一般にも公開する体育祭で、大きなハンデを余儀なくされたからだ。

 

「優子ちゃん、大丈夫?」

 

「うん」

 

 あたしの様子を見て、浩介くんも、心配そうに聞いてくる。

 とにかく、なるようになるしかない。

 

 

  ガララララ……

 

「はーい! ホームルームをはじめます。もう分かっていると思うけど、体育祭の際の注意点を最終確認しますね」

 

 永原先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。よく見ると、永原先生は体育祭ということで今日は体育の先生が着ているような体操着姿になっている。

 内容は体育祭の注意点、特にケガに関しては、去年あたしが保健室送りになったので入念に言われた。

 

「それでは、男子から着替えてください。女子は廊下で待ってください。あ、石山さんには連絡事項がありますので、私のところに来てください」

 

 あたしはホームルームの終わりに呼び出された。

 多分、昨日の歩美さんのことだと思う。

 

「石山さん、この前話したことなんだけど」

 

「はい」

 

「抗議文が、昨日学校に届いたわ。今は職員会議で検討中だって」

 

「分かりました」

 

 さて、届いたことを確認した所で、学校はどう出るかな?

 あたしたちは次の一手として、高島さんを備えている。

 抗議文を送ったことは、高島さんにも伝えてあって、もし学校側の態度が改まらないようならば、その学校を攻撃……もとい批判する声明を協会で出し、その翌日にそのことについてブライト桜で報じて貰う予定になっている。

 すっかり圧力団体みたいになってしまったが、歩美さんが転校や退学などを余儀なくされたらあたしたちの負けとなる。それは将来的にも良くない結果を生み出す。

 いずれにしても、教頭先生や小野先生がそうであったように、「私は善意で行っている」と思いこんで、悪事を働いている人々の説得は難しい。

 抗議文にしろ、マスコミを使った圧力にしろ、こちら側の要求を通すためには、多かれ少なかれ実圧力が必要なのは致し方ないことなのかもしれないわね。

 

「――ともあれ、今は事の成り行きを守りましょう。大丈夫ですよ。正会員名簿の署名の抗議文、これを提出して態度を改めなかった学校は未だかつてありません」

 

「え!? でも……」

 

「もちろん、生まれ年を記入したのは今回が初めてよ。でも、抗議文を見たでしょ? 『私達は子供を作れるほどに女性なのだから、何故女性のように扱わないのか? 貴校に強く抗議します』って、それでだいたいはみんな理解してくれるわよ」

 

 確かにそうだと思う。

 でも、今はどうだろう?

 なまじ中途半端に「第3の性」何てもてはやされているし。

 

「ともあれ、待つしかないわよね」

 

 あたしが、努めて冷静に言う。

 

「ええ」

 

 あたしたちは男子が着替え終わったのを見て、入れ替わるように更衣室に入る。

 

「うーん、やっぱり優子の胸はうーん……」

 

「虎姫ちゃん、どうしたの?」

 

 虎姫ちゃんが、あたしの胸を見ている。やっぱり着替えの時間ではあたしの胸は注目されてしまう。

 

「いやほら、私高校卒業したらサッカーも引退だし、女性として過ごすともなるとやっぱり胸は大きい方がいいかなって思うのよ」

 

 虎姫ちゃんは、やはり胸が小さいのは悩みらしい。

 実際虎姫ちゃんは「まな板」というほどにぺったんこではないけど、あたしはもちろん桂子ちゃんと並んでもまな板同然に見えてしまう。

 

「まあ、虎姫、悩み過ぎはよくねえぞ」

 

「うー、恵美はプロだもんなあ……」

 

 虎姫ちゃんは、女子サッカー選手になる予定がない、そこが恵美ちゃんとの大きな違い。

 

「うっ……そうだよな虎姫も男子を意識せんといかんのか……」

 

「うん、女性受けも大事だけど……」

 

 恵美ちゃんと虎姫ちゃん、仲はいいけど、やっぱり見解が相違することは多い。

 

「ふふっ、女性ウケなんか考えないほうがいいわよ」

 

「え?」

 

「男子受けが良ければ、こうやって……素敵な人を早くゲットできるのよ」

 

 あたしは左手薬指からこれ見よがしに婚約指輪を外して虎姫ちゃんに見せつける。

 

「あうー、これを見せられるとぐうの音も出ねえ……」

 

 やはり婚約指輪の効果は絶大みたいで、虎姫ちゃんは押し黙ってしまう。

 

「虎姫ちゃん、まず言葉遣いから変えてみるといいわよ。まずは語尾に『何々よ』とか『何々わ』を使うのよ。今のセリフなら『これを見せられるとぐうの音も出ないわよ』、よ。さ、やってみて」

 

「うっ……こ、これを見せられるとぐうの音も出ねえわ……」

 

 虎姫ちゃんがギクシャクした言葉づかいをする。

 

「こらこら『出ねえわ』じゃなくて『出ないわ』、よ」

 

「優子、まるで小姑だな」

 

 側で聞いていた恵美ちゃんが突っ込んでくる。

 

「いきなり言われても難しいよおー」

 

 虎姫ちゃんがそう訴えてくる。

 

「でも大丈夫よ、去年まで男だったあたしにでさえ出来たのよ。生まれつきの女の子の虎姫ちゃんに出来ないわけ無いわ」

 

「でも実際そんなんでモテるのか?」

 

 虎姫ちゃんが疑問を呈する。

 

