永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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女の子として扱って! 前編

 金曜日、今週の学校も終わる。女の子になって3週間、石山優子として学校に戻ってから2週間を迎えようとしていた。

 今日を耐えしのげば次は土日だ。もし、来週も駄目なら、永原先生に相談しよう。

 もう木ノ本も田村も味方だ。いじめだということで、何らかの措置を取ってくれるかもしれない。

 

 そう思いつつも、やはり学校への足取りは重い。

 電車に乗り、駅で降りて、そして通学路を歩く。

 胸が大きく可愛い顔のため、自分は特に視線を浴びがちになる。

 

 他のクラス・学年の男子と思われる集団からも「やっぱ可愛いよなあ」とか「でも中身は男だろ?」とか聞こえてくる。

 中身は男、本当に嫌になる。

 女子は木ノ本や田村の顔の広さもあって、そのことをもう話題にしないのに。

 

 私が受けたカリキュラムは役に立っている。

 でも、内面を磨いたのに、永原先生からも褒められたのに、認めてもらえないのは、全く磨いていないで認められないよりも、ずっと辛いことだ。

 

 下駄箱に行く、名前欄を見る。「石山優子」とある。

 下駄箱の扉を開けて見た。

 

「あ、あれ?」

 

 な、無い! 上履きがない!

 

「ど、どうしよう……何で……」

 

 高月か篠原の仕業だということはすぐにわかった。でも証拠がない。

 

「ゆ、優子ちゃん、どうしたの?」

 

 途方にくれていると、後から登校して来た木ノ本桂子が声をかけてきた。

 

「け、桂子ちゃん! そ、その、上履きがないのよ!」

 

「え? ……あっ! 本当だ!」

 

「おい、石山、木ノ本! 何やってんだ? 邪魔になってるぞ!」

 

「あ、田村さん、ごめんなさい、その……」

 

「田村、優子ちゃんの上履きがないのよ!」

 

「な、何だって!?」

 

「きっと男子に隠されたのよ! こんなこと言えた義理じゃないけど、協力してくれる?」

 

「ああっ、分かった! あたいは先生に連絡して来るから、木ノ本は……悪い、上履きを探してくれねえか」

 

「うん、分かった。優子ちゃんは先生を待つためにここに居てくれる? 声をかけられたら上履きがないことを他の生徒にも教えてあげてね」

 

「う、うん」

 

 桂子ちゃんと田村さんが散り散りになる。その後も、「何をしているの?」と声をかけてくる女子がたくさんいた。

 

 「上履きを隠された」と告白すると、多くはそのまま去って行ったが、桂子ちゃんや田村さんのグループに近い女の子は桂子ちゃんに合流して、一緒に探してくれた。

 

 

「石山さん、上履きがないんですって?」

 

 田村さんが、永原先生を連れてここまで来ていた。

 

「う、うん」

 

「どうしましょう? 見つかるまで代わりの上履きを手配しますね」

 

 まあ、それしか無い。

 

「あ、あったよー!」

 

 女子の大きな声が聞こえる。

 校舎は土足厳禁なので、私は引き続きここで足止めのまま、永原先生と田村さんが対応する。

 

 すると、探してくれた女子がみんな戻ってきた。

 

「これでいいんだよな?」

 

 田村恵美が持ってきたのは、紛れもない、私の上履きだった。

 

「あ、ありがとう、みんな!」

 

 目が潤んでしまう。自分のためにしてくれた。ということが嬉しかった。

 何とか涙をこらえ、上履きを履き、ローファーを鞄の中に入れる。

 

「石山さん……」

 

「ごめんなさい永原先生、でも、また隠されたらと思うと……」

 

「え、ええ。分かったわ」

 

「ところで、どこにあったの? 私の上履き……」

 

「……あ、あの……」

 

「あたいは、言いたくねえぜ」

 

 嫌な予感がする。でも、どうしても言ってしまう。知らない方がいいのに。

 

「も、もしかして、私が以前使ってた……」

 

「う、うん。そうなの」

 

「うっ……」

 

