永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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場外乱闘

 しかして、あたしの嫌な予感は的中した。

 今回の更衣室事件、既存のメディアはどこも報道せず、学校側が屈することで終わったかに見えたのだが、学校側の残党の誰かが、この事件について週刊誌に何らかの文章を送ったのだと思う。

 あれから1週間後、季節も12月になった時に、あたしは電車の広告から、週刊誌の1誌がこの事件を大々的に取り上げていたのを発見した。

 

 あたしはコンビニでその週刊誌を買って見てみた。

 

「何これ……」

 

 買ってみて中を読んで、あたしは唖然としてしまった。

 デタラメの上にデタラメを塗り固めたような内容だった。

 まず、「日本性転換症候群協会は圧力団体、マスコミから逃げ続け、その一方で思い通りにならない学校には抗議電話を殺到させる」という極めて喧嘩腰に書かれた題名にある。

 よくまあこんな題名で記事をかけるものだと思ってしまう。

 百歩譲って協会が題名のような団体だったとして、肝心の内容に関して言えば、ほとんどが憶測だけで書かれた、「しゃべる机」の域を出ていない代物で、後半に書かれている永原先生と比良さんについての記事に関しては、完全に事実無根の妄想になっている。

 

 永原先生は、「何でも思う通りにし、戦国時代生まれらしく、圧倒的な人生経験を盾に恐怖で会を支配している」とあり、もちろん証拠の類は提示されていない。

 更に比良さんに至っては「『TS病は女とし生きて行くしかない』という妄想で、結果的に多くの患者を殺してきたのではないか?」などという、出所不明の「精神分析の専門家」の意見を載せているが、この「専門家」が記者自身なのは明らかだった。

 比良さんと何度も面識のあるあたしからすれば、勝手に第三者を捏造し、作り上げたとしか考えられない。

 確かに永原先生よりは頭は硬いけど、それでも、彼女なりに副会長業務をこなしているし、そもそも「TS病は女として生きていくしかない」というのは、比良さんの妄想などではなく、協会の全体認識だ。

 

「また一波乱あるのね……」

 

 ようやく一件落着と思っていた矢先にこの週刊誌、

 

 

「ふぅ……石山さん、今日呼び出したのは他でもないわ」

 

 翌日の放課後、あたしは永原先生に呼び出され、今後の対策について相談室で話し合うことになった。

 

「ええ、分かっています。週刊誌の記事ですよね?」

 

 あたしの声を聴くと、永原先生は必死に怒りを堪えているのが分かる。

 

「ええ……私はこの世に生を受けて500年の人生で、これほど屈辱的で、かつ無礼を受けたと思ったことはないわ。ええ、東照大権現……時の徳川内府殿が直江山城守殿からの書状を受けた時も、きっとこんなお気持ちであらせられたのだと拝察出来るくらいには、ね」

 

 永原先生が、その圧倒的な人生経験を背景に、協会で恐怖政治を働いているなど、まったくのでたらめだ。

 むしろ、歩美さんが普通会員になるまで、最年少だったあたしを正会員にして、それどころか教え子であるはずのあたしを恩人だとまで言ってくれて、協会ではみんなの模範だからとまで厚遇してくれていたのに。

 よくもここまで妄想だけで人を、仮にも戦国時代や江戸時代を生き抜いてきた人をここまで侮辱できるものだと思うわ。

 あたしは、永原先生が冷たい怒りを覚えているのとは対照的に、とても深い悲しみと、週刊誌記者の妄想性の高さに、ただただ哀れみばかりを覚える。

 いや、あたしは直接には言及されなかったからこそ、そう言う感想を抱けるのであって、直接誹謗中傷された永原先生はたまったものじゃない。

 

「比良さんは、何て言ってます?」

 

 あたしはもう一人の被害者の比良さんについて聞いてみる。

 

「ええ、さっきお昼に電話で確認したけど、私以上に怒っていたわ」

 

「でしょうね」

 

 比良さんは元水戸藩士だ、女の子になったとは言え、武士としての矜持だって残っているはず。

 以前にも、武士道に反する行為をした人に、怒りを向けていたものね。

 

「石山さん、分かっているとは思うけど、私たちにはこの道しかないという結論は、多くの仲間たちが、精神を極限までにすり減らした果てに、自らその命を絶つ悲劇を、何度も何度も繰り返した上で成り立っているのよ」

