永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

266 / 555
転校生

「おはよー」

 

 あたしが勢いよく扉を開けて挨拶をする。

 今日は永原先生が生徒として来る日になる。

 

「お、優子ちゃんおはよう」

 

「浩介くんもおはよう」

 

 教室を見ると、いつもより椅子と机の数が1つ多くなっていた。

 一番後ろのその席は、永原先生のために用意された席だということが分かる。

 でも、そこに永原先生は座っていなかった。

 

「なああそこ」

 

「ああ、どういう顔して出てくるんだろ?」

 

 教室の生徒たちも、みんな一斉にその席を凝視していて、どこかぎこちない様子を受ける。

 普段担任の先生をしている人が2週間限定、しかも期末試験直前から試験中にかけて生徒になる。

 こんな事例は日本広しと言ってもはじめてのことだと思う。少なくともあたしは聞いたことが無い。

 

「おはよー」

 

「おはよー」

 

 クラスのみんなが次々と集まってくる。

 どうやら今日は全員出席の日で、遅刻・欠席者はいないみたいね。

 ……永原先生がまだ来てないけど。

 

 

「でもよ、考えてみたら永原先生が生徒になるとすると、誰が担任になるんだろう?」

 

「うーん、そういえばそうだよなあ、高月はどう思う?」

 

「代理の担任が必要だけど……どの教科の先生になるのかな?」

 

「見当がつかねえよな」

 

 

 今までも、永原先生の休みの日には、その時その時で、代理の先生が違っていた。

 小谷学園にはどうも、副担任の先生は置かないらしい。

 だからこうして、生徒たちの話題にもなる。

 

  ガララララ……

 

 代理の先生が入ってきた。

 その姿に、あたしたちは目を丸くして、そして――

 

「「「こ、校長先生!?」」」

 

 思わず、叫んでしまった。

 教室の中に入ってきた永原先生の代理の先生は、何を隠そう小谷学園の校長先生だった。

 

「うむ、いかにも。今日から2週間、3年1組の担任の代理を務めることになった。短い間だがよろしくお願いします……ん? なぜわしが代理かって顔をしておるようじゃな。ああ、これを思いつき、永原先生に発案し、企画したのもすべてわしだからじゃ。いわゆるその……『言い出しっぺの法則』じゃよ」

 

 にしたって、校長先生が担任の代わりって、しかもなんかいつもよりもキャラ付けか口調も変わってるし……うーん、もう突っ込んだら負けね。気にしないでおくわ。

 

「さて、今日のホームルームじゃが……その前に、まずはこのクラスの転校生を紹介したい……永原さん、どうぞ入ってください」

 

  ガララララ……

 

 扉の音と共に、制服姿の永原先生が入ってくる。髪型も文化祭の時と同じ、いつもは下ろしているセミロングの髪を両側で縛ったツーサイドアップになっている。

 やっぱり、転校生というシチュエーションにしたのね。

 

 クラスの動揺は少なく、あたしが優子として復学した初日に比べればとても静かだ。もう少し動揺するかとも思っていたけど、制服姿の永原先生は文化祭の時に見たことがあるからみんな冷静よね。

 

「じゃあ永原さん、自己紹介をお願いします」

 

「はい」

 

 永原先生が黒板に向けて、チョークで自分の名前、永原マキノと書く。

 普段先生として使っているために、手つきが手馴れている上に、周囲も「知っている」という顔をする。

 普通なら、こんな転校生なら「かわいい」の嵐だと思うのに、そうはならない。

 

「永原マキノです。短い期間ですが、小谷学園でお世話になることになりました。よろしくお願いします」

 

  パチパチパチパチパチ……

 

 永原先生があたしたちにぺこりと頭を下げると、クラスメイトもとりあえず拍手をする。

 だけど、みんなこれが茶番だって知っているから、どうしても気持ちがこもっていないわね。

 

「それじゃあ、永原さんにはあそこの後ろの席に座ってもらいますかな」

 