 目から涙が出る。嫌な思い出の詰まったロッカー。乱暴者だった頃を思い出させるその場所。

 今はシールも剥がされ、空きロッカーになっているその場所に入れられていた。

 

「優子……」

 

 田村さんが名前で呼ぶ。桂子ちゃんも、他の女子も、永原先生も、顔を覆って泣いている私を心配そうに見つめていた。

 

「あの、ごめんなさい。皆、もうすぐホームルームだから」

 

「う、うん」

 

 他の生徒は、皆教室に駆けていった。

 

「あ、廊下は走らないで下さーい!」

 

 それに永原先生が注意する。いつもの学校の風景。でもそこに、私は取り残されていた。

 

「ほら、石山さんも……」

 

 永原先生に教室へ行くように促され、なんとか涙を拭いて、並んで歩く。

 

「……日本性転換症候群協会の会長としては、石山さんへの理解を、ホームルームで長時間呼びかけるべきだと思う。そしてあなたを男子扱いした生徒も、改まらないなら停学などの処分にするべきだと思うわ」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「……だけど、教師として、今でもグレーゾーンだけど……いくら難病とはいえ、一人の生徒に過度に肩入れは出来ないのよ。今回の靴を隠すのはともかく、ただ昔の名前で呼ばれるだけってことで、中々いじめ認定はされにくいわ」

 

「永原先生……」

 

「嫌よね、2つの顔を持つなんて。でも、日本性転換症候群協会の会長なんて、患者も少なくて、小さな団体だから、収入殆ど無いのよ」

 

「実はね、私も教師をやっていて、直接教え子が同じ病気になったのは初めてなのよ。だからどこまで肩入れすればいいか分からなくて……」

 

 それはそうだろう、有史以来、1300人程度しか発症例がない。しかもこの病気は発症者も文献に残りやすいから、かなり正確な値だ。

 それに不老とはいえ、多くは男に戻ろうとして泥沼にハマり自殺したり、不吉だとして殺されているわけだしな。

 

「でも石山さん、味方がたくさんいてよかったわね。木ノ本さんと田村さんが協力してるところなんて、私も見たことなかったわよ」

 

「う、うん。私も……初めて」

 

「後は男子よね。でも、大丈夫よ。あなたには、悠久の時間がある。いざとなれば、あなたの正体を知る同年代がみんな死んでから、女として恋愛をしてもいいのよ」

 

「せ、先生は……恋愛は……?」

 

「実はしたことないのよ。戦乱の時代はそれどころじゃなかったし、江戸時代はもう自分がどういう身体なのか知っていたから、どうしても死別を想像しちゃうのよ。でも私も、かっこよくて素敵な男性がほしいわね」

 

 そ、そうだよな……

 

 私が教室に入るのとほぼ同時に、「はーい、ホームルーム始めるわよー」といういつもの掛け声がかかり、慌ただしくホームルームが始まった。

 

 

 ホームルームが終わり、1時間目の授業の準備を始める。

 

「おーい、石山優一くん」

 

 また、高月章三郎と篠原浩介だ。

 

「君のロッカー、名前間違ってたから変えておいてあげたよ」

 

「!!!」

 

 よく見ないで開けていたロッカー。一旦教科書とノートを取り、閉めてみると、「優子」の「子」の字の部分が、修正液で「一」にされていた。

 

「うっ……」

 

 泣きそうになるのを必死でこらえ、筆箱からボールペンを取り出し「一」の字を「子」に直す。

 2週間前の土曜日にも、同じ作業をした、その時は新しい生活のために多くの嬉しさと少しの未練を残して。

 今は、悔しさと悲しさで。

 

「おいおいおい、人の親切を無駄にすんなよ」

 

 篠原浩介が言う。

 もう泣きたい、でも泣いたら、泣いたらもっといじめられるんだ。

 

「おい、篠原!」

 

「何だよ! 田村!」

 

「優子は優子だ! こんなことはもうやめろ!」

 

「けっ、女には関係ねえよ……」

 

