永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

265 / 555
衝撃的な企画

 2月22日金曜日、永原先生がとても機嫌の良い日があった。

 みんな、「あんなに機嫌良さそうにして、一体どうしたんだろう?」と思っていた。

 そんな永原先生が帰りのホームルームで爆弾発言をしだしたのだ。

 

「えー、突然ですけど、私永原マキノは2月第4週から2週間、生徒になります」

 

「「「えっ……!?」」」

 

 あまりに突拍子もない永原先生の宣言に、あたしたちは全員で固まってしまう。

 永原先生が生徒になる?

 一体どういうことなのよ? エイプリルフールはまだ1ヶ月以上先のはず。

 

  ガラガラガラ……

 

「あー、皆さん、そのことについてはわしが説明しよう」

 

「こ、校長先生!」

 

 浩介くんが思わず口に出してしまう。

 浩介くんの言葉通り、教室には校長先生が入ってきた。

 突然の大物の登場に、あたしたちは更に動揺する。

 

「あー、3年1組の皆さん、もうすぐ卒業の折、突然のことで申し訳ないが、この度永原先生が生徒になるという企画を行うことにした」

 

 うん、それは分かってるわよ。

 問題は「なぜ」よ。どうしてそんな突拍子もない事がいきなり?

 

「永原先生は、我々と違って若い頃学生という経験がない。他の江戸時代生まれの患者さんたちも、寺子屋というものに行っていたが、永原先生は戦国時代の生まれ故に、最初は字を覚えるのも四苦八苦したそうです」

 

 そうよね。人生の最初の60年は長野の小さな村に居たわけだし。

 以前からそのコンプレックスについては聞いていた。

 

「わしは、現代の人なら当たり前のように持っているものを持っていないことについて、永原先生が随分と思い詰めていた様子を聞いてしまってな……小谷学園としても永原先生には随分と世話になっている。そこで何かしてやれないかと教頭先生と相談して、わしが思いついたというわけです」

 

 校長先生の坦々とした話とは裏腹にあたしたちの動揺が大きい。

 永原先生が生徒になる?

 今までの固定観念が崩れていく。確かに制服姿の永原先生は文化祭で見ていたけど、あれはあくまで文化祭でのコスプレみたいなもので――

 そう言えば、1年生にも「先輩」と言われて嬉しかったって言ってた。

 だけど、本当にこの話を持ちかけられて了承してしまうなんて思ってもいなかった。

 まさか、永原先生のコンプレックスがそこまで進行していたとはね。

 

「幸いにも、今年度には永原先生の他にもう一人いらっしゃる古典の先生が引退なされる。代わりに新しい先生を入れるわけだが、彼にも手伝ってもらうことになりました」

 

 そ、それでいいのか?

 ともあれ、校長先生の説明を聞いた永原先生はすごい笑顔になっている。

 まるで、長年の願いが叶ったかのように。

 

「というわけで、永原先生が担当している古典の授業も心配はいりませんよ。皆さんも、来週からは短い間だが、永原先生のことをクラスメイトとして接してあげてください」

 

「「「はーい……」」」

 

 大きく動揺しつつも、クラスメイトが何とか返事をする。

 一方であたしは、まだ納得ができない。それは協会の会長職のことが脳裏にあったからだ。

 永原先生が2週間学生として過ごすということ。つまり木曜日までは授業を受けて、金曜日から水曜日までが期末試験、そして木曜日と金曜日が試験の返却、その後は卒業式に向けての練習に、あたしたちは時間の大半を費やす。

 あたしの場合は、卒業式のある一日は大忙しになるけど。

 

「それじゃあ、私からの連絡は以上よ。みんな気をつけて帰ってね」

 

 最後の期末試験前なので、天文部は活動がない。

 試験が終われば、わずかながら活動があるけど、もう桂子ちゃんも部長から降りてしまい、あたしたちと天体の話題を中心に雑談をしているだけの状況になっている。

 

「ねえ優子ちゃん」

 

「うん……今日は3人で帰ろう」

 

 あたしは浩介くんにそう言う。それは桂子ちゃんも誘うという意味である。

 もちろん、クラスの話題は永原先生が期間限定で生徒になるということで埋め尽くされていた。試験勉強日手がつかなくなっちゃったらまずいわよね。

 

「桂子ちゃん、どう思う?」

 

