永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
水曜日、もう痛みはかなり引いた。まだ残ってはいるものの、2日前のあの地獄に比べれば、かなりマシだ。
いつものように制服に着替える。男子のいじめはひどいけど、永原先生や木ノ本のことを考え、心の支えとしながら登校している。
でも、どうしよう?
このままではよくないことが起きる。今はまだ男子呼ばわりしているだけだ。でもそれだけでも、心はひどく傷つく。
そういえば、木ノ本と田村が呼び出されていた。何を話しているかはわかったが、あの反応はいったい何なのか?
教室に入り、席に座ろうとする。今日はぐったりしなくても我慢できる。
「な、なあ石山!」
男子がいつもの優一呼ばわりをする前に、いきなり田村が声をかけてきた。
「え、えっと、田村さん、どうしたの?」
「あ、ああ悪い、まだ具合悪いだろ? 席に座ってくれ」
「うーん、もうだいぶ良くなったけど、ありがとう」
「あんたの話、昨日先生から聞いたぜ」
「どういうこと?」
「あの日、昼休み、あんたは先生と話してただろ?」
「う、うん」
例の相談室でのことかな。
「あんたの覚悟のことだ。あたいはよ、それを先生から聞いて……すげえ、後悔してるんだ」
「なあ、石山……本当に……本当に……」
「本当にすまなかった!!!」
田村は大きな声で謝ると同時に、自分に対して頭を深々と下げてきた。
クラスも動揺している。あれだけプライドの高い田村恵美が、ここまで直球に謝る姿を、誰も見たことがない。
「あ、あの……」
「あたいはよ、先生の話を聞いて、女子扱いできないなんて思ったあたいが……本当に情けなくてよ……何で、何でもっと早く、あんたの頑張りに気付けなかったんだって」
「昨日からずっと後悔の念で押しつぶされそうだった。あたいは、木ノ本に負けるのが嫌だって……そんなちっぽけなことで、あんたを苦しめちまったんだ! あんたはまだ女の子になって、日は浅い。だから、グループには入ってねえのによ」
田村さんは、やや涙声になりながら、まるで懺悔の告白をするかのように私に謝ってくる。
どうしよう、あまりの予想外の展開に、なんて応えればいいかわからない。
「……これは、あたい個人の謝罪だ。グループとしては、まだ木ノ本のグループへの反抗心が残っとる。それも含めてあんたには申し訳ないと思ってる。だけど、あたいはあんたの味方をすることにした。それだけ、覚えてくれ」
「う、うん! ありがとう! その言葉だけで、嬉しいよ!」
「ああ! あたいも、そう言ってもらえて、嬉しいな!」
私と田村さんが、感激の言葉を述べる。
クラスの前で謝罪、田村さんにとって、とても辛い決断だったはず。
それでも、私が受けてる仕打ちよりはずっとマシだって。面目を潰してでも謝罪した彼女の決断は、決して私の辛さに引けを取るものじゃない。
男子も、あまりの事態に動揺していて、私へのいつもの優一呼びの嫌がらせをしてこない。
「はーい、ホームルーム始めるわよー」
永原先生のいつもの声によって、今日も1日が開始された。
「ねえ、優子。話があるんだけど……」
昼休み、食堂から帰ってきた私に、今度は木ノ本桂子が声をかけてきた。
「うん、いいよ」
「こ、ここじゃまずいからさ、ちょっと私について来てくれる?」
「う、うん」
そういえば、木ノ本と並んで歩いたのも久しぶりだ。
男の頃は単なる話し相手だったし、女になってからも。だ。
廊下を木ノ本の先導で横になって歩く。
他の生徒の視線が凄まじい。一部では私達を見て何かざわついている。
よく考えれば、外から見れば学校一の美少女と学校第二の美少女が揃い組になっているのだから無理も無いかもしれない。