 実は田村の例の謝罪騒動以降、木ノ本と田村が共闘するような雰囲気になってから、男子の中でも、静観派が多くなった。

 単純に今のクラスは男女が半々ではなく、女子が2人多い状態だ。

 私が女子の仲間に入ったからだ。田村も、グループとしては木ノ本と共闘はしないということにはなっているが、リーダーがこれならほぼ協力関係も同然。

 そうなると、私を除いても15対16で負ける。それでも、一部に残ったいじめ派はますます先鋭化するだけだった。

 今日、ついにロッカーを使った実力行使に出た……

 

 

「はい、今日はここまで。ではお昼休みに入って下さい」

 

 先生の号令とともに、昼休みに入る。

 早く教室から出たかったから学食に向かう。学食の中ではいじめられない。皆食事に夢中だからだ。

 

 

 一人で食べ終わる。こうして安らぎの時間は終わった。他の生徒の迷惑にならないよう、足早に出口に出る。

 すると木ノ本を見つけた。

 

「あ、桂子ちゃん」

 

「優子ちゃんじゃない。どうしたの?」

 

「そ、その、教室に戻りたくなくて」

 

「そ、そう。じゃあ私がついてってあげるわよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 本当は教室の外がいいけど、休み時間中、木ノ本や彼女のグループの女子と話せば、少しは気持ちも和らぐかもしれない。

 

 教室の扉を開ける。

 

「ほら、大丈夫よ。入って」

 

「う、うん」

 

 自分の席に戻る。よく見ると自分の教科書が置きっぱなしだった。

 

「ロッカーに入れてくる」

 

 そう言って教科書を見た。何かがおかしい!

 ここも名前欄が、「子」の字を「一」にされていた。

 

「なあなあ、お前教科書も間違ってたぞ。自分の名前書けねえってどういうことだよ」

 

 また高月と篠原の二人だ。

 

「ち、違う、私は優子が本当の名前!!!」

 

「バカじゃねえのかよ。どこまで強情なんだてめえは」

 

「強情なのはあなたたちじゃ――」

 

「いつまで現実から逃げてんだよ!」

 

「優一くん、自分の名前も書けないんだってさー」

 

「違う! あ、あたしは女の子で……」

 

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな!」

 

「俺たち男子の中じゃ、てめえは永遠に優一なんだよ! 諦めろ!」

 

 無慈悲な宣告をされたその時、突然目の奥が水で満たされる感覚になった。

 

「うぇ……ぇぐっ……うわあああああああああああああああんんんんんんん!!!!!!!!!!!」

 

 せき止められていた川の水が決壊するように、私は声を上げて泣いた。

 

「もう嫌だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 もう嫌だ、もう男扱いは嫌だ。どうして、どうして分かってもらえないの?

 ただ言葉にならず、机に突っ伏し、脇目も触れずに泣き続ける。

 

「おい、泣いているぞこいつ!」

 

「男の癖に、名前間違えてるの指摘したぐれーで泣くのかよ。とんだ軟弱者だな!!!」

 

「私……あたし……男じゃ……」

 

「まだ言ってやんの、わははははは」

 

「うっ……ひぐっ……うぇわあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 男子の心無い声、笑い声の中、私の泣き声は更に強くなる。もうやめて! もう許して!私は女の子なのに、男扱いだけは、もう嫌。

 ……男子が囃し立てる中で誰かの足跡が聞こえる。

 

  バチーーーン!!!

 

 教室が私の泣き声以外、一気に静寂に包まれた。誰かが、誰かの頬をビンタした音だ。しばらく、私が泣いている声だけが、教室に響いていた。

 

「なんてむごい! あんたたち、女の子をいじめて泣かせるなんて最低よ!!!」

 

 私の耳に入ってくる音は私自身の泣き声がほとんどだが、その中で木ノ本桂子の声がする。

 

「何がそこまで気に入らないのよ! 優子ちゃんはね……優子ちゃんはね……一生懸命に、一生懸命に女の子になろうと頑張っているのよ!」

 

「だ、だからそれは……」

 