「はい」

 

 永原先生が、例の開いている席に座る。

 座り方はお手本のようなお淑やかさだった。

 

「では、出欠を取りますね。えー」

 

 校長先生の出欠確認は新鮮で面白かった。

 50音順だけど、永原先生だけ最後に回されていた。

 校長先生は、永原先生にもちゃんと「永原さん」と呼んでいて、永原先生は泣きそうになるくらいうれしそうな顔で「はい」と返事していた。

 

 

「それでは、ホームルームを終了します。1時間目の準備をするのじゃ」

 

 校長先生はそう言うと、カッコつけた様子で教室を退場する。

 転校生と言えば、机を囲んでの質問攻め何だけど、永原先生にはそんなものはない。

 転校生ではなかったあたしの復学日にはあったのにね。

 ともあれ、永原先生はそんなことを意にも返さず、とても上機嫌で鞄から教科書を出して1時間目の準備をしていた。

 

「えっとあの……」

 

 あたしがまず声をかけてみる。

 

「どうしました?」

 

 永原先生が、あたしに他人行儀で話しかけてくる。

 よし、ここはこうしよう。

 

「あの、あたし……石山優子です。これからよろしくお願いします」

 

「うん、じゃあえっと……」

 

 永原先生はまだ慣れない様子で躊躇している。

 

「その、『マキノちゃん』って呼んでもいいですか!?」

 

 あたしは、教室に聞こえそうなくらい大きな声で言う。必然と、他のクラスメイトたちもあたしたちに注目する。

 

「うん、そう呼んでもらえると、私とっても嬉しいわ!」

 

 永原先生があたしに負けないくらい、大きな声で言う。

 表情はまた、嬉しさを爆発させたような、今までに見たことのないかわいらしい笑顔だった。

 

「うん、呼び止めて悪かったわ。改めてよろしく、マキノちゃん」

 

「優子ちゃんも、よろしくね」

 

 名前で呼びあったら、あたしは席に戻る。

 クラスメイトたちが、あたしを複雑な目で見ている。

 

 

「おいおい、優子ちゃん、やりおったな」

 

「うー、でも何だかむずがゆいんだよなあ……」

 

「そうそう、違和感があるというか……やっぱりあの顔を見るとねえ」

 

「だよなあ……見た目は完全に溶け込んでんだけどよ」

 

「やっぱり先生だもんなあ……いきなり生徒と言われてもねえ」

 

 

 クラスの男子が、そんな会話をする。「先生」という単語を聞いて、少しだけ永原先生の表情が暗くなった気がするわ。

 でも確かに、クラスの反応は無理もないことだと思う。

 特にあたしたちのクラスは去年から2年連続で永原先生が担任になっている。

 

 

 やがて、1時間目の先生が入ってきて、授業が始まった。

 ちなみに、各教科の先生たちも、永原先生の事情は知っているため、出欠確認の時も他のクラスメイトと変わらない呼び方をする。

 永原先生も、夢にまで見た生活を実現させた嬉しさは大きいみたいで、普段は同僚のはずの先生に生徒扱いされるのがとても嬉しいみたい。

 

「えーでは、ここは期末試験の頻出になるわけですが、この問題を……永原!」

 

「はーい!」

 

 永原先生が勢いよく椅子から立ち上がり答えを読み上げる。

 

「はい、そうですね、ここは――」

 

 授業は滞りなく進む、永原先生は嬉しそうに笑顔を振りまいているけど、どこか寂しさの雰囲気もある。

 最初の1時間目までの時間で、声をかけたのはあたしだけだった。

 次の2時間目は古典だけど、大丈夫かな?

 あたしはちょっとだけ、永原先生が不安になる。

 今の永原先生は、普段見ていない生徒の机からの視線も体験している。もしかしたら、これはこれで先生としてのキャリアにもいいのかもしれない。

 古典を普段は教えている永原先生はどんな感じで授業をうけるんだろう?

