永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2つのリハーサル

「優子ー! 結婚式場に行くわよ!」

 

「はーい!」

 

 あたしは、母さんたちと過ごす、石山優子としての最後の土曜日を、結婚式の準備で潰すことになった。

 

「母さん、今日はドレスの合わせ?」

 

「うん、浩介くんの家とは現地で合流するわよ」

 

 浩介くんも、新郎用の服の試着がある。

 母さんの案内で、あたしは結婚式場についた。

 

「け、結構広いわね……」

 

 2回目に訪れる結婚式場、あたしにとってはとても大きい建物で、この中に結婚式ができる宴会場があるという。

 あたしはホテルのフロントの人に事情を説明すると、「お待ちしておりました」との声で案内された。

 

「あ、優子ちゃん」

 

「こんにちは浩介くん」

 

 浩介くんの方も母さんがいた。

 ちなみに、あたしの方でも浩介くんの方も招待客を募ったが、大半が小谷学園の関係者になりそうだった。

 また、永原先生と校長先生の計らいで、卒業式当日にも、ある程度飛び入り参加を認め、宣伝も行うことになった。

 ちなみに、そのためにあたしは卒業生の代表として、スピーチをしないといけなくなった。

 例年、生徒会長が務めるのが慣例になっているんだけど、今年は例外的に、あたしが卒業生の代表になった。

 小谷学園の3年間、女の子として過ごした時間が長いけど、それでも男としても1年以上過ごしている。

 生徒がTS病になったのは小谷学園では初めてのこと。

 というよりも、永原先生もTS病だというのも、今でこそ学校中どころか学校外でも有名なことだけど、最初は校長先生くらいしか知っている人はいなかった。

 

「さ、石山様、こちらへどうぞ」

 

「はい……じゃあ浩介くんまたね」

 

 あたしは母さんと一緒に小さな部屋に移動した。

 そこには、様々なサイズのウェディングドレスがあった。

 

「こちらが、石山様のウェディングドレスの候補になります」

 

 特別サイズのウェディングドレスがたくさんある。

 この中から、あたしは一つを選んで購入することになっている。

 

「はい」

 

 こうなったのは、以前式場に初めて訪れた時にこんなことが起きたから。

 

 

「失礼ですが、サイズを図らせてもらいます」

 

「はい」

 

 計測してくれる女性の人は、あたしの胸にものすごく驚いていた。

 おそらく、こんなに大きい人は極めて珍しいんだと思う。

 

「その様子ですと、中に詰め物とかしていないみたいですね」

 

「ええ」

 

 巻き尺を持って、さっと素早くあたしの胸囲を計測した。

 知っていたけど、あたしの数字は3桁の数字を超えている。

 計測の人は渋い顔をしていた。

 続いて、ウエストとヒップも計測した。

 その様子からも、サイズがないことは明らかだった。

 

「申し訳ないんですけど、大きすぎてその……」

 

「サイズがないんですよね」

 

 あたしがニッコリ笑って言った。

 胸が大きいからこそ、こういうことが起こり得る。

 お尻も大きいけど、デブというわけではないので、ウェディングドレスを大きいサイズに合わせると、とんでもなく不格好になってしまった。

 

「うーん、これじゃあダメよねえ……」

 

 母さんが唸っている。

 

「そうねえ」

 

 スタッフさんも同意の声を漏らす。

 まあ、最初から予想していたことだから、あたしは特にショックではないけれども。

 

「それじゃあ、オーダーメイドにしますね」

 

「はい」

 

 

 こうして予想通り、あたしのウェディングドレスはオーダーメイドになった。

 オーダーメイドで買うということになったので、結婚式が終わったらこのドレスのままホテルの部屋に入ってもいいということ。

 オーダーメイドと言っても、既存のサイズのものを組み合わせた特殊サイズのものがあって、それを取り寄せるので時間はかからないとのことで、こうして式の当日には間に合うようになっていた。

 

「オーダーメイドも考慮して、浩介くんを興奮させるようなかわいらしいドレスにしないといけないわね」

 