「うーん、こんな事になるって……小谷学園らしいと言えばそうだけど……」

 

 桂子ちゃんもどこか俯瞰的な物言いをする。仕方ないこととは思うけど。

 

「それにしたって前代未聞だろ。先生が生徒になるとかさ」

 

 浩介くんの言うことはごもっともだと思う。

 幸い永原先生は、昔の人らしく体格も小さくて顔も童顔だから、制服を着ると女子高生どころか女子中学生に見えてしまう。

 そのことは文化祭で嫌というほど思い知らされている。

 なので外見上は問題がない。

 

「でも、永原先生は青春に強いコンプレックスを持っていて……その……」

 

「「うん」」

 

 あたしの話に2人も興味深く頷いている。

 でもやはり、まだ納得しきれていない。

 

「優子ちゃんは、永原先生が生徒になってもいいと思うのか?」

 

「うん、だって永原先生がああなったの、あたしのせいでもあるのよ」

 

「え!? 優子ちゃん、どういうことだ?」

 

「そうよ、どうして?」

 

 あたしの言葉に、2人もかなり驚いている。

 確かに、このことは話した方がいいかな?

 

「それはね――」

 

 あたしが経緯を詳しく説明する。

 永原先生にとって、教え子が直接自分と同じ病気になったのが初めてのこと。

 あたしが模範的な患者として成長するにつれて、いつしか永原先生があたしへの憧れを口にするようになったこと。

 この辺りまでは、2人も「知っている」という感じで聞いている。

 

「それでね、永原先生はあたしへのコンプレックスを持った上で、それがいつしか、自分が味わったことのない、『学生時代の青春』に対するコンプレックスになっていったわ」

 

「なるほどなあ」

 

 2つのコンプレックスは複雑に絡みあっていて、永原先生自身も、最近まで正しい分析が出来ていなかった。

 最近になって、コンプレックスのことも分かってきたから、相当複雑な問題だった。

 

 今になって思うけど、バレンタインデーの時にあたしと永原先生の話を盗み聞きしていたのは校長先生だったのね。

 

「でもそれ、優子ちゃんのせいって言うのか?」

 

 浩介くんが疑問を突っ込んでくる。

 

「あーうん、あたしが悪いってわけじゃないけど……原因の一端になった!?」

 

「んー、まあそれでいっか」

 

 とりあえず、浩介くんも納得してくれた。

 

「まあほら、こういうのも面白いし、なるようになるんじゃないの?」

 

 桂子ちゃんが楽天的な様子で言う。

 見た目なら確かに、大丈夫だとは思うけど。

 ともかく、衝撃的すぎてちょっと現実逃避しなきゃやってられないのも事実だけど。

 

「それにしても、よく校長先生がOKしたわね」

 

 あたしも、それが不思議ではある。

 

「というよりも、校長先生の発案でしょ?」

 

「あーうん、そうだったわね」

 

 いけないわね、動揺しすぎて冷静な判断力を失っているわ。

 

 当事者のいない間で、結論の出ない話が巡り続けるうちに、あたしたちは、駅へとたどり着く。

 

「それじゃあ、さようなら」

 

「浩介くん気を付けてね」

 

「おう」

 

 行き先の違う浩介くんと別れ、あたしと桂子ちゃんがホームの方へと行き、階段から近いドアの部分に並ぶ。

 

「それにしても、永原先生はどういう学生生活を送るのかな?」

 

「私も、今から楽しみね」

 

 一貫楽観的になると、気持ちはかなり楽になった。

 

「間もなく、電車が参ります」

 

 電車が入線し、そちらに集中する。

 幸い席が空いていたので2人で隣り合って座る。

 2人で座る時が、最も強い視線を感じる時間で、座席の向かいの男たちが、あたしや桂子ちゃんのパンツを見ようと必死にスカートの間に視線を移す。

 本当、女の子になって分かったけど、男の視線手ものすごい分かりやすいわね。

 あ、でもあたしが浩介くんの下半身に向けてる視線も似たようなものかも。

 

「永原先生、受け入れてもらえるといいわね」

 

「そうよね、来週からは『先生』って呼んじゃいけないんでしょ?」

 

 桂子ちゃんが重大なことを言う。

 今まで目をそらしていていたけど、生徒期間中は、永原先生のことを「先生」と呼ぶのはご法度になる。

 

