永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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夢の終わり

 月曜日、いよいよ期末試験がやってきた。

 卒業を決める試験ということもあって、あたしたちも緊張しているが、永原先生の緊張ぶりには及ばなかった。

 期末試験は水曜日までの3日間に行われ、その後は試験の返却と大学の内容を少しだけ学習し、更に体育は体力テストが、また試験の返却などが終わった時間は卒業式に向けて歌の練習に充てられることになっている。

 ちなみに、時間割上、永原先生はこの歌の練習には参加しない。

 期末試験が終わり、金曜日になったら、永原先生はまた先生として戻ってくる。

 

 あたしは、永原先生とした勉強会での成果や、あたし自身の勉強の成果を、試験にぶつけた。

 うちのクラスは平均点も高く、成績優秀だった。

 永原先生も、緊張の面持ちで試験を受けた。

 

 期末試験の難易度も、あたしにとってはそこまで難しいものじゃない。

 これまでの見込みも考えて、あたしには卒業できる算段があった。

 

 問題は、期末試験が終わった後のことだと思う。

 結婚と卒業が同時に来る上に、永原先生を天文部に誘うことになっている。

 永原先生は、まだ「部活の楽しさ」を経験していない。

 いかにして経験させるか?

 あたしはそんなことを考えながら、期末試験の回答を続けていた。

 

 

「優子、最近忙しそうね」

 

「うん、結婚のこともあるから」

 

「そうね、試験が終わったら、早速浩介くんの家も呼んで婚姻届を書き始めるわよ」

 

「式場でのリハーサルはいつになるの?」

 

 正直言うとこっちのほうが大事だと思う。

 

「ええ、前日に決まったわ」

 

「つまり、卒業式と同じね」

 

 忙しい前日になりそうだわ。

 

「それから、優子のウェディングドレスもオーダーメイドになったからね」

 

 そう言えば、あたしの胸が大きくて、サイズがなかったんだっけ?

 

「うん、分かってるわ」

 

「ふふっ、つまり初夜はウェディングドレスのままできるわよ!」

 

「っ!」

 

 母さんの言葉を聞いて、ぼんっとあたしの顔が赤くなる。

 女の子たちの夢とあこがれのつまったウェディングドレス、ホテルに戻ったあたしと浩介くんは、新郎新婦の格好のまま、ホテルの部屋に入って……

 あうー想像しただけで赤くなっちゃうわ。

 

「優子たちを呼んでの2次会とかはしないことにしてあるわ、優子、まだ未経験だもんね。それも含めて、素敵な夜にしてあげたいの」

 

「か、母さん!」

 

 心遣いはうれしいけど。

 

「ホテルのお部屋代とか、結婚式場の代金も蓬莱教授が支援してくれることになったわ。何でも『予算を使わないと支援者にせっつかれる』って言ってたわ」

 

「そ、そうなのね、あははははは……」

 

 世の中には、お金を使わないと怒られる人もいるということを、あたしは学んだ。

 ともあれ、お金の心配がいらなくなったのは心強いわ。

 それよりも結婚式の夜のこと。

 今までも何となく、あの日にあたしは変わると思っていた。

 

 女の子は、誰しもが不安になる。あたしも、考えてみれば一昨年の10月末の頃から、ずっと我慢してきた。

 楽しみではあるけど、やっぱり不安でもある。

 多分式の当日になっても、解決はしないと思う。

 

 

 期末試験中も、試験問題そのものはうまく解けたけど、試験の合間の勉強は、卒業式の日に気を取られて、みんな実が入らなかった。

 それでも、あたしは全てのテストをやり終えた。

 

「あー、終わったー!」

 

 あたしも周囲も、ほっとした顔をする。この学校での最後のおお仕事が終わったからだ。

 後は試験の返却があるだけ。そして永原先生も、ほっとしたような表情をしている。実に女子高生らしい仕草だと思う。

 1週間目の永原先生は、まだぎこちない所もあった。

 でも今やもう、永原先生は小柄で童顔なことを除けば、すっかり1人の女子高生だった。

 

「マキノちゃん、天文部行こう?」

 

「うんっ!」

 

 永原先生が嬉しそうな顔でニッコリと笑い、あたしたちについていく。

 いつもは3人のところ、4人で行動する。永原先生は、部活を楽しみにしていた。

 

 途中で、あたしたちは校長先生とすれ違う。校長先生はにこやかな表情をしていた。

 

 

  ガチャッ

 