 

 

  キーンコーンカーンコーン……

 

「では今日はここまで、皆さん、期末試験に向けて、気を抜かずに頑張ってください」

 

 先生がそう言うと、あたしたちは1時間目の教材を片付けて、2時間目の古典の授業の準備を進める。

 

「ねえ桂子ちゃん」

 

「ん?」

 

 あたしは、桂子ちゃんに話しかける。

 

「マキノちゃん、大丈夫かな?」

 

「ええ!? ああうん、せんせ――」

 

「桂子ちゃんダメだよ」

 

 「先生」と呼びかけた桂子ちゃんに、あたしがやんわりと注意する。

 

「う、うん。そうよね、積極的に、話しかけなきゃいけないわよね」

 

 そう、今みたいに孤立していたら、永原先生はコンプレックスを解消できても、いい思い出にはならない。

 

「ね、ねえマキノちゃん」

 

 桂子ちゃんが声をかける。

 

「あら、えっとあなたは……」

 

「桂子よ、木ノ本桂子」

 

 永原先生は、あくまで転校生として振る舞う。

 もちろん、お互いの顔と名前は、知っているに決まっているのに。

 

「うん、桂子ちゃんね」

 

「その、マキノちゃんって古典とか得意なの?」

 

 あたしは、我ながらいくら何でもそれはないと思う質問をする。

 

「ええ、私、古典、特に『近世日本語』でしたら誰にも負ける気はしないわよ」

 

 永原先生が胸を張って言う。

 そもそも、あたしたちと違って、永原先生は古典が母国語みたいなもの。

 だけれども、永原先生は自慢するかのように言う。まるでアメリカ人やイギリス人が得意科目は英語と胸を張るかのように。

 

「じゃ、じゃあ、もし機会があったら勉強教えてくれるかしら?」

 

 け、桂子ちゃん、それ地雷じゃないの?

 

「ふふ、いいわよ。期末試験も近いものね。私勉強会とかしたことないのよ」

 

 しかし永原先生は、嬉しそうに笑顔満点に言う。

 

 さて、永原先生は古典の授業をどう見るだろうか?

 確か、来年度から就任予定の教育実習の若い先生が代わりになるんだっけ?

 

  ガラガラガラ……

 

「おー」

 

 いつもとは違う古典の先生が入ってきた。

 

「えー、私、今日から2週間、教育実習として古典を担当します――」

 

 先生の軽い自己紹介と共に、授業が始まる。

 ここでも出欠を取るのは同じ。

 

「えーそれではですね、今日は期末試験対策という事で、先生の作った小テストを解いてもらいます」

 

 授業中での小テストは、試験前のこの時期には多い。

 あたしも、テスト用紙を見る。

 永原先生も、少しだけ緊張している。立場上、間違えるわけにも行かないものね。

 

「えー、それではですね、はじめてください」

 

 先生の合図とともに、あたしは問題を見る。

 永原先生が普段作っているテストとはだいぶ毛色が違う。この人が作ったのは事実みたいね。

 

 ……うーん、難易度の落差が激しいような? でも小テストってそんなものかな?

 

 

「はいそこまで、じゃあですね、隣の席の人と交換してください。あ、永原さんは自分で採点してください」

 

 永原先生がしょんぼりとしている。

 

「先生! それじゃマキノちゃんがかわいそうよ」

 

 あたしが、抗議をする。

 

「う、じゃあそこは3人でお願いします」

 

 そう言うと、永原先生は3人で1組になった。

 そうよね、じゃないと不公平だもの。それにしても、大丈夫かしらこの先生……

 

「えー、では最初の問題ですが――」

 

 ともあれ、古典の先生による答え合わせが始まる。

 あたしは隣の人のテストを採点しつつ、時折永原先生の方を見る。

 

 

「すごいわ、永原せ……永原さん100点だわ」

 

「まあ、そりゃあ当然だろうけどさ」

 