「うん……でも何て呼べばいいんだろう?」

 

 一応、あたしの場合は永原先生には「先生」と「会長」の2つの関係があるから使い分けには慣れてるけど、他の人はそうもいかないわよね。

 

「うーん、『マキノちゃん』かな?」

 

 桂子ちゃんの提案。

 

「それ、確か去年のミスコンだっけ?」

 

 去年のミスコンでは、永原先生は生徒会の守山前会長から「永原マキノちゃん」と呼ばれてたけど、それはミスコン時の呼び方のことで、やはり文化祭の特別感からそういう呼び方になった。

 

「そうそう、優子ちゃんは何かある?」

 

「他にはうーん、『永原』とか?」

 

「あー、男子ならそれでもいいかもしれないけど、私たち女子はねえ……」

 

 これもやっぱりしっくり来ない。

 以前は女子同士も他グループでは呼び捨てだったけど、3年1組は桂子ちゃんと恵美ちゃんの和解の象徴として、クラス全員を名前呼びするようになっている。

 

「やっぱり桂子ちゃんの言う通りの呼び方でいいのかな?」

 

 それを考えるとやはり「マキノ」という名前呼びが一番いいと思う。

 

「まあでも、いざ呼ぶとなると緊張するわよね」

 

 桂子ちゃんが言う。

 

「うんうん」

 

 そんな中で、最寄り駅についたあたしたちは電車を降りる。

 駅を出ると、少し風が強いわね。3月が近いので、ストッキングをやめて、もう生足になってるけど、失敗だったかしら?

 

 ぴゅうううう……

 

「うー、桂子ちゃん風強いわね」

 

「春一番かな?」

 

 どっちにしても、スカート気をつけないと。

 

「うん、そうみたいね」

 

 あたしたちは、スカートを警戒しつつ、いつもの道を行く。

 たまに風が収まるかと思うと、徐々に強くなる。こういう不安定なのが一番危険だと思う。

 

「あーあ、あたし風の強い日って苦手だわ」

 

「そりゃあ優子ちゃん、女の子はみんな苦手よ」

 

 スカートめくれちゃうものね。あたしも、通学中に思いっきりぶわっとめくられちゃったときがあって、その時は誰もいなくてよかったわ。

 

 

「あはは、じゃあ……あたしこれで……きゃあ!」

 

「きゃー!」

 

 桂子ちゃんとのいつもの分かれ道、「さようなら」をしようとすると、えっちな風が舞い上がり、あたしたちはスカートを思いっきりめくられてしまう。

 桂子ちゃんは反応が素早く、パンツは見えなかったけど、あたしの方は思いっきり桂子ちゃんに見られてしまった。

 

「優子ちゃん、縞パンかわいいわよね」

 

「あうー、恥ずかしいよお……桂子ちゃんは見えなかったのに」

 

 恥ずかしい上に悔しいわ。

 

「ふふん、やっぱり女の勘は、まだまだ使いこなせていないわね」

 

「うー、悔しいよー!」

 

 桂子ちゃんのどや顔がまた悔しくて、ちょっとだけ涙目になる。

 結局あたしはどうあがいても、桂子ちゃんに女子力で勝てない。

 桂子ちゃんはスカートのガードも硬くて、パンツを見たのも体育の着替えの時に悪ふざけの一環で女子同士でスカートめくりした時くらいしかない。

 

「さ、優子ちゃん、今は私しか見てないけど、他の人、特に男何かに見られないようにしなさいよ」

 

「う、うん……」

 

「あ、篠原ならいいかもね」

 

 桂子ちゃんがクスクス笑いながら言う。

 あたしも、浩介くんにパンツ見られたことを想像し、ちょっとだけ赤くなってしまう。

 

「もー、優子ちゃん惚れっぽいわね……じゃあ今度こそさよなら」

 

「うん、ばいばーい」

 

 手を振って桂子ちゃんと別れ、あたしは家路につく。

 その後も、何度か強めの風にスカートがなびくけど、幸いにしてまためくられるほどに、強い風は来なかった。

 

「ただいまー」

 

「お帰り優子、風大丈夫だった?」

 

「え!?」

 

 母さんが、風が強かったことに言及する。

 

「何言ってるの、外は強い風でしょ? スカートは大丈夫だったの?」

 

 母さんがぐいぐい押してくる。

 

「え……う、うん……」

 

「ふう、帰り道、風にめくられたんでしょ? それで、誰かに見られた?」

 

 あうー、母さんの追求からは逃れられないよお……

 

「えっとその……け、桂子ちゃんに……」

 

「あらあら、その様子だと桂子ちゃんのパンツは見えなかったのね」

 

 母さんが「やれやれ」という感じでため息交じりに言う。

 

「うん、あたしだけ……」

 

 あたしは、あっさりとすべて自白してしまう。

 母さん、不思議な力があるのよね。

 

「そう……桂子ちゃんばっかり……ずるいわ!」

 

  ガバッ!