 かわいさとエロさ、この両立は水着の時も課題だった。

 ウェディングドレス、あの日だけ見せる晴れ舞台の衣装、絶対に失敗する訳にはいかない。

 まあ、その辺はよくわからないわね。

 

「では、まずはこちらはどうですか?」

 

 まずスタッフさんが見せてくれたのは、落ち着いた感じの衣装。

 

「うーん……」

 

 いまいちピンとこないわね。

 

「胸を小さく見せる効果がありますよ。どうですか?」

 

「あー、そういうのはいいわ」

 

 それを聞いて、あたしは試着前に断る。

 理由は簡単で、「胸を小さく見せる」という行為は、女としてのプライドが許さなかったから。

 それに、胸を小さく見せちゃうのは、浩介くんを失望させちゃうのも、あたしはよく分かっていた。

 そう言うところは、TS病というのは便利よね。

 こんな風に言ってくるのは、今まで胸の大きい女性から需要があったという意味でもあるから。

 

「あー、ではこちらはどうですか?」

 

「おっ!」

 

 今度は大胆に肩を露出したドレスで、胸元も強調されている。

 これ、谷間とかで浩介くんを悩殺できそうだわ。

 

「うん、これを着てみるわね」

 

「分かりました」

 

 あたしは早速、ウェディングドレスを一着試着してみる。

 

「下着の方も重要ですからね」

 

「あ、うん……」

 

 体型の見せ方でも下着は変わってくる。

 ブラジャーなんかも、色々付けてみてあたしはそれを思い知らされている。

 

 ともあれ、試着終了。

 うん、かわいいわね。

 

「ふう、これいいわね」

 

 水着と同じく、18歳の女の子らしく、時折あどけなさを残しつつ、エロさとかわいさを前面に押し出した絶妙のドレスだと思う。

 

「石山様は、もう少し大人っぽく見せてはどうでしょう?」

 

 あたしの顔はかわいいんだけど、童顔なのも事実なので、こういう言葉が飛び交うのは当然だった。

 

「うーん、あたしは幼いものに抵抗感はないわねえ」

 

 それに対する答えも、既に決まっている。

 あたしは別に、幼く見えることに抵抗感はない。

 いやむしろ、あたしのコンプレックスのこともあって、「幼く見せたい」と思うことさえ多い。

 

「そうですか……ではこれは?」

 

「うーん……一応着てみます」

 

 こうして、試着を繰り返したものの、最初に着たもの以上にしっくり来るものはなかった。

 

「では、これでいいですか?」

 

「はい、お願いします」

 

「分かりました。では料金ですが――」

 

 結構な値段が飛び交うけど、蓬莱教授の「予算対策」もあるから、気にしないでおこう。

 何だろう、女の子になってからこういう図太い感情も出てきた気がするわね。

 今まで気付かないくらいだったけど。

 

 ともあれ、あたしたちは、結婚式場を後にする。

 卒業式は前日にリハーサルがあるけど、あたしと浩介くんの場合は、その後に結婚式のリハーサルまで行わなくてはいけない。

 

 ちなみに、あの後浩介くんには何度も「ウェディングドレスを見せて欲しい」と言ってきたけど、あたしは絶対に首を縦には振らなかった。

 結婚式当日まで、待っててもらうことにした。

 

 

 日曜日、あたしと浩介くん、そして両家の両親が集まり、婚姻届を入念に記入した。

 結婚式の日と婚姻届の日を同じにするために、区役所の人に入念にチェックしてもらった。

 

「優子が家でのんびり休むのも、今日が最後ね」

 

「ええ」

 

 最近ではもう「最後の」というフレーズが聞き飽きた。

 名残惜しさを感じると同時に、結婚が近いという意味でもある。

 あたしの左手薬指にかけられた婚約指輪が、日に日に重くなっていく。

 

 