 

 うん、協会には、有史以来確認出来た全てのTS病患者についてまとめた資料がある。

 全員がその日のうちに殺されたものだけど、永原先生以前の、奈良時代や平安時代の患者のデータだってある。

 明治時代以降、殺されなくなった患者も急増し、普通に人生を歩むとどうなるかがわかってきている。

 そして、明治以降は患者の死因から「他殺」が消える代わりに、その多くが「自殺」に変わっている。

 更に自殺欄には、「無理に男に戻ろうとした」とか「男女中間の存在になろうとした」とか「女性になる過程で失敗した」というのが多い。

 つまり、女として生きていくことに失敗して、自殺するパターンでほぼ全て埋め尽くされている。TS病患者になると50%を超える確率でこの結末になる。一方で不老に悲観して自殺した人は、殆ど居ない。

 

「比良さんも言っていたわ、『私を侮辱するだけならばまだ、耐え難きを耐え、許そう。だがこれまでの犠牲の上で成り立つ私たちの100年の知恵を妄想の一言で片付けるのは、死んでいった患者たちを冒涜するもので、到底許されない』とね」

 

 永原先生は、冷徹な表情で言う。

 それは、あたしも同感だわ。本人の侮辱よりも、家族などの身近な人への侮辱の方が、怒りが強いということ。

 

「永原先生、高島さんを」

 

「ええ、すでに向こうから接触を図ってきたわ。高島さんは、『抗議声明を出すべきだ』とも言っていたわね」

 

 どうやら、先手を打っていたみたいね。

 まあ、当たり前といえば当たり前よね。

 

「今回はマスコミが相手になったわね。これは高島さんの助言が役立ちそうだわ。彼の意見を重視しましょう」

 

「ええ、私もそうするつもりだわ。高島さんにとっても、それがいいでしょう」

 

 永原先生があたしの意見に同意してくれる。

 協会のスタンスとして、高島さんやブライト桜はあくまで対等な協力者であって、傀儡ではない。

 そのことを高島さんとブライト桜の人に、まだいまいち伝わっていないのか、高島さんはどうも下手に出て遠慮する場面が多い。

 最初は仕方なかったとは思うけど、そろそろあたしたちも高島さんのことを信頼し始めたということを、理解してほしいのも事実なのよね。

 

「それじゃあ、協会本部に行ったらテレビ電話で高島さんを呼ぶわね」

 

「……分かりました」

 

 あまりにも急な事態故に、会合さえままならないまま、あたしたちは大急ぎで反論文の作成に迫られた。

 その内容は、高島さんの助言がふんだんに盛り込まれたもので、高島さんは最初こそ下手に出ていたが、頼られているという自覚が出てくると、積極的にアドバイスしてくれた。

 もちろん、高島さんも大人だから、抗議文自体は協会名義で出され、「週刊誌に抗議文を出した」というニュースの内容もほぼストレートニュースになった。

 

 ともあれ、テレビや新聞に比べて週刊誌は信用度が低いこともあるから、後は他のメディアに騒がれさえしなければ、「ゴシップ週刊誌がまた飛ばし記事をやらかした」で済むから、特に問題はないと思いたいわね。

 そうなら、歩美さんの女子更衣室問題に端を発する一連の問題も収束するだろう。

 

 

 そう思っていた、あたしが甘かった。あたしはまたもや楽観的過ぎる予想をしてしまった。

 週刊誌こそ、やはり「しゃべる机」という後ろめたさがあったために翌週すぐに謝罪文を出して追撃をしなかったが、週刊誌が謝罪文を出して収束を図ろうとした2日後のことだった。

 今度はテレビの討論番組で、この問題を扱い始めた。あたしはたまたま新聞のテレビ欄でそれを見つけた。

 

「ついに、恐れていたことが起きたわね……」

 

 以前は、蓬莱教授の研究の是非による討論で、あたしたちの協会が出たことはあった。

 でもそれはあくまで「おまけ」みたいな扱いだった。まあそれでも、十分すぎるくらいひどい印象操作を受けてしまったけど。

 それがきっかけで、あたしたちはブライト桜以外のメディアからの一切の取材を拒否している(というよりも、取材できないような条件を掲げている)から、他のマスコミからの取材のアポイントメントさえなかった。