その後、廊下を出て中庭の影になっている部分に来た。この付近は空調機の近くでその音が少ししていて、また少し湿度も高めかつ暗い場所ということで、人気がないところだ。
「ここなら、人気もないわよ」
「……ありがとう。それで、話ってのは?」
「月曜日のことよ。今朝、田村がすごい勢いで謝ってたけど……」
「あ、ああ、同じ話題よ」
「田村、優子ちゃんの味方になってくれるんだってね」
「う、うん。すごく後悔してるって。ともあれ私を助けてくれるみたいで嬉しかったよ」
「そう、優子ちゃんは……そうだよね、味方は多い方がいいもの。ただでさえクラスの半分が敵なんだから」
「うん。桂子ちゃんと田村さん、どうして仲が悪いのか、まだ私にはわからない。でも、この問題は、そういうことを持ち込むべき問題じゃないと思うの」
「そう……ね。田村もああやって頭下げたんだもの。ここで私が意地を張ったら、私の立場がないわね」
「……ねえ、桂子ちゃん。桂子ちゃんも私のこと、永原先生から?」
「……うん、聞いたよ。あの時の優子ちゃん、傍目にも辛そうに見えた。でも、先生言ってたよ。優子ちゃん、そのおかげで女の子としての自己を確立できて嬉しかったって」
「うん、でもあの時はちょっと頭が混乱してて……」
「そう……でも、私は本心だと思うわよ」
「私も女子だから分かるわよ。それに、優子ちゃんの場合、生きてる限り、永遠にこの痛みから逃れられないんでしょ?」
「う、うん」
「それでも、そこから逃げないで、向き合おうとする優子ちゃんに心を打たれない女子は居ないわよ」
「……」
「……ねえ、優子ちゃん、あの時教えてくれなかったけど、優子ちゃんが休んでた一週間、何をしてたの?」
「……それを言うのは恥ずかしいよ」
「そう、無理にとは言わないけど、優子ちゃんがよければ教えてくれる? 優子ちゃんの頑張りを知りたいの……だめ?」
信用してもいいかもしれない。
「……う、うん。分かった」
私はカリキュラムの詳細な内容を木ノ本に教え始めた。
女の子としての仕草、態度、言動を叩き込まれ、家事の仕方を指導されたこと。もし言葉遣いや態度を間違えれば都度修正した後、自己暗示をかけさせられたこと。
永原先生からは、学校生活の仕方、制服の着方、体操着や水着の着方などを叩き込まれたこと。
途中からは、もし間違えればスカートめくりのおしおきと、「乙女のはじらいを身につけさせる」という名目で、恥ずかしがるように強要されたこと。
女の子を強調した格好で外出させられ、男時代の制服、体操着、私服、本をリサイクル店で売ることになったこと。生理用品の扱い方を学んだこと。
木ノ本桂子は途中、「スパルタ教育」と言った。当たってなくもない。
だけど、これらに何一つ後悔なく、全部自分から進んでやったこと。永原先生が、「成績優秀」だと言って褒めてくれてとてもやりがいを感じていたことを特に強調して話した。
「優子ちゃん、辛くなかったの?」
「ううん、カリキュラムは楽しかったよ。新しい発見が毎日あったし、女の子らしくするとすごく褒めてくれたし。何より、優しい子になれるって思うと、嬉しかったよ……スカートめくられるのは、さすがにすっごい恥ずかしかったけど、でもそう感じることが女の子らしいんだって言ってくれて……」
「健気……だね……うん、ごめん」
木ノ本は顔をそらすとハンカチを出してきた。やっぱり、永原先生と同じ。何か思うところがあったのか、少し泣いていたのかもしれない。
しかし、木ノ本はすぐに向き直った。
「それと、もう一個気になることがあるの」
「何?」
「永原先生のことよ。優子ちゃん、永原先生との関係で、何か隠していること、ない?」
「……正直に言うと、ある」