 そして今は、「最後の体育」に勤しんでいる。

 最後の着替えは、みんなふざけ合わないで、いつもよりもずっと静かな女子更衣室だった。

 前回より続いた体力テストもこれでおしまい。

 最終的に体育の成績がこれで決まるけど、体育の先生によれば「石山は大丈夫」とのことだった。

 もちろん、壊滅的な運動神経は治っていない。

 今後大学に進んだら、ますます体力は落ちていくかもしれない。

 一方で、浩介くんの伸びは凄まじかった。

 ほぼ全ての体力テストで優一時代を上回っていたし、優一が得意だった20メートルシャトルランの記録も、浩介くんは塗り替えてしまった。

 しかも、200回まであと少しという、とんでもない記録だった。

 

 あたしは体力テストのほぼ全ての項目で最下位だった。

 唯一、柔軟性を図る「前屈」だけは平均的な成績だったけど。

 

「優子ちゃん、お疲れ様」

 

「うん」

 

 全ての体育の授業が終わった。

 

「えーみなさん、体育の授業もこれでおしまいです。私の体育の授業が、皆さんの今後の役にたてれば幸いです。成績は追って連絡しますので、報告を待ってください」

 

 体育の成績だけは、細かい成績が後で決まる。

 一方で、他教科は既に成績が決まっていて、通知表は体育の成績ができた翌日に渡されることになっている。

 この時期、学校は大忙しになる。

 

 そしてあたしの方は、結婚の手続き準備も概ね完了し、後は前日のリハーサルと、当日の式を待つだけになった。

 なるべく平常心は持っているけど、やはり寂しくなる。

 桂子ちゃんは正式に佐和山大学に決定したし、クラスメイトも全員と離ればなれになるわけではないと言うのは分かるんだけど。

 

 

「ねえ優子ちゃん」

 

「ん?」

 

 卒業式前日の金曜日、あたしは桂子ちゃんに声をかけられた。

 

「優子ちゃん、明日結婚するんでしょ?」

 

「うん」

 

「今日はね、私と一緒に帰ってほしいの。篠原とはさ、同じ家に住むんだし、ね」

 

 桂子ちゃんのお願い。

 

「ええ分かったわ」

 

 あたしも快諾する。

 何だかんだで、家族以外で一番付き合いが長いのは桂子ちゃんだから。

 浩介くんも、そのことは分かってくれた。結果的に昨日が、「浩介くんと恋人として一緒に帰った日」になっちゃったけど、代わりに「桂子ちゃんと帰る最後の日」になった。

 ちなみに今日は「最後の学食」でもあった。

 ちなみに、結婚式のことは学校中が知っていて、あのセンセーショナルなプロポーズもあって、結婚式への参加希望者はかなり多い。

 結婚式の日が近付くに連れ、あたしと浩介くんは全校の注目の的だった。

 時が1分、1秒と流れるごとに、あたしの中で、「ああ、もうすぐあたしは浩介くんのものになっちゃうんだな」と思ってしまう。

 全女の子が憧れる素敵な男性との結婚、少女漫画の多くが、そんな結末だった。

 

 

「優子ちゃん、結婚おめでとう」

 

 帰り道、桂子ちゃんが祝福した風に言う。

 

「あはは、そのセリフは明日に取っておいてよ」

 

 あたしが笑いながら話す。

 浩介くんとの2人乗時間とは違う、静かな雰囲気が流れる。

 

「あ、うん、そうだったわね。私、今でも信じられないわ。あの乱暴者だった優一が、こんなにかわいい女の子になって……私達の中で一番乗りだもんね」

 

 桂子ちゃんがそんなことを話す。

 

「うん、お金のこととか不安だったから、大学卒業後にしようと思ったんだけど、親が許してくれなかったのよね」

 

「普通逆よねえ、まだ10代なのに親の方が結婚を急かすって」

 

 桂子ちゃんが笑いながら言う。

 何度も出た話題だけど、それでも出てしまうのはそれだけインパクトが強いから。

 

「まあ、でもその代わり結婚式のお金とかは面倒見てくれるみたいよ」

 

「うん、そこは羨ましいわ」

 

 桂子ちゃんがちょっとだけ羨ましそうな顔をする。

 そして、駅に着く。

 あたしは明日大きな転換期を迎えるけど、鉄道はいつもどおり動いている。

 

 鉄道、運転しているのは運転士さんだけど、まるで機械みたいね。

 永原先生も行っていた。

 こうなったのは明治の鉄道人「結城弘毅」の功績だって。

 