「さ、入ってー!」

 

「あ、先輩方どうもです」

 

 天文部長さんが挨拶する。

 

「おや、新入部員ですか?」

 

「3日だけね、転校生の永原マキノちゃん、よろしくね」

 

「永原マキノです、短い間ですけれども、よろしくお願いいたします」

 

 永原先生が頭を下げる。後輩の部員たちは、みんな一様に動揺しつつも、受け入れるように努力しているのが見受けられた。

 みんな、校長先生の発案で、永原先生が生徒になってることは知っていた。

 

 

「マキノちゃん、ここがJAXAのホームページで――」

 

 あたしが、永原先生に天文部のことを教える。

 あたしが最初にここに来た時も、浩介くんが天文部の活動をし始めた時も、後輩部員が増えた時も、こんな説明をした。

 多分、後輩たちも、同じような説明をするんだと思う。

 天文ニュースを見るにつれ、永原先生も宇宙に興味を持ってくれたと思う。

 

「へー、宇宙開発ってこんなに進んでいるのね」

 

「マキノちゃんは宇宙については?」

 

「うーん、あんまり詳しくないわよ」

 

 永原先生が知識無いアピールをする。

 まあ、新入部員はみんなそんなものだし、気にしないでいいわよね。

 

「あはは、あたしも最初はそんな感じだったわ。桂子ちゃんが詳しいのよ」

 

「へー、天文イベントは生きるモチベーションにもなるから、もっと詳しく知りたいわね」

 

 永原先生が付け加えた。

 

「そうねえ、蓬莱教授には頑張ってもらわないと」

 

 桂子ちゃんも反応する。

 

「だなあ、天文部としては、人間の一生は短すぎると言いたいし」

 

 男子部員も付け加える。

 

「でも何だろう、私は不思議と不安じゃないのよ」

 

「ああ俺も」

 

 桂子ちゃんの意識の変化が感じられた。

 以前から、天文部では蓬莱教授の不老研究の実現が、段々と現実味を帯びた空気になっている。

 あたしが来たばかりは、坂田部長も桂子ちゃんも、不老になったあたしを羨ましがっていて、ちょっと疎外感を覚えたのに比べれば、隔世の感さえある。

 あの時からまだほんの、2年も経ってないのに。それだけ、蓬莱教授の影響が大きいということ。

 

「何だか、60年前を思い出すわ」

 

 永原先生がふとつぶやく。

 60年前と言えば、ちょうど1959年、昭和の高度経済成長期真っ只中の時代よね。

 

「え? マキノちゃん、60年前って?」

 

「ああうん、実はその時、新幹線というものが作られていたのよ。だけど、当時の価値観ではあまりにも非現実的に見えたのよ。人々はそれを『夢の超特急』って嘲笑っていたわ」

 

 京都で聞いたことがある話だった。

 その後、新幹線が大成功を収めたのは歴史の証明通りで、夢の超特急は、文字通り現実の夢としてやってきた。

 

「蓬莱教授の研究が、新幹線と重なるのよ。何となく、ね」

 

 永原先生が遠い目をしていた。

 そう、あたしも永原先生も、蓬莱教授の不老研究を、当初は全く信じていなかった。

 もちろん、あたしたちTS病患者は不老だけど、それを一般に応用する何て荒唐無稽で、文字通り「夢」でしかなかった。

 2年前のクリスマスの時の記者会見、あの時に、世界の……人類の歴史が動いたんだわ。

 

 永原先生は、天文部の活動を始めた。

 昔話を話すこともあったけど、未来のことに目を向けようという意識が感じられた。

 

 

 翌日以降、試験の返却が進む、あたしは全ての科目で平均以上、浩介くんも平均的な点数が多く、卒業には支障はなさそうだわ。

 

「マキノちゃん、どうだった?」

 

 金曜日の昼休み、永原先生が生徒でいられる最後の日、まだ全科目返却されてないけど聞いてみる。

 

「うーん、今のところ100点は古典だけだわ」

 

 永原先生の口ぶりからは少し余裕が感じられる。

 答案を見せてもらったけどぐうの音も出ないほどの高得点だった。

 あたしの成績だって悪くないけど、永原先生は軒並み90点を越えていた。

 

「あ、数学」

 

 あたしは、数学のテストの答案用紙を発見した。

 

「わあ! 見ないで!」

 

 永原先生が慌てて隠そうとするが、あたしの視界にははっきりと点数が見えた。

 平均点以上だから悪くないけど、他の科目と比べるとかなり低くて、あたしの点数にも負けている。

 