 

「おお、満点の人が何人かいるみたいですね。この調子で期末試験も頑張ってください」

 

 小テストと言っても、結構ボリュームがあって解説もしていたら一時間分を使ってしまう。

 ともあれ、こうして午前中の授業が続いていった。まだちょっと、腫れ物にさわるような扱いのままだった。

 

 

 お昼休み、永原先生はまだクラスに馴染めていない。

 やっぱりみんなどこか腫れ物に触る感じなんだと思う。

 

「ごめん浩介くん、今日はマキノちゃん誘うね」

 

「お、おう……」

 

 浩介くんも困惑した表情で応対する。

 永原先生に馴染んでいるのはまだあたしと桂子ちゃんだけ。

 この状況は早めに解決を図りたい。

 

「マキノちゃん、学食行く?」

 

「ああうん、優子ちゃんありがとう。じゃあ行こうか」

 

 永原先生と2人で学食への道を歩く。

 

 

「あれ、永原先生じゃね?」

 

「そう言えば、文化祭の時に似てるな」

 

「でもよ、用事で2週間いないとか言ってただろ?」

 

「うっ……じゃあ別人……にしては似すぎじゃね? 優子ちゃんもそばにいるし」

 

「うーん、どういうことなんだろ?」

 

 

「あはは、噂になってるわね」

 

「しょうがないわよ」

 

 永原先生は少しだけ寂しそうな笑顔で言う。

 やっぱり、いきなりみんな気持ちを切り替えるのは難しいもんね。

 

「マキノちゃん、クラスにはなじめた?」

 

「ううん、まだまだよ。もちろん、学校生活は楽しいわ。ずっと私の憧れだったもの」

 

 永原先生が本音を漏らす。

 

「マキノちゃんって古典得意なんだね。100点なんて凄いわよ」

 

 あたしは、あまりいい点数じゃなかった。卒業には問題ないし、佐和山大学では古典をしないので十分に及第点だけど。

 

「へへん、もちろん得意科目よ」

 

「じゃあマキノちゃんは何が苦手なの?」

 

「うーん、数学がちょっと苦手かな?」

 

 永原先生は少し考えて言う。

 確かに、得意そうな感じではないわね。

 

「さ、学食に並ぼう」

 

「うん」

 

 永原先生はあたしにくっつくように学食に並ぶ。先生の時にもこうして並んだ経験はあると思うけど、今日みたいに生徒として並ぶのは全く違うはず。

 実際、隣に並んでいる永原先生は目を輝かせている。

 周りの生徒たちは学食とあって、永原先生のことは話題にしていない。

 もしかしたら、もう噂になっているのかもしれないけど。

 

「マキノちゃん、何食べる?」

 

「うーん、そうねえ……」

 

 永原先生は券売機のメニューとにらめっこしつつ、牛丼を頼んだ。

 ちなみにあたしは、カレーにした。

 食堂のおばちゃんから食べ物を受け取り、テーブルを探す。

 永原先生の様子を見る。設定は転校生だけど、やはりどこか慣れ親しんだ雰囲気は隠せないみたいね。

 

「「いただきます」」

 

 あたしたちは、食べ物を食べ始める。

 すると、お互い食べ物に集中するので会話の量は減少する。

 永原先生の食べ方はいつも通りで、吉良上野介から教わったのか、かなりきれいな食べ方をする。

 

「はむはむ……」

 

 そう言えば、永原先生は学食で食べること多いんだっけ?

 あたしが初めて生理になった時にもいたし。

 永原先生は、感激していて、ゆっくりと味わい尽くしている。

 青春を一つ一つ取り戻すごとに、永原先生の中で活気がわいてくる。

 ……あたしも3日間位限定でいいから、幼稚園入り直そうかしら?

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 永原先生は、あたしに言われるまでもなく、返却口まで迷わず進む。

 やっぱり、そこまでは演技しないみたいね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。