 しかも、番組に出てくる出演者は、協会関係者は無論のこと、TS病の当事者の家族や友人さえも出ておらず、あたしたちにとっても、一度も会ったことさえない人ばかりだ。

 つまりこれ、「専門家」と称する「妄想だけを言っている人」たちが、ひたすら言い放題するだけの番組になっていて、これでは「討論番組」とは到底言えない。

 

 

「そもそもですね、男女一緒に着替えさせるとかよほどの問題があるようなものでもなければ、どのような更衣室を使わせるのかというのは、学校の自由でしょう。ましてや当人のためを思ってやったことでしょ?」

 

「そうですね、どうして協会が着替える場所一つでここまで強硬な姿勢を取るのか、それが私には理解できないんですよ」

 

「何というかこだわりが強くて、著しく狭量な人が実験を握っているんでしょうね」

 

 そしてテレビ番組の内容も、あたしたちがいないことをいいことに、反論もなくただひたすらあたしたちを糾弾するだけの単なる「リンチ裁判」と化している。こういうのはアリバイ作り程度に反対意見の識者も用意するものだけどこの番組はそれさえない。

 そんなに取材拒否されたのがプライドを傷つけたのかしら? あたしたちは、TS病という極めて珍しい病気を扱う、とても小さな団体なのに。

 

「だいたい、『この集団以外はこれまで全員が自殺したから』なんていう前例踏襲主義、これは日本の大きな問題だとは思うんですよ」

 

 そして、久しぶりにモニター越しに「例の牧師」の姿を見た。正直、存在を忘れかけていたわね。

 

「やはりですね、ここの協会の皆さんは、外見はともかく、中身はおばあさんの集団なんですよ。何で次の患者は例外かもしれないと希望を持てないのか? 要するに人生が長くて、似たような経験を繰り返している人ほど、一旦ダメだと思ったらとにかく諦めが速いんです」

 

 相変わらず、身勝手極まりないことを言っている。まるで成長していないわね。

 女として生きていくことを決意した人は、今生存している人は200人以上いるけど、それ以外の道を取った人は、全員が死んでいるのに、何故ここまでの差が開いて「次は例外かもしれない」なんて無責任な考え方ができるのかしら?

 実際、今年だけでも道を間違えた患者さんが複数名自殺してしまった。

 みんな協会以外の、専門の臨床心理士もつけていたにも係わらずに、自殺は防げなかった。

 どちらが正しいかなんてもう、明白なのに。当事者じゃないから、こんな身勝手なことが言えるのよね。

 もちろん、女の子になるのもそれはそれで大変な苦労を伴うし、永原先生や比良さんのようにTS病の呪いで様々な運命に翻弄された人だって多い。

 だけどあたしみたいに、女の子になろうと頑張ったから、どうしようもない人生から救われた人だっている。

 いずれにしても、すぐに精神をすり減らした果てに自殺してしまうよりは良い結果なのは確かだ。

 

「でですね、私が懸念しているのは、蓬莱教授の研究で日本中、いや世界中が硬直化した社会になるんじゃないか? この協会は将来のね、私たちの社会を映す鏡かもしれないんです。これは未来の縮図です」

 

「どういうことですか?」

 

 ここまでほとんど黙り込んでいた司会の人が詳しく聞いて来る。

 

「不老研究でですね、地球の人類がみんな不老になったらですね、古い考えばかりがいつまでも通るようになるでしょう。この団体は創設以来100年以上も会長副会長を同じ人が務めています。今の所はこの団体くらいですが、これが一般化すれば、例えば政治家の顔ぶれが何百年も同じ人で持ち回り、何ていうこともあり得ます。そうすれば、この協会みたいに停滞の団体になるでしょう」

 

 また、饒舌になる。

 反撃をしてこないと思って、嘗めているのがバレバレだ。まあ、他の討論者もだけど。

 

「この協会の実権を握っているのは、10数人の正会員と言われていますが、実際にはその中でも3人に限定されていると言われています」

 

 そんなの初耳よ。ほんとこの番組デタラメばっかりだわ。

 まあその3人も想像付くけど。

 