「確かに担任の先生として、いきなり女の子になった優子ちゃんを気にかけるのは分かるのよ……でもそれにしては、親身にすぎるのよ。こんな特殊な病気、普通は専門医やカウンセラーが付くはずなのに」
「……私のカウンセラーは……永原先生なの」
「ど、どうして!?」
「……言わなくちゃダメ?」
「無理にとは言わないわよ。ただ……やっぱり気になるから教えて欲しいの。永原先生と優子ちゃんの秘密」
「……うん、桂子ちゃんが言うなら。話すよ」
「あ、ありがとう」
「でも、口外するなとは言わないけど、あまり人に話さない方がいいわよ」
「え? どういう?」
「……実はね、永原先生は……私と同じ病気なのよ」
「そ、そうなの!? じゃあ永原先生は元々……」
「私と同じように、昔男だったのよ」
「……そうだったのね。だからあの日も、保健の先生じゃなくて永原先生が飛び出してきたのね……」
「う、うん。多分」
「ねえ優子ちゃん、永原先生って30の割には若いと思ったんだけど、それもTS病のせいなの?」
「うん、だけど……永原先生が30歳ってのは嘘なのよ」
「え? じゃあいくつなの……」
「信じてもらえないと思うけど……永原先生の本当の年齢は……499歳だよ。永原先生は戦国時代の生まれで織田信長よりも年上なの」
木ノ本の顔が硬直した。久々に見た、顔全体が驚きに染まる様子。
「し……信じられないわ……! だってそんな、そんなまさか……!」
「信じろっていうのは難しいのはわかってる。だけど、TS病っていうのはそう言う病気なのよ」
「自分の手で人生を終わらせるか、事故や事件に巻き込まれるかしない限り、半永久的な時間を過ごす。永原先生は、長野県で真田家の足軽をしていたのよ」
「そう……だよね……うん、ちょっと羨ましいかもしれない」
「昔はこの病気は不吉だとして殺されていた。永原先生は戦国時代を運良く生き延びて、今この地球で一番長く生きる人となっているのよ」
「そうだったのね。先生の古典の教え方があんな感じなのも納得しちゃったわ」
「ええ、まるでじゃなくて、本当に当時を知ってたってことよ。永原先生の秘密は、これが大筋よ。他に何か、話すことはない?」
「ううん、もう大丈夫……優子ちゃんのために出来ること。私も考えてみる」
「ありがとう、桂子ちゃん」
「じゃあ私、教室に戻るから、優子ちゃんも昼休み終わったら教室でね」
「う、うん」
教室に戻りたくない。でも、戻らなくちゃいけない。3時間目の授業も、もうじき始まるのだから。
「よう、優一! お前、木ノ本と何処行ってたんだよ」
また篠原浩介だ。もう、無視するのも辛くなってきた。
「ねえ、男子!」
誰かが大声を張り上げた。木ノ本桂子だ。
「もう、優子ちゃんをその名前で呼ぶのはやめてあげて!」
「何だ? また女か! またお前か!」
今度は高月章三郎だ。
「これは男の喧嘩だ、女はすっこんでろってんだろ!」
「いいえ、優子ちゃんは女の子よ!」
「な、何だよ。俺達が男だと言ったらこいつは男なんだよ!」
「そんな横暴、私は認めないわよ。優子ちゃんを女の子として扱ってあげて!」
「……またそれか。俺たちはな! この野郎に……こいつの怒りにどれだけ恐怖してきたと思ってんだ」
「今こそ仕返しのチャンスだってんだ。邪魔すんな」
私の中で一つ、邪悪な発想が生まれた。
そうだ、高月章三郎を殺してしまおう。
でもどうやって? いや、無理だ、この貧弱な身体じゃ、銃でもない限り返り討ちだ。じゃあナイフで脅す? でも奪い返されたら……
……私は無力だ。どこまでも無力だ。
……そうだ。
「ねえ、男子」
「お、何だよ? お前も男子だろ?」
「石山優一は……もう死んだのよ」
「は? 何言ってんだこいつ、お前がその優一だろ!?」
「そうねえ……残念ながら不正解よ」