 何気ない日常さえ、今のあたしには貴重に思えてくる。

 どうしてだろう、そんな訳はないのに、ある日突然世界が崩れてしまう気がする。

 多分、蓬莱教授なら「そういうのは結婚前よくあることだ」と笑い飛ばしてくれるだろう。

 

「優子ちゃん、それでね」

 

「うんうん」

 

「龍香も、結婚を早めようかって考えてるんだって」

 

「へえー龍香ちゃんもなの」

 

 龍香ちゃんも、紆余曲折あって結局佐和山大学になった。

 学部は文系で、会う機会は少なそうだけど。

 

 ちなみに、浩介くんから聞いた話では、高月くんは父親と同じく、医学系の大学に行くことになった。

 ああ見えて、猛勉強をしていたみたいで、高月くん曰く「モテるためには金なんだよ。俺は篠原みてえにかっこいいわけじゃねえし、性格だって悪いしエロい。だからこそ、金で勝負するしかない」と言っていた。

 正直、あたしも女の子になってちょっとだけお金にがめつくなっちゃってたし、高月くんの言い分に反論はできない。

 

「ええ、龍香、優子ちゃんが結婚するって話を彼氏さんにして、いつの間にか2人で盛り上がっちゃったみたいで」

 

「あー、もしかして」

 

「龍香、彼氏とは絶対別れないってさ。『初めてできた人だから、尽くしたい』なんて言ったらしくてね。でも、彼氏さん、それを聞いて普段からは考えられないくらいすごい真剣な表情になったんだって」

 

「へー」

 

 ああ見えて、龍香ちゃんの彼氏はしっかりしているのかもしれない。

 エロい男だからこそ、彼女を手放したくないのかもしれないわね。

 

「龍香の彼氏って、モテなかったんだって」

 

「あーなるほどね」

 

 あたしには気持ちが分かる。

 モテない男ほど、彼女ができた時に尽くすタイプになる。

 もちろん付き合いたては喧嘩とかもあったけど、一旦はまり込んじゃえば、後はひたすらバカップルの道に進むのだろう。

 

「次は――」

 

「あ、優子ちゃん降りるわよ」

 

「うん」

 

 あたしは駅の改札口を降りる。

 明日は卒業式後、区役所に行って、そこから結婚式場だから、あたしは「石山優子」としてこの駅を降りるのは最後になる。

 

「卒業したらどうなるのかなあ?」

 

「私、佐和山大学は天文サークルに入るわ。なければ私が作っちゃうわ」

 

 桂子ちゃんが楽しそうに言う。

 

「うん、あたしも入っていい?」

 

「もちろんよ」

 

 大学生活は、どうやら高校とそこまで変わらない気がするわ。

 ただ、あたしの呼ばれ方は変わると思う。

 佐和山大学へは、「石山優子」ではなく「篠原優子」として通うことになるのだから。

 

 桂子ちゃんとの楽しい時間が終わってしまう。

 あの分かれ道にたどり着きたくないと思っても、歩いている以上、いつかはたどり着くもの。

 

「それじゃあ桂子ちゃん……」

 

「あ、待って!」

 

 桂子ちゃんがあたしを止める。

 

「え?」

 

「今日だけ、私の家に寄ってってくれる? 篠原の家、逆方向だから、こうしてこの道を歩くのはしばらくできなくなるし」

 

「う、うん……」

 

 あたしは、桂子ちゃんについていく。

 母さんには「桂子ちゃんの家に行くから遅くなる」とだけ伝えておく。

 

「この道、久しぶりだわ」

 

 ほんの身近な場所なのに、来たのは久しぶりだった。

 桂子ちゃんは、毎日のようにここを通っているのに。

 

「そうね、優子ちゃんが最後にここに来たのは……小学校の頃だったかしら?」

 

「そうかもしれない」

 

 やがて、桂子ちゃんの家が見えてきた。

 もう何年も来てないけど、未だにはっきり覚えている桂子ちゃんの家。

 

「ただいまー! 入って」

 

「うん……お邪魔します!」

 