「それが、永原会長に比良副会長、更に比良副会長よりも年上の余呉さんと呼ばれる会員の3人でして……この3人は会長が500歳で、比良さん、余呉さんも天保生まれで、いわば江戸時代の、それも黒船来航前をガッツリ経験している人なんですね」

 

 別の自称専門家が違う視点で言う。

 やっぱりあたしの予想通りだった。

 

「あの時代はとにかく変化を嫌った停滞の時代ですから、そんな彼女たち、特に人生の半分以上が江戸時代で占められている永原さんが協会に与えた影響は大きいでしょう」

 

 また別の人が憶測でデタラメを言う。

 なんか嘘をついてそれをごまかすために更に嘘を塗り固めて……無限地獄よね。

 

「うーん、そうですよねえ……ところで、学校側はどんな感じですか?」

 

 欠席裁判によるリンチ行為に、いたたまれなくなった司会者が話題をそらす。

 司会の人は芸能人で、あたしは気の毒に思う。

 

「学校側を責めるのはかわいそうではあります。インターネットを巧みに利用し、抗議電話を殺到させた協会にこそ、非があると思います。そもそもこの協会はですね――」

 

 司会者の配慮にもかかわらず、また牧師が話題を戻してしまう。

 その後も、ないことないこと、妄想に妄想を重ねた、無益極まりない討論が続いていく。

 

  ピピピッ……ピピピピッ……

 

 あたしが、テレビを消そうと思ったその矢先、永原先生からの電話があった。

 

  ピッ

 

「はい、石山です」

 

「石山さん、例の番組見てる?」

 

 やはり要件はそれだった。

 

「ええ見てます。あまりに頭がおかしすぎて、あたしはもう呆れるしかありませんわ」

 

「ええ、何から何まででたらめよ。江戸時代だって農業の生産性向上や、味の品種改良、道路や水道の整備や教育の充実、娯楽の多様化や治安の改善が進んでいて、私が江戸の街に住み始めた頃と、黒船来航前じゃ別の時代と言ってもいいくらい大違いだったわ。もちろん、明治以降の急速な変化ほどじゃなかったけど、あの牧師が言うような停滞の時代でも無かったわよ」

 

 永原先生がそんな反論をする。

 確かに、200年以上も経っているものね。戦争がなくなった代わりに、別のことが発展すると考えるのは、普通の考え方だと思う。

 

「それで、今回はどうします?」

 

「……いろいろ考えたんだけど、今回は私たちは直接には動かないことにしたわ。だから、高島さんにも静観してもらうわ」

 

 永原先生から出てきたのは意外な言葉だった。

 今回はアクションを起こさないという。

 

「え? どうしてですか?」

 

「沈黙がいいとは思えないけど、もしまた抗議声明を出せば、彼らに更なる燃料を与えるようなものよ。だから、私たちは無視を決め込んで、代わりにインターネット工作を、蓬莱先生の宣伝部と共同で行うことにしたわ。大丈夫、蓬莱先生としても、不老者の団体でもある協会が攻撃されるのは、避けたいはずよ」

 

「そのことは?」

 

「ええ、私もこれから、正会員全員に通知するわ。そしたら石山さんも、担当人数の普通会員に通知、お願いするわ」

 

「……分かりました」

 

 永原先生から指示を受け、電話を切って通じる内容の文章と、連絡先が載ったメールが送られてきた。

 あたしはテレビ電話を起動し、正会員で分担して順番に連絡網を回していった。

 考えてみると、これも久しぶりにしたわね。去年以来かな?

 

 全てが終わり、インターネットを開くと、既に多くのサイトで、テレビ局に対する罵倒で埋め尽くされていた。

 蓬莱教授の宣伝部は、既に自主的に協力を申し出てくれた。

 他にも、蓬莱教授の不老関係の研究の是非にも言及した書き込みがあり、ここでも宣伝部と思われる書き込みがあった。

 もしかしたら、人が増えたかもしれないわね。

 

 ともあれ、時間に任せ、鎮火を待つしかないだろう。幸い、歩美さんの学校も、「もう済んだことなので騒ぎを大きくしないでほしい」という声明を出してくれた。

 これなら多分、大丈夫。学校側がこの声明を出した以上、過剰な報道は自己満足にしかならないからだ。


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