「えへへ、ごめん見ちゃった」

 

「もー」

 

「数学だけはあたしの勝ちね」

 

 あたしもちょっとだけ、永原先生に勝てたのは嬉しい。

 

「あうー、悔しいわ……」

 

 永原先生が悔しそうな顔で「悔しい」と言う。とても素直な女の子だとあたしは思った。

 確かに、数学だけこの点数だと、悪目立ちはする。

 

 永原先生の、生徒としての時間はどんどんと少なくなっていく。

 でも、最後まで、永原先生の夢は壊したくない。

 たった2週間でも、永原先生にとっては夢の日々だから。

 

 

  キーンコーンカーンコーン……

 

「はい、では今日はここまで、皆さんは帰りのホームルームの支度をしてください」

 

 今日の最後の授業が終わり、永原先生の生徒生活はいよいよ終幕を迎えつつあった。

 しばらくすると、校長先生が入ってくる。校長先生の担任役も、これで見納めになる。

 

「えー皆さんにお知らせがあります。当初の予定通り、永原さんは今日をもって転校となります。あーちなみに、来週からは予定通り担任の先生に戻ることになるから、皆さんも気持ちを切り替えてください。さ、永原さん前に出て皆さんに挨拶を」

 

「はい」

 

 永原先生が椅子から立ち上がり、教壇の方に立つ。

 

「えっと、3年1組の皆さん、短い間ではありますが、とても楽しかったです……私の中で……ずっと……ぐすっ……ずっと、思い出に、残ることになるとおぼひます……」

 

 永原先生は、感極まって泣き出してしまう。

 あの時の体育の時と同じ、あたしたちは、そんな永原先生を優しい目で見守る。

 

「……ごめんなさい、私のわがままで……校長先生には、飛んだ手数をかけました」

 

「いえいえ、何度も言いますが、これを言い出したのはわし自身です。永原先生がお礼を言う必要は何もありません。むしろわしの方こそ、余計なおせっかいをかけて申し訳なかった」

 

 校長先生が、教師としての永原先生に声をかける。

 

「いいえそれでも、お礼を言わせてください。今回の企画のおかげで、私の中に残っていた劣等感が消えました。私は、校長先生に救われました。ありがとうございます」

 

 永原先生が頭を下げる。

 

「それにしても、どうして校長先生は永原先生にそんなことを?」

 

 高月くんが質問をする。

 それは確かに気がかりだった。

 

「ああそれですか、永原先生はお忘れになっているかもしれませんが……実はわしも、小学生の頃、北小松先生に2年間教えてもらっていました」

 

「「「え!?」」」

 

 校長先生の衝撃の告白に、永原先生を含め、周囲は一様に驚いている。

 

「教師の側は生徒を覚えていることが珍しいですが、生徒のほうは逆です。永原先生が小谷学園にいらした時、わしはあなたが北小松先生だということに気付いていました。何分、TS病のこともお話になってくれましたからね」

 

「え、ええ……」

 

 永原先生は、まだ困惑している。

 確かに、小野先生は悪ガキだったことで印象に残っているとはいえ、校長先生の子供時代は覚えているとは考えにくい。

 

「わしは、人違いかもしれないと思うと、怖くて言い出せなかった。そして普通に校長と教諭という上司部下として接するうちに、罪悪感を感じてしまった。何か恩師に恩返しができないかと、わしは常に思っていた」

 

「……」

 

「そんな折、永原先生のコンプレックスについて聞いたんです。そして是非とも、願いをかなえさせてあげたいと思って今回の企画を考えました」

 

 校長先生も徐々に、担任のためのキャラクター作りと思われる言葉遣いが元に戻ってきている。

 

「校長先生の話は分かりました」

 

 永原先生が顔を上げる。

 

「ですが、過去はどうであれ、今のあなたは校長先生です。少なくとも、教師としての私は部下です。教え子とは言え、あなたは私の上に立つ人です。そのことは、おめおめ忘れないようにしてください……もちろん、日本性転換症候群協会の会長として接することもありますけれどもね」

 

 永原先生はきっぱりとした顔で言う。

 もう教師モードに戻った感じだった。

 

「ええ、ではホームルームを終了します。皆さん各自気を付けてください」

 

 そう言って、校長先生は去っていく、永原先生は自分の席に戻る。

 

「優子ちゃん、もう少しだけ、生徒でいさせてね」

 