 桂子ちゃんが「ただいま」をし、あたしが「お邪魔します」をする。

 家には桂子ちゃんのお母さんも居て、「明日の結婚式、行くわよ」と言われた。

 

「入って」

 

「うん」

 

 そして桂子ちゃんの部屋に入れてもらう。

 あたしがここに入ったのは、やはり小学生の時以来だった。

 

「懐かしいわね。ここも」

 

「うん……」

 

 桂子ちゃんの部屋はあたしよりも女の子らしい部屋だった。

 飾り物も多く、色使いも落ち着いていて、とっても悔しいわ。

 

「ねえ優子ちゃん、明日に向けてなにかある?」

 

「うん、とても緊張しているわ。でも、憧れがもうすぐ現実になるとも思えるわ」

 

 あたしは正直な気持ちを話す。

 

「そう……ふう……」

 

 桂子ちゃんは古いアルバムに視線を移した。

 多分、流れだと思う。

 

「桂子ちゃん、このアルバム……」

 

「うん、見ていこうか」

 

 桂子ちゃんの小学校時代のアルバム、そこには、小さい頃の優一も何枚か写っていた。

 

「同じ人、なのよね」

 

 桂子ちゃんがしみじみという。

 

「異性が同性に、なっちゃったわね」

 

「ねえ優子ちゃん……」

 

 桂子ちゃんがちょっとだけ真剣そうな表情をする。

 

「ん?」

 

「私ね、今でも優子ちゃんが優一のままだったらって考えることあるのよ」

 

「え!? でもそれって、嫌な卒業式になったと思うけど――」

 

「あのね、私……ちょっとだけ、優一のこと好きだったかも。もしかしたら、明日の結婚式、本当は私と優一の結婚式だったんじゃないかって」

 

 桂子ちゃんがとんでもないことを言う。

 そ、そんなはずは無いわ。だって、あたしが倒れたその日だって、単なる話し相手という感じで決して恋愛感情なんてまったくなかったのに

 

「あ、あの桂子ちゃん……それって――」

 

「失ってみて、初めて分かる恋心ってものなのかもね」

 

 桂子ちゃんが寂しそうな表情で言う。

 

「う……」

 

 あたしの中で、ちょっとだけ優一への未練が湧く。

 あー、あたし、まだやっぱり、本心では悩んでて――

 

「なーんてね! う・そ・!」

 

 桂子ちゃんが舌を出して笑いながらあっかんべーをする。

 あたしは桂子ちゃんの演技にまんまと騙されていた。

 

「ええ!?」

 

「もー、優子ちゃんやっぱりまだまだだわ。この程度の演技も見破れないんだもの」

 

「うー! 悔しいわ!」

 

 やっぱり、桂子ちゃんには敵わないわ。

 でも、まだあたしの中に、「男」が残っていたことも分かった。

 

「でも、優子ちゃんのそういうところもかわいいのよ。いい? 旦那さんの前では、『女の裏の顔』は絶対に見せちゃダメよ。優子ちゃん、そういうのも使いこなし始めたからね。そういうのは使いこなし始めが危険なのよ」

 

「うん、分かってるわ」

 

 桂子ちゃんなりの、アドバイスだった。

 あたしはぼんやりと思う。

 「明日、あたしの中に残っていた「男」もなくなるんじゃないか?」と。

 あたしは桂子ちゃんと小学校時代に遊んだゲームを引っ張り出して、一緒に楽しんだ。

 そして、あたしは自分の家に戻った。

 

「ただいまー」

 

「おかえり優子、ご飯できているわよ」

 

「うん」

 

 あたしは母さんと父さんとともに、「最後の晩餐」を楽しんだ。

 

「ねえ優子、この料理、覚えている?」

 

「え?」

 

 いつも通りの夕食だと思うけど。

 

「この料理はね、優子が初めて一人で家事をした日に出した夕食なのよ」

 

 覚えていないわよそんなの。

 

「そ、そう……」

 

「明日、頑張りなさい。母さんたちも、娘の巣立ちを見届けるわ」

 

「うん」

 

 あたしはご飯を食べ終わり、「最後のお風呂」へと足を踏み出していった。


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