「うん、言葉遣い替えるだけですっごくモテるわよ」

 

「確かに、おしとやかには聞こえるけど……私でもやれるのかな?」

 

「大丈夫大丈夫、それから、恋をするのモテかもしれないわよ」

 

 横で聞いていた桂子ちゃんも、話に加わってくる。

 あたしは体操着に着替え終わる。婚約指輪に関しては、どうしようかなとも思ったけど、幸い、よく考えたらあたしの参加競技は単に走るだけなので、婚約指輪は身につけたままでいいことに気付き、もう一度はめ直した。

 

「あれ? 優子、結局それはめたままにするのか?」

 

 虎姫ちゃんに指摘される。

 

「うん、だってあたしが参加するのは3人4脚のハンデ戦と、障害物競走のハンデ戦でしょ? どっちも走るだけだし誰かと接触することはまずないと思うわ。付けたままでもいいと思うよ」

 

「ああ、言われてみればそうだな」

 

 虎姫ちゃんが納得したような表情をする。

 

「そ、それより行きましょう……男子のみなさんも……待っていると思いますし……」

 

「あ、うんそうよね」

 

 さくらちゃんに言われ、あたしたちはガールズトークを切り上げる。

 男子たちと永原先生は着替え終わった時点で既に校庭に向かっているため、あたしたちも急いで校庭に入る。

 

 

「みんなー、こっちこっちー!」

 

 永原先生が手を振って、あたしたちを招いてくれる。ともあれ、ここに整列すればOKね。

 ちなみに、今年も浩介くんと同じ組になった。

 今年の体育祭実行委員のさくらちゃんによると、当初は別の組にしようという予定だったんだけど、変わった。

 というのも、後夜祭での例のプロポーズがあったため、あたしと浩介くんで組を別にするのはあまりにかわいそうな上に、離婚を連想させるとして不吉ではないかという意見も出たことで急遽メンバーを調整し、同一の白組になった。

 これが単なる彼氏彼女ならこうも行かなかったということ。やはり、婚約者と彼氏では重みが全く違うわね。

 ともあれ、浩介くんと同じ組になれたのはとても嬉しいわ。

 

 その後、続々と生徒たちと先生たち、また一般席には保護者や観戦者もたくさん集まってきた。

 雑談する声が、大きなうねりになっていく。

 体育祭実行委員と、生徒会が、前の朝礼台の方にいる。

 まず朝礼台に登ったのは生徒会長さんだ。

 

「えーみなさん、只今より、2018年度、小谷学園体育祭を開始します。はじめに開会の挨拶、校長先生よろしくお願いいたします」

 

 生徒会長さんの声とともに、入れ替わるように朝礼台に校長先生が登ってくる。

 校長先生は、この前よりも元気そうに見える。

 

「えー、本日は天候にも恵まれ、無事、小谷学園体育祭を開く運びになりました。えー、校長先生の長話は嫌われる元ですので、これで終了します」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 生徒たちから、校長先生のスピーチに惜しみない拍手が送られる。

 その簡潔ながらも、思いの詰まった校長先生の短いスピーチは、全校生徒から好評のもとになっている。

 

 そして、生徒会長さんの宣言により、最初の種目の準備をするため、一旦所定の場所に待機するようにとの放送が入った。

 

「いよいよだな」

 

「うん」

 

 紅組と白組に分かれて、あたしたちの体育祭が始まる。

 今年はまず2年生からの競技になっている。

 

  サッサッ……

 

 あたしの前方に座っていた永原先生がサインを作っている。

 これはあたしを呼び出すための暗号になっている。

 

「永原先生が読んでいるわ」

 

 今回の抗議文は永原先生が代表して送っているため連絡はすべて永原先生を介して行われることになっている。

 あたしは周囲の生徒に声をかけ、前へと進む。

 

「永原会長、呼びましたか?」

 

 あたしはとっさに呼び方を変えて永原先生を呼ぶ。

 

「ええ、歩美さんから。今日は体育はないみたいだけど、担任の先生にもう一度話したそうよ」

 

 どうやら、歩美さんの方も動いてくれているみたいね。

 

「それで、どうでした?」

 

「抗議文の内容については現在検討中、みたいよ」

 

「昨日1日、あったんですよね?」

 

 届いたのは昨日という連絡だった。内容証明郵便で、しかも協会の正会員の連名の抗議文、その日のうちに職員会議にかけられないはずはない。

 

「ええ、おそらく、時間を稼いでいるものかと」

 

「困りましたね、次の体育の授業までに決まるといいですけど」

 

 とにかく、事態の長期化は歩美さんの負担になるだけ、なるべく早くに決着を付けたい。

 だけど強硬な手段はしたくない。難しいわね。

 

「次の体育の授業はいつですか?」

 

 永原先生が聞いてくる。

 

「来週の火曜日とのことです」

 

「……分かりました。改めて、その日を期限にするように、時間が空いたら私の方で抗議電話を入れておきます」

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、患者さんの女性として独り立ちするために応援するのは、みんな一緒です」

 

 永原先生の頼もしい言葉を聞く。本当はあたしがカウンセラーだから、なるべくあたしが色々しないといけないのに。

 ともあれ、今はこれで良さそうね。

 

 あたしは、最初の種目が来るまで、のんびりと休むことにした。

 ついでに、永原先生の隣りにいて、いつでも動けるようにしておいた。

 

 今年の体育祭も、去年幸子さんの問題と同時並行したときと同じく、とても忙しいものになりそうだった。


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