 そしてまたすぐに、生徒モードへと戻っていく。

 

「あ、うん……」

 

 そう、この後は天文部がある。

 

「永原せんせ……ま、マキノちゃん、天文部行くわよ」

 

「うん……悪いんだけど、先に行っててくれるかしら? ちょっと用事があるの」

 

 永原先生が何やら数枚のプリントを持ちながら言う。

 ちょっと挙動不審ね。

 

「あ、うん。部室で待ってるわね」

 

 あたしたちは、気にはなったけど深くは追及せずに、天文部へと向かった。

 

 

「永原先生、遅いわねー」

 

 あたしと桂子ちゃんも、すっかり呼び方が元に戻ってしまった。

 もちろん、永原先生が来たら、元に戻すつもりだけど。

 

  コンコン

 

「どうぞー」

 

  ガチャ……

 

「お、おまたせ……」

 

 制服姿の永原先生が痛そうな顔で入ってくる。

 でも顔には笑みが浮かんでいて、正直かなり奇妙な状況になっている。

 

「えっと、マキノちゃん、どうしたの?」

 

「ちょっと小野先生に呼ばれて……あはははは……」

 

 永原先生が、笑って誤魔化している。

 どう考えても「呼ばれた」ではなくて、「押しかけた」よね?

 よく見ると、顔にはかなり泣いた跡もあるし。

 

「ま、まあいいわ。と、とにかく座ってよ」

 

「え!? あ、う、うん……」

 

 永原先生は引きつった顔で椅子に座る。

 どうしたんだろう?

 

「マキノちゃん大丈夫? 何があったの?」

 

「え!? ああうん、何でもないわよ! うん」

 

 随分とお尻を気にしているし……まあ、察してあげないとね。

 

「もしかして永原先生、叱られてみたかったとかですか!?」

 

 天文部1年生男子の空気の読めない一言に、部室が一瞬で凍りつく。

 

「な、何言ってるのよ!? わざと叱られたがる人なんて居ないでしょ!? ねえ優子ちゃん!」

 

「……え、えっとその……」

 

 永原先生は明らかに図星を突かれたという表情をしながら言う。

 もう、誰の目にも明らかだ。さっきのプリントも、きっとテストの結果。

 永原先生は数学のテストが相対的に悪かったことをダシにして、小野先生に自分のお尻を叩いておしおきしてくれるように頼み込んだに違いない。

 

 多分、小野先生は大層困惑したに違いない、仮に成績悪いからおしおきするにしても、永原先生の数学のテストは平均以上で、他の科目より悪いからと言っておしおきするほどじゃない。

 それに、今の時代体罰なんてやっちゃダメなことの典型だし、ましてやそれを生徒自身が先生に要求……いや、この場合強要と言ったほうがいいだろうけど、いずれにしても、倒錯した話よね。

 

「あのー、マキノちゃん、人の好みはそれぞれだから、正直に話してもいいわよ」

 

 桂子ちゃんが謎のフォローをする。

 

「あ、あはは……私、一回だけなら怒られてみたいと思っちゃいました……小野先生には迷惑をかけたわ。でも大丈夫、強要したのむしろ私だから。小野先生は何も悪くないわよ、うん」

 

 永原先生が、自分の中の歪んだコンプレックスについて自白する。

 小野先生、ある意味で脅されて操り人形にされるより辛いよねこれ?

 

「昔はほら……他の先生とかは体罰してたし……私は腕力弱いからしなかったけど……あはは……」

 

 永原先生、体育の授業で結構強かったよね。

 でも確かに、永原先生の性格的にも難しかったのかもしれないわ。

 まあ、深く追求しないことにしよう。多分深く知っちゃったら、あたしも何かまずい気がするし。

 

「さ、ともかく、天文部をはじめましょう」

 

 部長さんの声で、あたしたちはこの話題から強引な逃避を測った。

 そして、永原先生は、学生生活の思い出いっぱいに、最後の学園生活を楽しんだ。

 

「じゃあ私、職員室に戻るわね。来週からまた、先生になって戻ってくるわ」

 

「うん」

 

 部活が終わり、永原先生が一足先に帰る。

 そう、「職員室に戻る」、永原先生のこのセリフによって、この生活が終わったことを意味したのだった。

 

 来週は、卒業に向けてのラストスパートに入る。卒業式までもう、10日もない。

 あたしも浩介くんを呼び、結婚式の準備と並行して進めることになった。

 忙しい1周間が、始まるわね。

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