 高月章三郎だ、さすがに叩かれた動揺か、いつものように勇ましくない。

 

「知らないの? この病気になると、殆どの人は性別が変わる辛さに耐えられないで自殺してるのよ。でも、優子ちゃんは自分の運命を受け入れて、生理痛でさえ『女の子になれて嬉しい』って言って……」

 

「あんたたちのしてることは、殴る蹴るなんかよりもよっぽどひどいことよ! 優子ちゃんにとって、一番残酷な仕打ちよ! 優子ちゃん、昔の自分はもう嫌だって、新しく生まれ変わりたいって言ってたよ。あんたたちは、それを踏みにじってるんだ!!!」

 

「私だっていきなり男にされたら、絶対に耐えられないわよ! いきなり自分の生活を全部捨てさせられて、女の子にならなきゃいけない……これ以上の罰はないわよ!!!」

 

「けっ、言わせておけばよ。てめえはこいつの肩ばっかり持ちやがって。同じ小中学校だったのがそんなに大事かよ!」

 

 今度は篠原浩介だ。

 

「そんなわけない! 一人の女の子として、男からいじめられてるか弱い女の子を見過ごせないだけよ!」

 

「俺は、こいつに復讐してえんだ。女子は関係無い! 俺たちが男だと言ったらこいつは男なんだ! こいつは石山優一だ! 優子だなんて知らねえよ!」

 

 誰かが椅子から立ち上がった。沈黙が再び教室に流れる。

 

「な、なんだよ……」

 

「ふんっ!」

 

  ドカッ!!!

 

 今度は思いっきりグーで殴る音。

 

「あだぁあっ!?」

 

 誰かの身体が机と接触する音が聞こえる。

 

「お、おい篠原大丈夫か!?」

 

「ううっ……は、鼻血が……な、何すんだよ田村!」

 

「許せねえ……絶対許せねえ! こいつは、こいつは今までの自分の人格を捨ててまで、新しい生活をしようとしてんだぞ! てめえらが同じ病気になって、そこまでのことが出来るか!? あっ!?」

 

 田村恵美が、木ノ本桂子と一緒になって私をかばってくれている。

 

「痛えなおい。女子だからって図に乗るんじゃねえぞ!」

 

「質問に答えろ!」

 

「な、俺達は当事者じゃねーから知らねーよ!」

 

「優子ちゃんから聞いたわよ。学校を休んでた一週間、女の子としての振る舞い、仕草、言動、全部叩き込まれたって。男っぽいことをしたら怒られて、全部矯正させられたのよ! しかも男の頃の服や本は全部自分で捨てさせられて……でも、新しい生活のためだって! 女の子になれるのは嬉しいって!」

 

「お前たちのように、いざ弱くなったらその時だけ強く出るような卑怯者に……こいつみてぇな覚悟はできねえよ!」

 

「何だよ、てめえら。木ノ本と田村のくせに、何でこいつの肩なんか持つんだ。こいつは、さんざんクラスでやりたい放題してきた石山優一……あだっ!」

 

 今度は高月章三郎を殴る音が私の泣き声に混じって聞こえる。

 

「二度とこいつを、優子をその名前で呼ぶな!!!!」

 

「なんでお前が木ノ本の味方してんだ!? お前は、お前は木ノ本が嫌いじゃなかったのか!?」

 

「ああ、嫌いだよ。それは木ノ本だってあたいにはそう思ってるだろうさ。でもな、あたいらも、木ノ本たちも、優子を絶対に男だとは思わない! 優子は女だ! お前ら男子から守る! そのためなら木ノ本も田村も関係無い!」

 

「ええ。私も、優子ちゃんを守るためなら、そんな些細なことどうでもいいわよ! もっと、もっと大事なことなのよ!」

 

「そうよそうよ! 優子ちゃんをあんたたち男子から守るために、派閥なんか関係無いわよ!」

 

「この子は、仲間はずれなんかじゃない!」

 

 他の女子も、一斉に木ノ本と田村に同調し始めた。

 

「優子ちゃんは、体育の着替えも、林間学校のお風呂も、私達と一緒よ!」

 