「な、何でだよ!?」
「……私はもう、石山優子だから。石山優一はもう、この世には居ないわ。私の生徒手帳も優子のもの。戸籍にも、学籍にも、優子でしか載ってないよ」
「それがどうしたんだ!? どう言い繕っても、てめえの意識はあの時と同じだ!」
「お願いだから、もう認めて! もう地球上で、私を男扱いするのはここの男子だけよ」
私は気力を振り絞って懇願する。
「はっ、やだねっ!」
「どうして?」
「そんなの俺の認識だからだ」
「……もう、そう思うならそうでもいいよ。そこは譲歩するわよ。でも、せめて呼び方だけは、苗字の石山でもいいから変えてちょうだい」
「やだね、優一くん」
「……何が嫌なのよ! あんたたちの男扱いで、優子ちゃん嫌な思いしてるんだよ!」
いたたまれなくなった木ノ本桂子が口を挟む。
「俺は嫌な思いしてないから。それにこいつが嫌な思いをしようが俺の知った事ではないわ。だってこいつはムカつく奴だし。大袈裟に言おうがこいつが死んでもなんとも思わん。それは俺達がこいつにさんざん嫌な思いさせられたから。つまり石山優一に対しての情などない!」
「おいおい、かっこいいな高月……」
高月がしたり顔でひどいことを言う。それに対して、周りの男子も同調する。
……もう泣きたい。大声を上げて、辛いことを全部吐き出すように、泣いてしまえばどれだけ楽だろう。でも泣いちゃダメ。泣いたらきっと……またいじめられる……!
「最低よ……あんた」
「ふん、何とでも言え。俺は犯罪にならない程度に、こいつに復讐するだけだ」
「あんたはどうせ、一生結婚できないわよ。あんたみたいな最低な奴に、誰もお嫁さんなんか来ないわよ!」
「ふん、今からそんなこと、分からねえよ。じゃあな木ノ本、あんたもあんまりこいつの肩を持つんじゃねえぞ。男子にモテなくなるぞ」
「あらそう? どうかしらね?」
「どういうことだ!?」
「男子は単純だもの、私だって、自分の顔の良さくらい知ってるわよ」
「なっなっ……!?」
「男子は見た目で選ぶものでしょ? 可愛い子が好きだものねー」
「こ、こんのお……!」
その後も、木ノ本と高月は昼休みが終わるまで口論を続けていた。
そのおかげかは分からないが、放課後の頃には、男子の中にもいじめを躊躇する勢力も徐々に出始めていた。
何せ木ノ本桂子は美人で女子グループのリーダー、グループ内のルックスも田村のグループと比べて高いとあって、彼女たちを敵に回すのを良しとしない男子も出てきたということだ。
それに、田村だって彼女個人ながらも私の味方をするという宣言をしたばかりだ。旗色の悪さを自覚して撤退する男子が出てくるのは当然のことだ。
でも、特に過激派の高月と篠原の二人にとっては、そんなことはお構いなしだった。
女の子として、男にいじめられるのは、同性からのいじめなんかより、よっぽど辛いものがある。
でも仕方ないという一面もある。
それだけ、私のしてきた横暴に対する、彼らの恨みも深いということなのだから。その事実は、私を更に辛い思いにさせた。
下駄箱から靴を取り出して学校に帰る。
ふと、下駄箱の名前欄を見てみる。
そこには、真新しいシールで「石山優子」と書かれていた。
ふと、鞄から生徒手帳を取り出した。そこには、女の子の私の写真と「石山優子」という女子生徒の学生証。
「何をやってるのよ、何度も確認してきたじゃないか優子」心の中の自分がそう話しかけてきている気がした。
でも、私の心中は収まることはない。帰り道、私は女の子としての生きていくことについて、まるでカリキュラムの時に逆戻りしたように自問自答し続けた。
木ノ本も田村も、もう私の味方をしてくれているのに、何故……
その問いに、私はどうしても答えることは出来なかった。