 

「きゃああ!!!」

 

 母さんに前から思いっきりスカートめくりをされてパンツ丸見えにさせられてしまう。

 

「母さんやめて!」

 

「ふふ、すっかり女の子の悲鳴あげちゃって、よかったわ」

 

 母さんがホッとしたように言う。

 

「もー、何がいいのよ!?」

 

 あたしも、ちょっと怒り気味に言う。

 そもそもどうして母さんにスカートめくりされなきゃいけないのよ。

 

「優子がちゃんと、女の子らしさを追求し続けてるってことよ。いい優子? 結婚したとたんに気が抜けて、女の子らしさがなくなっちゃう子も多いわ。そういう子に限って『女として見てもらえない』って泣くことになるのよ」

 

「うん、でもどうしてスカートなんかめくって……」

 

「優子のパンツ見た桂子ちゃんがうらやましかったからよ」

 

「っ!」

 

 母さんの直球発言に、あたしの顔が真っ赤になる。

 恥ずかしいとともに、少しだけ怒りもわいてくる。

 

「ねえ母さん……」

 

「何優子?」

 

「あたしね、母さんの愛情はうれしいし、あたしのことを気遣ってくれてね……特にカリキュラムの時はお世話になったわ」

 

「ええ、ありがとう……」

 

 母さんも返答してくれる。

 

「でもね、今はもう、スカートをめくる必要は無いんじゃないの?」

 

「え、だって……桂子ちゃんが見ていいなら、私が見たって別に――」

 

  ぺちっ!

 

「もう、母さんのえっち!」

 

 あたしは、母さんの頬をビンタする、母さんは少し動くだけで、特に痛みは訴えてこない。

 

「あらあらごめんなさい、やりすぎちゃったかしら?」

 

「当たり前よ!」

 

 あたしは少し大きな声で言う。

 母さんはちょっと暴走気味だし、こうしないといけないわね。母さんをビンタしたの、初めてかも。

 

「ごめんなさい……」

 

 珍しく母さんがしおらしくなる。

 これならまあ、いいわよね?

 

「じゃああたし、着替えてくるから」

 

「ああうん」

 

 母さんを見送って、あたしは部屋の中へ入る。

 そして制服から私服へと着替える。

 あたしはまた、永原先生について考える。

 永原先生は、「みんなでふざけあったり、楽しんだり」そういった学生生活にとてもあこがれていた。

だから、月曜日になったら、普段先生だということは忘れて、なるべく他の生徒たちと同じように接しないといけない。

 必要なのはそう、制服姿の永原先生を見た第一印象、とても先生には見えない、それどころか女子中学生にさえ見える童顔の同級生……なんてことは無いじゃないの、あたしたちTS病患者に必要な対応法と同じ、「見た目の第一印象通り」に扱っていけばいいのだわ。

 

 この結論に達して、あたしは随分と気持ちが軽くなった。

 永原先生だって、500年の人生、波乱万丈だったものね。教職の仕事に会長職、少しくらいご褒美をあげたっていいじゃないの。

 だからこその、校長先生は今回の企画を練ったんだと思う。

 

 あたしは、軽い気持ちで本を読む。

 蓬莱教授の本は、既に数回読破したけど、まだまだ理解は十分じゃない。蓬莱教授の研究のためにも、そして浩介くんのためにも、あたしはより一層の勉強をしないといけないわね。

 

「優子ー! ご飯よー!」

 

「はーい!」

 

 そしていつものように、母さんの呼び声からご飯が始まる。

 ともあれ、今は金曜日の夕食を楽しもう。明日明後日は土日になる。

 ひとまず今は休みのことを考えてもいいのかもしれない。

 いや、その前にまずは、目の前の夕食のことを考えよう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。