「あったりめえだ! お前らもそれでいいよな! こいつを、男子から守るんだ!」

 

「うん!」

 

 他の女子たちが一斉に立ち上がる。私を囲むように守る。

 

「ううっ……えうっ……うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 いじめの辛さに耐えられず、泣いていた涙とは別の涙が出てきた。

 私をかばってくれた、女子の皆への涙。

 

 私の泣き声、男子を殴る音なども相まってか、外も騒がしくなってきた。

 男子が沈黙している。さすがのことに動揺し、女子とにらみ合いになる。

 

「知らねえ、俺は知らねえ!」

 

 突然篠原浩介の声が響く。

 

「俺は、こいつがムカつくんだ! どけっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「ちょ、田村! 大丈夫!?」

 

 木ノ本桂子の声が聞こえた、女子も何人か田村に寄り添う。

 

「どけ!」

 

「どかない!」

 

「どけえ!」

 

「きゃあ!」

 

 私をかばっていた女子が無理やり引き剥がされている。そりゃそうだ、男が本気になれば、女子じゃ喧嘩に勝てない。

 

「おい! 石山!」

 

「うううっ……えううっ……」

 

 私はまだすすり泣いている。反応したくない。

 

「おいっ!!!」

 

 男の頃の私でさえ発したことがないような大声で怒鳴ると、頭がぐいっと持ち上げられた。

 

 篠原の怒りに満ちた顔が目に入る。

 

「さんざんやりたい放題しやがって……! この野郎!」

 

「いやぁっ!」

 

 篠原が腕を引っ込めようとする。

 殴られる! と思った瞬間女子の誰かが右腕を抑えつけていた。

 

 怖い、怖い怖い怖い!

 

「やめて……お願い……もう許じてえ!!!!」

 

 ひたすらに泣きじゃくる。男の力で殴られることへの多大な恐怖感。

 

「嫌だ! やめて! ごめんなさい! 許して! お願い!」

 

「何してんのよ篠原!」

 

「女子はすっこんでろ!」

 

 強引に女子を振りほどこうとするが、さすがに数人がかりで抑えつけられては男子といえども動けない。

 

「馬鹿野郎! てめえ、女の子の、それも顔を殴ろうだなんて、クズのすることだ!」

 

 篠原の腕を抑えた田村恵美が激しく怒る。

 

「そうよ、サイテーよ! 今すぐ地獄に落ちろ!」

 

 別の女子が加勢している。それどころか、教室の外からも、殴りかかった篠原を非難する声が殺到する。

 

「何を……! お前ら、こいつが誰なのか――」

 

「おい、篠原! いくらなんでも暴力はやめろ!」

 

 高月章三郎だ。「俺は嫌な思いしてないから」と言っていたくせに、彼にもまだ良心が残っていた。

 

 その声に釣られて「そうだぞ篠原」「殴ったらダメだ」「停学になる」そうした声が男子の中からも聞こえてくる。

 

 私は「嫌だ、お願い、ごめんなさい、やめて、許して」ありったけの言葉を使い、涙を流せるだけ流し、許しを乞うた。

 

「篠原、優子ちゃんの顔をもう一度見なさいよ」

 

 木ノ本に言われた篠原が私の顔を見る。

 私がまた恐怖に襲われ、泣き声も激しくなる。

 

「ひっ……いや……お願い、もう……もう、許して……えうっ……ぐすっ……ごめんなさい……」

 

「あっあっ……」

 

「ううっ……えぐっ……あうっ……」

 

 声にならない声を篠原が上げたと思えば、ひっつかんでいた髪を離してくれた。まだ泣き止めず、また机に突っ伏してすすり泣いた。

 

「なあ、その力、女を守るために振るいなよ」

 

「あ、ああ」

 

「お前は男だ。女より強いんだ。弱いものを守ってやれ」

 

 田村が、篠原にそう声をかけるのを聞いた。




そろそろ第二章も終わりです。第三章はまた次の段階になりますが、ほぼシリアスはなくなりますのでご安心下さい

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